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迷走する中国人民銀行と金融システムの今後の展開

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 やや旧聞に属することになるが、本年6月下旬、中国のインターバンク市場金利が、同国金融史上最大の急激な上昇を呈した。
本件については、内外メディアでは、主としたシャドーバンキング(銀行以外の主体によって担われる運用資金の吸収および信用の供与等の金融活動)との関連で議論されることが多いが、ここでは、中国人民銀行(中央銀行)の金融市場調節の実態に焦点を当てて、分析・評価する。
この点は、やや専門的なこともあってか、我国においては、殆ど取り上げられていないが、金融政策運営の基礎となる重要な部分であり、かつ、関係者が中央銀行および市中銀行関係者に限定されるため、金融制度全般と異なり、比較的容易に改革を進めやすいとみられることから検討すべき課題と考えている。
本稿では、先ず(1)本年6月下旬のインターバンク金利急変動の事実を確認した後、(2)インターバンク市場混乱に関するメディアの見方および(3)中国人民銀行自身の見解を紹介する。次に、(4)欧米専門誌の分析を基に、市場金利の急騰・反落の真相に迫った後、(5)中国金融システムの今後の展開に関して私見を述べることとする。取り上げたメディアの論調等は、私の中国語リテラシーの制約から、英語・日本語に限られるが、その範囲で中国国内の意見も極力取上げた。

  1.  本年6月下旬の中国インターバンク市場金利の急変動

    1.  Shibor(上海・銀行間出し手金利)翌日物は、2013年5月中、2~3%の水準で推移していたが、四半期末月の6月に入り、法人税納税資金(6月末が納期)および銀行規制対応資金(貸出を預金の75%以下に抑える預貸率規制は、四半期末毎にチェックされるため、銀行は月末に向けて、預金の積上げに迫られる)などの季節的な資金需要に加え、本年は、ドラゴンボートフェスティバル(旧暦5月5日の端午節に挙行される競漕行事)が6月10~12日に当ったため、銀行からの現金引出しも増嵩し、5~6%台に上昇した。

    2.  こうした季節要因に加え、近年取引が活発化して来た理財商品(商業銀行が販売する資産運用商品を指し、利回りは預金金利〔1年定期3.25%〕に比べ、〔4~6.25%〕と高いが、元本・利子保証はない)のうち、6月末に償還期限が到来する分が、1兆5,000億元の多額に上ることから、この乗替資金がインターバンク市場において大きな取り圧力となった(理財商品の残高:2011年末5兆元、2012年末7.1兆元、2013年3月末8.2兆元、2012年中のインターバンクコール市場の取引総額は、47.6兆元)。
      さらに、規模の把握は難しいものの、5月下旬に入って米国FRBが超緩和金融政策を変更する観測が広がり、中国からの投機資金の流出がみられたことも、インターバンク市場金利に上昇圧力をもたらした。この結果、6月半ば(6月14日)には、インターバンク市場金利は7%近く(6.968%)まで上昇。

    3.  こうした状況を受け、インターバンク市場参加者の間で、中国人民銀行の資金供給に対する期待が高まってきたが、同行は6月18日・20日の両日、市場の期待に背くかたちで、20億元強の資金吸収オペを実施した。
      この結果、6月20日の短期金融市場は大混乱となり、理財商品の取扱いが多いとされる一部中規模銀行が債務不履行に陥ったとの噂が広まったことから、翌日物金利は、一時30%を超える水準まで暴騰しパニック状態に陥った。同日のクロージング金利は13.444%とShibor史上で最も高い水準を記録。
      こうしたインターバンク市場の混乱は、株式市場にも波及し、中国民生銀行(資産規模第10位の民間銀行)の株価が、6月19日から6月25日までの5営業日で、18%急落し、上海・深圳株式市場全体でも、2007年以来4年半ぶりの安値を記録し同期間で8.8%の大暴落となった。
      このように、インターバンク市場金利の高騰が、有力銀行の信用不安の噂の拡大さらには株式市場の暴落を引き起こすに至り、人民銀行は、市場に対し資金供給を開始した。これを受け、市場金利も週明けの6月24日には、6.489%に下落し、6月末時点では、4.941%の水準まで低下した。

  2.  インターバンク市場混乱に関するメディアの見方

    市場金利が急上昇し、金融・株式市場が大混乱に陥った事態について、外国メディアは、その背後に、信用膨張を続ける中国金融界に対する最高指導者特に李首相からの警告と見る向きが多かった。

