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アメリカのGPOと医療システム(オバマケアを中心に)

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国際医療福祉大学大学院「乃木坂スクール」の第9回「医療材料マネジメント」公開講座の講師として、2014年6月13日19:45~21:15に「アメリカのGPOと医療システム(オバマケアを中心に)」と題した講演をしました。この講義で使いましたスライドと講演のポイントを下記にご紹介します。

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1、GPO

l GPOは成熟期に達して、壁にぶつかり、転機を迎えている。その理由として指摘できるのは、次のようなGPOモデルを脅かすビジネス環境の変化である。~(スライド11&12

①単なる包括払い方式からACO(Accountable Care Organizations)のような医療サービスの価値に見合った支払い方式へのCMSの方針変更。

② 医療成績の可視化による費用よりも医療技術の質を重視する患者意識の高揚。

③GPOに馴染まないPPI(Physician Preference Items)の医療機器全体に占める比率が60%に上昇したこと。

④ 病院の合併や連携進展による購買力の強化により、強力なIHN(Integrated Healthcare  Network)が多数出現し、自前でGPOの機能を果たせるようになったこと。

⑤ 医療分野の流通システムは他の産業分野に比して後進性が目立つていたが、大病院やIHNが独自の流通システムを構築してきたこと。

l 大病院は調達のプロを配して、医師との対話に注力している。~スライド20&21
米国の病院では、コロンビア大学病院の調達部長Joshi氏(医師とMBAの資格を有し、マッキンゼー社での経験を積んでいる)のような調達・資材管理のプロが多数育っている。経費の節減は医療の質とも絡むので、基本は病院が自前で遂行するしかない。GEなどの大会社は医療保険の運用を自家保険で行ない、管理事務のみを保険会社に委ねているのと同様に。大病院は医療過誤保険などを自家保険で行なっている。GPOの積極利用は中小の病院などが中心となってきている。


2、米国の医療システム

(1)米国医療の優れた点

l 米国の医療システムの優れた面として次の諸点が指摘できる。~スライド22

①世界最高の医療技術と多様で高い水準の薬剤・医療機器。加えて高い技術を正当に評価するシステムの存在。

②プロの経営者による効率的な医療機関経営による高い労働生産性、優れた臨床医の教育システム、MHA(Master of Healthcare Management)の資格制度の確立と事務職の充実 。

③営利・非営利の混在と同じ土俵での公平な競争 。

④治療成績公表の徹底により透明性高く、消費者の選択肢が豊富

⑤水平・垂直統合の進展、IHN・GPOなどによる経営効率化の徹底。

⑥規制は学会・業界団体などによる自主運営が主 。

⑦医師の開業免許など州政府の権限が大きく、地域特性に即したサービスの提供が可能。 

l わが国の医師や社会保険関係者には、米国の医療システムに対し批判的な人が多いが、アメリカの大学に留学して経済を勉強してきた研究者は、自由競争によるサービスの質の向上を積極的に評価している。「オバマ改革はロビイストによって換骨奪胎され、依然として保険会社がアメリカ医療を制している」、「金儲け主義が跋扈している」といった見方はいずれも一面的である。

l 私の見方は、米国医療の強いところは、「マネジメント力」にあると言う一点に尽きる。保険や病院の経営・財務管理だけではなく、学会による専門医の自主規制、医師と病院のマッチング・システムや州ごとの医師開業免許制など優れた面が多い。医師でも、黒川清先生などの評価は高い。

l この強いマネジメント力の源泉は、民間主体の優れた「プロフェショナリズム」にある。供給主体が民間の保健医療にかかる資源配分を政府や市町村が行なうわが国の方式は、きわめて非効率である。米国では政府の関与が限られているので、競争原理が働くとともに、医師やマネジメント力を身に付けた経営職がプロとして自主規制を行ない、医療システム全体の活力と秩序が保たれている。

(2)米国の医療費が高い原因

l 2013年3月4日付TIME誌Special Report“Why Medical Bills Are Killing Us”でジャーナリストのSteven Brill氏は、米国の医療費高騰の原因として次の8つを挙げているが、突き詰めれば「そこに需要があるから」ということか。大学附属病院の病院長の給与が学長の3倍であっても、それだけの仕事をこなしているのであれば、それでよいではないか、と考えるべきであろう。~スライド25

