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アベノミクスの1年を振り返って ― 今、見えてきたこと

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―  目  次  ―

はじめに:順調に進んできたアベノミクスですが
[ 参考資料 ] ‘アベノミクス’対‘レーガノミクス’
1. アベノミクスの1年を振り返る
― 指標にみるアベノミクスの成果と課題
(1)経常収支の赤字が示唆すること
(2)企業の設備投資の伸び悩みが意味すること
2. アベノミクスと、国際環境のいま
(1)安倍政治の右傾化と日米関係
(2)対ロ制裁と日本の立ち位置
おわりに:ポスト・アベノミクスは‘水素経済’へ パラダイム・シフトを

はじめに:順調に進んできたアベノミクスですが

3月3日付日経新聞が一面トップに掲げた「政府ファンド、日本株買い」の記事は筆者の関心を強く引き付けるものでした。その内容は、海外の政府系ファンドが日本株投資を拡大している様子を報じたもので、具体的にはノルウェー政府年金基金が昨年末で約3兆7千億円の日本株を保有し、1年前からほぼ倍増しているというものの他、中東、アジアの政府系ファンドの日本株投資の拡大状況も同様に伝えるものでした。そして、彼らの保有銘柄は1284、この内、保有額が多い銘柄は、トヨタ、ソフトバンク、ファナックという事ですが、こうした動きはアベノミクスを機に日本企業の構造改革が進み、成長力が高まるとの期待がそうさせている、と言うものでした。

周知のように2012年12月26日、それまでの民主党政権に代わって誕生した安倍新政権は、自らを「危機突破内閣」と称し、長期のデフレと円高で苦しむ日本経済の再生に向け、まずは‘デフレからの脱却、そして円高の是正と日本経済の競争力の回復を図り、日本経済を成長させていく事を通じて、日本を取り戻す’ことを目指し、2013年1月4日、三本の矢(金融緩和、財政出動、成長戦略)からなる経済政策「アベノミクス」を発表しました。( 「アベノミクス」事情については後出[ 参考資料] 参照 )

果たせるかな、昨年4月に始まった第1の矢、異次元の大幅な金融緩和政策の実施で、それまでの円高は是正が進み、株式市場は活性化し、企業収益の改善も進むなか、個人消費も回復をみる一方、第2の矢と言われる補正予算とも併せた大規模財政出動を受け、公共投資が進むなどで、需要は回復、日本経済の環境は急速な改善が進み、明るさを取り戻してきました。まさにデフレ脱却への道筋が見えてきたと言うものです。

因みに、2月17日、内閣府が発表した2013年第4四半期の実質GDP(速報値)は年率で前年比1.0%増と、4四半期続けてのプラス成長となっていますし、同じく2月24日に発表された「需給ギャップ」(需要と潜在的な供給力の差)の試算では、2013年第4四半期にはマイナス1.5まで縮小(改善)しています。これも4四半期連続での改善で、少しずつ供給過剰が和らぎデフレ圧力が弱まってきたことを示唆する処です。リアルの経済活動でも、1月の景気指標は軒並み改善してきており、鉱工業生産指数は前月比で4.0%上昇と高い伸びを示したほか、有効求人倍率も前月比0.1ポイント上昇で1.04倍となっていますし、総務省発表の1月消費者物価指数もプラスと、安倍政権が目指すデフレ脱却への道筋が見えてきたとされる処です。

(注)3月10日、内閣府が発表した2013年第4四半期のGDP改定値では実質成長率は0.7%に下方修正されています。その主たる要因は設備投資で、速報値の0.8%増から0.5%に修整されたことが大きく影響した結果ですが、後述輸出の伸び悩みなどを受け国内での大型投資に企業が慎重になっていることを示唆する処であり、この辺りが問題の本質を映す処と思料するものです。

 以上の推移に照らし、政府は3月月例経済報告では景気の基調を「緩やかに回復している」と判定しています。そして大規模と言われる2014年度の予算案(一般会計総額、95兆8823億円)は3月20日、参院で可決され、年度内の成立をみたことで、経済再生とデフレ脱却を目指す安倍政権の予算は、新年度当初から始動できる環境も整ったと云う処です。つまり、アベノミクスは漸くみえてきた回復への道筋を本格回復につなげていく、そうした期待を以って2年目に入るというものです。

