Home»オピニオン»埼玉県、千葉県、茨城県にメディカル・スクールを

埼玉県、千葉県、茨城県にメディカル・スクールを

0
Shares
Pinterest Google+

●地域の医療提供体制の破綻
埼玉県、千葉県、茨城県では医師不足のために、地域によっては既存の病院の診療を維持できなくなりつつある。
例えば、2012年6月7日の埼玉新聞は「さいたま赤十字病院(さいたま市中央区)で、小児科の常勤医師4人全員が退職の意向を示し、小児科の対応が必要 なハイリスク妊婦の新規受け入れや、小児科専門外来への新規紹介患者の受け入れを一時中止する事態に陥っている」と報じた。2013年2月20日現在、こ の状況は解消されていない。国立病院機構西埼玉中央病院は、2012年8月15日、新たな分娩予約を当分の間中止するとアナウンスした。その後も医師が確 保できず、2013年2月20日現在、この状況が解消されていない。
千葉県では、2006年以後、県立東金病院、国保成東病院、公立長生病院、安房医師会病院などで、医師不足のために診療が縮小されたり、経営が移譲された りした。2008年9月には393床の銚子市立総合病院の運営が中止された。2012年4月1日、旭中央病院が内科医不足のため、南西の山武、東金、北の 茨城県からの救急車の受入れ制限を開始した。旭中央病院は、千葉県の北東部と茨城県南東部の住民100万人の救急医療を支えてきた。最近、鹿島労災病院の 22名の常勤医師の内14名が、2013年3月末をもって退職すると報じられた。鹿島労災病院は茨城県南東部の医療を地元で支えてきた。銚子市立総合病院 の破綻以後、旭中央病院の診療圏の医療供給が大きく低下していたが、さらに悪化しつつある。

●医学部の偏在と医療費の東西格差
埼玉県、千葉県、茨城県の人口は合計1636万人と膨大であり、九州・沖縄8県の1455万人より多い。医学部数は、九州・沖縄の10(産業医大を除く) に対し、埼玉県、千葉県、茨城県は3(防衛医大を除く)でしかない。四国は4県398万人に対し、医学部数は4である。九州、沖縄並みにするとすれば、さ らに7、四国並みにするには、さらに13の医学部が必要である。
従来、日本の地域ごとの医師数は、既存の医学部の分布に大きく依存していた。これが病床数の東西格差を招いた。医療法に基づく地域医療計画による病床規制は、この地域格差を固定化した(1,2,3)。
病床数の地域差が大きいため、医療費に大きな地域差が生じた。厚労省もこれを問題視しており、毎年「医療費の地域差分析」を公表している。平成20年度、 国民健康保険と後期高齢者医療制度で福岡県は、1人当たり千葉県の1.39倍の医療費を使った(年齢補正あり)。被保険者の保険料は、国民健康保険の原資 の25%、後期高齢者医療制度の10%にすぎない。多額の公費や組合健保の資金が投入されていることを考えると、居住する地域によって国民に不平等が生じ ている。

●人口動態、初期研修医マッチ数
そもそも、埼玉県、千葉県、茨城県の県別人口当たりの医師数は、全国47位、45位、46位と最底水準である。看護師数、リハビリ職員数も日本で最も少ない地域である。
しかも、この地域は人口が大きく、高齢化のスピードが速い。新たに生じる高齢者数は膨大になる。75歳以上になると医療・介護の必要度が増える。日本社会 保障・人口問題研究所は、埼玉県、千葉県、茨城県の2010年から2030年までの20年間の75歳以上の高齢者の増加数(増加率)を、それぞれ68万1 千人(115%)、57万6千人(103%)、21万9千人(69%)、合計147万6千人と予想している。これは全国の増加数の17.5%に当たる。一 方で、この3県の医学部数は全国の3.8%に過ぎない。
医師の都道府県への新たな参入も医師の需給に影響する。初期研修医の人口当たりのマッチ数(初期研修医の入職数)は医師の都道府県への新規参入の重要な指 標の一つである。日本全体では人口1万人あたり0.62である。埼玉県、千葉県、茨城県を含む7県が、2年連続で0.5を下回った。平成23年、24年の 県別平均マッチ数は、埼玉県47位、千葉県41位、茨城県44位だった。
東京都、神奈川県、愛知県、大阪府は高齢者人口が急増することでは3県と同じだが、複数の医学部がありマッチ数は少なくない。埼玉、千葉県、茨城県への医師の新規参入の少なさは、医学部がそれぞれ1しかないこと、文化的吸引力に欠けることが背景にある。
埼玉県、千葉県、茨城県は日本で最も医師不足が深刻であり、有効な対策が講じられなければ、悪化の一途をたどると予想される。原発事故、医師不足に苦しむ 福島県も、2年平均のマッチ数が46位であり、埼玉県と最下位を争っている。東日本大震災後、相当数の医師が福島県を離れており、3県と同様深刻な状況に ある。

