<日本工業新聞・World Report 38>金融革命に揺れるシティ
銀行”証券参入”が活発、投資家保護で規制
ビッグ・バン
世界の商業、金融センターの中心を自負する「シティ」にとって、1986年とそれに続く数年間は歴史上かつてない激動の時期となることが予想されている。すなわち、ここ英国においても数年前から文字通りの金融革命が進行しており、そのハイライトとなるのが今年10月に予定されている英国証券取引所の改革である。
証券取引所の改革についてはすでに本欄でも紹介された通り、証券売買手数料の完全自由化、米国型の証券取引制度の導入、会員に対する外部資本参加の自由化などを内容とするもので、1975年5月の「メーデー」と呼ばれる米国証券取引所の自由化になぞらえて、宇宙の始まりの大爆発を意味する「ビッグ・バン」と俗称されている。
証券取引所の改革がシティにとってとりわけ重要な意味を持つのは、いわゆる世界的な金融の証券化が急進展し、国際金融における証券業務が急拡大するなかにあって、過少資本と排他的な取引制度に特徴づけられる英国証券業界の立ち遅れはだれの目にも明らかであり、このままではシティの金融センターとしての地位の低下は免れないからである。
このビッグ・バンに向けて、すでに銀行や外資を含む他業態からの参入、あるいは人材の引き抜き合戦を含む証券業界の再編が進行しており、数年間のうちに業界地図は大きく塗りかえられることになろう。とりわけ銀行による証券業務への参入が活発で、大手銀行はこぞって証券会社を系列化し証券業務強化に乗り出しており、今後金融界全体で地殻変動が発生することが予想される。
このようなディレギュレーションが急進展するもとでは、他方で、当然のことながら市場秩序維持の見地から、投資家や預金者の保護を図るともに、金融機関の経営の健全性を確保することが最低限必要となってくる。こうした考え方に立ち政府は現在既存の規制、監督体制の見直しを進めでいる。
すなわち、政府は昨年暮れに投資家保護法案を国会に上程したが、同法案は投資家保護の見地に立って証券業界全体に規制の網をかぶせようとするものである。
具体的には①投資顧澗業はすべて免許制とする②政府は認可、監督権限を民間の証券投資委員会に委託する③日常の監督は認定された業界ごとの自主規制機関が行うなどを内容とするものである。
現在、証券投資委員会が規制の細目を検討中であるが、シティでは伝統的に各業界の自主規制が尊重され、法的な規制が最小限にとどめられてきたことを考えると、今回の法案はかなり規制色の強いものとなっている。
今回の立法の目的が、80年代に入り相次いだ投資勧誘に関わる詐欺事件や、インサイダー取引の横行によって傷ついたシティに対する信頼を取り戻そうとするものであれば、これもうなずける。
監督強化の方向
ところで自主規制ルールの見直しが必要となっているのは、証券業界ばかりではない。損害保険のロイズ市場も内部の組織的な不正事件が相次いで明るみに出ており、82年に施行されたばかりのロイズ法の見直し強化が取り沙汰されている。
さらに、ロンドン五大金取引業者のひとつジョンソン・マッセー・バンカーズが不良融資の発生から崩壊の危機に瀕し、国有化されたことも耳目をひいたところである。この場合も、同行の行き過ぎた大口融資と、それを事前にチェックできなかったイングランド銀行の監督体制の不備が指摘され、議会、政府の批判を招いた。このため、79年に施行されたばかりの銀行法の見直しが必然となり、銀行業務全般にわたっての監督強化の方向で法案の詰めが行われている。
しかし、このような一連の規制強化の動きは、シティにとってまさに両刃の剣といわざるをえない。すなわち、ディレギュレτションが進展するもとではある程度の規制、監督の強化はやむをえない。半面、行き過ぎた規制、監督の強化は一切規制のない自由を一枚看板としてきたシティの魅力を失わせることにもなりかねないからである。
台頭する相互主義
今回の投資家保護法案で見逃してならないもうひとつの点は、相互主義の考え方が盛り込まれていることである。すなわち、同法案では証券、銀行、保険業務について当該国の業者が英国で享受しているのと同様の待遇がその国で英系業者に対し与えられていない場合には、これら業者に対し免許の取り消しあるいは停止を通告できるとしている。同様の考え方が今後新銀行法案にも盛り込まれることは確実とみられる。
この条項が実際にどのように運用されるかは現段階では不明であるが、今後日本の金融市場に対する一層の開放要求となってハネ返ってくることは避け難いものと予想される。
(住友銀行常務・ロンドン支店長 岡部 陽二)
(1986年1月28日付け「日本工業新聞」World Report 38所収)