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‘離脱ショック’を味方にした安倍政権と今後の日本経済運営

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― 英国民は国民投票(6月23日)でEUからの離脱を選択した。それから1か月、直後に起きた世界市場での金融混乱も相応の安定を取り戻してきた。それと比較されるリーマン・ショックは金融システムに内在する連鎖危機、一方の離脱ショックは政治システムともいうべき外部からの衝撃。その点、当面の金融危機は回避されよう。問題は、他のEU加盟国や世界経済に与える影響がじわじわと長期に現れてくると予想される処、それへの対応整備が不可避となっている。そのBREXITショックは、政治的には当時、参院選にあった安倍政権運営にはいささかの機会をもたらし、不幸中の幸いと映る。が、アベノミクスの可能性に影を落とし、いまその見直し、再構築に追われている。一方、参院選は日本の明日をも律する社会保障問題を素通りしてしまった。そこで、BREXITを機に改めて覚醒させられた日本の課題、二つについて考察した。(2016/7/28)

 

目次

1.離脱ショックを味方に頂いた安倍政権

2.日本経済の活性化と、企業の戦略行動

(1)経済活性化の源泉は規制改革

(2)ソフトバンクの英ムーア社買収

3.参院選が素通りした社会保障問題

(1)シルバー民主主義

(2)八代教授の示唆

おわりに:日本がそうなっていないか

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

1.離脱ショックを味方に頂いた安倍政権

・離脱ショックは安倍政権運営に幸いした?

6月23日、英国民は、国民投票で、EUからの離脱を選択しました。まさかの選択、と言うほかないものでした。事の重大さに鑑み、急ぎその状況と今後想定される問題について取り纏め7月1日付でまずは緊急報告した次第でした。

英国の国民投票を巡る動きについては、それまで日本でのメディアはあまり報道することもなく、要は対岸の火事を見るがごとくの様相にありました。しかし、国民投票が始まり、その結果が離脱となるや、英経済への不安、今後英国ぬきのEU経済がどうなっていくのか、その世界経済における存在感の劣化リスク等々、一挙に離脱ショックを映す不安材料が噴出、英ポンドの下落、欧州ユーロの下落、更には米ドルにも波及し世界の為替市場は一瞬混乱状態に陥り、その結果、外資はその避難先として相対的に安全とされる日本円に及ぶや、一時90円台に達するほどに急激な円高を招来。これが日本経済の競争力後退との予想から、株式市場は株安に転じたことで、メディアは離脱ショックが日本経済にも一義的なリスクと、初めて自覚したかのように、一斉に報道するようになったというものでした。

その報道の基調は、過去3年半、「円安、株高」を枠組みとした日本経済回復シナリオ、つまりアベノミクスですが、これが英国の離脱決定を受けて「円高、株安」へと180度の転換を余儀なくされたことで、一挙に日本経済は窮地に陥る様相を現出、すわアベノミクスの限界と、声高に叫ばれる処となったと言うものです。

しかし、安倍晋三首相にとって、この新事態は政権運営上、幸いと映る処だったと云えそうです。それはあと追いながら、だから消費増税を先延ばしにした、そのことで国内の消費を冷え込ませずに済んだ、とまさに5月のG7サミットでの合意事項を以って範と垂れたことになったと云うものです。そして、後述するように、その分、参院選でのアベノミクスへの評価にもつながる処となったと言うものです。

要は、離脱ショックが、現下の日本経済の抱える問題を浮き彫りする処となったのですが、それは英国のEU離脱という外部要因に因るものとする事で、政策上の批判を受けることなく安倍政権としては出直しができると言う‘ゆとり’を得た、つまり、離脱ショックが安倍首相の政権維持に力を貸す処となったと言うものです。そしてもう一つ、日本経済回復への刺激策として、これまで避けられてきた赤字国債の発動が、先行き不透明となった世界経済への事前の対応との理由付けを得て、許される状況が生まれたと言うことでした。

 

