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南北五輪閣僚級会談が南北破滅の契機となるかも

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2018.1.11

○ はじめに――北朝鮮問題は楽観できるか?

「トランプ氏、米朝対話に前向き 韓国大統領に電話会談で表明」と題する1月11日付ワシントンD.C.発AFP電は、次のように報じている。

 

ドナルド・トランプ(Donald Trump)米大統領は、韓国の文在寅(ムン・ジェイン、Moon Jae-In)大統領との電話会談で、北朝鮮と対話する用意があると表明した。ホワイトハウス(White House)が10日、発表した。その一方、両首脳は北朝鮮の核開発をめぐり「最大限の圧力」をかけ続ける方針で一致したという。

会談内容は韓国側が先に発表しており、サンダース米大統領報道官がそれを確認した。

会談でトランプ氏は、「適切な時と状況」がそろえば北朝鮮と対話する用意があると表明。ただサンダース報道官は、「両首脳は北朝鮮に最大限の圧力をかけ続けることの重要性を強調した」とも述べている。

 

この記事を読む限り、トランプは北朝鮮との対話の用意はあるものの、北朝鮮の核開発をめぐり「最大限の圧力」をかけ続けるスタンスを堅持していることは明白だ。

筆者は、この度の平昌五輪を機に生じた融和ムードは「キツネとタヌキの化かしあい」による、危機の先送りに過ぎないと見ている。平昌五輪開幕を告げるトランペットの音は、「束の間の静けさ」の後に来る「大嵐」の到来を予告するものでもあるような気がしてならない。

以下「大嵐」を示唆する二つの記事を紹介し、筆者のコメントを添えたい。

臨戦態勢を取り始めた中国軍の動向

「米朝戦争への備え、中国軍が異例の全軍訓練」と題する9日付日経新聞は要旨以下のように報じている(https://www.nikkei.com/article/DGXMZO25432530Y8A100C1000000/)。なお、要点は青色で彩色している。

2月の韓国・平昌冬季五輪への北朝鮮の参加などを巡る南北協議をよそに、中国全軍が臨戦態勢に入った

 

「1月3日、初めて全軍の訓練開始大会を緊急に開き、(国家主席の)習近平が自ら訓令を発した。米軍の北朝鮮攻撃は今後、いつだってありうる」「(中国)海軍陸戦隊の某所における訓練もその一環だ」「南北融和どころではない。米国の動きを感じ取った中国は戦争間近と判断している。核放棄がない場合、動くなら早ければ早いほどよいはずだ。五輪後が怖い」――。2017年末以降、複数の朝鮮半島、中朝関係者らが発した警告である。

 

■4千の分会場つなぐ全軍への叱咤

 

1月3日、中央軍事委員会が史上初めて実施した年頭訓練開始動員大会は異様な緊張に包まれた。主会場は零下の中部戦区(北京、河北省など)の陸軍射爆場。約7千人もの兵士を前に、厚手の防寒軍服を着た習近平が訓令を発した。

 

しかも、全国の軍用空港、軍港、ミサイル基地など4千の分会場をつなぎ、陸・海・空・ロケットなど全軍が参加した

 

トップ就任から5年にすぎない習は、すでに2回も軍事パレードを行った。15年9月と17年7月だ。長い準備を経て実施した、過去2回の参加兵士は1万2千人。今回は内外に見せるパレードでもないのに、規模が大きすぎる。まるで3度目の軍事パレードだ。

 

「全軍の各層は兵を鍛えて戦いに備えよ」「苦難も死も恐れるな」。習近平は年頭に当たり臨戦態勢を取るよう激励叱咤(しった)した。全軍の兵士らは、朝鮮半島情勢の厳しさを瞬時に理解しただろう。中国は武力行使に強硬に反対してはいるが、米大統領のトランプが決断してしまえば誰も止められない。

 

北朝鮮トップの金正恩のみ排除する「斬首作戦」、北朝鮮の軍事機能を停止させる電撃作戦……。どんな状況でも動ける周到な頭の体操が必要になる。もちろん習近平は勝てるはずもない米軍との激突は避けたい。とはいえ万一、米軍が中国の反対を押し切って北朝鮮領内に踏み込むなら、中国は権益確保へ軍を動かす覚悟が要る。

 