    1.  6月21日付けのフィナンシャルタイムズ紙(以下、FT)は、“経済引締めにみる毛沢東時代の余韻”との大きな見出しの下、天安門上の毛沢東の肖像と五星紅旗の写真とともに、“中央銀行が流動性供給の要請を拒否した背景には、政治的考慮の疑い”というリード付きで、以下のような記事を掲載。

      –  季節的・一時的要因による金利の急上昇に直面し、金融市場調節機能の発動を期待する声に対して、人民銀行は習主席の打ち出した新大衆路線運動の徹底を命じた。さらに、中銀内部の共産党員は、習主席の指導する四つの悪習―形式主義・官僚主義・享楽主義・華美な気風―に対し、攻勢を強めるよう命令された。香港中文大学の経済専門家は、中央銀行の政策がこうした運動に強く影響されていると懸念している。今回のインターバンク金利の急上昇は、市場からの資金調達を基に与信規模の拡大を図っている銀行に対する中央銀行からの懲罰であり、習主席と個人的に親しい関係にある周人民銀行総裁(二人とも革命時共産党幹部の子弟である太子党)が、定年を過ぎて総裁に再任されたことと無関係ではない。

    2.  もっとも、FTは、6月21日付の“習は、毛沢東を手本”という記事を掲げ、表面的言動からのみで、習主席の路線を判断することの危険性を次のとおり指摘している。

      –  習主席は、6月18日に行った重要演説で、共産党としては、消滅を回避していくためには、毛沢東に見倣い大衆路線(共産党は、絶えず人民を理解し人民の身近にいなければならないとの考え方)を推進していく必要があると強調し、汚職と官僚制の打破に取組んでいくとの意向を表明した。
      また、同主席は共産党幹部の資産公開および一人一票制の民主的選挙制度の導入等の政治改革は、近い将来に導入することは不可能であると考えている。
      習主席は、経済改革の推進を主張するグループと保守派との間でうまくバランスを取っている。
      海外の中国専門家は、習主席は毛沢東と同じような表現を使っているが、経済のグローバル化と多様な選択肢を持つ社会が求められていることは十分理解しており、毛体制のような経済混乱と政治不安は起きないと信じている。

    3.  6月20日付ニューヨークタイムズ紙(以下NYT)では、“中央銀行の強硬路線により、中国は金融引締めに”の見出しで人民銀行と李首相の関係につき、以下のように報じている。

      –  李首相は、低利の信用供与に依存して急速な成長を実現することを止め、より安定的な経済成長を追求することを目論んでおり、6月19日の国務院会合でも、その旨決定したと新華社通信は伝えている。中国人民銀行は、他の中央銀行と異なり独立性がないため、経済が停滞状況にあるにも拘らず、この国務院決定に基づき、インターバンク市場への流動性供給を行わなかった。こうした中央銀行の行動は、株式市場を不安心理に陥れ、その結果株価は急落した。多くの市場参加者は、この金融的瀬戸際政策が長引けば、金融市場と実体経済を混乱に陥ると見ている。

    4.  6月21日付のNYTでは、“中国のインターバンク金利はなお高水準にあるが、中国四大国有商業銀行の一つである中国銀行(Bank of China)がインターバンク取引で支払不能に陥ったとの地方紙報道を否定する声明を同行がウェブサイトで発表したことから、市場取引自体は何とか継続している。しかし中央政府は、こうした市場混乱に関して何の正式発表も行っていないし、中央銀行が市場に流動性を供給したかどうかも不明確である”と報道している。

    5.  6月24日付米国経済誌“Forbes”電子版は、“インターバンク市場の混乱は、中国における政治闘争の一端が顕現化したものか”と題して次のような穿った見方を伝えている。

      –  インターバンク金利の急上昇に対して何もしないとの中国人民銀行の姿勢は、中国の株式市場のみならず、米国株式市場にも影響を与えている。
      JPMorganの中国専門家は、Shibor金利の急上昇は、金利自由化や人民元市場の対外開放等の金融制度改革を主張している習・李新指導部に対して、中国人民銀行と四大商業銀行が仕組んだ見世物(show)であるとみている。
      今回のインターバンク金利急上昇は新指導部に対して、金利を自由化した場合の恐ろしさを知らしめるために、仕組まれたようだ。これら四大商業銀行と三つの政策金融機関は、金融制度改革が進展した場合に最も大きな損害を受ける既得権益層である。

