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寄付講座と連携講座 自他の区別の欠如と前近代性(1)

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◆手紙
筆者は、過日、いわき市病院事業管理者、ならびに、いわき市立総合磐城共立病院院長連名の手紙(平成26年10月17日付)を受け取った。手紙は、筆者が書いた「寄付講座中毒 浜通りの医療の置かれた状況」(1、2、3)の次の部分に対する訂正を求めるものだった。

「いわき市による福島県立医大の産婦人科寄付講座は、派遣医師の給与込みで年間5000万円を支払っているが、少なくとも、常勤医師の磐城共立病院への派遣は1名だけである。東北大学への寄付講座では、派遣医師の給与は病院持ちで、それ以外に大学に寄付を入れているという。」

訂正すべき内容として、福島県立医大の産婦人科寄付講座からの常勤医の派遣は現時点で1名ではなく、2名であること、東北大学には寄付講座は設置しておらず、磐城共立病院に東北大学大学院の連携講座「消化器地域医療学講座」が設置されているとのことであった。
地元に照会したところ、福島県立医大産婦人科寄付講座は2014年1月1日に設置され、2014年1月1日から3月31日までについては、1名の産婦人科医師が磐城共立病院に派遣されていた。ただし、この1名はそれまで磐城共立病院に在職していた医師だった。2014年4月1日以後、寄付講座からの常勤医派遣数が1名増えて、2名になった。2014年11月段階で、寄付講座の医師は4名であり、うち2名が磐城共立病院の常勤医師を兼ねている。
東北大学については、寄付講座は設置されておらず、磐城共立病院に東北大学大学院の連携講座「消化器地域医療学講座」が設置されており、給与は病院が負担していることが確認された。
以上、筆者の記載には誤りがあった。記事の読者、磐城共立病院、福島県立医大、東北大学の関係者、ならびに、いわき市民には深くお詫びしたい。
以下、経緯と今後必要とされる議論について述べたい。

◆いわき医療・まちづくりシンポジウム
事の発端は、2014年8月9日、10日にいわき市で開催された「いわき医療・まちづくり公開シンポジウム」の医療部分について基調講演を依頼されたことである。筆者が講演を要請された理由は二つある。第一に、東日本大震災後、福島県浜通りに対して、さまざまな支援を行ってきたこと、第二に、東日本の医療提供不足について、分析と対応策を発信し続けてきたことである。

東日本大震災後、筆者は以下のような活動を主導した。いわき市の透析患者61名とその家族、病院職員の安房地域への避難受け入れ(4)。老健小名浜ときわ苑の利用者120名と職員50名の鴨川への避難受け入れ(5、6)。磐城共立病院の人工呼吸器装着患者8名の亀田総合病院への受け入れ。福島県社会福祉事業協会の知的障害者施設9施設の利用者約300名と職員約100名の鴨川への避難受け入れ(7)。南相馬市立総合病院に医師1名、リハビリ職員2名派遣。南相馬市での医師募集支援(8、9)。

シンポジウム開催にあたり主催事務局から、いわき市とその周囲の医療事情について、さまざまな資料が送られてきた。
筆者が最も驚いたのは、磐城共立病院は救命救急センター(三次救急)を運営しているにもかかわらず、常勤医師が114名(2014年9月1日現在の病床数は761床)しかいないことだった。ちなみに亀田総合病院も救命救急センターを運営しているが、2014年11月1日現在、病床数917床に対し、常勤医師数は368名である。

救命救急センターは、重症及び複数の診療科領域にわたる、すべての重篤な救急患者を、原則として24時間体制で必ず受け入れることを役割とする。十分な数の救急専門医と診療各科のしっかりしたバックアップ体制が必要である。筆者は、常々、三次救急を無理なく運営するには、少なくとも250名の医師が必要だと考えてきた。

いわき市の人口は2014年10月現在、326,093人で仙台に次いで東北地方第2位である。いわき市を含めて福島県浜通りで、救命救急センターが設置されているのは、磐城共立病院だけである。厚労省の救命救急センターの評価結果によると2012年度の、救命救急センターの専従医師数と重篤患者の受け入れ実績は、東北大学が21に対して594、福島県立医大は14に対し551だった。一方、磐城共立病院は専従医師数4に対し受け入れ数810であった。現場の医師には頭が下がるが、これでは潰れてしまう。
送られてきたデータには他にも深刻なものが含まれていた。医師の需給が東日本大震災前から逼迫しており、いわき市では勤務医が減少し続けていた。勤務医数は、2000年の379名から徐々に減少し、震災前の2010年には、283名と25%も減少していた。