しかし、そうした環境にも拘わらず、アベノミクスはいま転機にあるように見受けられるのです。というのも、いま明るさを取り戻してきたと言う日本経済ですが、現下の回復が金融と財政だけに支えられたものであること、従って実体経済が動き出さないかぎりにおいては、これが本格回復には至らず、結局はシュリンクしてしまうのではとの懸念が広がってきています。その点、安倍首相は、この6月には第3の矢、実践的な成長戦略を打ち出すとしており、期待する処です。

が、それ以上に問題なのは、近時GDP指標の推移からわかるように、日本経済が向きあう構造問題が鮮明となってきたという事です。具体的には後述する通り、経常収支の赤字の拡大と、(これは輸出の伸び悩みというよりは、主として円安効果による輸入額の増大による貿易赤字の拡大を映すものですが)、従来、経済成長の誘導要因とされてきた企業の設備投資が伸び悩んできている、という事ですが、問題は、これら指標が示唆する動きが構造化しつつあるという事で、これら問題への対応を踏まえた更なる戦略の構築が不可欠となってきた、そう言った意味でアベノミクスはいま転機に置かれてきたと云うものです。

加えて、こうした純経済的問題を超えて急速に進む内外での政治環境の変化が更に、アベノミクスの先行きに不安を託つ処となってきているというものです。
それは、近時、国家主義的行動にカジを切りだした安倍首相の政治姿勢に負う処ですが、これが右傾化として中国、韓国はその批判を強めていますが、ここに至って‘同盟国たる米国’からも安倍首相の政治行動を公に批判する等で、日米関係がギクシャクし、時に隙間風すら流れる状況になってきているという事態です。日米関係は日本の政治経済の運営の基本軸にあっただけに極めて問題と思料される処です。更に、現下で進むウクライナを巡るロシアと米国・欧州の対立で、新冷戦とも称されるような国際環境にあって、日本の対米、対欧,対ロシア姿勢の如何が問われる状況にあり、要は、安倍政権は今、経済政策と外交・安全保障政策のバランスをどう取るかと言う極めてデリケートな問題との対峙を余儀なくされているのですが、それはまた大きな要因と見る処です。

つまり、これら内外にみる政治経済の環境変化は‘アベノミクス’の基盤にかかるものだけに、今後の対応の如何が問われる処であり、まさに転機に立たされる‘アベノミクス’を感じさせられるというものです。デフレからの脱出への道筋が見えてきた状況にある処ですが、仮に、そうした内外環境の変化が強まり、‘経済’はその後、といったことにでもなれば、結局はアベノミクスの頓挫は避けられず、最悪の場合、大量の財政赤字を抱えたまま、日本経済は再びデフレ経済に逆戻りかと、懸念されると言うものです。

そこで、本稿では、アベノミクスが2年目に入るのを機に、アベノミクス1年のレビューを通じ、そこに見るマクロ、ミクロの構造問題につぃて、日本経済の持続可能な発展という視点から検証し、同時にアベノミクスを巡る内外環境、とりわけ日米関係に焦点をあて、その実情を分析し、要は、これからの日本経済が目指すべき姿について、論じていきたいと思います。

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[ 参考資料 ] ‘アベノミクス’対‘レーガノミクス’

80年代のはじめ、レーガン米大統領が大統領に就任するや「強い米国」を謳って新経済政策を発表し、これをレーガノミクスと呼称しましたが、安倍首相が2013年1月4日発表した新経済政策についても、その発想と云い、発表のタイミングと云い極めて似通ったものがあり、当時、元自民党幹事長の中川秀直氏がそれに倣って「アベノミクス」と呼称した由伝えられていますが、その「アベノミクス」は今や世界的経済用語となるまでに‘成長’してきたというもので、先のダボス会議でも、アベノミクスはReshaping of Japanとして最大のagendaとなった事は先月論稿でもふれた通りです。尤もレーガノミクスはインフレ抑制、アベノミクスはデフレからの脱却、を目指すという点で、その政策手法はコントラストをなす処ですが、その相違は下表から鮮明となる処です。

