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金正恩の年頭の辞:今そこに迫る危機――平昌五輪

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情報メモ20 

2018.1.4

 

○ 今年の年頭の辞の特異点

『万葉集』山上憶良に、寒さと貧窮を叙した次のような一文がある。

風交じり 雨降る夜の 雨交じり 雪降る夜は 術も無く 寒くしあれば 堅塩を とりつつしろひ 糟湯酒 うちすすろひて しはぶかひ 鼻びしびしに しかとあらぬ 髭掻き撫でて 我れをおきて 人はあらじと 誇ろへど 寒くしあれば 麻衾 引き被り 布肩衣 ありのことごと 着襲へども 寒き夜すらを 我れよりも 貧しき人の 父母は 飢ゑ凍ゆらむ 妻子どもは 乞ふ乞ふ泣くらむ この時は いかにしつつか 汝が世は渡る

 

この一文を見ると、経済制裁の中、北朝鮮で最も虐げられている最下層の「敵対層」に位置づけられた人民の極寒の中の窮状は如何ばかりかと偲ばれる次第である。

アメリカ主導による、これまでにない厳しい北朝鮮制裁が、時間とともにボディーブローのように効き始めていることだろう。また、金正恩自身も米韓による斬首作戦に怯え、ランダムに居場所を移し、夜もおちおち眠れない日々が続いていることだろう。「現人神」の心神耗弱が懸念されるところである。

金正恩は、自身が発信する新年の辞を、世界が注目していることをよく承知しているはずだ。正恩は、今年の新年の辞では、従来のように国家ビジョンなどを示す必要はない。目前に迫る脅威に対して、自らの体制生き残りを図るための戦略を、新年の辞に託したのではないだろうか。

○ 新年の辞に込められた金正恩の生き残り戦略

金正恩が、新年の辞に託した生き残り戦略は、「平昌五輪に北朝鮮代表団を派遣する用意がある。当局同士の協議も可能だ」というメッセージであろう。正恩は、このメッセージとセットで、「米韓合同演習の中止」という条件を付けた。正恩の意図を忖度すればこうだ。

正恩が日夜恐怖に苛まれているのは、いつ実施されるかもしれない米韓軍による斬首作戦であろう。斬首作戦の可能性が最も高まるのは平昌五輪と相前後して実施される予定の米韓合同演習フォールイーグルであろう。なぜなら、米国は、この演習にかこつけて(偽装・カモフラージュして)斬首作戦に始まる対北朝鮮軍事作戦に向けての十分な戦力集中などの作戦準備を推進できるからだ。だから、正恩は、「フォールイーグルを何としても阻止しなければ」、と考えているに違いない。

フォールイーグルは、文在寅も中止を求めている。文はこれまで、平昌五輪成功のために、「フォールイーグルを中止(延期)し、北朝鮮が五輪に参加すること」を提案してきた。これは、金正恩にとって願ってもないことだ。

フォールイーグルを中止に追い込めば、①米韓関係にダメージを与え、②米国主導による対北朝鮮攻撃(斬首作戦を含む)を阻止できる――と正恩は考えていることだろう。

言うまでもないが、北朝鮮が求める米韓合同演習の中止にはフォールイーグルのみならず、すべての米韓合同演習が含まれる。とはいえ、北朝鮮は、当面、フォールイーグルに的を絞って中止を強要することだろう。

○ 米国は、フォールイーグル中止に応じるか?