・安倍自民党は参院選で大勝したが

こうした環境下で行われた参院選挙(7月10日)では、安倍首相は、先の消費増税延期の評価は参院選に委ねたいとするのでしたが、野党が自民党の決定以前に、延期すべきと提案していた経緯もあり特段の争点ともならず、また有権者の多くが消費増税延期歓迎の立場にあったこともあり、結局、安倍自民党は圧勝。安倍首相にしてみればアベノミクスに対する評価が得られたとして次の政治プログラムに踏み出せることになったと言うものです。尤も野党、とりわけ民進党ですが自民に緊張感を呼び起こすほどの政策提言もなく、従って、事前の予想通りに自民党の大勝で終わったと言うものでした。

この結果、連立する公明党、そして改憲支持派の無所属議員と合せ、憲法の改正を目指す「改憲勢力」が、憲法改正を発議できる3分の2に達したのです。既に衆院では予党は3分の2の議席を有しており、この結果、衆参両院で改憲の発議(注)が可能となったというものです。勿論、どう改正するかは、全く次元の違う話です。

(注)日本国憲法第96条(憲法改正の要件が謳われている条文):「この憲法の改正は、各議院の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票、又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする」

さて、安倍首相は、多くの国民からの信任が得られたとして、‘アベノミクスを強力に進める一方、憲法の改正に向かいたい’と、直後の記者会見では言葉を走らせていましたが、なにか国民から白紙委任を得たかの雰囲気です。確かに今回の選挙では、有権者は結果として安倍氏にバブル崩壊後の日本で最強ともいえる政権基盤を与えたのです。そして、その事は、今後の彼の政治行動が、改憲ドラマにシフトしていくことを示唆する処ですし、又その分、国民にとって不安と映る処です。尤も、開票の進む10日夜のTV番組では、安倍首相は改憲について「落ち着いて取り組んでいきたい」と語り、不安を打ち消さんとしていましたが、併せてデフレ脱却への決意を示し、アベノミクスを加速させる、と力説していました。そうです。その姿勢を貫くことが重要と、強く訴えておきたいと思うのです。

因みに、いまだ震災復興問題を抱える東北、原発問題を抱えた九州、更には米軍基地を抱えて苦しむ沖縄など、これら一人区では、野党候補が自民党現職候補を抑えて勝利しており、従って安倍政権に対し全面的な信任が与えられたとは言い難い状況にあります。勿論その結果は、民進党と共産党の選挙協力があってのことということでしょうが、3年前の前回、一人区での戦績は、自民党の29勝2敗でしたが、今回は21勝11敗となったことは、野党4党の選挙協力があったとはいえ、地方の安倍政権に対する批判の強さを示唆する処と言うものです。それだけに、安倍首相には奢ることなく、そうした現実を十分に認識し、立憲主義政治の枠組みを遵守した行動を、願ってやまないのです。

序でながら、今回の選挙でも、安倍首相は「憲法改正」を争点とすることを避けていました。が、翌朝11日のメディアは、彼の悲願である改憲に大きく歩を進めることになったと、賑やかに書き立てていました。安倍政権の下で行われた過去2度の選挙では常に争点隠しをする一方で、事後には秘密保護法、安保法制定等、国民が求めることもなかった事案に向かっていった、又その結果が、アベノミクスを中途半端なものとし今日の経済の混迷を招来してきているのですが、そうした国民を欺くような政治行動をリファーすることもなく報道するメディアの姿勢に、それで大丈夫なのと、疑問を禁じ得なかったというものです。

いやしくもメディアたるもの、時の政権を監視し、批判し、然るべき方向を示していく事に、

メディアとしての矜持があるはずです。

 

 

・The Economistの示唆

因みに、The Economist (July 16, 2016)は、日本の政治の現状について `Shinzo Abe may have the two-thirds majority he needs to change the constitution. But fixing the economy is more urgent’ (安倍首相はいま憲法改正に必要とされる3分の2の条件を手にしたが、経済の立て直しこそが、今、最も緊急のこと)と、次のように警告を発しています。

