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地域における企業経営のこれから

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1.東日本大震災が暴露した日本経済の問題点

 

2011年3月11日、突然M9.0の大地震が三陸沖で発生、そのあとすぐに、10メートルを超える大津波が東日本の海岸を襲いました。大津波は街ごと壊滅させ、多くの中小企業や製造現場をも破壊しました。福島県浜通りでは福島原子力発電所を襲い、その被害は、放射能漏れの恐怖と、エネルギー不足を巻き起こしました。その影響は被災からの復旧・復興の長期化をまねいています。

 

震災の影響調査―7割以上が震災の影響

2週間後の全国の影響調査(16同友会・回答数2852社)によれば、「被災地との取引がある」とする企業は33%と3社に1社が被災地との取引関係があることがわかり、地域的には山形、愛知、京都、大阪が50%を超えています。

また、「貴社への影響はありますか」の問いに対して、「影響がある」とした企業は48%、「今後影響がある」とした企業が30%で、合計で78%となっています。

特に関東圏では、計画停電の影響が大きいことがわかりました。内訳は直接被害は18.7%、間接被害65.4%、計画停電70.2%、納期延期売上減など71.5%、原材料不足41.3%などとなっています。

全国では、4割以上が震災による直接の影響があると回答し、3割以上が今後影響すると回答しているので、合わせて7割以上の企業が震災の影響を受けたこととなりました。震災の影響を考えると、全国全てに影響が及び、戦後最大の危機ではないかと思われます。さらに放射能問題からの風評被害が、北海道から九州まで観光客の減少に影響し、特に外国人観光客の減少がかなり多く、その影響が広がっています。

DOR(同友会景況調査)の2011年7~9月期の調査によれば、建設業の復興需要もあり、ほぼ震災前水準まで回復してきていますが、先行きが悪いこともあり、回復とは言えない状況でもあります。

 

エネルギー・食料が日本の弱点

東日本大震災によって明らかになったことは、エネルギー・食料が日本の弱点だったということです。今回の震災を受けて、その危機が明白となり、震災で全国の流通・供給ルートが壊れてしまいました。震災直後から、被災地の救援や移動を阻害したガソリン・燃料不足が明らかとなりました。

地場や地元から仕入れている店や地域密着している店舗、飲食店やスーパー、ガソリンスタンド、コンビニなどは開いていました。一方で、大手企業などの流通のみに頼っているところは、その供給ルートが止まり、閉店している現象が被災地ではあちらこちらで見受けられました。

被災地以外でも、流通・供給ルートの混乱によって、重要な部品の欠品が見られ、モノづくりと流通の欠陥が明らかとなりました。ピースが欠けているジグソーパズルのような状況に、全国各地で起きました。サプライチェーンシステムの欠陥が明らかになったともいえます。

そう考えますと、いかに地産地消が大事であるのが明確になってきています。時代はローカル型とネットワーク型の2つともいる時代になってきています。生活を支えているのは中小企業であることが震災を通してわかってきており、店を再開して営業すること自体が被災者や地域から喜ばれている姿がいたるところで見られました。

 

食料・エネルギーの地産地消の方向が必要

東日本大震災によって、日本経済における市場原理主義の問題点、そして欠陥があったということが露呈しました。

たとえば、ガソリンについてですが、2002年に規制が撤廃され、地域のガソリンスタンドがなくなってしまっていきました。その結果がガソリン・燃料の供給不足であると思います。

東日本震災後、全国や世界でも供給不足が起きました。東北地方は世界で使われる材料や部品をたくさんつくっている地域でもあり、その地域が被災したことによって、世界各地が困っている状況が生まれました。

そう考えますと、これからは日本がなくても大丈夫な“サプライチェーン”をつくろうという動きが世界で強まっていく可能性があります。これがいわゆる「日本外し」といわれている世界の流れです。