    6.  6月22日付South China Morning Post紙-南華早報(香港で発行されている伝統ある英字紙〔1903年創刊〕)は、“インターバンク市場金利が急騰したにもかかわらず、人民銀行の介入がなかったことは、信用膨張を抑止する方向に動き出したことを意味する”との見出しを掲げ、次のように報道している。

      –  最高指導部は、2008年の世界的な金融危機に対応して実施した4兆元の経済刺激策が、資産バブルを招き、結果として銀行の不良債権を増大させたことを踏まえて、信用膨張を抑え経済のバランスを回復することを望んでいる。

      –  一方、外銀のアナリストは、政府のやり方は長期的には、正しいとしても、短期的には、市場金利の高騰とインターバンク市場の機能麻痺を招き、理財商品を多く扱い金融市場依存度の高い中堅銀行を破綻させるリスクを内包していると指摘。

    7.  6月22日付のエコノミスト誌は、“インターバンク市場金利高騰のショック”と題して、人民銀行の行動について次のように論評している。

      –  本来規制当局が防止すべきであった銀行の迂回的融資行動に対して、中央銀行が金融政策を使って、罰を与えることには違和感を強く覚える。
      いくつかの銀行は債権不履行に陥るリスクを軽くみており、そうした状況下で資金繰りを締め上げることは、信用膨張を抑制する手段としては非常に下手な方法である。
      より成熟した国では、こうした場合、中央銀行は市場政策金利を明確でかつ十分に計算された幅で引上げることにより、自らの役割を果たそうとするものだ。

    8.  さらに、エコノミスト誌は、6月29日付記事で、“中国指導部が改革に積極的であることは歓迎するが、その不器用な手法には要警戒”とのタイトルで、次の記事を掲載している。

      –  地方政府の過度の借入依存体質を是正するためには、現行の財政・金融制度を抜本的に作り変えねばならないが、地方政府を納得させるうまい方策が思いつかないと、政府当局者は告白している。彼らは、正統的な手法ではないと知りつつ、この目的で中央銀行の金融調節能力を利用したことになる。
      多くの中央銀行は、金融パニックに陥った際に最後の貸手として流動性を供給することにより銀行組織を救うための機関として設立された。中国人民銀行は、1948年に設立以降1979年までの間、国家の管理下で政府資金を割り振る唯一の貸手として機能してきた。1979年以降、徐々に中央銀行としての機能に特化していったが、こうした歴史的経緯から、同行の市場の動揺に対する感度は、相対的に鈍いと言える。したがって、6月下旬の短期金融市場の混乱は、資金不足に陥った銀行と同様、中国人民銀行にとっても再教育の場であったと捉えるべきであろう。

    9.  6月30日付Global Times紙-環球時報(共産党機関紙人民日報の国際版)は、インターバンク市場が6月初から月末にかけて急上昇した状況を、中央銀行の対応と共に淡々と記述。米国FRBの量的緩和見直しの噂を受けての中国からの資本流出が見られたことも金利急上昇の原因の一つであることを強調した点が特徴。

  3.  インターバンク市場混乱に関する中国人民銀行の見解

    中国人民銀行では、6月26日付で標記の件について、“流動性の適切な調整および短期金融市場の安定性の維持”と題する公式声明を発表した。その要旨は次のとおり。

    –  現時点においては、経済運営と金融市場部門は健全であり、物価情勢も安定的である。本年最初の5か月間において、通貨、与信およびその他の理財商品において急速な増加が見られた。6月21日の時点で、全ての金融機関が保有する超過準備は、1.5兆元であった。したがって、流動性は不足していなかった。
    –  しかし、貸出の急速な増加、法人税納付期限の到来、ドラゴンボートフェスティバル(本年は6月10日~12日)に伴う現金需要、外為市場における情勢変化および四半期規制に基づく準備積増等の要因の影響で、短期市場金利は最近上昇し、変動幅も大きくなっている。
    –  短期金融市場の安定性を維持するために、人民銀行はマクロプルーデンシャル上の要請に合致している金融機関に流動性を供給した。この結果、短期金融市場金利は低下し、安定的に推移している。
    –  今後は第13回国務院常務委員会で採択された決定を真摯に実施する。この間に、市場流動性の状況を踏まえ、金融調節手段の充実に努める。
    –  一方、商業銀行においても、次の流動性および資産・負債管理の改善が要請される。

