日本人・日本はもっと同盟国アメリカを知るべきだ
- 相手国を十分に知ることが「同盟」関係の前提
結婚とは、男女が運命を共にする契りを結ぶことです。だから、結婚をする時には、お互いに運命を共にするに値する相手であるかどうか、相手の氏素性・来歴――個人情報――を徹底的に調べるのが一般的です。また、結婚後も、油断できません。相手が浮気していないか興信所に調査を依頼する人もいます。
さて、国家間で取り交わす同盟は、いわば国家と国家の結婚に相当するものだと思います。結婚するに当たって、相手のことを知る努力をするのと同様に、私たちは同盟の相手国の内情や信頼性などについて十分に知る必要があります。同盟締結後は、もちろん、継続的に相手国の動向を確認することが必要です。「日米安保条約」に国の命運を委ねる日本は、アメリカについて徹底的に理解・研究することが必須であると思います。
- 日本・日本人は戦前も今もアメリカについて無知
旧軍のエリートは、ドイツ留学や駐独大使館勤務組が栄達し、アメリカを知る将軍や提督は少なかったそうです。歴史に「イフ(if)」というのは、せん無いことですが、「アメリカを知る」という脈絡からいえば、日米開戦前に山本提督のような知米派の実力者(将軍・提督、政治家)が山本提督の他にあと10名ほどもいたら、大東亜大戦は回避できたかもしれません。
私は、陸自退官後、還暦直前の2年間ハーバード大学アジアセンターに上級客員研究員として勉強する機会を頂きました。この間、アメリカに身を置いて実感したことは、私自身、アメリカについてあまりにも無知であるということを実感した次第です。
- ジャパノロジスト(日本研究者)が2000人
同盟国である一方のアメリカは、日本のことを徹底的に解明する努力をしています。アメリカの対日情報の凄さの一端を紹介しましょう。アメリカには日本研究者(博士クラス)がなんと2000人以上もいるそうです。半端ではありません、日本語を完全にしゃべって、日本の文献のあらゆるものを読んで、日本に関する様々な分野に精通している学者が2000人以上もいるのです。
私がハーバードで見た、日本研究者の一例を申し上げます。ハーバードの授業は参加自由でした。あるとき、志賀直哉の文学についての講義があるというので、どんなものか参加してみました。その講義は「暗夜行路」の中に登場する時任謙作の心理分析を行うものでした。
この小説のストーリーはこうです。主人公の謙作は妻直子がいとこと不倫したことにずっと悩み抜いて、鳥取県の名峰大山(天台宗の道場)に逃避し、蓮浄院という寺に滞在します。ある日、大山の頂上をめざしました。途中、下痢の後遺症でフラフラになり、案内者とはぐれてしまいます。そして、真っ暗闇の中、草の上に寝転び、しばしまどろんだ後に目を覚ますと、次第に夜明けが始まっていました。下界の風景が刻一刻と、ちょうど地引網が手繰られていくように曙光が広がっていく様に感動し、自分が自然と一つになったような感じがして、自然の大きさと人間の小ささを感じました。謙作は、大自然の中で精神が清められて直子の不倫を許す心境に達し、「心の闇」の中を漂う「暗夜行路」に終止符を打つことができました。
アメリカ人の志賀直哉の研究者は、大山山頂付近の草原の上で、夜明けとともに下界の景色が遷ろうにつれ、謙作の心が変化し、ついには「ある悟り」を覚えるに至る心理分析を見事にやりました。日本人の学者でそういう研究をやっている人がいるのでしょうか。私は、国文学についての素養も無いければ、日本の大学の授業に出たことが無いので、日米の比較は出来ませんが、後で、この授業に参加した日本人の留学生(文学専攻)に聞いたところでは、とても高いレベルのものだということでした。
「こんなレベルの日本研究者が2000人以上もいるのか」と改めて驚きました。もちろん、日本のことについては、憲法から歴史、政治、経済、社会、教育そして国防など各分野にわたって網羅しているのは当然です。彼らは、ジャパノロジストと呼ばれ、エドウィン・ライシャワーやエズラ・ボーゲルなどが有名だ。
- 日米の情報格差――アメリカは日本を「顕微鏡」や「内視鏡」で観察、日本はアメリカを「望遠鏡」で遠望
これらの学者に加え、日本にはCIAなど多数の情報機関要員が活動している。また、これらの情報要員達には、大勢の日本人協力者がいると見るのが常識だ。公安警察は、ロシアや中国の情報要員はマークしますが、同盟国アメリカの情報要員は野放しの状態です。
このように、アメリカによる対日情報・研究のレベルは、例えて言えば「顕微鏡」で日本を観察している、あるいは「内視鏡」で内臓の中までで見ている―という表現がふさわしいと思います。一方、日本は、アメリカについて余りにも情報不足で「望遠鏡」で遠望しているというレベルです。これでは、勝負になりません。日米の情報格差は、戦前も今も昔も変わらないようです。
- アメリカは情報の優越により日本をコントロール
アメリカは、卓越した日本情報を駆使して、戦後の占領状態を継続して、日本を自在にコントロールしてきました。日本をコントロールする人たちはジャパンハンドラーズ(日本管理・操縦責任者)と呼ばれ、マイケル・グリーンやケント・カルダーなどが有名です。
戦後日本の対米関係を総括すれば、我々日本人は、「アメリカのことを十分に知らずして、自らの運命をアメリカに委ねている」、乃至は、「アメリカから自在にコントロールされている」―といっても過言ではないと思う。
- アメリカシリーズの展開
このような思いから、今後はしばらく、ハーバード大学アジアセンターで上級客員研究員時代(05年から07年の間)にアメリカに関して私が考察したことやインテリジェンスに関し見聞したことなどを中心に書いてみたいと思います。
(おやばと連載記事)