表:アベノミクスとレーガノミクスの枠組比較

アベノミクス(2013~ ) (比較項目)  レーガノミクス(1981~89)
失われた20年 (経済環境) パックス・アメリカーナの揺らぎ
強い国家(日本を取り戻す) (最終目標) 強い国家
強い経済の回復 ③ (中間目標) 強い経済の回復
デフレの克服 (当面の課題) インフレの克服
異次元金融緩和 ①(通貨安) (金融政策) 異次元引き締め(通貨高)
大規模予算   ② (財政政策) 支出削減
必要なら政府介入 (政府の対応)  小さな政府・規制緩和
法人税減税検討 (税 制)  所得税・法人税減税
(日経, 2013/12/16より作表)

(注)上表①、②, ③、は「アベノミクス」の3本の矢、両者の相違は以下の通り

 レーガノミクスの場合、当時の慢性的インフレを抑制し、経済の活性化を通じて強い米国を再生することを狙ったもの。従って、徹底した金融引き締め(ボルカーFRB議長)でインフレを抑え(金利上昇による強いドル)、一方、企業の活性化をめざし規制緩和の推進と民需活性化をめざし減税政策を展開、経済の再生を図っています。但し、当時の対ソ連政策として軍備増強(強い米国)を進めた結果、軍事支出の拡大で財政は大幅赤字を生み、後年の財政赤字構造化につながっていった。
一方、アベノミクスの場合、20年に亘るとされたデフレからの脱出を図り、日本経済の再生を狙った政策。従って、デフレ脱出に向け、まずは異次元の金融緩和を通じて2%のインフレ目標達成することで政府と日銀はタッグを組み、リフレ政策を展開。円高修正を通じ企業の競争力を回復、更に大幅予算で(財政出動)、景気下支えを行うと言うもの。(上表 ①、② )但し、経済の持続性確保の為には、いわゆる成長戦略(上表 ③ )としての規制緩和、企業減税等が不可欠だが、それが進んでいないことが大きな問題。

1. アベノミクスの1年を振り返る
―指標にみるアベノミクスの成果と課題

20年来、デフレに喘できた日本経済はアベノミクスという政策展開を以って、いま漸く明るさを取り戻してきたこと、そして、その動きを本格回復軌道に乗せていく為には成長戦略の具体化、実行が求められる実情にある事、前述の通りです。
しかし、直近のGDP指標の内、国際収支(経常収支)、設備投資の動きは、実体経済が抱える構造的な問題を映し出す処となっています。具体的には、‘経常収支の赤字拡大’、そして‘設備投資の伸び悩み’、ですが、両者の動きは実体経済が抱える問題の構造化を示唆する処となってきており、それへの対応が大きな課題となって迫ってきていると言うものです。では、これをどう評価し、どう対応していくべきか、ですが、それはアベノミクスを生かすことが出来るか否か、が問われていくプロセスとも思料され、その点でアベノミクスは転換点にあると言うものです。以下、二つの問題に絞って論じていきます。

(1) 経常収支の赤字が示唆すること

3月10日、財務省が発表した1月の国際収支(速報)では経常収支(貿易収支、サービス収支)が1兆5800億円の赤字となっています。(但し、輸出は5兆5167億円と17%増)これは‘85年以降最大の赤字で、しかも4か月連続の赤字という初の経験でした。この赤字の背景は、円安の進行で輸入価格が膨らむ一方で、輸出は企業の海外移転、現地調達が進む結果、円安による輸出の押し上げ効果は限定的となっており、いま純輸出(輸出-輸入)はGDPでの減少要因になっていると言うものです。勿論、経常赤字は、内外の市場環境と、企業の経営姿勢を反映した結果というものですが、この点については次項の投資問題と併せ、論じたいと思います。従い、ここで問題とするのは、単に経常赤字が悪い、黒字が良い、と言った事でなく、これが回りまわって国の財政の在り方の如何が問われていく事になると言う点、つまり日本経済の運営という、より基本的な構造問題としての視点から論じてみたいと思います。

