中国官僚の評価方法
中国ビジネス関係者の間で最近の話題は「動かぬ官僚」「不透明な経済」「口うるさい長老達」だ。中国は共産党が支配する巨大な官僚国家だ。誰にでも納得できる幹部評価、国の人事考課システムを作ろうと長い間検討されてきたものであろうがこれは簡単ではない。従来はすべてが経済成長に対する貢献度をもって幹部に対する評価が行われてきた。偶々高度成長期でもありGDPに対する貢献は幹部にとってもやりやすい課題でもあった。問題は経済成長と共に大学進学希望者が増え政府も学校、学生数を急激に増やし、結果として卒業生の就職難が社会問題化している。このため小学生の段階から成績に敏感となり成績はその人の人生をも変えてしまうというおかしなことになっている。大学を卒業してからも点数評価が続き、官僚の世界ではこれが当たり前になっている。驚くことに大臣クラスの地方政府幹部も例外ではない。
GDPを評価の対象とすることには1990年代から問題視されていた。最近でもFinancial Times は「中国政府が踏むべき重要なstepは時代遅れのGDP成長目標を廃止すること。それにより地方政府と国有企業の無駄なインフラと不動産開発のための過剰な借り入れと投資に走らせてきた圧力が弱まる。」としている。またWall Street Journalは3四半期連続6.7%成長と発表されているがどう見てもおかしいとしている。中国当局もこの問題は最重要項目なのか新華社は早速反論している「中国はGDPを捏造する必要はない。過去には地方政府が統計をごまかしたことはあったが対策としてIMFの基準を導入しデータシステムを強化した。また3期続けて6.7%となったのは偶然である。」
いずれにしてもGDP一辺倒は無理となりつつある。中国政府発表のGDP統計については改革開放政策が始まった頃から疑問が指摘されていたが中国現地では政府発表数字から5%差し引くと実態に近いものになるといわれていた。「この当時から指摘されていたのは地方政府の過大報告で、たとえば98年の中国全土のGDPは7.8%に対しこれを下回ったのは新疆ウイグル自治区だけで大半の省は10%以上の数字を出していた。当時から中央政府がGDP目標8%必達を打ち出していたため地方は水増し報告をしていた。2005年頃でも成長目標を8%前後に高める方針を中央紙府は打ち出したが、当時は雇用不安と農民暴動に対処するためのやむない処置と思われていた。社会不安と景気過熱の中で綱渡りの経済運営と観られていたが、同じ傾向が最近まで続いたとみるべきと思う。共産党としては各地で起こる暴動・騒動の鎮圧が最大の課題で経済成率を高く設定する必要があり、それによる過大投資、粗悪な工場・設備の乱立もやむなしとしていたのであろう。
21世紀に入り中央政府は省エネを幹部の成績評価の中心に据えようといろいろな検討が始まった。何しろ効率を無視して莫大な石炭・石油などを消費し環境問題も(未だに手つかずだが)あり、省エネを評価の対象としたものと思う。数年がかりで基礎データを把握し、次に省エネの責任制を導入した。聞くところによると採点は100点満点で定量的な部分が40点、定性的な部分が60点、目標の半分に達しなければ40点が減点とのこと。全体の評価は1.超過達成95点以上2.達成80~94点3.基本的に達成60~80点、4.未達成60点未満とのことだがこれを観ると大学の成績の優、良、可、不可と同じだと気づく。即ち60点以下は落第と言うことだ。省エネの項目で落第となるといかに経済運営に貢献があっても落第となる。
#動かぬ官僚
本稿の冒頭に動かぬ官僚をあげたが、習近平の権力集中、反腐敗運動によって官僚が積極的に動かなくなっていることも事実だ。何れ権力闘争は片がつくと観てそれまでは派手な行動はしない方が無難と判断しているのかもしれない。また、GDP至上主義がなくなり次に評価の対象がどうなるのかも分からないこともある。中国では公務員は最も魅力ある業種で2016年の公務員試験では140万人が受験し競争倍率は49.5倍と英BBCは報じている。
#中国公務員のfringe benefit
中国では公務員は最も安定し、魅力ある業種だが、「鉄飯碗」と言われるくらい何もしないでも一生食べることに問題はないが、さらに給与以外の利益・待遇には驚くべきものが多い。食堂(公務員の子供達も無料)、通勤費、図書カード、映画券など日常生活の殆どの費用は無料だ。さらに大半の公務員には宿舎が割り当てられている。(宿舎には親類・縁者も入居しているケースが多い)
中国で中産階級の増加が喧伝されるが、殆どは共産党員と公務員と国営企業の社員とその家族だ。中国に進出している日本企業も合弁を嫌い、許認可で不利益を被っても独資としたがるのは、合弁の場合経営陣とか宿舎に親類・縁者を入れ込むことを防ぐ効果もある。
#高級幹部への道
従来言われていたのは公務員の場合27等級を一つずつ昇進していくが年齢制限もあり、45歳までに副処長にならなければ一生ヒラとのことであった。公務員の出世には「上司との相性とか血縁」が必要だが評課方法は「経済成長にどれだけ寄与したか」であった。即ちインフラ整備などの投資プロジェクトを立案し、予算を確保し実現させたかが重要であった。地府政府の立派な庁舎や公共施設の建設がこれに当たる(実際には実績稼ぎで効率は無視され、地方に無駄な建造物が続々と建っている)。公務員制度はごく少数の勝者と数多くの意欲を失った人々と皮肉られるが、その間に実績をアピールするだけのプロジェクトだけが残るとも皮肉られている。前述のように習政権の汚職退治など嵐が過ぎるまで身をすくめて待つ公務員が多い。食堂では50代の男が一人でスマホを片手に食事、パズルゲームに興ずるといった光景がよく見られる。
#退職高官への厚遇
共産党、政府機関、軍の退職高官は61万人いるとの報道があった。給与、福利、待遇に関わる年間総支出額は2012年で7,250億元(約11兆円)であったという。いずれにせよ最高級幹部は退職しても現役の時と同様の待遇が保証されているわけで経済が好調な時はよいがこれから退職高官も増え低成長時代に入ると問題となろう。これらの高官は高度成長時代に経済成長に対する貢献度で評価された。その後省エネとか環境問題などを評価の対象に検討されたが、これらは各地方政府などの利権と深く関わっているので中央政府でも根本的な環境問題の解決策を強行できないでいる。さらに現在は過剰生産設備の廃棄問題もあり強力な行政指導が必要だがそれを主導する高級官僚が手をこまねいているので公務員の評価問題などは主要な政策とはなり得ない。そこで官僚も動かないという悪循環に陥っているのではないかと思う。何れにしても経済を無視するわけにもゆかず経済問題プラス環境問題といった評価方法が検討されるであろうが環境問題でも大気汚染測定器に綿を詰めるとか種々の方法で汚染数値が低くなるように偽装したとして2015年には17省・市で78件も摘発されたという。共産党一党独裁の中国がこの難問にどうやってたち向かうのか注目される。
香港紙によると汚職撲滅運動で採用も厳格化したというが(汚職で処分された官僚は過去3年で100万人を越える)中国民主同盟の受付職に1万人近い人が応募したとのことだ。条件は4年制大学卒で2年間草の根活動にかかわった経験があればよいとのこと。今年の公務員採用では内モンゴル自治区、新疆ウイグル自治区で金融監督、気象台業務のみ応募がなかったと報じられている。
何れにしても当分「上司との相性、血縁」が出世の早道となるのであろう。