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金正恩はアメリカが体制保障をすれば安泰か? ――徳川幕府開国の先例

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2018.1.15

はじめに

金正恩が核ミサイル開発に狂奔する目的は何だろう。金正恩は、「核ミサイル保有国として、アメリカを交渉の場に引きずり出し、金正恩体制を承認させ、体制の生き残りを図ろうとしている」という見方が主流だ。果たしてそうなのだろうか。本稿では、「金正恩体制はアメリカが体制保障をすれば安泰か?」という疑問について、徳川幕府開国の先例に照らししつつ、読み解いてみたい。

 

○ 金正恩体制を脅かす脅威

金正恩体制を脅かす脅威は、①外敵、②軍、③人民、④政敵が主なものであろう。これについて、少し説明する。

第一の「外敵」については、北朝鮮の仮想敵であるアメリカ、中国、韓国などである。

第二の「軍」については、金正恩体制を支える最大の力であるが、金正恩を軍事力で抹殺するクーデターを実行する恐れがある。過去に、北朝鮮で企画・失敗したクーデターには次のようなものがあるといわれている。

  • 1992年~1998年の「6軍団事件」

1986年から北朝鮮は、20代から40代の軍人をフルンゼ軍事大学に留学させた。ソ連での生活や、大学で北朝鮮以外の人と話すうちに、留学生は自国のウソを知ることとなる。帰国した元留学生たちは、1992年4月25日の軍事パレードで、クーデターを起こす計画を立てたのだ。その計画は、金日成氏と金正日氏を戦車で轢き殺すという大胆なものだった。

しかし計画は密告され、失敗。計画に関わった軍人たち70人は、1993年2月の人民武力省での会議中、武装した軍人が会場で連行された。その後、逮捕・処刑されたのは、30人の将官、100人の佐官、70人の尉官がいたといわれる。家族も収容所送りになったという。1998年の1年間に少なくとも幹部200人以上が逮捕・粛清されたが、粛清された人数は不明。

  • 2010年の3回のクーデター

詳細は不明だが、首謀者は全員処刑されたという。

  • 2010年末の列車を脱線

金正恩氏への誕生日プレゼントの品が山積みされた列車が何者かにより脱線された。

  • 2011年の軍部による山火事クーデター

時限式の発火装置を使って、何度も山火事が起きた。犯行は軍部によるものと疑われるが詳細不明。

  • 2017年の金正恩氏への反体制派によるクーデター未遂事件

本件が発覚したのは昨年1月ごろ。首謀者は50代で、師団長のカン少将という人物。参加したのは全部で17人だったが、密告者がおりクーデター計画に加わっていた者は一網打尽にされた。

第三の「人民」については、1998年に起きた製鉄所一般人による抗議の例が有名だ。圧政による食糧難のため、製鉄所の幹部が、政府に報告無しで中国と取引し、鉄板をとうもろこしに替えた。製鉄所の幹部は公開処刑され、それに講義した工員たちは、ことごとく戦車で轢かれた。犠牲者は1200人に達するのではないかと言われている。

金日成・正日父子は、冷戦崩壊に伴う共産主義政権の崩壊を目撃し恐怖を体験した。孫の正恩も同じであろう。金日成・正日父子は、特にルーマニアのチャウシェスク政権崩壊の例にショックを受けたといわれる。

その経緯はこうだ。1989年にポーランドで民主的な政権が成立した際、ルーマニアにもこのような動きが波及することを恐れたチャウシェスクは、チェコ事件の時とは反対にワルシャワ条約機構軍による軍事介入をソ連に要請した。しかしソ連のゴルバチョフはこの要求を一蹴し、チャウシェスクは事実上ソ連に見限られる形となった。チャウシェスクはなおも権力の維持を図ろうとするが、首都ブカレストを含めて全国規模で国民暴動が勃発。ソ連の介入がないことが確定的となったため、ルーマニア国軍もチャウシェスク政権に反旗を翻した。同年12月に起きたルーマニア革命でチャウシェスクは完全に失脚し政権は崩壊、12月25日、逃亡先のトゥルゴヴィシュテにおいて、革命軍の手によって妻エレナとともに公開処刑(銃殺刑)された。

第四の「政敵」については、現状では、少しでも金正恩に対抗する可能性のあるものは「マメに」粛清している。これについては、叔父の張成沢や異母兄の金正男などを粛清・暗殺した例を見れば明らかだ。祖父の金日成以来、政敵を粛清するのは金王朝の「習わし」で、秘密警察など、全国にわたる監視組織を動員して政敵になる可能性のあるものを炙り出し、粛清している。その数は、建国以来10万人を超えるだろう。

これら金正恩体制に対する脅威の中で、現下最大のものは、アメリカである。平昌五輪を契機に、南北対話が始まった。仮定の話であるが、この南北対話が米朝対話に発展し、さらにはアメリカが北朝鮮を核保有国として認定・承認するシナリオについて考えてみたい。すなわち、「金正恩はアメリカが体制承認すれば安泰か?」という疑問である。