その時、中国軍は朝鮮戦争(1950~53年)のように中国東北部から国境の大河、鴨緑江を越えると、多くの関係者が思い込んでいる。だが、それでは迅速に北朝鮮の中心部、首都の平壌まで到達できない。平壌は中朝国境から距離があるのだ。

 

朝鮮戦争では、開戦直後に、北朝鮮軍が勢いに乗って押しまくった。南部の釜山に追い詰められた国連軍は、起死回生の作戦にかける。マッカーサーによる仁川上陸作戦である。朝鮮半島の西海岸に海から回り込んで上陸し、戦局を打開する奇手だった。反対も多かった危険な作戦は成功を収めた。

 

万一、戦いが始まるなら中国軍は68年前の米軍と同様に、朝鮮半島の西海岸に上陸する手がある。平壌は目の前だ。米軍と直接、戦わないにしろ、平壌付近を押さえれば優位に立てる。

 

西海岸への上陸は、マッカーサー以前にも例がある。6世紀末からの中原の覇者、隋の煬帝は高句麗と戦った。高句麗は朝鮮半島北部から現中国東北部まで支配した強国だった。

 

■海軍陸戦隊も山東半島で訓練

 

隋軍は二手に分かれて高句麗の都、平壌に迫る。鴨緑江を越える主力軍と、山東半島から船で朝鮮半島西海岸に上陸する水軍だ。煬帝は大軍を繰り出して何度も戦うが、時に大敗して疲弊し、ついに隋は壊滅する。

 

次は隋に取って代わった唐朝が、高句麗と対峙する。唐軍も高句麗侵攻で海路も使った。山東半島の●(ライ、くさかんむりに来)州(現在の山東省煙台)から黄海を跨いで朝鮮半島西海岸に上陸したのだ。668年、高句麗はついに滅びた。

 

海をまたぐ現代戦に必要なのは、機動部隊である。米海兵隊に倣う中国海軍陸戦隊を使えば、迅速に平壌付近へ近づける。上陸用舟艇に陸戦隊、水陸両用車を乗せて一気に渡海すればよい。

 

興味深いことに、中国国営テレビニュースは1月3日、虎の子の海軍陸戦隊を堂々と紹介した。習の全軍訓示の際は、陸戦隊にも焦点を当てた。これこそ危険な朝鮮半島情勢に備える動きだ。

 

陸戦隊の拠点は、朝鮮半島から遠い広東省湛江にある。だが、実際の訓練地は別だ。山東半島である。中国初の空母「遼寧」の母港、青島など海軍基地が多い。17年12月上旬、陸戦隊は山東半島の複数の軍港で装備を船で素早く運ぶ訓練にいそしんでいた。中国軍網などの公式報道である。

 

「陸戦隊は海軍5大兵種の一つで、何度も海外で先鋒を務め、陣頭に立つ人民軍の名刺的な存在」。こう紹介する。万一の場合、習近平は隋の煬帝、唐の太宗、そしてマッカーサーにならう渡海作戦を決行する可能性がある。その起点は山東半島かもしれない。

 

一方、陸から北朝鮮に踏み込む中国軍には、別の任務がある。中朝国境から北朝鮮に百キロほど入れば、豊渓里(プンゲリ)の核実験場を含む核関連施設を押さえ込める

 

北朝鮮は主要な軍施設を中朝国境に置く。米軍の攻撃を受けにくいからだ。もし空爆が中国側に及べば米中戦争につながるため、米軍は二の足を踏む。つまり北朝鮮は、中国を人質にとってきた。

 

米軍のピンポイント爆撃が成功しなかった場合、戦局は混乱する。その時、中国軍は動かざるをえない。名目は北朝鮮から難民流入の防止である。しかし、それなら百キロも踏み込む必要はない。

 

■腹を固めたのは11~12月か

 

では、習近平が中国軍も臨戦態勢に入らざるをえないと腹を固めたのはいつなのか。それは17年11月から12月にかけてである。

 

9月の北朝鮮の核実験で、金正恩はトランプが引いたレッドラインを越えた。11月初旬の北京での習・トランプの密談、続く11月末の米ワシントンでの米中両軍の参謀部同士の意見交換を経て、覚悟を決めるしかないという判断に至ったのだ。

 

だからこそ、吉林省共産党委員会の機関紙、吉林日報まで「核戦争に備えよ」という異様な特集記事を12月上旬に掲載した。その経緯は、先にこのコラムで紹介した。

 