 米国として、平昌五輪を安全に(平和裏に)実施できる環境を作る方策は以下の二つの選択肢がある。

 

第一案:北朝鮮の主張通り、フォールイーグルを中止(延期)する。

第二案:平昌五輪に照準を合わせ、フォールイーグルを実施し、米軍のパワーで北朝鮮の暴発・挑発を抑止する。

 

これら二つの選択肢について、その利点・不利点を分析してみよう。

第一案(フォールイーグル中止(延期))は、北朝鮮のみならず韓国や中国も主張している所である。しかし、それを許せば、結果として、米韓分断につながり、朝鮮半島問題の主導権が中国に移る恐れがある。また、パクスアメリカーナを自負する米国のステイタスが地に落ちる印象を世界に与える。

第二案(フォールイーグル実施)は、米国のパワーを中国・北朝鮮・世界に印象付け、米国の北東アジア――ひいては世界――における主導権を維持でき、北朝鮮の一層の孤立化を図ることができる。

この間、北朝鮮が万一米国に挑発すれば、これを機に北朝鮮を攻撃できる。ただし、その場合は、朝鮮半島で戦火が広がり、平昌五輪はぶち壊しになりかねない。そうなれば、米国は世界から非難を受けることになる。このことは、リスクである。

トランプとしては、このような事情を勘案して、フォールイーグルの実行の可否を判断するだろう。これまでの言動から見れば、トランプはあくまでもフォールイーグルを実施するだろう。

○ 文在寅は金正恩の「甘言(五輪参加)」にどう対応するだろうか?

 文在寅は、かねてから南北融和、その手始めとして北朝鮮の五輪参加を求めてきた。案の定、韓国サイドは、金正恩の新年の辞で提案した「平昌五輪に北朝鮮代表団を派遣する用意がある。当局同士の協議も可能だ」というメッセージにすぐに飛びつき、趙明均統一相は2日午後、北朝鮮側に「1月9日に板門店で南北会談を開くことを提案する」と表明した。

北朝鮮もすぐにこれに応じて、3日、韓国との軍事境界線上にある板門店の通話連絡チャンネルを、およそ1年11か月ぶりに再開した。今後、「フォールイーグル中止」の方向で、話し合いが進むだろう。

一方、韓国と北朝鮮が1年11か月ぶりに連絡チャンネルを開通させたことについて、アメリカ国務省は静観しつつ、核問題の解決が優先だという姿勢を崩していない。米国務省・東アジア太平洋局の報道担当者は、「北朝鮮対応が一枚岩であるよう韓国とは引き続き緊密に連絡をとっている」と強調。そのうえで、「韓国と北朝鮮の関係改善が核開発計画の解決と分離して進むことはない」とした文在寅の2日の発言をひき、対話の機運が芽生えるなかにあっても、アメリカとして核問題の解決を最優先する方針を明示した。

米国と北朝鮮の間にあって、文在寅がどのように判断・対応するかが注目される。

○ 習近平の思惑は?

 習近平にとって、朝鮮半島における戦争を回避し、ライバルである米国の影響力・威信を削ぐためには第一案(フォールイーグル中止(延期))が望ましいはずだ。ただ、習近平にとって悩ましいことは、金正恩が中国に従順でない状態が継続していることだ。それどころか、逆らっているようにさえ見える。

中朝関係が良好であれば、中国は、北朝鮮問題を主導的に解決できるが、現状では、中朝一枚岩で米韓に対応するには不便であろう。

中国としては、北朝鮮よりもむしろ韓国に対して水面下で(秘密裡に)、第二案(フォールイーグル中止(延期))に持っていくように慫慂・支援することになるだろう。

○ 若干のコメント

 新年の辞で、金正恩が平昌五輪に目をつけ、これを利用して米韓と「一勝負」しようという意図が明確になった。2018年は、年明け早々から、世界が注目する中、平昌五輪を巡って米・中・韓・北朝鮮の鞘当が開始されることになる。

その展開次第では、平和の祭典であるはずの平昌五輪が、流血の修羅場になる可能性がある。今後、前記四カ国を中心に繰り広げられる駆け引きが注目される。北朝鮮問題の行方を占う大きな「山場」がやってきたのだ。

危機管理に疎い大勢の日本人が、平昌五輪詣でに向かうことだろう。NEO(邦人保護)どころの話ではない。

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