米中の貿易摩擦
トランプ大統領が中国などからの鉄鋼類の輸入に対し高率関税をかけると決めたことから中国側も猛反発し、米中の貿易摩擦としてマスコミに騒がれている。今のところ証券業界の反応が最も激しいが、株式市場が高値に張り付いても証券会社としては好ましくなく、できるだけ株価が動くよう配慮するのが証券業界で、この意味では彼らのclaimもよくわかるがマスコミが騒ぐほどこの問題が複雑とも思えない。米側の問題は中国に投資しようにも合弁企業の株式は50%以下に押さえられ自由な経済活動ができないどころかこちらの技術もすべてとられてしまうこととなる。中国側は通商拡大法232条、スーパー301条の制裁措置に対抗して報復措置をと発表したが、南シナ海問題ですでに明らかなように国際法も場合によって自らに都合のよいように使い分けている。日本の評論家で中国共産党の言い分をそのまま記述する連中は中国側の報復措置をすべて並べ立て重大な事態に至るであろうと書いている。
今回はいくつかの問題点を中心に見てみよう。
#中国の個人消費
個人消費拡大は北京政府が高らかに歌い上げているが、実態は個人消費が振るわない。不動産バブルが中国の消費を飲み込もうとしていると見る人も多い。高騰した不動産価格を無理に維持してきたツケが回ってきたともいえる。2017年10~12月の実質成長率6.8%の中で消費の貢献度は3.1pointで2015年以降では最低となっている。問題は都市住民がマンションを買う必要があるか否かにある。
頭金とローンの返済で可処分所得は消えてしまうが、中国は共産党の強力な力でバブルも統制するが、消費の形で副作用も生む。この結果いつまでも問題を先送りしてしまうという強い共産党の弊害がある。
#豚肉の値上がりを習政権は押さえることができるのか
豚肉1キロ生産するのに必要な穀類は7キロといわれている、1頭の母豚から1回に11~12匹の子豚がうまれる。年2回出産するので年間22~24匹の子豚が生まれる。飼料用穀類の高騰によるコスト高と豚肉価格の下落は避けられない。中国が米国産大豆やトウモロコシへの報復関税を発表して以来、穀物飼料価格の値上げが問題となっている。すでに大手飼料メーカーが値上げを発表し、国内先物価格が急騰した。何しろ世界の豚肉の半分を消費する中国だ。中南米産の大豆は作柄が低迷している。いわゆるピッグサイクルと呼ばれる豚肉需給だが、中国の場合今年は小売価格が前年同期比7%下落と伝えられている。値下がり率は去年6月の16%よりも縮小し価格下落で採算が取れなくなった畜産家が供給を抑え価格下落は抑えられつつある。問題は豚肉価格の高騰だ。従来から大豆は取引の大半が中国向けなので米中相互依存で今日に至ったが、報復リストに大豆が入ってしまったのは官僚の手違いかもしれない。いずれにしても豚肉の高騰は習政権としてもなんとしても避けたいところだ。香港株式市場では中国企業の万州国際がすでに値上がりしている。同社は5年ほど前に世界豚肉加工最大手の米スミスフイールドを買収している。
今回の米中貿易論争で大豆と豚肉の対中輸出は拡大せざるを得ないであろう。
#米国の対中政策
オバマ前大統領、コンドリーザ・ライス、スーザン・ライス(顔が似ているので親戚かと思われるが、国連大使などをつとめた外交官でアフリカ系アメリカ人女性)は経済成長が続けば中国はいずれ民主主義国になるであろうという幻想があったようだ。第1期のオバマ政権は協調主義的と言われていたが、終わり頃から軍事・外交の軸をアジアに移す政策でアジアに関与してゆく路線に切り替えた。中国側はこれによる中国包囲網の形成とみて2014年頃から南シナ海に人工島を作り軍事的進出を始めた。さらに習近平は中華民族の復興、中国の夢を実現するとして海・空軍力の増強に努めた。この結果アメリカの対中認識は大きく変わった。航行の自由作戦などもここで出てきた。さらに、ウクライナ・クリミヤ問題もあり米国にとって最大の敵は中国ではなくロシアになっている。オバマは世界の警察官をやめたと宣言し、結果的にロシアは中東に根を張りさらには地中海にまで手を伸ばした。
#無視できないキッシンジャーの影響力
旧ソ連との冷戦を有利に進めるためにニクソン政権時代に電撃的な米中接近を仕掛けたキッシンジャーは一貫して中国に強い思い入れをもっていると考えるべきであろう。レーガン政権も人民解放軍の戦闘能力向上のためミサイル技術などを中国に売却することを許可した。目下ペンタゴンの主流は米国にとって最大の軍事的脅威は中国であるとの認識で一致している。一方トランプ政権は軍事的安全保障と経済安全保障を同列に考えている。このためキッシンジャーの影響を受けた考え方が拡大する可能性もある。問題はキッシンジャーが習近平の求める「新型大国関係」に呼応して米中でアジア太平洋を取り仕切ろうとなると日本も高見の見物という訳にはゆかない。いずれにしてもキッシンジャーの頭の中には中国しかなく、日本は蚊帳の外だ。トランプに食い込んだキッシンジャーがトランプにさらに大きな取引を中国とすることを仕掛けることもあり得る。トランプ本人のほかトランプ大統領の長女イヴァンカ大統領補佐官は3人の子供に中国語を学ばせている。今回のトランプ訪中の晩餐会でもこの子供たちが中国の歌を中国語で歌って習夫妻を喜ばせた。この連中にとってアジアは中国さえ押さえれば問題なしとの認識があるようだが「アジアに安定なし」との覚悟はあるのだろうか。中国以外のアジアはそれぞれ長い間、民主化に悩み現在でも常に波乱を抱えている。オバマはchange, changeと演説で米国民を魅惑したが、この間に中国は巨大人口を武器として世界第2位の経済大国となり、いずれ米国経済も追い抜くのではと、ここで中国取引に関与して置かねばと皆を中国に最大の関心を持たせた。
ここで注目すべきは欧州大陸の独・仏の動きだ。アメリカからの自立への模索だ。オバマ前政権とは独米蜜月といわれたほどであったが、トランプ政権の誕生とともにドイツのトランプ嫌いが昂じて米国と距離を明確に置き始め、その反動でロシアとの接近が目立つようになった。ドイツ政界は反米路線に急傾斜しているがさらに独マスコミに中国・韓国のロビー工作が浸透している。ドイツは日本批判を強め、南京虐殺とか従軍慰安婦を取り上げ、メルケルは中国非難を一切口にせず、AIIBを推進し、中国の一帯一路への協力に前のめりになりドイツで時差ぼけのような中国ブームが起きている。
ドイツのロボット企業大手の「クーカ」や半導体のアイクストロン社など中国への身売りを承諾し、先端技術が中国へ渡り軍事転用される懸念には目をつぶっている。一方EU委員会は軍事転用のおそれが高いとしてハイテクなどの先端技術を中国が買い取ることはEU全体の安全保障に影響があるとして企業防衛に本腰を入れる姿勢を見せている。中国の欧州企業買収などの直接投資は2016年だけでも350億ユーロという巨額に達している。マクロン仏大統領はEU強化、ユーロ堅持などEUにおける主導権をドイツから奪うことに懸命で仏独関係も不透明だ。独米蜜月関係も消え、後はEU経済が単独で展開して往けるのか否かにかかっている。