その中で、日本経済に何が問われているのかを考えなければなりません。モノ不足を海外輸入や海外展開でまかなおうするならば、日本から需要・お客が消えるという状況が生まれてしまいます。

今後、地域復興と、人間復興という方向性を踏まえて、被災地の復興、そして経済復興を考えなければなりません。そのためには、食料もそうですが、エネルギーにおいても自給自足が求められると考えています。

食料とエネルギーのダブルスタンダードとして地産地消の方向が必要な時代であり、そうすることによって、日本中で再生を図ることが求められます。それを担うのが地域復興に貢献する元気な中小企業であることも明白なこととなってきています。

 

2.地域の変化

 

人口減少のインパクト

2030年までの人口のシミュレーション(「人口減少下における都市経営について」経済産業省)では、全国269の都市圏で人口増加となるのは東京都市圏のみで、他のすべての都市圏の人口が減少するという予測があります。

県庁所在地の都市圏で14.3%減、10万人未満の都市圏では24.6%減と推計されているわけですが、人口減少の速度が、地域によって不均衡となっています。このことは、地域経済の姿を劇的に変貌させ、非常に疲弊した地域の出現を予想させます。

不均衡な人口減少によって、地域の産業活動の縮小が進み、商店街の空き店舗の増加だけでなく、商店街そのもののが継続できなくなり、崩壊してしまう可能性も考えられます。

また、農村や中山間地では、耕作放棄農地が増加し、公共インフラの遊休化や荒廃が起きてきます。まさしく「限界集落」「限界自治体」が増加してきます。このような厳しい状況に、地域経済は直面する可能性があると考えられます。

 

地域活性化のための企業誘致の限界

 

地域活性化を図るために、行政では企業誘致は地域振興を図るうえで、有効な政策であり、効果もあるということで推進してきましたし、現在も行われています。

しかし、グローバル競争が激しくなり、製造業における企業の立地戦略が、固定的なものではなく、比較的短期間で工場を移転するなど流動的なものとなっていること、それも国内ではなく、世界的視野での工場立地となっています、

また、工場が誘致されたからといって、地元企業との取引が拡大するかといえばそうでものなく、技術の機密性や高度化などもあり、新たに取引をすることや取引を拡大することが簡単ではありません。

企業誘致のための補助金、減税、インフラ整備など巨額のインセンティブをつけていますが、その費用に対する効果について、客観性や有効性が本当にあるのかどうかも疑問視されるようになっています。

さらに、みずほリポート「製造業誘致の地方雇用創出に対する有効性は低下したのか」(みずほ総合研究所・2010年10月13日)では雇用面でも問題が指摘されています。そのリポートによると、「2000年代前半、高額補助金による製造業の誘致合戦が激化した。しかし、誘致に成功しても、当初想定したほどの雇用拡大効果が得られないケースが見受けられ、製造業の雇用創出力が低下しているとの見方が広がっている。さらに、今回の世界金融危機において、愛知、栃木、群馬といった工場の立地が盛んであった地域ほど雇用の悪化が顕著であったことから、製造業誘致の地域雇用創出モデルは見直しを迫られている」とあります。

 

3.問題解決には中小企業の役割評価の変化が必要

 

さて、上記の内容は、経済や地域を取り巻く問題点について紹介してきましたが、そういった現在の問題点をどう解決していくのか、それには地域で生きていくことを担う「地域の経営者」をつくることであると考えています。それについては後半触れますが、その前に中小企業の役割について明確にしておきます。

 

中小企業の役割

日本経済において中小企業は大きな役割を果たしていることがわかります。日本の会社数の99.2%が中小企業であり、製造品出荷額は64.2%、被雇用者の79.9%の4370万人が中小企業に働いています。

しかし、その大きな役割をしめているにもかかわらず、中小企業関連の政策費等の予算は2009年1890億円となっていて、このことに示されるように、政策上において低い地位といわざるを得ず、残念ながら学校教育の社会科の教科書にも、中小企業の社会的役割についての言及はほとんど見られません。

