米中合作のスレッジハンマー作戦
2017.12.25
○ 英国デイリー・テレグラフ紙記事――’bloody nose’ military attack on North Korea
12月21に付英国デイリー・テレグラフ紙に「US making plans for ‘bloody nose’ military attack on North Korea」と題する記事を掲載した。
筆者は、赤鼻のトナカイ・ルドルフを想起させるフレーズの’bloody nose’に、「米軍は、もしかして、クリスマスの夜に北朝鮮に対して先制攻撃するのでは」と、案じたが、「聖夜」は、神の恩寵で「静夜」に過ぎた。
いくら、世界の嫌われ者になりつつあるトランプといえども、「聖夜」を「凄夜」にすることはなかった。さらに、ピョンチャン五輪をぶち壊しはしないだろう。北朝鮮に対する先制攻撃は五輪終了後になると思われる。
余談だが、北朝鮮では、王様(金正恩)から乞食まで「最高の厳戒態勢・緊張状態」を強いられていることだろう。睡眠不足やストレスが長期間続けば、高血圧、動脈硬化、心筋梗塞、脳梗塞、脳機能障害、記憶障害、アルツハイマー型認知症、癌、タイプⅡ型糖尿病、高脂血症、鬱などのリスクが高まるといわれる。独裁者の金正恩が正常な判断ができなくなる恐れがある。
本稿では、米国主導による北朝鮮に対する軍事攻撃の展開について考えてみたい。ただし、これは、筆者の私見に過ぎない。
○ 第一弾作戦――奇襲的な斬首作戦
第一弾作戦は、米軍主体による奇襲的な先制攻撃――斬首作戦――で始まるだろう。米軍の攻撃目標は、①金正恩など指導者(リアルタイムの居場所の探知が不可欠)、②核ミサイル・関連施設、長射程火砲、多連装ロケット、特殊部隊などを攻撃目標に、北朝鮮の報復能力を完全に制圧・除去する目的で、攻撃型原子力潜水艦のトマホーク、空母艦載機はB1などの長距離爆撃機などにより、徹底的に爆撃するだろう。金正恩が、地下深部に隠れていれば、地下貫徹タイプのB83 (核爆弾)などを使うこともいとわないだろう。
○ 第二弾作戦――北朝鮮残存兵力との戦い
米軍主体の先制攻撃で、上記目標を完全に制圧・除去することは、困難と見られる。硫黄島で、米軍は、上陸前に数千トンの艦砲射撃、空爆、ロケット弾が硫黄島に撃こみ、島の形が変わるほどだったが、栗林中将以下の小笠原兵団は地下陣地で耐え、米軍に戦死 6,821、戦傷 19,217を与えた。
金正恩が生き残った場合も、殺害された場合も、北朝鮮は総力を挙げて、全面報復作戦を遂行するだろう。米軍の爆撃から生き残った核ミサイル攻撃、長射程火砲・多連装ロケット射撃などが、韓国の政経中枢のソウルに集中され、文字通り「火の海」となるかも知れない。その被害の程度は、米韓による先制攻撃の成否にかかっている。日本に類が及ぶことも避けられない。日本国民は、脅威がすぐそこにあることを深刻に認識すべきだ。
米韓による先制攻撃を契機に開始された北朝鮮の報復反撃が、米韓軍のさらなる爆撃・砲撃などにより、制圧することができれば、米国は戦争目的の一部を達成できることになる。
しかし、事は左様に簡単には運ばないだろう。100万を超える北朝鮮陸軍や20万人といるといわれる特殊部隊が、非武装地帯を越えて韓国に侵攻すればどうなるだろうか。
米韓軍は、作戦計画5027により、北朝鮮軍をソウル北方で阻止し、その後、米軍の増援部隊到着を待って反撃に転じ、北朝鮮に侵攻するというプランを持っている。しかし、このプランは米中戦争にエスカレートする危険性を持っている。
朝鮮戦争においては、マッカーサーが中朝国境を目指して北進を命じたため、中国・毛沢東が義勇軍を投入し、事実上の米中戦争に発展した。今日の、米中の戦力・武器装備の現状を見れば、両国は交戦を忌避せざるを得ない。なぜなら、双方が壊滅的なダメージを受けるどころか、第三次世界大戦に発展しかねないからだ。
○ 米中合作の必然性――水面下の米中軍事・外交交渉
5027に基づいて、米韓軍が非武装地帯を越えて北進することは、米中戦争にエスカレートするリスクを高める。従って、米中は米国の先制攻撃を号砲として開始される戦争を、米中戦争にエスカレートさせないために、現在、水面下で米中軍事・外交交渉を行っているものと筆者は推測する。
○ 米中合作のスレッジハンマー作戦
筆者が考える、「米中双方が受け入れられる軍事作戦」は、米中合作のスレッジハンマー作戦ではないかと思う。スレッジとは、金床のことで、鍛冶屋では金床の上に熱した鉄を置いて、ハンマーで叩く。これに例えた戦術に、スレッジハンマー作戦がある。
