米韓首脳の冬季五輪中の軍事演習見送り合意を読み解く
情報メモ21
2018.1.5
○ 米韓は、冬季五輪中の軍事演習見送りで合意
4日付ロイター電は、これについて要旨次のように伝えている。
トランプ米大統領は4日、韓国の文在寅大統領と電話会談し、来月開催される平昌冬季五輪の期間中に米韓合同軍事演習を行わないことで合意した。
トランプ大統領はさらに、「南北対話が良い結果をもたらすことを望んでいる」と伝えたほか、平昌五輪には自身の家族を含む高官級代表団を派遣する方針を明らかにした。 米政権高官はロイターに対し、トランプ氏の長女イバンカ氏を平昌五輪に派遣することが検討されていると明かした。
米ホワイトハウスはこれに関してコメント要請に応じていないが、トランプ氏と文大統領が平昌五輪と合同演習の開催中に衝突を回避し、五輪開催中の治安維持を確実にすることで合意したと表明した。同時に、双方は「北朝鮮に対して最大限の圧力を加え続けることで合意した」と説明した。
○ 米国の思惑
米国が演習を先送りにした理由を忖度してみよう。
第一の理由は、こうだ。前号の情報メモ20で述べた通り、万一米国が北朝鮮の挑発に応じ攻撃すれば、「平和の祭典」であるはずの平昌五輪が、「流血の修羅場」になる恐れがある。そうなれば、米国は世界から非難を受けることになる。トランプはあまつさえエルサレム首都宣言などで、世界からの非難に晒されているのだ。トランプは、平和の祭典である平昌五輪で、世界から非難を受けることを回避したのだろう。
トランプは、北朝鮮に譲歩したのだろうか。そうとも言えない。本件について日本のメディアは、「軍事演習見送り」としている一方、ワシントンポストは、「President Trump and South Korean President Moon Jae-in have agreed to postpone the sprawling joint military exercise」と、また、BBCニュースは、「US President Donald Trump has agreed to suspend their joint military drills 」と報じている。報道を見る限り、米国は演習を止めたわけではなく、延期したと解釈するのが妥当であろう。つまり、北朝鮮に対する圧力は変わらないのだ。それどころか、フォールイーグル演習を、4月や5月の農繁期に実施されれば、ただでさえ不足している北朝鮮の食糧生産は重大なダメージを受けるだろう。
第二の理由は、文在寅に「恩を売る」ないしは「下駄を預ける」ということだろう。米国が米韓演習を先送りする前提として、「金正恩がまともに対話の応じ」、「核ミサイル実験を凍結し」、「オリンピックを一切妨害・挑発しない」ことなどを、今後始まる南北会談でしっかりと保障させる(言質を取る)ことだろう。南北会談で、このことを達成できなければ、文在寅はトランプに頭が上がらなくなる。また、仮に合意を取り付けたとしても、金正恩の誠意ある実行を文はトランプに保証しなければならない。トランプとしては、束の間、金正恩とのガチンコのチキンレースからは解放されることになる。
米国は、米韓演習を延期したとはいえ、五輪の最中に軍事的に「手抜き」をするとは言っていない。それどころか、実質的には、人目に付きにくいところで、平昌五輪を米国のパワー(軍事力)でガッチリとガードする形のオペレーションを行うことだろう。それ故に、トランプは、愛娘のイバンカを平昌五輪に派遣することを検討させているのだ。
北朝鮮は、米国の平昌五輪をガードする「見えざる軍事作戦」にどう対応するのだろうか。
○ 北朝鮮・金正恩の思惑――五輪参加は最大の屈辱
北朝鮮が平昌五輪に参加することになれば、金正恩は一時的(少なくとも南北会談継続中は)にせよ、米国の斬首作戦から免れることになる。
