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<日経産業新聞・トレンド・海外経営>復活した英の企業家精神

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欧米の経営者が「株主の利益」を企業の行動目標とするのに対し、日本の経営者はまず「従業員の利益」を重視する。この違いは欧米の「資本主義」に対する日本の「人本主義」の違いと伊丹教授がご指摘されている通りと思う。人こそ企業の資本であるとする日本の経営概念が経営者と従業員とを一体にし、企業発展の原動力となる。そしてこれが今までの日本企業成功のカギとなっていた。

しかし、日本企業の海外進出、海外生産が本格化するにつれ、この経営概念の差異が問題となってきている。株式会社は株主、従業員、顧客のために存在するとしても、欧米では、株主の利益があくまで中心に置かれるべきものと考えられている。「資本主義」発祥の地である英国では、企業は株主が所有しているものであり、経営者は株主からの委託にもとづき企業を運営し利潤の追求を図るべしとの考え方が一般的である。

ところが、この原理が英国における資本主義成熟化の過程でゆがめられ、利潤追求の目的が株主への短期的な利益還元へと極端に偏った結果、経営者は長期的な企業戦略より目先の利益向上に終始するようになった。そして一株当たりの利益と資産、株価の動向のみに注意を払うようになってきた。真の意味での長期的経営戦略に立った経欝者の企業家精神(アントレプレナールシップ)が失われ、これが産業衰退の最大の要因ともなっている訳である。

しかし、最近英国の経営者の意識が徐々に変わってきた。そのインパクトになったのが、まずサッチャー政糎の産業活性化政策であろう。産業活動に対する政府の干渉を極力排除し、既存の規制についても緩和撤廃を図る。また国有企業は民有化することにより活性化を推進する。この一連の産業政策は第二次石油危機後の世界不況の中でも果敢に実施されていったが、それは英国の経営者に対し過酷な決断をせまるものであった。

世界不況の中で自助努力による企業のサバイバルの道を模索するという企業家としての判断を求めたのである。この結果、大多数の経営者が合理化のみが唯一の生き残リヘの道と判断し、不採算部門の閉蛸、大量のリダンダンシー(合理化を目的とした従業員解雇)を実行した。当時、イワン・マグレガー氏(当時ブリティリシュ・スチール会長)、マイケル・エドワード氏(同BL会長)といった企業再建の名手が名経営者として、話題となったが、この時期の経営看はだれもが企業家精神をもって企業再生のための決断を行なったものと思われる。

さらに、英国における企業家精神復活の動機となったのは昨今の企業買収合戦であろう。米国ほどではないにしろ、企業買収は英国でも盛んになっており、昨年一年間の企業買収・合併件数は474件、総額71億ポンドで、金額ベースで史上最高となった。このうち大半がホスタイル・テークオーバーと呼ばれる非友好的買収であるが、この場合、買収、被買収企業の両経営者が全知全能を傾けて、攻撃あるいは防衛することになる。買収側は被買収企業の株主に対し、納得するような高い買収価格を提示するとともに、買収企業の経営者の資質、能力が現経営者のそれよりいかに優れているかを訴える。一方、被買収側は買収企業の意図が危険なもので、現経営者に任せた方が引き続き安定した配当が得られるなどの反論をする。

とくに、最近の買収は現金による株式買い取りから買収企業株式と被買収企業株式とを交換する方式が一般的になっていることから、買収成否の鍵は両経営者の能力を株主がいかに評価するかにかかってきている。このため、優秀な経営者の下にはより多くの経営資本が集まるような環境になってきている。

企業買収の中で現経営者が既存株主より企業を買取るマネジメント・バイアウトも盛んである。これはもともと米国で企業買収に対する防衛手段の一つとして生まれたものながら、英国では大企業グループ傘下の子会社が母社より独立する手段として利用することが多い。バイアウトする場合、経営者が株主(母社)より株式を買取ることになるが、通常経営者の自己資金のみでは賄えないので、金融機関、各種ファンドからの資金調達も行う。この場合、通常貸出人にとって被買収企業の株式が担保となるが、究極的には経営者の資質、能力をよりどころにして貸出すことになる。

マネジメント・バイアウトについては、借入金が増加し財務内容が悪くなるという問題があるが、経営者がオーナーにもなることから長期的展望に立った経営が可能になること、母社からの干渉を排除でき経営面での即断即決が可能となること、有能な人材を確保できることなどに加え、優秀な経営者に対し「企業家精神」をいかんなぐ発揮できる場所が提供されるというメリットがある。

ここ1~2二年急速に盛り上がってきた企業買収の動きは政府による民有化の促進と相まって、国際競争力の低下、大量の失業など苦悩する英個産業界の中でかつての「企業家精神」が徐々によみがえりつつあるごとの一つの証左であり、今後の英国産業界の活性化が注目されるところである。

(住友銀行常務取締役ロンドン支店長・岡部陽二(おかべ・ようじ)昭和9年生まれ.32年京大法卒、住友銀行入行。国際投融資部長などを経て、57年6月取締役。59年1月ロンドン支店長、60年10月常務)

(1986年2月27日付け「日経産業新聞」トレンド・海外経営所収)

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