いま中朝国境の中国側にある吉林省と遼寧省、そして黄海の向こうが朝鮮半島である中国・山東半島は、米朝戦争への備えを着々と進めている。

 

米中朝は、極めてあやうい心理戦を戦っている。主役の一人が習近平である。共産党大会をようやく乗り切ったとはいえ、再び大きなプレーシャーにさらされている。ストレスは相当なものだろう。

 

一方の主役、金正恩は元日、核の実戦配備と、五輪参加を絡めた南北対話という硬軟取り混ぜたくせ球を投げた。「核のボタンは私の机の上にいつも置かれている」

 

その脅しにトランプが言い返した。「私も核ボタンを持っている。だが、彼のよりもっと大きく、もっとパワフルだ」

 

一方で、数日後には、条件次第で金正恩との電話協議も「問題ない」と付け加えた。俺の方が強いぞと虚勢を張る半面、下手に出るなら話してやってもよいとする子供同士のケンカのようだ。とはいえ、決して笑い話では済まされない。異常で危険に満ちた18年の始まりだった。

○ アメリカ・トランプはソウルが火の海になろうとも北朝鮮空爆を――戦略家のエドワード・ルトワック

前情報メモ23でも触れたが、著名な戦略家のエドワード・ルトワック (米CSIS戦略国際問題研究所シニア・アドバイザー)は、1月9日付のニューズウィーク誌やシカゴ・トリビューン紙などに「南北会談で油断するな「アメリカは手遅れになる前に北を空爆せよ(It’s Time to Bomb North Korea)」 (http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/01/post-9271.php)という記事を寄稿し、以下のようにトランプ政権に北朝鮮に対する先制攻撃を慫慂している。全文紹介する。

なお、要点はピンク色で彩色している。

 

<2年ぶりの南北会談はまたも問題先送りで終わるだろう。北朝鮮がアメリカに届く核ミサイルを完成させる前に、核関連施設を破壊すべきだ>

 

1月9日、韓国と北朝鮮による2年ぶりの南北高官級会談が行われているが、結果は今までと同じことになるだろう。北朝鮮の無法なふるまいに対し、韓国が多額の援助で報いるのはほぼ確実だ。かくして、国連安保理がようやく合意した制裁強化は効力を失う。一方の北朝鮮は、核弾頭を搭載した移動発射式の大陸間弾道ミサイル(ICBM)を複数配備するという目標に向けて着実に歩みを進めていくだろう。

 

北朝鮮の過去6回の核実験はいずれも、アメリカにとって攻撃に踏み切る絶好のチャンスだった。イスラエルが1981年にイラク、2007年にシリアの核関連施設を爆撃した時のように。いかなる兵器も持たせるべきでない危険な政権が、よりによって核兵器を保有するのを阻止するために、断固として攻撃すべきだった。幸い、北朝鮮の核兵器を破壊する時間的余裕はまだある。米政府は先制攻撃をはなから否定するのではなく、真剣に考慮すべきだ。

 

当然ながら、北朝鮮を攻撃すべきでない理由はいくつかある。しかしそれらは、一般に考えられているよりはるかに根拠が弱い。北朝鮮への軍事行動を思い止まる誤った理由の一つは、北朝鮮が報復攻撃をしてくるのではないかという懸念だ。

 

  • ソウルが火の海になっても

 

アメリカの情報機関は、北朝鮮がアメリカ本土に到達しうる核弾頭を搭載した弾道ミサイルをすでに開発したと言ったと伝えられる。しかし、これはほぼ間違いなく誇張だ。むしろ、将来の見通しとでもいうべきものであり、迅速な行動によってまだ回避できる。

 

北朝鮮が、長距離弾道ミサイルの弾頭に搭載しうる小型化可能な核兵器を初めて実験したのは2017年9月3日。そして、ICBM(大陸間弾道ミサイル)の初の本格実験を行ったのは2017年11月28日。それから今までの短期間で核搭載のICBMを実用化することなど不可能だ。

 

北朝鮮を攻撃すれば、報復として韓国の首都ソウルとその周辺に向けてロケット弾を撃ち込む可能性はある。南北の軍事境界線からわずか30キロしか離れていないソウルの人口は1000万人にのぼる。米軍当局は、そのソウルが「火の海」になりかねないと言う。だがソウルの無防備さはアメリカが攻撃しない理由にはならない。ソウルが無防備なのは韓国の自業自得である面が大きいからだ。