違和感を覚えたのは、浜通りでは寄付講座による医師確保策が、正当かつ効果のある方法だとみなされていることだった。2014年6月27日、いわき市長と双葉郡の8町村長が連名で、安倍内閣総理大臣を含めて6名の国会議員に要望書を出した。この要望書には、「いわき市・双葉郡の地域医療に関する研究等に取り組む『寄付講座』を国の主導で開設し、本地域の医師の確保を図ること」と書かれており、寄付講座が当然の医師確保対策とされていた。シンポジウムの主催者側も明確な問題意識を持っていなかった。
筆者は、寄付講座には以下のような問題があると認識している。とりわけ深刻なのは、大学による病院支配によって、病院の主体性が損なわれることである。

1)経営上の問題:不合理に人件費が上昇する可能性がある。
2)財政規律が損なわれる:公立病院から大学に予算が吸い取られる。
3)大学による病院支配:病院が独立した主体でなくなる。

◆地方公共団体から国立大学への寄付は原則禁止だった
そもそも、地方公共団体から国等(国立大学法人も含まれる)への寄付は、財政規律を確保するために、法律で原則禁止されていた。国がその地位や立場を背景として、本来自己の負担とすべき経費につき自発的寄付という名目で地方公共団体などに負担を転嫁したり、あるいは地方公共団体の側においても、国等の施設等誘致のために寄付することが頻発したためだとされていた。

2004年、釜石市、石巻市、塩釜市が、東北大学関連財団法人を通じて、東北大学医局あるいは教授に寄付したことが違法であるとして、各首長に対し、寄付先に対し返還請求をすることを求める住民訴訟が起こされた。石巻市の事例では、一審は、原告勝訴となったが、2006年7月27日の仙台高裁判決では、公立病院が国立大学医学部の医局に対してした寄付が、地方財政再建促進特別措置法24条2項ないし地方財政法4条の5の規定に「抵触するものであった疑いが払拭できない」としたものの、すでになされた行為が「ただちに私法上無効であるということはできないというべきである」として、原告の請求が退けられた。判断にあたり、「公助良俗に反するなどこれを無効とすべき特段の事情があるということはできない」とした。

寄付の意図について、第一審で原告は、「真の理由は同医学部からの派遣医師の確保にある」と主張した。従来、地方では医師不足があり、「病院は大学に派遣を要請する」が、大学医局にとって「希望者の少ない地方病院への医師派遣は大きな負担となる」。「地方病院は医師を確保すべく研究助成名目等で寄付することにより医師派遣を要請するようになり」、大学医学部も「それを承知して寄付金を受領していた」とする。これに対し、仙台地裁は、石巻市が支援等に対する報奨として寄付を考えていたことは認めたが、「派遣医師との間に対価性を認めるに足りる証拠はない」とした。

東北大学が「医学研究においては、今後公立病院からの研究助成を一切受けないとの決定を自律的にした」ことが、判決文に記載されている。反省を行動で示したことが、公序良俗の判断に影響した可能性がある。
その後、法律が改正され、2011年11月30日より、寄付金の支出が自治体の自主的な判断に委ねられることになった(地域の自主性及び自立性を高めるための改革の推進を図るための関係法律の整備に関する法律)。この法律には、衆参両院で、国等が地方公共団体の寄附を前提とする不適切な施策展開を図ることや、地方公共団体間の競争をいたずらにあおることがないようにすべきであるとする付帯決議が付けられた。付帯決議は改正で削除された部分と同様の趣旨であり、この法律の出自が悪いことを示す。

◆派遣病院は医局の「縄張り」
日本の多くの病院は、医師の供給を大学の医局に求めてきた。医師の派遣主体は、大学ではなく、個々の医局である。寄付講座といえども、各医局の承認なしに学長が医師の派遣を決められるものではない。医局は、自然発生の排他的運命共同体であり、法による追認を受けていない。外部からのチェックが効きにくいため、何でもありの原始的な権力として行動する。派遣病院は縄張りとして、医局の支配下にあるものとみなされる。医局出身者以外、あるいは別の大学から院長を採用したり、他の医局の医師を採用したりするだけで、医師を一斉に引き揚げることがある。何らかの強制がなければこのようなことが起きるはずがない。

医師向けのサイトで、医局からの足抜けがしばしば議論されている。医局を脱退しようとすると、精神的暴力とでもいうべきいやがらせを受けることがある。医局を辞めて他で就職するのに、弁護士を伴って談判に臨むことが本気で勧められたりしている。
前述の仙台高裁の判断は医局人事の実態を考慮していない。寄付より、大学による病院支配がはるかに大きな問題である。力関係が偏った中で、別法人の人事に影響力を行使することは、明らかに公序良俗に反する。

東北大学は、東日本大震災後、東北メディカル・メガバンク構想を復興予算の枠で要求し(10)、莫大な予算を獲得した。医師の定員も増えたらしい。構想は、復興や被災者の生活再建と無縁のもので、筆者はこれを火事場泥棒と表現した。メディカル・メガバンクから医師を派遣することが提案されていたが、東北地方のある公立病院の院長は、逆に地域から医師を奪うものだと認識していた。

つづく

2015年01月06日 MRIC by 医療ガバナンス学会

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