それどころか、社会を見渡せば「中小企業が増えると安い賃金の労働者が増える」という、いわゆる「二重構造論」に基づいた考え方もいまだに存在しています。中小企業のイメージが見直されてきたとはいえ、中小企業イコール弱者ということはまだ払拭できず、「女工哀史」の世界というイメージが存在するのが現実です。

 

欧米における中小企業の役割評価

 

一方で欧米における中小企業の評価が変わってきています。世界の常識として、「革新は中小企業から」と96年にはILOが、97年にはOECDが「中小企業こそ一国の経済を支えていく大事な役割を果たしている。もっと中小企業の振興に意を払うべきだ」と勧告や決議文が出されました。

これら背景には、85年にアメリカにおける日本研究において、「日本の製品に負けるのは、その部品を供給している中小企業が優秀だから」との結論を得ていることがあげられます。

そのため、アメリカでは中小企業の育成や起業を促進し、特に女性企業家育成策をとりました。それをアメリカの中小企業白書では、民間の技術革新について、開発費はほとんど大企業だが画期的発明は中小企業が行っており、大企業は改善が主であるという報告がおこなわれています。

ECの中小企業研究では、研究結果として「一国の経済で中小企業の売り上げが大企業を上回ると翌年のその国は成長する。大企業が上回ると衰退する」とアメリカと同様の結論を導き出しています。

それを受けて、EUでは2000年欧州小企業憲章を制定してわけですが、その中で「小企業はヨーロッパ経済の背骨である。小企業は雇用の主要な源泉でありビジネスアイデアを生み育てる大地である。小企業が最優先の政策課題に捉えられてはじめて“新しい経済”の到来を告げようとするヨーロッパの努力は実を結ぶであろう」と明記して、中小企業政策を各国が積極的に取り組んでいます。

日本でも2010年6月中小企業憲章が閣議決定されたところではありますが、中小企業への認識が低いままでは、実行に移されるには時間がかかることになるのではないかという疑問も残ります。

 

4.なぜ中小企業なのか

 

“人間らしく生きる”ことと労働

 

なぜ世界で中小企業が大事にされてきているのでしょうか。それは中小企業が生きることに応えているからがその理由です。それは“人間らしく生きる”ことと労働が結びついているからでもあります。

人間が「生きる」とはそもそもどういうことでしょうか。この問いが今ほど重要になっている時代はありません。人類全体に投げかけられている問いであると言っても過言ではりません。

 

中同協顧問の赤石義博氏によれば「『生きる』とは人間がその生命をまっとうすることであり、また生命を継承する営みである。人間の歩みを振り返れば、その営みを守るために群れができ、共同体が生まれた。そして共同体を継承するために、自立的分業が発生し、それを基礎とした社会進歩が展開されてきたのである。さらに共同体の分化と進化が進むなかで『経世済民』が実践され、その過程において“人間らしく生きる”という概念が確立されてきた。重要な役割を果たしたのは労働であった」と述べています。

また、赤石氏はその理由として、「なぜなら人間は、労働を通じて初めて自らの社会的存在意義を確認したからである。言い換えれば、人間が人間であるためにもっとも必要な関係である“あてにしあてにされる”関係は、労働のなかでこそ確立できたのである。この“ あてにしあてにされる”関係が人間の社会性へと発展し、それがより安定してきた結果が“人間らしく生きる”という概念の確立であった」とあげました。

他者の役にたつことから生産が生まれ、流通を生み、サービスを生み出してきました。それは、人間を取り巻く環境が変わっても、労働が人間社会を維持していくことは変わらないでしょう。

 

労働の場は地域にあり、生活の場である

 

現代に目を転じますと、労働の場は地域にあり、生活の場と同時に存在しています。人間の生きる条件として、子どもを生み育て、地域で生活し、地域の中で暮らしていけることが重要となってきます。そう考えると、労働と生活の場が存在する地域自体が豊かであるかどうかが、人間が「生きる」ことにとって極めて重要な意味をもってきます。