 

約40年前、当時のジミー・カーター大統領が韓国から駐留米軍を全面撤退すると決めた際(最終的には1師団が残った)、アドバイザーとして招かれた国防専門家たち(筆者自身を含む)は韓国政府に対し、中央官庁を北朝鮮との国境から十分に離れた地域に移転させ、民間企業に対しても移転のインセンティブを与えるよう要請した。

避難シェルター設置の義務化も促した。例えばスイスのチューリッヒは、新しく建築される建物は独自のシェルターを設置しなくてはならない。さらに今の韓国には、イスラエルが開発したロケット弾迎撃システム「アイアンドーム」(※筆者注)を安く購入するという選択肢もある。アイアンドームは、人の住む建造物を狙って北朝鮮がロケット弾攻撃をしてきた場合、9割以上の確率で迎撃できる能力を持つ。

 

※筆者注:イスラエルで開発された防空システム。Counter-RAM(ロケット弾、砲弾、迫撃砲弾に対する迎撃用)として4km以上70km以内から発射される155mm砲弾、ロケット弾は元より、対空ミサイルとして10km以内のUAVや航空機、誘導爆弾に対する近接防空を担うことも考慮されている。

 

しかし、韓国政府は過去40年にわたり、これらの防衛努力を一切行ってこなかった。ソウル地区には「シェルター」が3257ヵ所あることになっているが、それらは地下商店街や地下鉄の駅、駐車場にすぎず、食料や水、医療用具やガスマスクなどの備蓄は一切ない。アイアンドームの導入についても、韓国はそのための資金をむしろ対日爆撃機に注ぎ込むことを優先する始末だ。

 

  • 北は軍事技術を売却している

 

今からでも北朝鮮によるロケット砲やミサイル攻撃に備えた防衛計画を韓国が実行すれば、犠牲者を大幅に減らすことができる。支柱や鉄骨を使ってあらゆる建物を補強するのも方法の1つだ。3257基の公共シェルター(避難施設)に生活必需品を備蓄し、案内表示をもっと目立たせることもそうだ。当然、できるだけ多くの住民を前もって避難させるべきだ(北朝鮮の標的に入るおよそ2000万人の市民は、南へ30キロ離れた場所に避難するだけでも攻撃を免れられる)。

 

とはいえ、長年にわたってこうした対策を怠ってきたのが韓国自身である以上、最終的に韓国に被害が及ぶとしてもアメリカが尻込みする理由にはならない。北朝鮮の核の脅威にさらされているアメリカと世界の同盟国の国益を考えれば当然だ。北朝鮮はすでに独自ルートでイランなど他国に弾道ミサイルを売却している。いずれ核兵器を売却するのも目に見えている。

 

アメリカが北朝鮮に対する空爆を躊躇する理由として、成功が極めて困難だから、というのも説得力に欠けている。北朝鮮の核関連施設を破壊するには数千機の戦略爆撃機を出動させる必要があり不可能だ、というのだ。しかし、北朝鮮にあるとされる核関連施設はせいぜい数十カ所で、そのほとんどはかなり小規模と見てほぼ間違いない。合理的な軍事作戦を実行するなら、何千回もの空爆はそもそも不要だ。

アメリカの軍事作戦の不合理さが露呈するのは、今回が初めてではない。米空軍は昔から、標的を絞った限定攻撃の代わりに、「敵防空網制圧」(SEAD)の実施を主張してきた。敵防空網制圧とは、米軍パイロットの身の安全を守るため、敵国の防空レーダーや地対空ミサイル、滑走路、戦闘機を余さず破壊するという、いかにも奇抜な作戦だ。北朝鮮の防空レーダーやミサイル、戦闘機はひどく老朽化し、電子機器もずいぶん前から交換されずに古いままであることを考慮すれば、米空軍が示した条件は何もしないための口実にすぎない。確かに限定攻撃だと手押し車の1台や2台は見逃すかもしれないが、今はまだ、北朝鮮には核弾頭を搭載したミサイルの移動式発射台が存在しない。叩くのは今のうちだ。

 

  • 中国も北朝鮮を見放した

 