― 過去3年半、経済は金融財政の刺激策を擁したアベノミクスの下、運営されてきたが、その現状はと言えば、いまだ先行き見通しは不透明なままにあり、賃金は停滞、完全雇用の状況にも拘わらず消費が依然低迷にあるなどで、改憲よりも何よりも、アベノミクスの再稼働が必要というのです。つまり、安倍首相は二つのテーマ、一つは経済力の回復・強化、もう一つは憲法改正、を持ちながら、選挙中は、改憲についての議論には蓋をし、選挙に勝った今、改憲についての議論を持ち出し、安倍首相は‘art of politics’(政治の技術)を擁して改憲を進めたいと言う。その行動には違和感があるが、改憲作業には大変な時間とエネルギーが必要となる。そして急いで事を進めようとすれば、今回の英国の国民投票に見るように十分な国民の間での議論を経ることのないままでは単に国論を二分するだけと、警告する一方、安倍氏は経済の構造改革に邁進すべしと言うのでした。

つまり、改憲より成長戦略を、と云うことでしょうが実際、今の日本には「改憲も脱デフレも」と二兎を追うゆとりなどないはずです。というよりも、2014年以降の安倍氏の政治資源の使い方が示したように、異次元の金融緩和で経済回復のきっかけを掴みだした矢先、急きょ安保関連法制問題に、これこそ国民が求めるものではなかったものですが、その膨大な政治資源を費やしていき、その間、経済回復に向けての政策推進力を欠く結果、景気後退を余儀なくされ今日に至ってきているのです。

今次、離脱ショックで日本経済に起きた反応は「円高・株安」でした。これはこれまでの回復シナリオとされてきた円安・株高とは真逆を演じる処でしたが、この事態は過去3年半、成長戦略の軸としてきた金融緩和の限界を示唆するものであり、更には、成長戦略自体、力不足にあったことを立証する処となったと言うものでした。つまり、英国の離脱ショックが露わにしたことは、まさにアベノミクスの回復の姿とは、大量の金を撒くことで作り上げられた‘張り子のトラ’という、つまり自律的な経済には至るものではなかった事を検証するものだったのです。

安倍首相はこの点、幾度も「アベノミクスのエンジンをふかす」と言っていますが、問題はその‘ふかし方’です。7月11日の記者会見では安倍首相はデフレ脱却に向けた「内需を下支えできる総合的大胆な経済対策」を8月までに取りまとめる、その際のキーワードは「未来へ投資」だとしていたのです。その方向は正しいと思料するのですが、さて、伝えられる脱デフレ対策の内容は、事業規模で20~30兆円、財政で10兆円超の規模が想定され、更に、国の補助で民間が行う事業などで、見かけの数字をかさ上げする旧来型手法の域を出るものではなく、短期的な刺激策ばかりが目につくと言うものです。短期志向の問題は、政治でも株でも、長期的なツケが大きくなる事、銘記しおくべきと思料するのです。

 

・新しい成長軌道づくり

処で、過去20年間の日本経済の実質成長率と潜在成長率の平均を見ると共に0.8%です。これでは海外発のショックでたちまちマイナス成長に戻ってしまいます。その点では、潜在成長率の底上げが不可欠ですし、その為には構造改革の促進が不可欠とされる処です。

参院選を終え、政治的には一つの節目を超えた今、中長期的視点から、従来とは違う発想で、新たな成長軌道をつくり出す、その政治的意思の確認と、それに向けた行動様式のシフトを図るべきと言うものです。もとよりこのプロセスとは経済の論理の基本に立ち戻り考察することとなるのですが、それこそはアベノミクス総括の道となる筈です。

 

2.日本経済の活性化と、企業の戦略行動

(1)経済活性化の源泉は規制改革

・潜在成長率

経済の持続的成長を確保する為には、定石としてまず潜在成長率を高めていく事が不可欠とされる処です。潜在成長率を規定する要素は資本、労働、生産性の三つです。(注) これら要素のうち資本については、需要停滞が構造化するなか、企業の設備投資は進まず、財政出動を仰ぐ様相にあり、景気刺激策次第とする状況にあります。が、いまより問題とされるのが労働であり、生産性とされています。

(注)「資本」とは、生産活動に必要な工場機械設備などを指し、「労働」とは、労働人口と労働時間の積とし、「生産性」とは、これら生産要素を産出に変える「全要素生産性」(技術の革新や技術の活用法の進歩、労働や資本の質向上等)—- GDPと違って中長期的に持続可能な経済成長を示す。