さらに環境面からも世界は中小企業の時代になってきています。フロー経済という戦後のストック不足を補う高度成長政策から大量生産・大量消費・大量廃棄の時代がつくられました。

そのような経済は、地球の資源を枯渇させ、環境を悪化させました。環境許容限度を超え、生態系が維持出来ない時代になってきました。大量生産・大量消費・大量廃棄は大企業中心に高度経済成長をつくりだしましたが、資源利用は一回しか利用されない資源生産性の低い経済でもありました。

この考えに対応するシステムとして、「必要なものしか作らない、必要なものしか消費しない、廃棄物は再資源化して使う」ことを前提とした適正生産による資源循環型の経済システムが導入が考えられます。

このような資源循環型の経済システムでは、資源生産性は飛躍的に高まります。適正生産とは注文生産であり、もともと中小企業の少人数の多能工で行われる生産方式のことをさします。中小企業の生産システムは、「中小企業が未来の生産を担うものであること」を示しているといえます。

 

5.理念の時代、日本の問題解決は「人と地域をつくる」ことである

 

企業の理念が重要な時代に

21世紀の初めは、大企業がお客のためでなく株主のために利益を出すことが一番だと言い切った時代でした。お金がすべて支配するといえるような時代でもありました。

短期利益を追求して競争に勝つ戦略をたて、グローバル化で世界調達や人件費抑制を行い、さらに無理やり消費者に売る宣伝にたよる大量生産・大量消費・大量破棄の経済を作り出したのです。その結果として人間のための経済や雇用に貢献しない、環境悪化や地域疲弊を招いているのが現状です。

一方、中小企業は80年代に「理念では飯が食えない」とバブルに乗る動きもあったものの、バブル崩壊後は、仕事を探し、お客に支持される企業を目指し、「誰のための企業なのか、誰に役立つ企業なのか」を明確にした理念を追求することを目指し、経営指針を実践し、力強い企業づくりを進めてきました。

21世紀の企業は今、「理念を売る」という方向へ向かっています。「理念で飯が食える時代」となってきました。この「理念を売る」というのは、「人」であり、今の時代に潰れない企業は、理念に賛同した人が集まり、人の役に立つという理念を企業として実践しています。このような人づくりに取り組んでいるのがまさしく、中小企業なのです。

 

労働と教育の関係

 

この原点をたどると、労働と教育の関係に行きつきます。この関係とはそもそもどういうものなのでしょうか。

原始時代では、教育と労働は一体でした。労働の中に教育がありました。生存の方法や文化が、共同体の中で発展しながら次の世代に受け継がれていきました。しかし文明が発展するに従って、教育は労働を離れて、組織的に高度な科学や言語、技術を集中的に学ぶことが必要となってきました。そこに専門の教育機関として学校が生まれ、専門的な職業としての教師が生まれてきました。

しかし、江戸時代の寺子屋制度を見てみると、労働と教育が分離していません。働くことを通して学ぶことと、知的教育とが統一されていた点が重要と考えます。寺子屋は識字率世界一にも貢献しています。人間の知識が、自然と人間の相互交流において成立することをふまえた合理的な制度だったと思われます。学ぶことと働くことの統一的な原点を、教育者も社会全体も再認識することが必要ではないでしょうか。

 

企業で働くなかで“人が育つ”とは

 

さて、企業で働くなかで、“人が育つ”とはどういうことでしょうか。それは、人のために役に立っているという実感があり、あてにしあてにされる関係のなかで人は育つのです。中小企業にはそういう、人が育つ場があります。

身近な実例をあげます。印刷業界に興味がある大学生が同友会をたずねてきました。大学の就職相談窓口では大企業を紹介されましたが、いずれ起業したいと考えている彼は印刷業界の川上から川下まで全てを知ることができるのは中小企業だと思い、同友会を訪ねてきました。