この作戦の原型は、古代ギリシャやペルシアで考案され盛んに行われた。古代においては重装歩兵と騎兵(特に重装騎兵)を使う例が非常に多かった。まず重装歩兵――金床の役割――が隊列(ファランクス)を組んで隊列を組んだ敵の歩兵、特に重装歩兵と突撃し、白兵戦に移行するとともに敵の進行をその場に捕縛する。その間に味方の騎兵――ハンマーの役割――が敵の隊列の後方、ないし側面まで迂回しそこから敵に突撃し、敵の隊列を分断、混乱させ敵部隊を壊滅させる。特にファランクスは前方の攻撃に対しては堅牢な隊形である反面、側面や後方からの攻撃に機敏に対応する事が難しいため、敵のファランクスを打ち破るのに効果的な戦術だった。
これはアレキサンダー大王が好んで使った戦術であり、この挟撃戦術をもって彼は幾度もペルシア軍を破った。
現代においても、陣地を構築して持久する歩兵部隊に敵を引き付けてその間に戦車部隊が背後に回る戦法などを、この戦術に見立てて金床戦術と呼ぶことがある。朝鮮戦争において発動された連合軍のスレッジハンマー作戦では、仁川上陸作戦(クロマイト作戦)で確立した阻止線を「金床」として、釜山橋頭堡から反撃に転じた連合軍が「ハンマー」の役割を演じて、逃げる(北上する)朝鮮人民軍を挟撃した。
筆者がいう、米中合作のスレッジハンマー作戦とは、北朝鮮に対する先制攻撃後、米韓地上軍は非武装地帯沿いに防御陣地(スレッジ)を構築し、北朝鮮の南侵を阻止する一方で、中国軍が打撃部隊(ハンマー)となって、米中両軍で北朝鮮軍を挟み撃ちにするという作戦である。米軍が圧倒的に優位な、海・空軍による戦力が、空中から中国地上軍に最大限協力するのは言うまでもない。そのために、米中作戦協力要領を策定する必要がある。
○ 北朝鮮を巡る米中韓の思惑
- 米国
米国の作戦目標は、①北朝鮮のレジームチェンジ、と②核ミサイルと関連施設の完全破壊であろう。非武装地帯を越えて、北朝鮮に侵攻することは望ましい目標であろうが、それは北朝鮮支配という「既得権益」を有する中国が絶対に許さないだろう。米国が敢えて北進すれば、米中衝突につながる。従って、米国は、自らが北朝鮮を占領・開放するという「現状の完全変更」までは望まないはずだ。
- 韓国
米韓による対北朝鮮先制攻撃がある程度成功すれば、韓国にとっては、千載一遇の南北統一のチャンスが訪れる。韓国が南北統一を行う場合の利点と問題点は何だろうか。
利点としては、念願の民族・半島統一が実現できることだ。
問題点としては、「東西ドイツ統一時よりも、厳しい条件下の統一事業をやらなければならないこと」と、「中国との軍事衝突の可能性」である。現在の「体力」で、韓国が北朝鮮を統一するのは厳しいといわざるを得ない。また、軍事力から言えば、米軍の支援のない韓国は中国と比べ圧倒的に劣勢である。
- 中国
中国にとって、最低限確保すべき目標は、中国国境に連なる朝鮮半島における「バッファーゾーン」としての北朝鮮を維持することである。北朝鮮から流入する難民問題や国境付近で戦火が勃発することは、受け入れられない、という事情もあるだろう。
また、中国としても、米中軍事衝突は絶対に避けねばならないと考えているに違いない。
- 米中軍事・外交交渉を推理する
上述のような思惑から、中国が、米国による対北朝鮮先制攻撃を容認する場合は、以下の条件を求めるだろう。
① 先制攻撃後、米韓は非武装地帯を越えて北朝鮮内に侵攻しない。米国は、強権を発動してでも、韓国軍の北朝鮮侵攻を阻止する。
② 中国による、北朝鮮内への侵攻・占領、更には中国の手によるレジームチェンジ・ネーションビルディング(新生国家建設)を認める(これは、大戦後、スターリンが金日成を通じて北朝鮮を建国支配した手法と同じ)。
上記の条件は、換言すれば、「北朝鮮を自己陣営に留めることは中国の『既得権益』である」、ということだ。
北朝鮮を巡る交渉では、「主役」は米中であり、韓国はあくまでも『脇役』なのである。
金正恩亡き後の、レジームチェンジ・ネーションビルディングについて、中国はこう主張するだろう。
「アメリカは、イラクにおけるレジームチェンジ・ネーションビルディングを思い出せ。北朝鮮はもっと手ごわく、大混乱するぞ。歴代中国王朝は、2000年近くも、朝鮮王朝を『冊封』で支配してきた。朝鮮人には、『中国にはひれ伏す」というDNAが刻まれている。俺たちに任せよ」
このように、米中の交渉は、北朝鮮に対する軍事攻撃終了後の収拾段階までをも含んでいるはずだ。
- 北朝鮮のレジームチェンジ・ネーションビルディング後の中国の野望
中国は、トランプに対し、金正恩政権と核ミサイルの除去に協力する代わりに、中国の北朝鮮支配の強化――在鮮中国軍の創設――を獲得することを狙うだろう。
中国は、その後、「在鮮中国軍」の撤退とバーターで、「在韓米軍の撤退」を提案するだろう。在韓米軍が撤退すれば、朝鮮半島(南北朝鮮)に対する中国の影響力は、各段高まることになる。
アメリカは、「金正恩と核ミサイルの除去」の代価として「朝鮮半島における中国の優位性」を認めることを余儀なくされよう。さもなければ、米国は先制攻撃を行うことによって、中国との軍事対決にエスカレートすることを覚悟せねばならない。
中国の大戦略は、「アメリカをアジアから駆逐すること」なのだ。