まずその労働ですが、少子高齢化の進行で、労働力人口の減少が急速に進んできており(後述)、これへの対応策が喫緊の課題となっています。つまり現在の生活水準を落とすことなく持続的経済としていく為には、労働力の確保が大きな課題となっています。もう一つの要素、生産性ですが労働生産性の国際比較をOECD統計(2012年)でみると、日本の一人当たりGDPは加盟国34か国中、18位($35,303)、尤も為替次第で変動はあるのですが、労働生産性(注)で見ると加盟国中21位に下がっています。言うなれば競争力の低下ということです。かつては日本の生産性は米国に次ぐ高水準にあったものです。

(注)購買力平価(PPP)換算労働生産性:PPPで評価されたGDP/ 就業者数

従って、潜在成長率をかさ上げし、新しい成長軌道を整備していく事は、これら二つの要素にどう対応していくかが、問われていくと言う事になるのです。

まず労働力の確保問題ですが、既に女性の労働参画の推進、又労働意欲がある高齢者の積極活用など既に進められつつあります。これは労働市場の流動化促進としても取り上げられる処ですが、現実は雇用慣行も含めまだまだ労働市場を巡る規制が多々で一筋縄では事は進みそうもありません。現在内閣府には規制検討委員会と言ったようなものが設置はされていますが、とにかくこの際は関係規制の改革を抜本的に進めていくべきと思料するのです。と同時に、さまざまの問題の根底にある働き方の改革を具体的に進めるべきでしょう。というのも長時間労働や少子化、格差問題などの背景に働き方があるからです。

そして、次にくる課題が、外国労働者移入による労働力確保促進です。これまでアジア等途上国からの移入を念頭に置き、日本がオープンにしていれば、いつでも雇用できると言っていたのが、今では、日本の給与水準が魅力を欠く状況にあり、勿論文化的背景も有之ですが、そう簡単な問題ではなくなってきています。これも労働市場の流動化促進という規制改革の中でどう対応していけるか、企業の受け入れ対応の如何でしょうが、政府も積極的にサポート体制の整備を図るべきと思料するのです。

もう一つの生産性向上については、基本的にはイノベーションを如何に進められるかにあると言うものです。その点では、第4次産業革命と言われる今日的経済環境に照らし、ICTを活用したオープンな事業様式の導入、またドイツに見るようなIoTコンセプトの下、政府と企業が連携した新しい産業システムの構築を通じて生産性の向上を図っていくことを、この際は明確に目指していくべきと思料するのです。その為にも、産業活動、企業活動を阻害している色々な規制の改廃が不可欠である事、これにより経済活動の場を広げていく事を目指していくべきというものです。それは、これまでも言われてきた「成長の天井」を突き破る道であり、前述、安倍首相がキーワードとした「未来への投資」促進に通じる処です。

つまり、潜在成長率のかさ上げのためには、規制改革が不可欠であり、言い換えると規制改革こそが経済活動活性化の源泉ということと言えるのです。

アベノミクスのステージ1での第3の矢「規制改革」は「成長戦略の一丁目一番地」と首相自ら断言してきたにもかかわらず、安保関連法案に政治資源を向けていった結果、具体的進展を見ることもなく推移してしまったのですが、その点、早急に現状をレビューすると共に、規制改革推進を再確認し、もはや、アベノミクスと言った言葉にとらわれることなく、かくあるべき方向を描くことで、今、必要な対応は何か、が浮かび上がってくるはずです。

 

・アベノミクスの総括

周知の通り、日本は先進国にあって超少子高齢化が進み、30年後には3000万人口の減少が云々されています。これはヨーロッパで云えば一国が消滅してしまうことです。 現在の日本経済は1億2千万人口を前提としたシステムで動いています。しかし30年後はそのシステムでは回せなくなっていく事は自明です。そこで、従来型の発想にとらわれない、新しい発想の下、経済のあるべき方向を質しながら、次代に繋ぐ新しい成長軌道の構築を目指すべきというものです。こうした問題解明へのactionこそが、ここで云うアベノミクスの総括なのです。

 