大企業では全ての工程を実際に見て触れることは難しく、反対に中小企業では全ての工程を知らなければ、他の社員と分担しての仕事がうまくできないということが学生も理解しているといういい例です。中小企業で働くということは、「自分のやっている仕事が何のために役に立っているのか」が見えるのです。

人間はその気にさせると力を発揮しますが、理念が納得できないと社員はその気になれませんし、理念がよくても社員にやる気がないとできません。ここが企業経営の根幹を担う重要なことだと考えています。

ただし全ての中小企業において当てはまるわけではありません。人の役に立っているという実感を会社全体で共有していることが重要な条件となります。

 

調査してみてわかったこと

 

同友会の中で、中堅の中小企業を調査して分かったことですが、後輩の教育に熱心な部門は「売上は低いが利益率が高い」、反対に売り込みを後輩と一緒に追求する部門は「売り上げが高いが利益率が低い」という結果がわかりました。

その理由はどこにあるかと調べてみますと、先輩が後輩に、「どれだけこの仕事がお客様にとって大事か」を教えていました。相手の気持ちにたって仕事をすることの大切さを教えられた後輩は、自ずと顧客のリピート率が高まり、結果として利益率が上がってくることがわかりました。

この調査で示すように、社員全員が、深いところでお客様の立場にたっていないと、本当の意味でお客様の要求に応えることはできないということです。

 

6.理念をもった中小企業は人をつくる

 

現代社会の最大の問題点

現代社会の最大の問題点として、その象徴的なものが「ワーキングプア」についてだと考えています。これは、労働において人間を人間として扱わない結果として低賃金で働かせているのであって、企業の倫理が問われています。社会に貢献していくという企業理念の不在と、従業員を人間として発達していく存在としてとらえる視点の欠如こそが問題です。そんな中で2008年『労働経済白書』において、初めてこの点について触れています。「成果主義賃金は成果をあげていないばかりか格差拡大と共に若者に労働意欲阻害を起こしている」と指摘しています。

 

人の役にたつということが本来の働く目的

企業で働くとは、人の役にたつということが本来の目的です。企業も同じで、儲けだけを追求する企業は劣化していきます。儲ける手段の追求でなく、人の役に立つことを至上の目的としている企業が消費者に選択されてきています。

この意味では、「好まれる」というのは、商品に魅力があるのは前提として、それを売っている人間自体が「好まれる」ことです。好まれるためには、お客様のために、売り手の気持ちが通じることが重要になってきます。この“お客様のための気持ち”を結実させたのが経営理念とも言え、この経営理念を売るのが人なのです。

また、一緒に働く人たちがどうしたら仕事がしやすいかと考えて行動するようになって初めて、働く喜びを実感できてきます。これが目的と方法を倒錯していない、目的が正しく持てる条件といえます。

理念をもって変化に対応した企業のみが生き残る

 

中小企業経営の実践から得られた最大の教訓は、社会に貢献できる企業となり、「人々の暮らしのどのような場面でどのような貢献ができるか」という理念をもって変化に対応した企業のみが生き残るということでした。こうした理念を全従業員の納得のもとにつくりあげて実践している企業は、従業員一人ひとりの前向きなエネルギーを最大限に引き出すことに成功しているのです。

 

“共に育つ”という視点での教育

同友会では、“共に育つ”という視点での教育を大切に考えています。経営者にとって、使い勝手の良い社員を育てることを目指しているのではありません。社会のあらゆる場面において認められる立派な社会人を育てることが大切と考えています。

東京のあるスーパーの事例をいいますと、戦後しばらく小中学の中途退学生しか採用できず、その社員の中に正確にレジを打つことが難しい人たちもいて、本人たちは落ちこぼれ意識を持っていました。そこで経営者は何をしたかいいますと、毎日、その人たちが必ず100点がとれるテストを行いました。事前に先輩社員から一人一人の出来る段階を聴きとって、レベルの違うテストを徐々に段階を上げていきました。そして毎日、テストの結果を“120点”分ほめました。