アメリカが北朝鮮への空爆を躊躇する唯一の妥当な理由は、中国だろう。だがそれは別に、中国がアメリカに対抗して参戦してくるからではない。中国がなんとしても北朝鮮を温存するという見方は、甚だしい時代錯誤だ。もちろん中国としては、北朝鮮の体制が崩壊し、北朝鮮との国境を流れる鴨緑江まで米軍が進出してくる事態を決して望まない。だが戦争行為の常套手段である石油禁輸を含め、中国の習近平国家主席は国連安保理で採択された対北朝鮮経済制裁の強化を支持する姿勢を見せており、核問題をめぐって北朝鮮を見放し始めている。アメリカが北朝鮮の核関連施設を先制攻撃すれば中国が北朝鮮を助けに行く、という見方は的外れだ。

 

今のところ、北朝鮮に対する先制攻撃という選択肢を米軍幹部が排除しているのは明らかに見える。だが、北朝鮮が核兵器を搭載可能な長距離弾道ミサイルを実戦配備するまでに残された月日でアメリカが北朝鮮を空爆すれば、果てしない危険から世界を救える。

 

インド、イスラエル、パキスタンの3カ国が核兵器を保有しているのは事実だが、今のところ破滅的結果を招いていない。3カ国は北朝鮮にないやり方で、自国の信頼性を証明してきた。北朝鮮のように、大使館でヘロインや覚醒剤などのいわゆる「ハードドラッグ」を売ったり、偽造紙幣で取引に手を染めたりしない。3カ国とも深刻な危機に見舞われ、戦争すら経験したが、核兵器に言及すらしなかった。ましてや金正恩のように、核攻撃をちらつかせて敵を脅すなどあり得ない。北朝鮮は異常だ。手遅れになる前に、アメリカの外交政策はその現実を自覚するべきだ。

○ 若干のコメント

  • 「米朝戦争への備え、中国軍が異例の全軍訓練」と題する9日付日経新聞の報道

 この記事の情報源が「複数の朝鮮半島、中朝関係者」となっているが、その信頼性は定かではない。ただ、中国が北朝鮮に対するアメリカの軍事攻撃に備え、中国全軍が臨戦態勢に入ったとの情報は注目に値する。

現状においてさえも金正恩政権と中国の関係は冷え込んでいるが、今後核ミサイル開発が進展すれば北朝鮮はアメリカのみならず、中国に対しても「主体性(自主独立)」を主張するようになるのは明らかだ。歴史的・地政学的な視点からは、「北朝鮮は中国に従属する関係にある」と言えるのではないだろうか。

また、朝鮮半島の地政学は、「海洋勢力アメリカと大陸勢力中国の葛藤の地」と言えよう。そのような朝鮮半島が、最も安定しているのは、現状のように「中国が北朝鮮を、アメリカが韓国をコントロール(支配)していること」だろう。北朝鮮の核武装により、この安定状態が壊されることは、アメリカ・中国両国にとって極めて不都合なことである。

この点を鑑みれば、金正恩体制を打倒し、核ミサイルを廃絶することは、両国の国益に叶っているはずだ。そのためには、本来アメリカと中国が「米中合作」により、北朝鮮を軍事攻撃するのが最も望ましいはずだ。「米中合作」のやり方については、既にお送りした情報メモ「米中合作のスレッジハンマー作戦」で、筆者の一案を提示した。(念のため、本稿末に資料として添付する)

9日付日経新聞の報道には、中国とアメリカはそれぞれ独自の思惑・計画で北朝鮮を攻撃・侵攻することになっているが、そのやり方の最大のリスク・問題は「アメリカ軍と中国軍の衝突」である。これを回避するためには、「米中合作」しかないのではないか。

  • 「アメリカ・トランプはソウルが火の海になっても北朝鮮空爆を」――戦略家のエドワード・ルトワックの主張

ルトワックが主張するように、この機を逃せば、アメリカは北朝鮮の核ミサイル装備化を阻止することはできないだろう。アメリカは一面非情な国だともいえる。何故なら「死に体」の日本に原爆を2発も投下し、広島・長崎の市民数十万人をホロコーストした。また、オサマ・ビンラディンをパキスタンに追い詰め、容疑者を潜伏先のパキスタンで米海軍特殊部隊(ネイビーシールズ、Navy SEALs)によりヘリボーン作戦により急襲し、銃殺した。憲法9条の虚構を刷り込まれた日本人には想像できないことだが、アメリカは南北朝鮮が灰燼に帰すことも厭わず、先制攻撃の火蓋を切る可能性は十分ある。