(2)企業の戦略行動:ソフトバンクの英アーム社買収

処で、BREXIT のお陰で円高になり、これまでの円安をベースに目指してきた景気の回復のシナリオが狂いだしたと大変な騒ぎですが、むしろ円高、円パワーを活かした、例えば海外企業の買収などと言った戦略の展開を積極的に考えていくべきではと、‘かつての日本企業’を思い出しながら、周辺には話しをしていたのですが、そこにビッグニュースが入ってきました。

7月19日、ソフトバンクの孫正義社長が、半導体設計の英「アーム・ホールディング社」を買収すると発表したのです。その買収価格は、なんと3兆3千億円。実現すれば日本企業による海外企業買収では過去最大の案件です。そして圧倒したのは、その資金調達の凄さです。

メディア報道によると、世界の有望株、一つは中国のアリババ集団の一部保有株の売却を9か月かけて纏め、フィンランドのゲーム大手スーパーセルの持ち株全株を売却して、2兆円を捻出、残りを銀行融資で賄うと言うのでした。

アーム社はスマホに使う半導体の設計を得意とし、モバイル機器向けでシェアは9割に及ぶとされており、米アルコムや韓国サムスン電子、台湾メディアテックと言った半導体メーカーに半導体の回路設計図を提供しているいうなれば黒子企業です。

孫社長の事業観では現在、主力の通信サービスは格安事業者の台頭もあり、成長余地が小さい。そこで戦略としては、半導体という新領域に挑み、大胆に事業構成を変えていかん、とするものの由ですが、その前提となっている彼の‘読み’こそが経営者、孫正義の真骨頂と云うべく、スマホは成熟期を迎えており、次のパラダイムに賭ける決断をしたと云うのです。あらゆるモノがインターネットに繋がる「IoT」に代表される将来のネット社会で頭脳になるのがアーム社の持つ半導体技術と読むのです。それも、これまでの買収とは次元が異なるとの認識で、現時点で本業との相乗効果が見えないことを認めつつ、リスクを負ったと言うものでまさに起業家精神の発露というところでしょうか。20日付け日経社説では、今回の買収についてこう指摘していました。「世界の企業が知恵と技術を競うなかで存在感を示せるか。日本の産業界全体が起業家精神を取り戻さなければならない」と。

今、離脱決定後のポンド通貨の大幅な下落を受け、英国の企業や不動産などに海外投資家の資金が流入する兆しが出てきています。因みに離脱判明後の為替は、対ドルで一時15%、対円では同2割も下落しています。その点、孫社長は、当該案件は10年来の事であり、英国のEU離脱のtimingを狙ったものではないとしていましたがとにかく、その判断、そしてその行動の合理性は極めて評価される処です。円高とは日本円に対する評価の高さを語る処です。従って、この円パワーを経済運営にどのように活かすべきか考察していく一方、長期的には、日本の実力に応じて円高への動きが生まれるような経済を目指すのが正しい道ではと改めて思う次第です。

7月25日、孫社長はメイ英首相と首相官邸で、今回のアーム社買収について報告し、併せて、買収後も英国における同社の雇用拡大等、投資を続ける方針をメイ首相に直接伝え、同首相からは非常に感謝するとのリアクションを得たと、報じられています。

 

3.参院選が素通りした社会保障問題

  • シルバー民主主義

・いま気がかりなこと

いま、日本の将来にとって極めて重要なことはと言えば、少子高齢化と社会保障問題です。それは、これら問題への政治の対応の如何では、日本という国の存立をも危うくしかねない問題であり、その意味で、前述、新しい成長軌道を作っていくと言う課題以上に、重要な問題です。 然し、その社会保障問題が今回の参院選では素通りされてしまっているのです。

選挙後の政治討論会では、ある政治家は、どこでも社会保障を何とかしてほしいと、社会保障に関心が高く、その通りだと思う。しっかりしたものにしなければいけないと思った、と発言していたのですが、選挙の後でこうした発言をするのは「日本の政治が今や当事者としての責任感を喪失し、ポピュリズムに堕したことを象徴するもの」(日経7月27日)と断じていましたが、極めて然りと思う処です。先の英国の国民投票結果が示唆することの一つに、高齢化が進む下で、社会保障の給付と負担といった問題に政治が問題の解決に有効な施策を打ち出せずにあったことが云々されています。そうした指摘にも学ぶこともない、政治家の感性とは如何なものかと改めて感じさせられる処です。