これを2年間繰り返すうちに、次第にその社員に自信が芽生えてきたのです。それだけでなく、お客様のとっさの難しい注文にも応えることができるようになってきました。現在は、相手の立場にたつ教育へと発展し、企業としてもお客様のニーズに応える店として成功しています。100点からの減点主義や、受験用の偏差値教育では、このように人間が伸びることはないのではないかと思います。

 

7.人をつくる中小企業が、地域をつくる存在であった。

 

中小企業の使命

中小企業は「人の違いを認め」人を伸ばし、関係を強化し、人間が生きられる環境を作るという理念で企業が存続し、存在してきました。地域の資源を見出して、それを事業化し、雇用を支えて地域の夢をはぐくんできました。これは中小企業の使命でもあります。

中小企業への地域からの期待が高まる中で、その期待にこたえ、信頼される企業とはどのような企業でしょうか。自立的で質の高い企業から、さらにすすんで地域の生活者の視点に立って、仕事をつくり、新たな雇用を生み出す「創造型」の企業が求められていると考えています。

同友会としては「21世紀型中小企業」づくり(注1)を提起し、仕事と雇用をつくるために「労使見解に基づいて、経営指針を作成し、新卒採用で社風を確立し、共に育つ教育をしていきましょう」という企業づくりの運動を展開しています。このことは主体者の形成であり、人間力を上げる取り組みになっていくものです。

 

現在の日本の現状を変えるのに必要なのは「人が生きていける、暮らしていける」地域をつくることです。このためには、地域を経営していくという観点が必要になってきています。事例を挙げます。

1) 葉っぱビジネスで70歳以上のおばあちゃんの年収が600万にもなっている有名な事例。徳島県の上勝町の「いろどり」という組織をつくり、高齢者が生きていける組織づくりが地域づくりとなりました。その結果、現在では、地域に若者が帰ってくるようにもなっています。

 

2) 北海道の帯広では「北の大地に人を残す運動」が取り組まれています。子どもたちの父母や教員、教育委員会等と手を携えて2000年に地域教育協議会を結成。父母や教員も地元企業にインターンシップをするのが何よりの特徴。共通認識になっていることが「一番大きい農業でも働く場としては弱い、若い力を地域で残すこと=地域で子供の働く場をつくること」であり、「若い力を地域で残すこと=地域で子どもの働く場をつくること」です。多くの企業が地域で働ける仕事を作り出す企業づくりを自分の使命として実践。

 

3) 岩手県の陸前高田市の0歳人口が100人ほどというデータに危機感を感じた高田自動車学校の呼びかけで、第1次産品を加工して付加価値をつけていく仕事づくりを地域に広めています。18歳以降の人口が大きく減るのは、進学・就職のためであり、一度出ていくと二度と帰ってこないのが現状です。地元の人に「息子さん、いつ帰ってくるの」と聞くと「帰ってこない」「なぜなら仕事がないから」という理由です。一方で「仕事あれば帰ってくる」ということもあり、だったら「仕事をつくれば若者が帰ってくるはず」と付加価値をつけていく加工の仕事づくりを広めていました。そこに今回の大震災があり、何もなくなった陸前高田においても、その実践は変わらず、地域に商店をつくる取り組みを進めています。

 

これらの事例のように地域で働く場をつくる人が必要になってきています。現在地域で人が生きていけるのに必要な仕事を作り出すという地域の経営の中核を担いうるのが中小企業の経営者なのです。しかし、中小企業だけでは地域は救えません。自治体、学校、住民のすべてが協力して取り組む必要があります。この人の輪をまとめ、生産を担う役割を中小企業が果たすことが求められています。

 