●従来型医学部を設置するために必要な資源
他県からの医師の参入が期待できない以上、医療提供体制を維持するには、地元で医師を養成せざるを得ない。埼玉県は埼玉県立大学に医学部を設置することを 検討してきた。2011年6月、埼玉県議会で、上田清司埼玉県知事は、医学部を設置するためには、医師300人をはじめとする1300人程度の医療スタッ フ、700億円程度の初期投資、運営費として最大で年間65億円程度の補填が必要だと答弁した。膨大な費用を捻出するのは至難であるが、それ以上に、埼玉 県でこれほどの医療従事者を集めるのは不可能である。

●大学
大学は中世ヨーロッパに起源を持つ。ヨーロッパの大学は修道士の世界だった。13世紀のパリ大学のスター教授、ロジャー・ベーコンとトマス・アクィナスはいずれも修道士だった。現実とかけ離れた修行、儀式、位階のために多大なコストをかけた。
ヨーロッパの医師は大学と床屋由来の2系統ある。前者は理論重視で、後者は実践に優れていた。「近代外科の父」(森岡恭彦)アンブロワーズ・パレは身分の低い床屋医者出身だった。大学だけの1系統だったとすれば、現在の外科学はなかった。
日本の医学部はヨーロッパの大学医学部を輸入した。臨床科目でも、患者を診ることと全く別に、医学研究なるものを想定し、研究を臨床より重視する。患者をほとんど診ない医師、看護現場から離れた看護師でないと大学教授になりにくい。
日本の医学部教授は医療や教育より、儀式、位階、権力闘争に時間を費やす。 大学自治なる言葉の名残で、教授たちは、身勝手に振る舞うこと、無責任であることを許されてきた。このため、大学にはガバナンスが存在しえず、社会の要請 によって、大学を変えようとしても、変えられない。
さらに日本の医学部には、医局制度という自然発生の人事制度がある。他の出自の医師との協働を苦手とするのみならず、しばしば、外部の医師の参入障壁として機能してきた(4)。千葉県も例外ではない。

●メディカル・スクール
米国で臨床研修を受けたり、医師免許を獲得したりするためには、前もってEducational Commission for Foreign Medical Graduates(ECFMG)の試験に合格しなければならない。現在は日本の医学部を卒業していれば、受験県資格があるが、2023年より医学部の医 学教育プログラムが、アメリカのLiaison Committee on Medical Education (LCME)の基準、あるいは、World Federation for Medical Education (WFME)のような国際的に受け入れられている基準に基づいて、公式な手続きを踏んで認証を獲得していないと、卒業生にECFMGの受験資格が与えられ なくなる。
LCMEの認証基準は、全体として非常に立派なものである。ガバナンス、多様性、社会性、医療現場に則した教育を重視するなど、日本の医学部が襟を正して 学ぶべき内容が含まれている。全国医学部長病院長会議はこれに共同歩調で対応しようとしているが、私は、メディカル・スクールを創設するかどうかと関係な く、日本全体が同じように対応するのがよいとは思わない。米国一辺倒になりすぎると、想定外の悪影響が出かねない。
多様性は将来に対する安全保障である。従来の医学部は、制度疲労が目立つ。活性化のためには、別の医師養成システムと競争させる必要がある。医学教育プログラムを多様にしておくことが、日本の医学教育のしなやかさ、強靭さ、有用性を高めることにつながる。
加えて、メディカル・スクールは、「大学」であることを放棄することによって、コストを格段に軽減できる。4年制大学の卒業生を対象とすれば、教養教育部 分が不要であり、その分の人件費、建築費が不要になる。グラウンド、体育館も不要である。既存の病院群を実習病院として利用すれば、附属病院を建設する必 要がない。既存の病院のスタッフを臨床実習のための教員とすれば、教員としての給与は少なくてすむ。
新たにメディカル・スクールを設立するとすれば、過去を引きずっていないので、従来の大学にないガバナンスの確立が可能になる。メディカル・スクールを設 立することで、従来の大学のガバナンスを構築し直すきっかけになるかもしれない。教育を利用して実習病院の水準を上げることも可能である。研修医にとって の病院の魅力を大きくすることができる。