    1.  商業銀行は、流動性の水準および変動への適切な対応ならびに非合理的な行動回避のため、諸施策を整備すべきである。
      金融情勢の変動により、一時的に資金不足が生じた場合には、中央銀行はその金融機関が中国の産業政策上の要請に合致している場合でかつ、貸出内容が健全である限りにおいて、流動性を支援するであろう。
      ある金融機関が、流動性管理面で困難に直面した場合には、中央銀行はマネーマーケットの安定性を維持するとの使命を達成するために、実際の状況に基づき、必要な措置をとるであろう。

    2.  商業銀行は、信用構造の調整・最適化に努めるべきであり、さらに零細企業、農業、辺境地域企業、先進的製造業、伝統的産業等あらゆる部門の企業に対して支援を行うべきである。また過剰能力を抱えた産業への貸出は厳格に規制する必要がある。もっとも。すべての場合に単一の原則を硬直的に適用することは回避すべきである。

    3.  市場の取引行動は、より良く規制されるであろうし、良好な市場秩序を維持するために規則違反は厳格に処分されるであろう。
      Shiborの参照金利を提供する銀行は、国際的な合意に基づき、適切かつ合理的に対応しなければならない。

 このプレスリリースが、人民銀行が先般のインターバンク市場混乱を受けて、対外的に公表した唯一の資料である。上記対外公表文を精読したが、以下の疑問点が残り、人民銀行の真意を理解することは困難である。

    1.  6月下旬にマネーマーケット金利が急上昇し、市場が機能停止に陥った背景に関する説明が極めて不十分である。開示できない理由があるのではないかとの疑問が生じる。

    2.  人民銀行の今後の政策行動を規定する第13回国務院常務委員会決定が詳説されていないので、同行の今後の行動を予測することが困難である。

    3.  国務院の決定を受け、様々の調節手段を整備することが謳われているが、詳細が開示されていないため、その効果を評価することができない。

    4.  市場混乱時の流動性供給に関する考え方の枠組が不明確である。支援対象金融機関の健全性、マクロ・プルーデンシャル上の要請およびマネーマーケットの安定性維持を考慮するとあるが、その間のウェイト付けが曖昧である。

    5.  商業銀行が信用を供与すべき対象が、未整理のまま優先順位も付けられず、列挙されている。
      過剰生産能力を抱えた国有大企業への貸出を抑制するとの意向も表明されているが、同時に現実的・弾力的に対応すべきとも規定しており、どこまで積極的に取組む心算か不明である。

  1.  欧米専門家による今般のインターバンク市場混乱の真相解明

    1.  エコノミスト誌は7月6日付で“6月の最初の10日間”と題する分析記事を掲載し、市場の混乱は、人民銀行の調査不足に起因するところが大として次のように論じている。

      マネーマーケット金利の急上昇にもかかわらず、6月下旬に人民銀行が流動性追加供給を渋った理由は大きな謎であったが、人民銀行の公式声明に加えて、ウォールストリート・ジャーナル紙にリークされた非公式会合の議事録を分析することにより、その背景が徐々に明らかになって来た。

      –  中国の銀行は、6月の最初の10日間で、1兆元の貸出を増加させた。歴史上、前例を見ない規模であった。ちなみに、4月、5月はそれぞれ月全体で、8,000億元および6,500億元に止まっていた。これを見て、人民銀行は、いくつかの銀行はスローダウンしている経済を活性化させるために政府が刺激策を取ると見込み、それを先取りするかたちで、貸出を急速かつ大幅に増大させた、と判断した。6月19日の会議で、人民銀行は、こうした貸出の急増に対し、断固たる態度を取ることを決め、翌日物のインターバンク金利が25%を超えても市場に流動性を供給しなかった。

      –  しかし、人民銀行は、銀行の意図を読み違えた可能性が高い。他の報告によると、6月1日~10日までの間の貸出増加の7割は、割引手形によるものと見られている。割引手形は、これまでは貸出規制を逃れる目的で、理財商品に組み込まれたりインターバンク借入れの担保とされたりして、バランスシートから取り除かれていた。5月に入って、規制当局がこうした規制逃れを認めないとの厳しい方針を打ち出したことを受けて、銀行は割引手形をバランスシートに戻した結果、6月最初の10日間で計数上は貸出が急増した形となった。人民銀行は、6月初の貸出の急増に過剰反応を示し、その結果、その後の資金逼迫に過小反応を示したことになる。