 

開国が命取りとなった徳川幕府

いきなり飛躍する話かもしれないが、北朝鮮と似た鎖国状態から、アメリカと日米和親条約を結び開国に踏み切った徳川幕府の末路について振り返ってみたい。

徳川幕府は、鎖国政策を採用し、攘夷を国是としていた。しかし、ペリーの黒船来航を契機に1854年(嘉永7年)、それまでの異国船無二念打払令(1825年)に取って代わり、下田と函館を開港地とする日米和親条約などの和親条約が米英露と締結された。

その後、曲折を経て、欧米列強の圧力を排除する為には、一時的に開国してでも国内統一や富国強兵を優先すべきである「大開国・大攘夷」が唱えられ、「開国」と「攘夷」が結合し、最終的には「公議政体論」と「倒幕」という一つの行動目的へと収斂された。

これにより、土佐藩の坂本龍馬や中岡慎太郎らの斡旋や仲介もあり、幕末日本の薩摩と長州という二大地方勢力が諸藩を糾合しつつ徳川倒幕、明治維新へと向かった。

このことを簡単に要約すれば、「徳川幕府は、開国が命取りとなった」と言えるだろう。

 

○ 金正恩がアメリカから体制保障を受ければどうなるだろうか? 

徳川体制の幕末と今日の金正恩体制を取り巻く環境は異なるもの、全く異質のイデオロギー・政治・文化を有するアメリカと国交を確立することについては、同じである。

徳川幕府の場合は、日米和親条約を締結したことが国内体制(外交政策や幕藩体制)に大きな変化をもたらし、それが「倒幕」――一種の革命――と言うエネルギーに変じた。

北朝鮮の場合もメカニズムやプロセスは異なるものの、アメリカによる北朝鮮の体制承認――米朝国交正常化(中ロが韓国を承認していることで「クロス承認」に当たる)――は、三代続く金王朝の命取りになるのではないだろうか。

アメリカが北朝鮮を承認すれば、政治・文化・経済交流が本格的になるだろう。すなわち、北朝鮮は「鎖国」を続けることが難しくなる。幕末から明治維新にかけて諸外国の情報が奔流のように流入したように、北朝鮮も海外情報の洪水が起こるだろう。海外情報の洪水は人民を覚醒させる。

これまで、韓国の現状を「南朝鮮は、米帝の傀儡国家で、人間の“生き地獄”、我が国こそが“地上の楽園”」と言うウソが通らなくなり金正恩体制の威信は失墜するだろう。

 

○ 北朝鮮はアメリカとの国交樹立後、中国同様に「改革開放」に進むか?

アメリカとの国交樹立後の流れとしては、中国同様に、北朝鮮も「改革開放」に進むのが自然だろう。金正恩がこの流れに掉させば、そこには人民との間で摩擦を生むだろう。しかし、「改革開放」を受け容れれば、金正恩体制はひとたまりもなく倒れるだろう。なぜなら、改革・開放路線を進むことで、金正恩体制の権力者の正当性が維持できず、権力を維持できなくなるからだ。そのことを知っているからこそ、金王朝は中国が慫慂する改革開放を頑なに拒んできたのであろう。

 

○ 金正恩にとっては、現状がベストなのでは

 金正恩にとっては、独裁体制を維持し、自身を帝王・独裁者・現人神として存続させることこそが、唯一・至高・絶対の要件である。彼にとって、人民の幸福などどうでもよいのである。

だから、万一、金正恩がアメリカから態勢の承認・保証を受けても、現在のガラパゴス状態――まるで中世のように、鎖国を継続し、人民監視・抑圧体制――を堅持することになるだろう。金正恩の本音は、アメリカに挑発を繰り返し、その外圧を口実に国内を引き締め、独裁体制を維持すること――現状――がベストであると考えているのではないだろうか。

それゆえ、トランプが期待する米朝対話などあり得ず北朝鮮危機は永遠に続くことになる。

 

○ 北朝鮮人民には明るい未来はないのだろうか?

然らば、北朝鮮人民には明るい未来はないのだろうか。人類の歴史を見れば、独裁や圧政からの人民解放は必然――神の摂理――であり、北朝鮮もいずれ、金王朝を倒すのは間違いないことだろう。北朝鮮が依拠すると主張する共産主義思想の創始者マルクスは、歴史の変動を「原始共産社会」、「古代奴隷社会」、「中世封建社会」、「近代資本主義社会」を経て「社会主義社会」へと段階的に発展すると主張した。余談だが、マルクスが唱えた「社会主義社会」への発展は「誤り」だったことが冷戦崩壊で証明された。

とはいうものの、皮肉なことに、北朝鮮は、マルクスのいう「古代奴隷社会」、「中世封建社会」あたりに留まっているのではあるまいか。いずれにせよ、マルクスに従えば、北朝鮮は、今後間違いなく「近代資本主義社会」が到来するのだ。

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