何故地域が大事であるのか

自立型企業は世界のどこでも通用する企業ですが、その自立を実行し、その企業を支えているのは「人」です。この人が生きていける、暮らしていける、人間らしく生きていけるのが地域です。土地だけが地域ではないことは言うまでもありません。

リーマンショックの対応における教訓は、「雇用を守る」と宣言した経営者とそうでない経営者で、その決意と姿勢で、明暗をわけたことです。大震災においても、大手企業でも再開できたのは、再開にむけて努力して働いた地域に暮らす社員がいたからです。

生きていける地域がないと、企業として再開ができない状況だったのが、福島の事例です。「労使見解」で明確にされた経営者の経営姿勢の確立をはかり、社員一人ひとりの違いを認め合い、労使が共に育ち合う企業として、自立型企業が連携して新しい仕事をつくり出して、地域に雇用を生み出し、雇用を守りきれる経営基盤が地域なのです。

 

8.歴史から学べば未来が見える

 

未来をつくるために歴史に学ぶ必要があります。その中でも、江戸時代における経済成長が止まる中で豊かさである文化と各藩での名産品を作り出した歴史に学ぶことが重要です。

日本は江戸時代に鎖国体制の中で、資源と人口のバランスということを世界で一番早く理解して対策を考えた国と言えます。華やかな元禄文化から厳しい享保の改革に移行したのは、資源と人口のバランスとどうとるかという問題に直面し、そこから生まれた江戸文化は、あまりお金のかからない市民生活の中で、いかに多くの娯楽を育て、人々が楽しく暮らしていけるかを追求しました。質素倹約とのびのびした市民生活の両立をはかったのです。当時のお花見も、朝顔づくりや菊づくり、浮世絵、俳句や川柳も落語も気楽でお金かからない市民生活の豊かさだと思います。

 

三方よし‐売り手よし、買い手よし、世間よし

 

このもとになる考え方として、商人の発祥の地と言われる「近江商人」の家訓に「三方良し」という考え方(「売り手よし、買い手よし、世間よし」)があります。近江商人は天秤棒で荷を担いで近江の産物を売り歩くと同時に、行商先で商売のネタを見つけて仕入れをし、喜ばれるところへ「産物回し」と称する商いをしていました。

その時の理念が「三方良し」でした。「買い手よし」は買い手が必要とするものを買い手が喜ぶ値段で売り、商品や情報が乏しい山間地や僻地も商圏にしていました。買い手の土地の人も、商人を心待ちにしていました。

「三方良し」の中でも「世間よし」が大事です。その商品をその地域で広めることが世のため、人のためになると確信を持って、売ることができる商品に絞って商いをしていました。

 

五方よし‐売り手よし、買い手よし、世間よし、後世よし、地域よし

 

これを引き継いだのが大坂の商人です。儲け主義でなく、「近江商人の三方良し」の歴史を受け継ぎ、自分のために儲けるのでなく、「後世のために」と「地域が良くなるため」にお金を使いました。つまり「五方良し」です。

「五方良し」の考え方は、江戸時代の商人の理念でしたが、現代でも必要な理念です。この考え方のもとになったのが江戸時代の教育のあり方で、その一番の典型が寺子屋にあります。

寺子屋が日本の識字率、数字に強くなった原因といわれていますが、大坂においては、さらに18世紀前半に私塾の「懐得堂」ができ、1838年に緒方洪庵は蘭学の「適塾」を開き、橋本佐内、大村益次郎、福沢諭吉など多くの人材を輩出しました。読み書きそろばんから世界事情を知った人間も多くいました。町人教育の私塾に代表されるように、教育に力を注いだことが重要だと考えています

また、大坂商人は大阪の河川の浚渫や橋の建設にお金を使ったことも重要です。「後世のために」「地域が良くなるために」というのがよくわかる事例だと思います。

その家の「家訓」をみると、大阪商人の「五方良し」がよくわかるのですが、その家訓が、その後、経営理念になっていきました。歴史を見てみると、教育に力を入れ、「五方良し」の経営理念をもつ企業づくりをしていくことが現代にも通用する重要なこととわかってきます。

