国産品を買い支える取り組みを―TPP大筋合意に思う
いかにも「あざとい」やり方であったという印象が強い。5年にわたって行われてきたTPP(環太平洋経済連携協定)交渉が10月5日、大筋合意されたことだ。TPPは、農業分野を含む高いレベルでの自由化、ルール形成の重視、知的財産、競争政策、環境、労働、分野横断的事項など21分野に及ぶ包括的な交渉であり、その先にはFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)が見据えられている。
交渉は秘密裏に行われたため、外部からの検証が困難な状況にあった。しかし、今回の合意によりようやく交渉の全貌が明らかになった。企業のビジネスチャンスが広がる一方、農業にとっては厳しい内容といえよう。
国内農業への影響が大きいとされた重要5項目(コメ、麦、豚肉・牛肉、乳製品、甘味資源作物)の内、最大の関心事であったコメについては、現行の最低輸入量(ミニマムアクセス)77万トンとは別に、米国に7万トン、オーストラリアに8,400トンの無料輸入枠を設けることになった。
牛肉は現行38.5%の関税を段階的に下げ、15年で9%にする。豚肉では、協定発効10年目に、安い豚肉にかかる1kg当たり482円の重量税を50円に引き下げ、高級部位にかかる税は撤廃する。小麦では、国が製粉会社に売る際に輸入価格に上乗せするマークアップ(事実上の関税)を9年目までに45%削減する。乳製品については、ニュージーランドに対しバター・脱脂粉乳の輸入枠(生乳換算7万トン)を設ける。砂糖は、500トンの試験輸入用TPP枠を設ける、といった内容だ。
すべての品目について高いレベルでの自由化を目指すTPPの中で、重要5項目の関税撤廃を回避できたことは大きな成果だと政府は説明する。しかし、これらについては、「関税交渉の除外または再協議の対象とする」というのが国会決議ではなかったのか。
改めて今回の合意内容を眺めると、2014年4月の日米首脳会談で大筋合意されていたとも言える。当時の共同声明は「二国間の重要な課題について前進する道筋を特定した。TPP交渉参加各国に早期妥結を呼びかける」という抽象的な表現に止まり、ほとんどのメディアは「大筋合意できず」と報道していた。これに対し読売新聞だけが一面で「大筋合意」と伝えるなど、見方が真二つに分かれた。真実は、ほぼ今回の内容で「大筋合意」されていたのだ。
では、何故合意の事実を隠したのか。想えば、当時は尖閣諸島をめぐり中国との摩擦が激化していた。安倍首相は、「尖閣は日米安保条約第五条の対象範囲」という発言をオバマ大統領から引き出すために、牛肉・豚肉、乳製品を差し出すことで合意した、というのが真相らしい。敢えて「合意できず」と発表したのは、日本が「日米安保をTPPよりも優先させた」との事実が伝われば、国内農業者の猛反発が避けられない、との判断があったからではないか。
問題は、今回の関税見直しが重要5項目に止まらないことだ。まさに寝耳に水で、これまで国際交渉で例外として守ってきた農林水産物834品目のうち、約400品目の関税が撤廃されることになったからだ。ブドウ、キウイ、バレイショ、トマトなど多くの野菜や果物が協定発効と同時に関税ゼロとなるほか、日本酒、しょうゆ、茶など多岐にわたり関税が撤廃される。これらは、それぞれの産地で、特産品として育成してきたものだ。
政府は直ちにTPP総合対策本部を設け、守りから攻めの農業に転換し、若い人が夢を持てる農業を行えるように万全の対策を講ずるとしている。それに異論はないが、問題はそのための具体的な対策に欠けることだ。供給サイドに加えて、需要サイドの対策こそ重要であろう。なによりも消費者が安全で信頼性の高い国産品を買い支える取り組みや仕組みを作り、それを行政が支援することだ。将来農業に対するやる気が失われれば、食料安全保障のために必要な一定数の農家と農地を維持することすら覚束なくなる。