アメリカは誰のものか(米国内の民族興亡)
我が国は、安保条約により米国に国運・国防を大きく依存することになっている。米国と言えば、一体的な国家のように思えるかもしれないが、実はそうではない。政治の分野を例にとっても、民主党と共和党という二大政党がある。いずれが大統領職に就くかにより、その外交や国防政策は異なる。
米国で最も基本的なグループの単位は、民族であろう。米国は、200年余前に人為的に作られた、多民族国家である。ある意味では、「民族のオリンピック競技場」のようなものだ。それぞれの民族と母国との絆は強い。従って、どの民族が主導権を握るかにより、米国の外交政策は大きく左右される。今回は、アメリカにおける民族の興亡について書いて見たい。
言うまでもなく、アメリカは本来インディアンの土地だった。コロンブスの発見以降、西欧から殖民が行われ、やがて13州が英国との間で独立戦争を始め、これに勝利して、1776年に独立した。その後、西部への領土拡大を行い、ほぼ今日の米国の領土を手に入れ、1890年には「フロンティアの消滅」を宣言した。
西部への領土拡大において行われたのは、白人入植者によるインディアンに対する征服戦争で、その実態は民族浄化(ジェノサイド)であったことは、紛れもない事実である。
アメリカ建国に際し主導権を握ったのは白人のアングロ・サクソン系プロテスタントで、WASP(ワスプ)と呼ばれる人達であった。独立後間もない1790年の第1回国勢調査では、全人口の約80%が白人で、その61%がイギリス系であった。このような理由で、アメリカでは英語が公用語となり、文化や社会全般にイギリスを模倣するものとなった。当然ながら、政治的にもワスプが主導権を握り、今日もその支配が続いている。
ところが、戦後は、ユダヤ人の影響力が目立つようになってきた。米国におけるユダヤ人口は約540万人で、総人口約3億1千万人の約2パーセント弱に過ぎないが、米国の外交政策に大きな影響力を持っている。米国のユダヤ人は、学界、法曹界、メディア業界、医学界、金融業界など知的・情報集約分野の業界では、特に支配的な影響力を持ち、同時に巨大な富(金)を支配している。
ユダヤ人は、情報を支配し、資金を駆使することによりアメリカをコントロールできるまでになった。シカゴ大学のミアシャイマー教授などは、イスラエル・ロビー(圧力団体)が、両院議員選挙や大統領選挙に莫大な選挙献金を行うことにより、外交政策において、米国が祖国イスラエルを擁護するように誘導している、と指摘している。「米国という『巨象』は、頭上の『狐(ユダヤ・ロビー)』によりコントロールされている」、と揶揄する向きもいる。
ユダヤ人の次に注目される民族は、スペイン語を母国語とするヒスパニックと呼ばれる人達である。ヒスパニックは、他の民族に比べ人口の増加が急激だ。白人の老人が一人死ぬたびに、白人の赤ん坊は「一人弱」しか生まれないが、ヒスパニックの場合は一人の老人が死ぬと「9人」もの赤ん坊が生まれる、という統計がある。2010年に非ヒスパニック系白人は2億100万人(全人口の65%)から2050年の推計では2億1,000万人(50%)と横ばいなのに比べ、ヒスパニック系白人は4、400万人(14%)から9、200万人(22%)と倍以上に増加する。このような趨勢が続けば、恐らく今世紀末にはヒスパニックが「マジョリティー(最多数民族)」になる可能性がある。ヒスパニックは、スペイン語を公用語にする「バイリンガル法」を推進し、自己主張を始めている。「アメリカ人は英語を話す」という常識が揺らいでいる。
米国を支配できる民族の条件について考えて見たい。第1の条件は強力なアイデンティティ(独自性)を持っていることである。ユダヤ人はユダヤ教がアイデンティティの源になっている。ヒスパニックはスペイン語と歴史的誇りではないだろうか。WASPは、キリスト教とこれに結合した民主主義、資本主義というイデオロギーだと思う。
このように、言語と宗教(イデオロギー)は民族のアイデンティティを特徴付ける最大のものである。この点に鑑みれば、黒人は、奴隷時代に綿花畑でアフリカの母国語を忘却した。ベトナム戦争前後に黒人は公民権運動で盛り上がりを見せたものの、皮膚の色の他に白人と明確に区別するアイデンティティを持たなかったために、分離独立的な運動は限界があったのではないだろうか。
中国人の中華思想は、一応のアイデンティティにはなるだろうが、他の強烈な宗教などと拮抗できるだけの強さがあるようには見えない。また、中国の共産主義は、既に「敗退」したイデオロギーで、中国自身も今では形骸的に共産主義を装っているに過ぎない。韓国人の「血統」に重きを置くアイデンティティも長期的には混血により消失する可能性が高い。日本の場合、戦前は「天皇制」が強いアイデンティティとなったが、敗戦後マッカーサーから毀損され、戦後は「精神的な核」が希薄になりつつあるのではないだろうか。
WASP、ユダヤ人及びヒスパニックの他に自己主張できる民族はイスラム教諸国出身の人々かもしれない。彼らが米国社会に適応し、人口を増やし、冨を蓄え、全米にモスクを建立し勢力を拡大すれば、アメリカで「第4の局」を構築できる潜在力を持っていると思われる。但しそうなった場合は、アメリカは、現在の世界と同じように内戦状態になり、モザイク状の国家になるのかもしれない。
このように観察すれば、多民族国家の米国は、各民族の自由競争の中で、その主導勢力が時代とともに変化することが伺える。日本が運命を委ねる米国は、「主人公」が変遷することを銘記すべきであろう。
(おやばと連載記事)