韓国大統領の文在寅が、既存のアメリカによる軍事圧力と制裁の強化路線から逸脱するようなことがあれば、トランプは韓国と距離を置き、フリーハンドもって北朝鮮を先制攻撃する可能性が高まるものと思われる。かつて金泳三大統領がクリントンに泣き付いて北爆を中止させたようにはいかなくなるのではないか。

ソウルが火の海になろうと構わないと、韓国を突き放し、「ソウルが無防備なのは韓国の自業自得」と言い放つさまを見れば、日米同盟・日米安保体制を国是とする日本も他人事だとは言えないだろう。

ルトワックの論で、不十分なのは、アメリカにとっては、「北朝鮮の各ミサイル廃絶」がすべてであると考えているのか、爆撃後については言及していないことだ。アメリカの先制爆撃後に起こる事態・課題は、「金正恩殺害後の北朝鮮をどうするのか」、という問題――出口戦略――がないことだ。アメリカが最も苦手とする部分だ。アメリカが、北朝鮮の金正恩を殺害し、核ミサイルを一切破壊した後に、無責任にも「後は知らない」では済まされない。

  • 総括

日本人の性向は、「喉元過ぎれば熱さを忘れること」だろう。この度の南北和解ムードに惑わされて、平和のスパイラルに入ったと思うのは早計だろう。オリンピックが終わる頃には、北朝鮮の真意が露見するだろう。その頃になると、先延ばししていた米韓合同演習「キーリゾルブ」と「フォールイーグル」の実施が俎上に上り、本稿で紹介した米国の先制攻撃や中国の軍事介入の可能性がいよいよ現実味を増すものと思われる。

南北五輪閣僚級会談で平和ムードが漂い始めているようにも見えるが、実のところ、今回の南北会談の合意は、皮肉にも南北破滅の契機となるかも知れない。

 

添付資料

情報メモ17「米中合作のスレッジハンマー作戦」2017.12.25

 

○ 英国デイリー・テレグラフ紙記事――’bloody nose’ military attack on North Korea

12月21に付英国デイリー・テレグラフ紙に「US making plans for ‘bloody nose’ military attack on North Korea」と題する記事を掲載した。

筆者は、赤鼻のトナカイ・ルドルフを想起させるフレーズの’bloody nose’に、「米軍は、もしかして、クリスマスの夜に北朝鮮に対して先制攻撃するのでは」と、案じたが、「聖夜」は、神の恩寵で「静夜」に過ぎた。

いくら、世界の嫌われ者になりつつあるトランプといえども、「聖夜」を「凄夜」にすることはなかった。さらに、ピョンチャン五輪をぶち壊しはしないだろう。北朝鮮に対する先制攻撃は五輪終了後になると思われる。

余談だが、北朝鮮では、王様(金正恩)から乞食まで「最高の厳戒態勢・緊張状態」を強いられていることだろう。睡眠不足やストレスが長期間続けば、高血圧、動脈硬化、心筋梗塞、脳梗塞、脳機能障害、記憶障害、アルツハイマー型認知症、癌、タイプⅡ型糖尿病、高脂血症、鬱などのリスクが高まるといわれる。独裁者の金正恩が正常な判断ができなくなる恐れがある。

本稿では、米国主導による北朝鮮に対する軍事攻撃の展開について考えてみたい。ただし、これは、筆者の私見に過ぎない。

○ 第一弾作戦――奇襲的な斬首作戦

第一弾作戦は、米軍主体による奇襲的な先制攻撃――斬首作戦――で始まるだろう。米軍の攻撃目標は、①金正恩など指導者(リアルタイムの居場所の探知が不可欠)、②核ミサイル・関連施設、長射程火砲、多連装ロケット、特殊部隊などを攻撃目標に、北朝鮮の報復能力を完全に制圧・除去する目的で、攻撃型原子力潜水艦のトマホーク、空母艦載機はB1などの長距離爆撃機などにより、徹底的に爆撃するだろう。金正恩が、地下深部に隠れていれば、地下貫徹タイプのB83 (核爆弾)などを使うこともいとわないだろう。