金正恩は国内向けには、「米韓演習を中止させ、トランプを屈服させた」と喧伝するだろう。これにより、一定程度、金正恩の威信が高まり、政権基盤が強化されるかもしれない。
半面、平昌五輪に選手団を参加させれば、北朝鮮――共産主義・独裁体制――は、民主主義・資本主義の韓国に「負けた」ことを、国内・国際的に認めたことになる。最大の屈辱だ。
同じ民族の韓国と北朝鮮は、体制の違いにより、方や冬季五輪を盛大に祝い、世界に繁栄を誇る国、方や極寒の中、燃料・食糧不足で人民が餓死・凍死に直面する国になっているのだ。
父・金正日の時代には、けしてソウル五輪に選手を参加させるような無様な真似はしなかった。それどころか、金賢姫らによる大韓航空機爆破事件までやってのけたのだ。
このように、北朝鮮の五輪参加は、国内的には「プラス・マイナス」両面があり、金正恩がどう判断するのか、今後実施される南北会談などで明らかになるだろう。
○ 韓国の思惑
文在寅は北朝鮮を平昌五輪に参加せることが出来れば、当面の課題である「平昌五輪の成功」に一歩近づいたことになる。とはいえ、今後北朝鮮との南北対話において、北朝鮮が韓国の思惑通りに、五輪に参加するかどうかは定かではなく、更なる難問をクリアせざるを得ないだろう。
また、軍事演習を延期したことで、トランプ・アメリカには「借り」を作る形となっており、今後の対米関係を維持するためには、何らかの対米譲歩――中国が反対するTHAADミサイル(終末高高度防衛ミサイル)の追加配備――を余儀なくされるかもしれない。
文在寅として、最も恐れることは、韓国側の軍事演習延期要求に応じたトランプが、北朝鮮の挑発などに即応する形で、韓国の反対を押し切って――「韓国を無視して」という表現が正しいかもしれない――北朝鮮に対する先制攻撃を断行することだろう。
○ 南北会談の展望――様々なシナリオ
- More and more(もっと寄越せ)
独裁国家の外交交渉は格別強かだ。金正恩は文在寅にハードルを釣り上げ、「More and more」と代価を迫るだろう。「More and more」の内容には次のようなことが含まれるだろう。
- フォールイーグル演習の延期ではなく永久に止める。
- 他の米韓合同演習も全て止める。
- THAADミサイルの韓国からの撤退(中国にゴマを擦る)
- 経済支援――米国主導の制裁の撤廃
- 核ミサイル実験強行の演出
韓国に譲歩を迫る上で、核ミサイル実験を演出するだろう。米国に負い目のある韓国は、北朝鮮の核ミサイル実験強行の演出が一番「痛い」はずだ。
- 五輪直前の南北会談ドタキャン
五輪開幕直前に南北会談をドタキャンする可能性も考えられる。北朝鮮は、これにより韓国主催の五輪参加という屈辱から免れる。そうなれば、北朝鮮は見えざるブラフで、平昌五輪を不安化させることができる。
- 今後の対米作戦
今次韓国を巻き込む平昌五輪対話作戦が成功を収めれば、金正恩は体制を守るために、親北の文在寅を自在に操り、韓国を盾(人質)にする作戦を次々に編み出し、展開することになるだろう。
- 食言の民
慰安婦問題についての日韓合意を文在寅は2年で反故にした例のように、韓国も北朝鮮も約束を反故にするのは「得意中の得意」なのだ。板門店でいかなる合意が生まれようとも、世界は朝鮮民族が「食言の民」であることを忘れてはなるまい。
- 中国の出番
ここに登場するのが中国だろう。中国は、米国の手前表立って南北の仲介・仲裁はやりにくいだろうが、韓国と北朝鮮を仲裁できるのは中国だけだ。唯一の懸念は、中朝関係が良くないことだ。
いずれにせよ、中国は、水面下で、自らの望む方向――米国による北朝鮮に対する軍事攻撃の阻止し、朝鮮半島問題の主導権を握る――に誘導するために、陰に陽に活発に工作するだろう。