    2.  Institute for New Economic Thinking(ジョージ・ソロスが出資する経済研究団体)が発行している“中国経済研究(電子版)”によると、中国人民銀行の戦略は、意図せざる結果を招き、結果的に失敗したとして、次のように論じている。

      人民銀行は、市場から資金を大量に取り入れ長期貸に運用している銀行に対し、懲罰を与える絶好の機会として、6月中旬の資金逼迫を利用した。しかし、この戦略は、以下の3つの予期せぬ結果をもたらし、失敗に終わった。

      1.  1兆元以上の理財商品が6月末に満期が到来するうえに、6月末は銀行規制上の区切りの月であったことから、インターバンク金利が上昇するにつれ、銀行はさらに高利で大量の理財商品を発行し、資金を調達した。
        このため、銀行は結果として、より高利のリスクの大きいシャドーバンキング資産を抱え込むことになった。したがって、金利を上昇させ、シャドーバンキングを叩くという作戦は失敗に終わった。

      2.  インターバンク市場の資金逼迫が激しくなったため、市場動向に人民銀行が想定した以上の注目が集まることとなった。Everbright Bankが60億元の支払不能になったとの噂は、6月20日~25日にわたって世界中のメディアのヘッドラインを飾ってしまった。
        特定の銀行のデフォルトの噂のみであれば、さほどのショックを与えなかったかもしれないが、多くの人々がこれは、リーマンショックの中国版かも知れないと疑い始めたことに加え、中国工商銀行と中国銀行で原因不明の支払事故が生じたため、パニックはさらに広範囲に波及していった。

      3.  今回は人民銀行が市場参加者と適切に意思疎通することに失敗し、それが、中央銀行としての信頼性を大きく損なった。人民銀行は、金利が急騰し、人々がパニックに陥っているにもかかわらず、何のコメントも発表しなかった。そして、6月24日に人民銀行幹部が、インターネットメディアのインタビューで“流動性は全体としてみれば十分ある”と発言。これが人民銀行は、追加流動性の供給は行わないと受け取られてしまった。
        しかし、人民銀行は、この強硬路線を取り続けることはできなかった。人民銀行は翌日(6月25日)公式声明を発表し、市場に流動性を注入したと明らかにした。これにより、人民銀行内部で意思疎通が欠如しているのか、誰かが、人民銀行の好まない政策を人民銀行に命令したのかのどちらかであることが明らかになった。
        さもないと、人民銀行が短期間で全く内容の異なるメッセージを発出した背景について説明がつかない。

 人民銀行は、最終的に市場に流動性を供給した際に、いつものように大銀行を相手に行った。この金利は、公開されていないが、その時点での市場金利よりは大幅に低かったに違いない。したがって、大銀行はこの資金逼迫を利用して、収益を挙げた。このプロセスで、人民銀行は、市場を混乱させただけでなく、金融市場参加者のモラルハザードを助長してしまった。

  1.  中国の金融システムの今後の展開に関する私見

    1.  中国の金融システムは、国有銀行のシェアが大きく、運営面で市場原理が働く余地が元来乏しいうえ、2008年のグローバル経済危機から脱却する手段として金融が多用(2008年発表の4兆元の財政出動のうち、真水の財政資金が投入されたのは、1.2兆元に止まり、残りは地方財政が金融的手法を活用して調達)されたため、信用供与総額も大幅かつ急速に増加(総与信残高の対GDP比率は、2012年、圧で200%で、2008年末対比70%も上昇)しており、シャドーバンキングの膨張等数多くの課題を抱えている。冒頭でも述べたように、ここでは先ず中央銀行たる中国人民銀行の金融調節能力および行動様式の問題点を次のとおり指摘する。

      1.  弱い情報収集能力
        中国では、金融・資本市場参加者の範囲が狭く金融資産の蓄積が不十分であることから、市場の発信する金利情報等に基づいて、金融政策を運営していくことは難しい。
        これを補完する意味で、個別の市場参加者に関する定性・定量情報を可能な限り幅広く収集する必要がある。
        主要な金融市場参加者については、預金、貸出、有価証券保有およびインターバンク資産に関して、計数情報のみならず、その背後にある定性情報も十分に集めなければならない。筆者は、昭和49年(1974年)から52年(1977年)までの間、日本銀行営業局総務課資金第1係(当時)に所属し、都市銀行等を相手に所謂“窓口指導”の実務を担当していたが、その際には担当行の主要な資産・負債の内容、資金調達・運用の詳細から先方幹部の人事情報まで広範に収集し、先方の行動を予測する重要な参考資料としていた。率直に言って、あまりスマートな方法とは言えないが、市場が不完全な場合に政策目的を達成するためにはあらゆる手段を尽くす必要がある。
        今回の中国インターバンク市場における資金逼迫の場合でも、主要市場参加者の貸出資産の内訳および管理している理財商品の償還期別残高等の詳細情報を入手していたならば、人民銀行は円滑に金融市場調節を行い得たのではないか。