○ 第二弾作戦――北朝鮮残存兵力との戦い

米軍主体の先制攻撃で、上記目標を完全に制圧・除去することは、困難と見られる。硫黄島で、米軍は、上陸前に数千トンの艦砲射撃、空爆、ロケット弾が硫黄島に撃こみ、島の形が変わるほどだったが、栗林中将以下の小笠原兵団は炎熱の地下陣地で耐え、米軍に戦死 6,821、戦傷 19,217を与えた。

金正恩が生き残った場合も、殺害された場合も、北朝鮮は総力を挙げて、全面報復作戦を遂行するだろう。米軍の爆撃から生き残った核ミサイル攻撃、長射程火砲・多連装ロケット射撃などが、韓国の政経中枢のソウルに集中され、文字通り「火の海」となるかも知れない。その被害の程度は、米韓による先制攻撃の成否にかかっている。日本に類が及ぶことも避けられない。日本国民は、脅威がすぐそこにあることを深刻に認識すべきだ。

米韓による先制攻撃を契機に開始された北朝鮮の報復反撃が、米韓軍のさらなる爆撃・砲撃などにより、制圧することができれば、米国は戦争目的の一部を達成できることになる。

しかし、事は左様に簡単には運ばないだろう。100万を超える北朝鮮陸軍や20万人いるといわれる特殊部隊が、非武装地帯を越えて韓国に侵攻すればどうなるだろうか。

米韓軍は、作戦計画5027により、北朝鮮軍をソウル北方で阻止し、その後、米軍の増援部隊到着を待って反撃に転じ、北朝鮮に侵攻するというプランを持っている。しかし、このプランは米中戦争にエスカレートする危険性を持っている。

朝鮮戦争においては、マッカーサーが中朝国境を目指して北進を命じたため、中国・毛沢東が義勇軍を投入し、事実上の米中戦争に発展した。今日の、米中の戦力・武器装備の現状を見れば、両国は交戦を忌避せざるを得ない。なぜなら、双方が壊滅的なダメージを受けるどころか、第三次世界大戦に発展しかねないからだ。

○ 米中合作の必然性――水面下の米中軍事・外交交渉

5027に基づいて、米韓軍が非武装地帯を越えて北進することは、米中戦争にエスカレートするリスクを高める。従って、米中は米国の先制攻撃を号砲として開始される戦争を、米中戦争にエスカレートさせないために、現在、水面下で米中軍事・外交交渉を行っているものと筆者は推測する。

○ 米中合作のスレッジハンマー作戦

筆者が考える、「米中双方が受け入れられる軍事作戦」は、米中合作のスレッジハンマー作戦ではないかと思う。スレッジとは、金床のことで、鍛冶屋では金床の上に熱した鉄を置いて、ハンマーで叩く。これに例えた戦術に、スレッジハンマー作戦がある。

この作戦の原型は、古代ギリシャやペルシャで考案され盛んに行われた。古代においては重装歩兵と騎兵(特に重装騎兵)を使う例が非常に多かった。まず重装歩兵――金床の役割――が隊列(ファランクス)を組んで隊列を組んだ敵の歩兵、特に重装歩兵と突撃し、白兵戦に移行するとともに敵の進行をその場に捕縛する。その間に味方の騎兵――ハンマーの役割――が敵の隊列の後方、ないし側面まで迂回しそこから敵に突撃し、敵の隊列を分断、混乱させ敵部隊を壊滅させる。特にファランクスは前方の攻撃に対しては堅牢な隊形である反面、側面や後方からの攻撃に機敏に対応する事が難しいため、敵のファランクスを打ち破るのに効果的な戦術だった。

これはアレキサンダー大王が好んで使った戦術であり、この挟撃戦術をもって彼は幾度もペルシア軍を破った。

現代においても、陣地を構築して持久する歩兵部隊に敵を引き付けてその間に戦車部隊が背後に回る戦法などを、この戦術に見立ててスレッジハンマー作戦(金床戦術)と呼ぶことがある。朝鮮戦争において発動された連合軍のスレッジハンマー作戦では、仁川上陸作戦(クロマイト作戦)で確立した阻止線を「金床」として、釜山橋頭堡から反撃に転じた連合軍が「ハンマー」の役割を演じて、逃げる(北上する)朝鮮人民軍を挟撃した。