周知のとおり、これまで「財政赤字」は国債で穴埋めすることで推移してきています。そして、この国債消化には、これまで好調な輸出(貿易黒字)が齎してきた経常黒字が充てられてきています。その点で、「経常収支の赤字」が続くとなると国債の消化が安定的に進め得るのかと、現在の財政構造を前提とする限り、この推移の如何では、事態は更に‘深刻なもの’となりかねないのという事です。言い換えれば、自律的に財政を維持していこうとすれば、「入る(歳入)を図り、出る(歳出)を制す」という二面作戦での‘財政の合理化’‘に挑むことが必然となる処です。では、具体的にはいかなる対応が求められることになるのでしょうか。

まず、歳入の強化という点ですが、現下のアベノミクスの文脈においては、何よりも景気を回復させること、そして企業の活力を高め、法人等の税収入を上げていく事が、第一義となる処で、その為には、現在活力を阻害している要素、規制の改廃を実行し、雇用の流動化、税制の改革を進めていくかが喫緊となる処です。もとより、これが6月に予定されるアベノミクスの新成長戦略に組み込まれていくべき処というものです。一方の歳出抑制という点では、常識的には不急不要の支出の選別は言うまでもないところですが、その際は、特に念頭に置いておくべきは少子高齢化が齎す影響です。人口減少、とりわけ労働者人口の減少(注)で、税収入面でも大きく影響が及ぶ処ですが、何よりも高齢化の進行で社会保障費の拡大で財政運営は今以上に厳しくなっていく事が予想される処です。

(注)3月12日、内閣府纏めの2060年時の労働力人口は、出生率が大幅に回復し、北欧並みに女性や高齢者の労働参加が進んでも約50年で、1170万人、労働力人口が減ると予想。女性活用などが進まない場合、減少幅は2782万人に拡大すると。

 勿論これは、長期的構造的問題であり、一朝一夕に解決可能なテーマではありません。が、人口動態からはリアルに想定できる課題である点で、財政の健全化、合理化を進めていく上で、まず医療等の利権がらみの諸規制の改革に踏み込んでいく事で、歳出拡大を抑えていく環境づくりを進めることが喫緊の課題というものです。つまりは、国債への依存率を下げ、規律ある財政に持って行くためには、これは、いま日本経済が抱える基本問題ですが、規制改革こそがその核心の一つという事です。そして、これこそは‘政治’の出番とされるだけに、安倍政権の本当の力量が問われる処と思料するのです。

(2) 企業の設備投資の伸び悩みが意味すること
― 企業はいま経営革新を

次に問題とされるのがこれまで経済の成長誘因であった企業の設備投資が伸び悩みにあるという現実です。その現実とは、特にリーマン以降、リーマン後の企業は、経営の合理化、資金の効率追求等に走り、極めてリスクコンシャスであり、新規投資は抑制的で、その結果は不稼働資金といわれる内部留保となって企業内に留まる処で、経営は内向となってきたという事情です。この間、経済のグローバル化が進み、そうした環境にあって、企業はコストと市場の可能性を考えた限界的な海外進出を進めてきた結果、国内的にはいわゆる空洞化が進み、日本からの輸出は伸び悩み、輸出需要を見込んだこれまでの設備投資も鈍化してきたと言う事です。

しかし、そうした経営はいま変革を求められてきているのです。つまり前述した通り、人口動態からは、縮小が予想される国内市場に目をやっていただけでは、企業は自らの成長に限界を招くことを自覚し、従って、そうしたトレンドを断ち切るためにはポテンシャルの高いグローバル経済を取り込んだ経営にシフトすることが不可避となってきていると言うものです。つまり、激変するグローバルな競争環境、変化する‘競争の形’を含めた海外市場の構造変化を常に読み解き、戦略的製品開発のための設備投資を進めていくことが不可避となってきており、こうした環境変化を味方とした企業へとスタイルを代えていかざるを得ない状況にあるのです。ハーバード・ビジネス・スクールのクリステンセン教授が予てイノベーションには三つの形があり、一つは現状維持のためのイノベーション、一つは合理化のためのイノベーション、そしてもう一つは市場開発に向けたイノベーションだとしながら、いま日本企業に求められるのは第三のイノベーションだとアドバイスをしています。つまりは経営の革新です。それはかつてホンダやソニーの経営者が見せたような市場創造の経営姿勢に迫るとも云うもので、これこそはデフレ経営脱却に繋がる処です。