      2.  情報発信体制の不備
        人民銀行は、対外情報発信が質・量とも極めて不十分である。今般、インターバンク市場が混乱状況を呈していた期間中、人民銀行から発出された文書は1通のみで、しかもタイミングも遅く内容的にも概括説明に止まっており、説得力の極めて乏しいものであった。また、メディアに対する応答も、情報内容が貧弱で、市場参加者を却ってミスリードしてしまった。文書による情報発信が、国務院との関係で頻発に行うことが難しいのであれば、市場参加者に対する口頭での情報発信に意を用いるべきであろう。
        6月中下旬のインターバンク市場の混乱の背景および人民銀行の対処方針に関して、様々の憶測が飛び交い混迷を極めた点も、中央銀行から明確な情報発信がなかったことがその原因である。
        再び私事になって恐縮だが、営業局資金第一係在勤時には、担当行とのコミュニケーションを熱心に行っており、日銀全体の政策動向から係の対処方針まで高い密度で情報発信を行っていた。

      3.  金融市場調節と銀行監督政策の混同
        今回のインターバンク市場混乱の原因は、市場調節を利用して、貸出を膨張させ理財商品の取扱いを増加させたとみられる商業銀行に対する懲罰の手段として、人民銀行がその金融市場調節機能およびその結果としての市場金利の高騰を利用した点にある。
        中央銀行の金融市場調節機能は、市場に資金を放出・吸収することにより、金利をマクロ経済政策目的に沿った水準に誘導する中核機能であり、他の目的のために利用すべきではない。こうした機能に関する理解が不足していると思われる国家指導層からの指示であっても、断固拒否すべきである。そのためにも、平素から上述の市場情報の収集・分析に努め、市場動向・金融情勢につき国務院構成員の理解を深めておく必要がある。
        中国のインターバンク市場は、国有大銀行の影響が大きいため、人民銀行としては、完全にコントロールできるとの自信を持っていたのかも知れないが、中国経済の対外開放度が高まり外国銀行も数多く参加していることを踏まえ、世界の金融・資本市場とリンクしているとの意識を強く持つべきであろう。
        商業銀行経営の健全性確保については、規制官庁である中国銀行業監督管理委員会(“銀監会”)が主として責任を負う分野として割り切ることが、中国人民銀行には望まれる。

    2.  中国の金融制度は、人民銀行の独立性の欠如、預金金利の上限規制、預金保険制度の欠落および人民元相場の硬直的な運営等改革すべき課題が山積している。これらの改革していくことは、金融市場調節という中央銀行としての固有業務を円滑に運営していく観点からも大変重要である。さらに、現在金融面で最大の懸案である“シャドーバンク”の問題を根本的に解決するためにも、預金金利の自由化と預金保険の創設は必要条件となる。それぞれの現行制度の背後には、それによって利益を得ている既得権益集団が存在し(預金金利の上限撤廃がスムースに進まない背景には金利抑制によって膨大な利益を得ている国有大手銀行、国有大企業等があり、その利害が複雑に絡み合っている)、改革の実行は容易ではない。とりわけ、人民銀行への独立性の付与は、共産党一党体制とも密接な関連を持つ案件であり、実現は最も困難と見られる。

    3.  中国国内には、GDP世界第2位等国力の増大に伴い、人民元の国際化の推進、具体的には、人民元のSDR(IMF協定上の特別引出権)価値算定のための通貨バスケット(現在は、日本円、ユーロ、スターリング・ポンド、米ドルの4通貨で構成)への人民元の採用および人民元を含んだ形でのアジア共通通貨の創設等を主張する意見が強まっている。
      人民元の国際化は、中国と近隣諸国間貿易の人民元建て化とは全く次元の異なるものであり、人民元の運用・調達が国内外において全く自由に、中国政府の干渉なしに行われることがその前提となる。
      その意味では、上記(ⅱ)で指摘した諸改革の実行が必須の前提条件となる。

      以上

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