筆者がいう、米中合作のスレッジハンマー作戦とは、北朝鮮に対する先制攻撃後、米韓地上軍は非武装地帯沿いに防御陣地(スレッジ)を構築し、北朝鮮の南侵を阻止する一方で、中国軍が打撃部隊(ハンマー)となって、米中両軍で北朝鮮軍を挟み撃ちにするという作戦である。米軍が圧倒的に優位な、海・空軍による戦力が、空中から中国地上軍に最大限協力するのは言うまでもない。そのために、米中作戦協力要領を策定する必要がある。

○ 北朝鮮を巡る米中韓の思惑

  • 米国

米国の作戦目標は、①北朝鮮のレジームチェンジ、と②核ミサイルと関連施設の完全破壊であろう。非武装地帯を越えて、北朝鮮に侵攻することは望ましい目標であろうが、それは北朝鮮支配という「既得権益」を有する中国が絶対に許さないだろう。米国が敢えて北進すれば、米中衝突につながる。従って、米国は、自らが北朝鮮を占領・開放するという「現状の完全変更」までは望まないはずだ。

  • 韓国

米韓による対北朝鮮先制攻撃がある程度成功すれば、韓国にとっては、千載一遇の南北統一のチャンスが訪れる。韓国が南北統一を行う場合の利点と問題点は何だろうか。

利点としては、念願の民族・半島統一が実現できることだ。

問題点としては、「東西ドイツ統一時よりも、厳しい条件下の統一事業をやらなければならないこと」と、「中国との軍事衝突の可能性」である。現在の「体力」で、韓国が北朝鮮を統一するのは厳しいといわざるを得ない。また、軍事力から言えば、米軍の支援のない韓国は中国と比べ圧倒的に劣勢である。

  • 中国

中国にとって、最低限確保すべき目標は、中国国境に連なる朝鮮半島における「バッファーゾーン」としての北朝鮮を維持することである。北朝鮮から流入する難民問題や国境付近で戦火が勃発することは、受け入れられない、という事情もあるだろう。

また、中国としても、米中軍事衝突は絶対に避けねばならないと考えているに違いない。

  • 米中軍事・外交交渉を推理する

上述のような思惑から、中国が、米国による対北朝鮮先制攻撃を容認する場合は、以下の条件を求めるだろう。

① 先制攻撃後、米韓は非武装地帯を越えて北朝鮮内に侵攻しない。米国は、強権を発動してでも、韓国軍の北朝鮮侵攻を阻止する。

② 中国による、北朝鮮内への侵攻・占領、更には中国の手によるレジームチェンジ・ネーションビルディング(新生国家建設)を認める(これは、大戦後、スターリンが金日成を通じて北朝鮮を建国支配した手法と同じ)。

上記の条件は、換言すれば、「北朝鮮を自己陣営に留めることは中国の『既得権益』である」、ということだ。

北朝鮮を巡る交渉では、「主役」は米中であり、韓国はあくまでも『脇役』なのである。

金正恩亡き後の、レジームチェンジ・ネーションビルディングについて、中国はこう主張するだろう。

「アメリカは、イラクにおけるレジームチェンジ・ネーションビルディングを思い出せ。北朝鮮はもっと手ごわく、大混乱するぞ。歴代中国王朝は、2000年近くも、朝鮮王朝を『冊封』で支配してきた。朝鮮人には、『中国にはひれ伏す」というDNAが刻まれている。俺たちに任せよ」

このように、米中の交渉は、北朝鮮に対する軍事攻撃終了後の収拾段階までをも含んでいるはずだ。

  • 北朝鮮のレジームチェンジ・ネーションビルディング後の中国の野望

中国は、トランプに対し、金正恩政権と核ミサイルの除去に協力する代わりに、中国の北朝鮮支配の強化――在鮮中国軍の創設――を獲得することを狙うだろう。

中国は、その後、「在鮮中国軍」の撤退とバーターで、「在韓米軍の撤退」を提案するだろう。在韓米軍が撤退すれば、朝鮮半島(南北朝鮮)に対する中国の影響力は、各段高まることになる。

アメリカは、「金正恩と核ミサイルの除去」の代価として「朝鮮半島における中国の優位性」を認めることを余儀なくされよう。さもなければ、米国は先制攻撃を行うことによって、中国との軍事対決にエスカレートすることを覚悟せねばならない。

中国の大戦略は、「アメリカをアジアから駆逐すること」なのだ。

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