改めて、現下の景気回復が金融緩和による円安効果に支えられたものである限り、リアルで実弾の欠ける経済状況では、回復歩調も限界が見えてくると言うものです。つまり、日本経済の成長回復やデフレ解消と言った大きな問題は、株価の改善と直接関係するわけではないという事、従って、この際は、危機感を以って、現下の回復過程で鮮明となってきた上述課題、問題を来たるべき成長戦略のテーマとして早急、具体的に対応していく事が必定であり、かかるアクションがない限り本格的な経済回復はありえず、アベノミクスはいま2年目を迎え、大きな転機にあると言うものです。

要は、回復しつつある日本経済を本格軌道に乗せていくべく、国も企業も内向き姿勢を排し、財政の支援に頼ることなく、これまでの経済の活力をグローバル経済との連携強化を通じて、持続的なものとしていく事、そして、予て首相が云うように働きやすい環境づくり、規制の改革に向けた具体的行動を早急に起こすべきと思料されるのです。

因みに、2月18日付Financial Timesは `Breathing new life into Abenomics ‘ と題して、今後不安が付きまとう点として、次のように指摘するのです。つまり、円安の恩恵を享受する企業が輸出や海外で挙げた利益のほとんどを経済に還流させていない。投資意欲を失っているだけでなく、従業員の賃上げを避けている。賃上げを通じて新たな資金を経済に注入すれば消費者の購買力を支え、多くは企業に戻ってくる。ただアベノミクスの将来が日本企業にかかっている事はおかしい。法人税の引き下げを通じて消費増税の影響を弱めるなど政府ができる事はもっとある。構造改革も然りだ。「三本の矢」の内、最も期待はずれなのは構造改革とし、更なる息吹をアベノミクに注入すべし、と言うのです。

2. アベノミクスと国際環境のいま
―安倍政治の右傾化と日米関係

さて、上記Financial Timesに批判をうけたアベノミクス第3の矢「成長戦略」ですが、以上の事情からは、新たな産業政策の整備と、それを踏まえた実践的なシナリオの策定が必定というものです。ただその政策運営については‘内なる変化’、‘外なる変化’を勘案するとき、先に指摘した以上に、いま転機に遭遇するアベノミクスを感じさせられる処です。ここで言う内なる変化とは、安倍政治の右傾化、であり、外なる変化とは日米関係に見る変化です。

(1) 安倍政治の右傾化と揺らぐ日米関係

周知の通り、安倍首相は近時、国家主義的姿勢を急速に強め当該政治行動を進めています。そして、これが齎す対日批判が構造化してきていることが今、大きな問題となってきているのです。昨年の後半、特定秘密保護法案が出されたころから安倍首相の右寄りの言動が顕著となってきていますが、昨年末の安倍首相の靖国参拝はその極みとする事件でした。更には集団的自衛権行使容認問題に向けた行動、エネルギー政策と原発問題、中断したTPP交渉、NHK会長の発言問題等政治事情に追われ、更には後述するようにウクライナを巡る米欧とロシアとの対立の狭間にあって日本の立ち位置を探るなどで、いまや経済問題の影が薄くなってきていることが大いに気がかりというものです。

安倍首相のこうした行動に対して中国、韓国は一層の対日批判を国際的に繰り広げていますが、それ以上に問題なのは、同盟国たる米国までもが靖国参拝を巡って、公に対日批判を行うようになってきたことです。(注)

去る12月の安倍首相の靖国参拝は歴史問題を云々する中国、韓国との対立を深める処となっていますが、同盟国米政府も参拝に対しdisappointed,「失望」と、今までにない表現で安倍首相を批判したのです。靖国神社は中国、韓国からは自責の念のない日本の軍国主義の象徴とみなされており、米国政府も内々にはこれまで靖国参拝への不満を述べていたのです。しかし、公然と批判発言をしたことは初めての事で、日本政府は驚いたと言われています。一方、日本の首相周辺からはこうした米国に対する批判発言が出るなどで日米関係には隙間風が吹き出していると言うものですが、どうも‘いま変わりつつある米国’そして‘日本にいらだつ米国’への理解の乏しさを感じさせる処というものです。