 

・2015年国勢調査

更に、気がかりなことは、選挙戦最中の6月29日、総務省が公表した2015年国勢調査結果(速報)に何ら触れることもなく通り過ぎてしまった事でした。その国勢調査の内容は、2015年の65歳以上の高齢者人口が、調査開始以来、初めて全ての都道府県で15歳未満の子供人口を上回ったと言うものです。つまり総人口に占める高齢者比率は26.7%と、4人に一人が高齢者ということで、全国津々浦々どこへ行っても高齢者の存在が一段と大きくなってきたと言うものです。序でながら人口問題研究所によると2030年には65歳以上の人口は31.5%に達する由です。

そして、問題は、この帰結として膨らむ社会保障費をどのように賄うとしていくのか、ということですが、まさに国家財政を律する大きな問題であり、今後とも日本経済の政策の中核と位置づけられると言うものです。が、この数字に触れることもないままに通り過ぎる今の政治に、どこまで‘信’をおけるものかと、思いは深まるばかりです。

因みに1990年度以降の国債残高の増加要因をみると、90年代では公共事業費が大きい要因でした。しかし、2000年代になると社会保障費の伸びが大きくなっており、団塊の世代が年金を受けだした2009年頃からはそれが圧倒的となっており、1990年度以降、公共事業費の増加分の合計が59兆円であったに対し、社会保障費のそれは251兆円に上っています。この数字は、与野党あげて高齢者を票田としているだけに、減ることはなさそうです。2015年度に116兆8000億円に達した社会保障給付は、このままでは2025年度には148兆9000億円に増える見込みとされています。その年、団塊の世代は全員が75歳以上の後期高齢者なのです。

 

・シルバー民主主義

急速な高齢者の増加は、現実的には高齢化した有権者の増加を意味し、従って政治の場を通じて高齢者の要求が通りやすくなってきた、つまりシルバー民主主義と言われる政治環境の深化する中、具体的には、止まらない社会保障関連の財政支出の増大をどのようにコントローするかが国家運営での最大の問題とされる処です。

社会保障費の財源として進められていた消費増税の実施は延期となっていますが、それにも拘わらず、与野党いずれもが口を揃えて、社会保障の充実策は進めると主張していたのです。一体どうしてそれが可能なのか、本来なら他の支出を抑えてでも、と云うべき処でしょうが今や、与党も野党も、一緒になって赤字国債を発行してでも充実をと、言うのです。

現在、高齢者に対して支給されている年金は現役労働者が拠出する資金を財源とするものですが、現状システムを前提とする限り、年金制度の破たんは不可避というものです。これこそは真に、日本の将来にわたる大問題と言うものです。労働人口が減り、経済規模の減少が予想され、財源も細くなる。その一方で、高齢者が増えていくとなれば、シルバー民主主義の下、税も保険料も増やさざるを得ないと言うものです。それができないとすれば財源確保のためには、やはり赤字国債を増やすしかないと云うことになるのでしょうか。まさに政治の出番です。

 

  • 八代教授の示唆

そもそも、現行の社会保障制度における問題点はどういうものか。昭和女子大特命教授の八代尚宏氏は著書「シルバー民主主義」(2016年5月)において、経済学的視点から、以下解説するのです。 現行制度の基本は「低所得高齢者の救済を名目に、勤労世代かの所得移転をできる限り拡大させよう」とする思想に負うもので、それが年金給付として制度化したものだが、年金制度を支える前提条件(人口構成)が大きく変化してきた。それにも拘わらず、制度の抜本的な改革がなされず、その結果、後の世代に大きな負担を先送りしている現状に全ての問題が集約されると指摘するのです。