●亀田総合病院はメディカル・スクールを設立する用意がある
私は、埼玉県、千葉県、茨城県の既存病院を中心に複数のメディカル・スクールを設立するのが、この地域の医師不足を解消する最良の方法だと思う。実習病院は県境を越えてもよい。医師不足に苦しんでいる福島県浜通りの病院を実習病院することも考慮すべきである。
亀田総合病院は、旭中央病院や他の基幹病院と協力して、メディカル・スクールを設立したいと思っている。これまで、社会福祉法人太陽会は亀田総合病院と共 に、危機的状況にあった安房医師会病院を引き受け、これを立て直した。医師が一斉に退職して破綻の危機に瀕していた塩田記念病院に医師を派遣して支えた。 他にも、いくつかの病院を支援している。2013年2月、北隣の君津医療圏の中核病院の支援を千葉県から要請された。千葉県の医療を守るために、今後も可 能な限り支援するつもりである。しかし、現在の千葉県の状況だと、自ら医師を養成しない限り、安定的に医師を確保することは不可能である。
亀田総合病院は、福島県についても、震災以来、支援を継続している。震災直後、福島県いわき市のときわ会から2回にわたり、合計61名の透析患者を受け入 れた。ときわ会の老人健康保健施設小名浜ときわ苑の利用者120名と職員、合計180名を受け入れた。福島県福祉事業協会の知的障害者施設の利用者約 300名と職員、合計400名を受け入れた。いわき共立病院から8名の人工呼吸器装着患者を受け入れた。
私は、日本の若手医師に対し南相馬の医療機関で働くよう呼び掛けた。相双地区の病院に対し、臨床研修病院の指定を受けて自ら医師を育てようと提案した。南 相馬市立総合病院は震災前より医師数が大幅に増えた。亀田総合病院からも、2011年11月以来、南相馬市立総合病院に医師1名、リハビリ職員2名を出向 させている。出向した原澤医師は、地域の他の医療機関と共同で、仮設住宅の診療体制を構築した。南相馬市立総合病院は、亀田総合病院が全面的バックアップ するとの条件で、臨床研修病院の指定を受けることができた。
福島県の復興のキーは教育である。南相馬市立総合病院は、2名の研修医を募集し、2名の採用が決まった。この2名は亀田総合病院でも数カ月間研修を受け る。亀田総合病院と合同のレクチャーやカンファレンスができるように、IT機器を整備した。2013年度、亀田総合病院の初期研修医が常に1~2名、南相 馬市立総合病院で地域医療の研修を受ける。広島大学と聖マリアンナ医科大学の研修医が、南相馬市立総合病院で被災地の医療を学ぶことになった。福島県立医 大の学生実習も行われることになった。研修医や学生が入り混じることで、医師の社会貢献の新たな動きが生まれる可能性がある。従来の医学部も、象牙の塔に 閉じこもっていたのでは、社会の要請に応えられないことに気付き始めた。

●地方自治の本旨
埼玉県、千葉県、茨城県の医師不足の原因は、国の教育行政と医療行政にある。医療提供の地域差がこれだけ大きく、解消できる見込みがない以上、地域ごとに 対応するしかない。国が、従来の統一的対応を地方に強いることは、住民の幸せ、個人の尊厳を国家が抑圧することを意味する。日本国憲法はこうした事態を想 定しており、92条で「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める」と規定した。地方自治の本旨とは、「法 律をもってしても侵害できない地方自治の核心部を指す」(ウィキペディア)とされ、住民自治、団体自治という二つの概念を含む。住民自治とは住民が地域に ついて自らの治めることを意味する。団体自治とは、地方公共団体が国の干渉に屈することなく、地域の実情に沿った行政を行うことを意味する。住民自治の観 点からは、住民の意思が優先されなければならない。医師の増員によって経済的利益を失うことを心配している医師会や、メディカル・スクールの創設によって 自らの特権的地位が脅かされることを心配している既存の医学部関係者の意見に左右されてはならない。
埼玉県、千葉県、茨城県の知事が、住民の意思に基づいて、メディカル・スクール設立を表明すれば、国は対抗できる正当性を持たない。

<文献>
1.小松秀樹:病床規制の問題1:千葉県の病床配分と医療危機. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.539, 2012年7月11日. http://medg.jp/mt/2012/07/vol5391.html#more
2.小松秀樹:病床規制の問題2:厚労省の矛盾. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.540, 2012年7月12日. http://medg.jp/mt/2012/07/vol5402.html
3.小松秀樹:病床規制の問題3:誘発された看護師引き抜き合戦. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.566, 2012年8月9日. http://medg.jp/mt/2012/08/vol5663.html#more
4.小松秀樹:医師参入障壁としての医局 医師を引き揚げるが、他から採用することは許さないMRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.368, 2012年1月16日. http://medg.jp/mt/2012/01/vol368.html

(時事通信社「厚生福祉」2013年3月15日第5975号からの転載)

Previous post

メディカル・スクールの認証基準について(その2/2)

Next post

「地域におけるこれからの企業経営」