①薬剤・医療機器などの医療技術が他の産業分野を凌駕して急速な進歩を遂げてきた。質の向上が医療サービスの価格上昇の主要因となっている。

②営利・非営利ともにプロの経営者による医療機関の拡大経営が医療サービスのコストアップ要因となっている(例;州立大学病院長の給与はその大学の学長給料の約3倍、テキサス州立大学付属MD Andersonの病院長の年俸(2012年);1,845,000ドル、同州立大学学長の年俸;674,350ドル)。

③公私医療保険制度の分立併存と多種類の民間保険併存が保険管理コストを嵩上げ、被保険者へコストを転嫁している。

④複雑多岐な保険事務費用・訴訟費用・医療過誤保険料などの非効率性。

⑤病院代・医師報酬・検査費用など職能別料金体系。

⑥市場競争至上主義ながら、医療には情報の非対称性などに起因する価格機能が働かない面があること。

⑦政府の規制・関与に対する不信感の存在。

⑧行き過ぎたロビー活動による費用の増加 。

(3)オバマケア改革のポイント

l オバマケアの中味は、保健衛生や予防の徹底、研究開発の促進、財源手当ての方策など多岐にわたっているが、その核心部分は2012年現在で4,795万人に上る無保険者の撲滅にある。これを実現するために、新たに設けられた個人の医療保険加入義務と厳しい罰則の導入をはじめとする次のような施策が中心となっている。~スライド46

①個人の保険加入義務(individual mandate);個人に保険加入を義務づけ、2014年以降、加入しない者にペナルティーとして課税する。税率は漸増、2016年以降は年$695または課税所得の2.5%の何れか高い額。

②雇用主の保険提供要件(employer requirement ;従業員数200人以上の企業には保険提供を義務づける。提供しない場合には罰金が課される。罰金額は従業員一人について$2,000~$3,000。

③公的制度の対象拡大(expansion of public program);メディケイドの対象となる貧困認定水準お引上げ、子供・妊婦等も含める。

④個人の保険料負担への援助(premium & cost-sharing subsidies to individuals);低所得者に対する保険料補助制度を新設 。

⑤雇用主に対する補助(premium subsidies to employers);従業員数25名以下の小規模雇用主に補助金を支給。

(4)オバマケア成功の主因~リンカーンの奴隷解放とともに歴史に残る議会操縦の妙にある

l 2010年3月21日に行なわれた8時間以上にわたる討議の後の下院での法案可決は、賛成219対反対212の7票差というきわどい僅差であった。共和党議員は全員が反対、民主党からも34名の反対票が投じられた。当初の票読みでは、反対票が39人を上回る状況であったため、オバマ大統領は予定されていたアジア歴訪を再度延期して民主党内の国民負担増に反対する穏健派や人工中絶への保険適用に抵抗する反対派の説得に乗り出した。その甲斐があって、民主党からの反対議員数を34人にまで抑え込むことに成功したものである。この説得努力が最終段階での法案通過の鍵となった。まさに歴史に残るオバマ大統領の巧みな議会操縦の勝利と高く評価される。~スライド39-44

l 南北戦争が終結しても、奴隷制の可否が州法に委ねられているのは不都合と判断したリンカーンは憲法の修正によって全国で奴隷制を違法とさせるよう連邦議会に対する圧力を強めた。一昨年の映画「リンカーン」は1865年1月13日に下院で議決されるまで3ヶ月間の議会対策を徹底的に描いている。憲法改正には下院での2/3の多数決が必要であったが、そのためには野党民主党から10名を寝返らせる必要があった。リンカーンは数名の同士とともに権謀術策を駆使し10名の懐柔に成功、僅か2票差で憲法修正が成立した劇的な物語である。リンカーンはその直後の4月14日に暗殺された。

オバマの医療改革は、まさにリンカーンの奴隷解放に匹敵する、米国の歴史を大きく変えた大事業であったものと、私は確信している。

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(岡部陽二のホームページより)

 

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