 

9.地域を担うには循環型地域づくり

 

自社の存在意義や事業目的を明確にした経営理念をもち、社会的な風潮とは逆に正規雇用や新卒採用を増やし、雇用を守ると宣言し、新しい仕事づくりに社員の気持ちを一つにさせていくことが地域をつくっていく企業の特徴です。リーマンショックへの対応の教訓でも、今回の大震災でも、その教訓が生かされています。その経営者の姿勢こそが、その後の明暗をわけています。

 

『労使見解』の精神に基づく社風づくりに真摯に取り組んだ企業が、危機においても、新たな仕事づくり・地域づくりに成果を挙げています。単なる情報発信だけではなく、企業の経営理念を地域やお客様に発信しています。

こうした企業に、地域や業界から信頼が高まり、人間尊重の経営に基づく好ましい企業文化を作り出しています。「だれにとって良い会社であるのか」が問われなければなりません。地域で仕事と働く場所を創り、社員やお客さま、地域社会にとって「あの企業があって良かった」と言われる良い会社をめざすことが求められます。

 

現状の社会では「持続可能でない」ため、このままでは社会そのものが成立しえなくなってしまいます。現状の社会を成立させている社会システムを変更しなければなりません。社会システムを変更するのは、社会の構成者です。中小企業にとっても地域は企業活動の中心であるばかりでなく、そこに住む人々とともに生活の一部となっています。地域を単に市場としてのみ見るのではなく、「人が生活する大地であり、生きる上での糧となる水であり、空気であり、食料を互いに供給しあう場」と見なければなりません。

したがって、地域の政治、経済、産業、文化と永続的に関わり、貢献するのは当然のことであって、地域の諸問題についても解決する努力と行動をすることが中小企業に与えられた使命であると考えられます。このためにも同友会は同友エコの運動に取り組み環境経営を広めています。

 

10.循環型経済を担うのは、多くは中小企業です。

 

国内や地域で生きていく人々にとって、グローバルの資本主義の論理や成長至上主義のみでは、生活者に苦痛をもたらす結果をつくっています。国内や地域で生きていく、暮らしていくには、生活者の視点での地域重視の経済をつくり上げる必要があると考えています。それには中小企業の存在しかないというのが結論です。

大量廃棄を前提にした大量生産を行ってきたところから、「生きる・暮らしを守る・人間らしく生きる」を前提として、国民生活を担い、資源節約に努力するのは、大企業ではなく、むしろ中小企業なのです。大企業と違って循環型経済を担えるのは、唯一中小企業と考えています。

 

物の豊かさの追求の「文明型」の商品・サービスから、心の豊かさを追求する「文化型」の商品・サービスに変更していくことも必要です。この観点で、地域や企業に残っている文化を見直し、職分を生かした「使い捨てでないもの」「完成品でなく消費者が組み立てられる自由なもの」などをつくり、販売でも「見ていても使っても楽しい」、人間を幸せにするような新たな生活文化を起こす時代にきているのではないでしょうか。

中小企業が未来の生産や時代を担う社会にしていかなければなりません。衣食住は民族文化を示すものです。企画開発とものづくりで、機能の本質性を追求し、それに文化の味わいをのせていくことが重要です。ヨーロッパのフェラーリ、ベンツなどが象徴的ですが、日本でも同等に技術レベルが高く、キリスト教文化圏とは違った全く違う発想を持つ連続性の文化を持っています。

欧米へのキャッチアップが終わった今、日本の発想、価値観、文化、ライフスタイルにもう一度自信をもつことです。それには、国民の文化度、消費傾向のレベルを高めていくことが必要です。「使い捨て型」のライフスタイルから、「使い尽くし型」のライフスタイルへの転換に向けて、企業もお客様を育てながらレベルを高めていくことが必要です。環境と文化づくりが求められます。

 

 

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