因みに、日米双方のすれ違いについてFinancial Times (2014/2/20)は以下のように指摘するのです。同紙は`Washington regrets the Shinzo Abe it wished for’、つまり、安倍首相を望んだことを米政府は悔やんでいる、というのです。というのも、1950年以降、ずっと米国は日本に対して今安倍首相が提唱する国防態勢を取ることを迫って来ていましたが、日本は、これを平和主義を謳った憲法9条を以って拒否する一方、米国の核の傘の下、経済成長を果たしてきたと、つまりフリー・ライダー論がそこにあったのです。しかし、60年を経た今、日本には米国の要請を言葉通りに受けとめる指導者、‘安倍晋三’が出てきたというのですが、その彼の直近の言動からは、日本をいまや「予測不能で危険」な国(ケリー国務長官)とみなすまでになってきたというのですが、その背景には、日本のナショナリズムが北京で対抗措置を引き起こすことへの不安があると指摘するのです。

この点、オーストラリアの学者で元国防相の高官のヒュー・ホワイト氏のコメントをリファーし「米国としては、中国と対立の危機を起こすくらいなら日本の国益を犠牲にする」事を意味しているとも言うのです。いずれにせよ、米国の望みに逆らって靖国を参拝する事は、常に、日本は米政府の命令に従うわけではないと言う合図を送る一つの方法ではないかというのです。そして、そうした右派の奇妙なところとして、彼らは最も熱心な日米同盟支持者だとも指摘するのですが。

(注)高まる米国の対日批判:
①米議会調査局:2月20日付の米議会調査局がまとめた日米関係報告書では、靖国参拝が日中、日韓の関係を一段と悪化させた、と指摘すると同時に米国の制止を振り切って参拝した安倍首相を「日米関係を複雑化させる指導者としての本質をはっきりと証明した」と批判しています。
尚、昨年、参院選後の日米関係について、同様の懸念を伝えていましたが、(2013年9月号、弊論考)それが更に加速したと言う処です。
②NYタイムズ紙:3月2日付(電子版)Mr. Abe’s Dangerous Revisionism と題し、安倍
首相の姿勢を「ナショナリズム」と指摘し、靖国参拝、国家主義的行動が日米関係の「ますます深刻な脅威になっている」つまり安倍氏の「国家主義」が危険という。

 これまでの‘日本経営、’つまり日本の経済・外交の基本軸は日米関係にありました。が、その関係が揺らぎを見せだしたという事は、経済政策たるアベノミクスの在り方も問われていく事になる処、米国の変化を理解し、日本の期待とも併せ関係の再構築が喫緊のテーマと思料されると言うものです。その点、4月に予定されている東京でのオバマ米大統領との首脳会談では、単に、戦争の火ダネを消す姿勢ではなく、戦争がそのタネ火を探している現状を認識し、日米の世界における役割を再確認し,それに沿った双方に求められる行動様式を確認すること、そして同盟関係の再構築を目指すべきですが、その際のポイントは、日本の優位は経済にある事、そしてその優位を日米関係の再構築の中で如何に確かなものとしていくか、にあるものと思料する次第です。

(2)対ロ制裁と日本の立ち位置

更に事態を難しくしているのが、現下で進むウクライナのクリミア半島の統治を巡るロシアと米欧との対立です。この新冷戦構造とも称される国際環境にあって、ロシアとの領土問題を含めた外交関係の改善を進める安倍政権にとって同盟国米国との間で、その立ち位置の取り方が難しくなってきているというものです。つまり、日本にとっては、領土と歴史問題で中国とロシアが組み、日本に圧力を強めてくる事態は避けたい事は言うまでもない処です。だが日本がロシアに配慮して日米結束が傷つけば、かえって中国の対日強硬を招きかねない、という事で安倍政権がどのように対応するか、つまりは米露が対立する状況にあって、米国の同盟国日本の立ち位置が極めて難しくなってきたというものです。

要は、既にそこにある日中関係、日韓関係の悪化進行とも併せ、みるとき、「グローバル経済で勝つ」を戦略軸とするアベノミクスの政策展開は、安倍政治の国家主義的姿勢ともかさなり、難しくなっていく様相を強める処ですが、この際は、安倍政権は‘経済’専一、アベノミクスの仕上げに専念すべきと、改めて思う次第です。