その上で、現行の制度に係る問題点として、次の2点を指摘するのです。その1つは、少子高齢化が進む下で、賦課方式にあることで、後の世代へと先送りされる簿外債務の増大と、世代間格差の拡大に繋がっていること。そして、その2つは、現在の高齢者への給付の財源が税金・社会保障料だけでは賄えず、後の世代の負担となる大幅な債務残高が累積していること、があげられると言うのです。そして、更に同氏は、前掲著の中で、低所得高齢者の救済は、世代間所得配分でなく、年金の支給開始年齢の引き上げ、年金所得や資産の課税強化など、高齢世代内の所得移転で対応すべきとし、併せて急増する社会保障費を抑制して財源の効率性を高めるため「社会保険から保護福祉」に政策転換すべきと、その方向性を示すのです。

要は、社会保障の充実を言いながらも、財源は不明。中高年に優しく、将来世代にツケを回す構造が温存されてきている処、その姿こそは、まさに構造問題なのです。

今回の選挙から選挙権が18歳以上に引き下がったのも、その一つには、将来的に保険料拠出者となる若者の意見をより広く採り入れんとする事にあったとされるのですが、具体的に政治はどう対応しようとしているのか、今こそ、政治の強い意思として、これが100年の計として、対応策の果敢な構築を求めていきたいと思う次第です。

 

おわりに:日本がそうなっていないか

 ― 欧州で多用されている国民投票は、問われているテーマをそっちのけにして、ときの政権に対する不満をぶつける場になっている。(イアン・ブレマー)

7月21日、米共和党大統領候補としてドナルド・トランプ氏が指名されました。泡沫候補と揶揄されていた彼がホワイト・ハウスの主になるための階段を、あと一歩と云う処まで登ってきました。その勝因は一言で言って、格差の拡大、それが齎す社会の二極化をたどる現状への不満、更には、その背景にある低賃金外国労働者の移入で、職が奪われてきたと言うことへの不満、等々、そうした大衆の不満に訴えてきた、いわゆるポピュリズムに訴えてきた結果と言われています。が、要は、共和党であれ、民主党であれ、今やエリートのための党になってしまった、自分たちは党に裏切られたのでは、という思いを抱く多くの労働者、とりわけ白人の憤りが政治的救世主の出現を望んでいたところにトランプという人物が現れ、また彼もそこに勝機を見出してきたと言うものと思料します。そして反自由貿易から富裕層への課税強化まで、共和党の基本方針に背く主張を厭わないのはその為だとされています。こうしたポピュリズムが動かす構図は、先の英国がEU離脱を選択した構図とも重なる処ですし、フランスや他の欧州諸国で国民投票を求める極右の動きにも通じる処というものです。

ただ問題は、社会の二極化で、中産階級の力が弱くなると、社会全体としての余裕がなくなる処、国内的には「他者」への寛容度が低下し、排外主義的傾向が強くなり、対外的には国際関与に消極的になり、孤立主義的傾向が強まるとされています。トランプ氏が大統領になる、ならないはともかく、彼が現れてきたことで改めてinequality、格差、不公平への是正策が民主主義資本主義経済の最大の課題となっている事を自覚させられたと言うものです。

経済の開放、グローバリゼーションの推進で世界は豊かになってきました。 が、こうしたコンテクストにあっては、格差を生む元凶として、グローバリゼーションが否定されかねません。今月で任期2期目に入ったIMFのラガルド専務理事は7月14日付けFinancial Timesとのインタビューで次のように語るのでした。― いまアメリカや他先進国では政治的に反グローバリゼーション声を吹かしている。とりわけ米国では大統領候補となったトランプ氏の言動は、グローバル経済にとって決して許されるものでなく危険極まりない。IMFとしては、income inequality の問題に焦点を絞り、これからの5年間、あらゆる角度から取り組んでいく、つまり‘Fighting inequality to save globalization’ と強調するのです。期待したいと思います。

さて、23日付日経は社説で、仮に‘米国一国主義’を唱えるトランプ氏が動き出したとしたら「共和党は弱体化し、米政治が一段と混乱に陥るかもしれない。自国さえ良ければよいと言う風潮が世界に広がるのも心配だ。日本がそうなっていないかにも気を付けたい」と、質していました。世界同時トランプ現象が云々されるいま、安倍政治にもポピュリズムの色合いが時に強く映る処、なにか危うさを禁じ得えなません。 ― 今日、ヒラリー・クリントン氏が民主党の大統領候補に指名されました。

 

以上

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