請求項の構成要素数と、侵害立証成功確率の関係
権利範囲が広い請求項の方が良いとか、構成要素数の少ない請求項の方が権利範囲が広いということは常識化している。
しかし、侵害立証の成功確率は請求項の構成要素数の増加に伴って驚くほどに急激に低下することは、ほとんど知られていない。
逆に言うと、構成要素数の少ない請求項である基本特許の価値が、構成要素数の多い自社実施特許に比較して驚くほどに大きいということが実感されていない。
そこで、請求項Cの構成要素をA1,A2,---,ANとした場合、すなわち構成要素数をNとした場合の、請求項Cにおける侵害立証成功確率Pの値をいくつかの想定ケースのもとで計算してみる。
まず、計算のために設定した基本的な前提を述べる。
前提1: 請求項Cを対象製品Qが侵害することの立証の成功のためには、構成要素A1,A2,---,ANのそれぞれが全部、対象製品Qに含まれることを立証しなければならない。
前提2: 構成要素ごとに、対象製品Qに含まれることの立証の成功確率は異なるはずであるが、N個の各構成要素の立証の成功確率の相乗平均をPsとし、 PsのN乗を用いて、請求項Cの立証の成功確率を求める。
前提3: Psの値は対象製品の性質と立証者側の立証能力によって変化する。
前提4: 基本特許は構成要素数N=4程度である。自社実施特許は構成要素数N=10程度である。
前提5: 同じ技術分野の特許に関して、立証能力の高い立証者のPsであるPshは、立証能力の低い立証者のPsであるPslの5倍以上にはなる。
上記の前提から、次のことが導かれる。
1. 立証能力の高い立証者が、対象製品が基本特許を侵害することを立証する場合の立証成功確率P1:
基本特許なので、前提4から構成要素数N=4となる。構成要素ごとの立証成功確率はPshとなる。したがって、P1は次の式で求まる。
P1 = Psh×Psh×Psh×Psh
2. 立証能力の高い立証者が、対象製品が自社実施特許を侵害することを立証する場合の立証成功確率P2:
自社実施特許なので、前提4から構成要素数N=10となる。構成要素ごとの立証成功確率はPshとなる。したがって、P2は次の式で求まる。
P2 = Psh×Psh×Psh×Psh×Psh×Psh×Psh×Psh×Psh×Psh
3. 立証能力の低い立証者が、対象製品が基本特許を侵害することを立証する場合の立証成功確率P3:
基本特許なので、前提4から構成要素数N=4となる。構成要素ごとの立証成功確率はPslとなる。したがって、P3は次の式で求まる。
P3 = Psl×Psl×Psl×Psl
4. 立証能力の低い立証者が、対象製品が自社実施特許を侵害することを立証する場合の立証成功確率P4:
自社実施特許なので、前提4から構成要素数N=10となる。構成要素ごとの立証成功確率はPslとなる。したがって、P4は次の式で求まる。
P4 = Psl×Psl×Psl×Psl×Psl×Psl×Psl×Psl×Psl×Psl
ここで、Psl=0.1であり、Psh=5×Pslであることを前提にして、P1,P2,P3,P4を比較してみる。
すなわち、立証能力の低い立証者による構成要素の立証成功確率=10%であるとする。その場合、Psh=0.5となる。
P1 = 6.25%
P2 = 0.1%
P3 = 0.01%
P4 = 0.00000001%
P1とP3を比較すると、構成要素ごとの立証能力の相違によって、請求項全体での立証成功確率が数百倍も変わることがわかる。
また、P1とP2の比較では、基本特許の立証成功確率は自社実施特許の立証成功確率の60倍程度となる。
立証能力の高い組織においても、基本特許が重要であることがわかる。
P3とP4の比較では、基本特許の立証成功確率は自社実施特許の立証成功確率の100万倍程度となる。
すなわち、立証能力が高くない組織においては、基本特許が決定的に重要であり、自社実施特許は無意味であることがわかる。
P1~P4に関する上記の方程式を眺め、請求項Cに関する立証成功確率をPとし、その請求項の構成要素数をNとし、その組織における当該技術分野での構成要素ごとの立証成功確率の相乗平均をPsとすると、 次の式が成立することがわかる。
【侵害立証第1方程式】 LOG(P) = N・LOG(Ps)
この侵害立証第1方程式を変形すると、次式が得られる。
P = exp(N・LOG(Ps))
ただし、LOGは、自然対数とする。
請求項Cに関する立証コストをCostとすると、次の式が成立することがわかる。
【侵害立証第2方程式】 Cost = K2・N
ここで、K2は、対象とする請求項の技術分野や侵害立証しようとする組織の立証能力によって変わる。
侵害立証第1方程式は特許戦略において極めて重要である。