おわりに: ポスト・アベノミクスは‘水素経済’へ パラダイム・シフトを

さて、安倍首相は予て「成長戦略の更なる進化を図るために、雇用・人材、農業、医療・介護といった構造改革に取り組む」と明言し、実質2%成長を目指すとして来ています。だが、過去1年、そこで特定されているような動きなどは見られていません。何故か?
言い古されてきた事ですが、‘既得権益’と‘政治’が絡みつき身動きが取れないという事なのでしょう。であればこの際は、成長阻害要因を超えた将来像を描き、それに向かった行動を起こしていくべきと思料するのです。
それは‘アベノミクス後’を描き、それに向けたアクセスをどうするか、そのシナリオを準備していくという事です。そして、その際のキーワードは‘エネルギー’であり‘人口減少経済’といえますが、取り敢えずはエネルギーに絞って論じてみたいと思います。

3年前の東日本大震災の直後、東電福島原発の大事故を目の当たりにして、国民の8割が原発反対と声をあげた筈でした。しかし、3年たったいま、安倍政権は、経済成長とエネルギー源確保、コスト面等からみて原発再開を可能とするようなシナリオでエネルギー政策を打ち出そうとしています。そして、反原発の声もいつしか引いてしまってきています。のど元過ぎれば、と言った処なのでしょうか。しかし、東電福島の原発事故処理が‘全く’解決を見ないままにあって、原発再稼働など全くお呼びではない筈です。

では原発に代わる新たなエネルギーをどう考えるか、ですが、有力候補としてあるのが水素エネルギーです。水素エネルギーの活用については、日本は世界的に見て早い時期から取り上げてきており、因みに、経産省と新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は共同して2002年から「水素・燃料電池実証プロジェクト(JHFC)」を進め現在では、その実証を終え、実用化の段階にあるというものです。

問題は、これまでがんじがらめとなっていた電力の供給システムですが、これがいま自由化へ動き出し始めたのという事で、新たな可能性が出てきたと言う事です。つまりは、小規模企業もこの水素エネルギーを以って市場参入が可能となってきたということで、その可能性が今広がりつつあるのです。勿論、雇用機会も生まれてくる、そういった新しい環境が期待されると言うものです。

偶々、先の選挙で都知事に就任した舛添氏は2020年の東京オリンピックに備え、クリーン・エネルギで動く自動車、燃料電池自動車(FCV)の開発を進め、そのために必要なインフラとしての水素ステーションを設置する構想を打ち出し、その為の戦略会議を立ち上げることを3月5日開催の都議会定例会議で発表しているのです。これは東京という一都市での試みと映りますが、これがオリンピックという機会を生かして進めるプロジェクトでもあることからは、地方への拡がりも進むでしょうし、産業全体に及ぼす効果も甚大なものと期待できると言うものです。勿論PM2.5といった公害問題など全く関係なく、クリーンで、何よりも水素資源は無限であるという事が決定的というものです。勿論、普及が進めばコストも安価なものとなっていく事は言うまでもありません。そしてその変化の枠組みにおいて、規制に守られた産業などの融解も進み、これまでの経済も、新しいシステムに再生されていく事になる筈ですし、それは又、人口減少経済への適応プロセスとも言える処です。
つまり、アベノミクス後の経済として構想されるべきは、20世紀を主導してきた‘炭素経済を水素経済へ’とパラダイム・シフトを図っていく事であり、いまその旗を掲げ‘新しい成長’を目指していくべきと、思料するのです。

さて、近時、安倍首相は経済を手段ともする形で、国防体制の強化に向かう等、国家主義的姿勢を強め、いつしか彼の言行からは‘国民’という言葉も見えにくくなってきています。些かの懸念を禁じ得ません。処で、安倍首相が予て師と仰ぐ高橋是清は、軍国主義の当時にあって、軍備拡張は国民生活に資するにあらずと、当該予算の削減に命を張り、軍と対峙する一方で、常に国民を中心に置く政治を目指した政治家であり、リーダーでした。そうした二人の姿を戴くとき、この際は、リーダーかくあるべしと、今一度、彼には是清に学ぶべきを、慫慂したいと思うのです。

以上

 

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