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アベノミクスは加速するか ― アベノミクス‘新成長戦略’と、安倍政治

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― 目次 ―

はじめに:‘加速する’アベノミクス
1.‘新成長戦略’- ダボスの公約
2.アベノミクスを巡るリスクは安倍政治の‘今’
―日本の国が変わった日
3.ポストアベノミクスは‘エイジノミクス’
おわりに:国民の為の政治を問う

はじめに:加速するアベノミクス

政府は6月24日、アベノミクス第4弾とも言える新成長戦略を発表しました。それはデフレ脱却後の日本経済を持続可能なものとしていく為のなすべき仕事メニューとも言うものです。その内容は今年1月、ダボス会議で安倍首相が世界に向かって宣言していた改革方針を映すものと云え、海外メデイアの反響も総じて好意的なものとなっています。

因みに、The Economist誌(Jun.28-July7)は、表紙に富士山を背にして矢を射る侍姿の安倍首相の写真を掲げ、‘Abenomics picks up speed- The battle for Japan’(加速するアベノミクス)と題し、日本の経済と社会を創りかえる安倍晋三首相の戦いは、今新たな段階に入りつつあると指摘するのでした。そして、今回の‘矢’は昨年に出された構造改革の矢とは違い、的に当たりそうだと評するのです。

つまり、昨年6月に出された戦略のシナリオは完全に失敗に終わってしまったという事ですが、その背景は、その直後の参院選を控え、関係業界や利益団体を刺激するような改革提案を安倍首相は躊躇していたこと、更に12月安倍首相は日本の軍国主義賛美の象徴とされる靖国神社を参拝したことで、これが他国を激怒させる一方で、首相が経済改革の本筋から逃れているのではないかという疑念を強めたことにあったためと言うのですが、事態は変わったと言うのです。

つまり、今回、矢が的を射る事が出来そうだと言う理由として、これは大きな変化とも言える事ですが、まずは、首相の姿勢、国民の意識の変化をあげるのです。要は、急激に進む人口減少、柔軟性のない労働市場、いつか危機を引き起こしかねない危険なほどの高水準の公的債務(GDP比240%)など、日本の根深い問題が悪化の一方を辿っていることを実感しだし、大多数が何らかの変革が必要だと自覚しだしたことを挙げるのです。
もう一つは、経済成長の停滞が長きに亘る中で、企業のガバナンスの在り様の変化を挙げるのです。日本企業における外国人の株式保有比率はいまや30%と、89年の4%からは激増です。これは低成長が齎した現実的な影響とも言える処で、その結果、株主資本主義の考え方が広がり、多くの大企業が野心的な利益目標を挙げるようになったと言うのです。安倍首相は日本株式会社が抱える巨額の貯蓄をこのままため込むのではなく、投資に回して資本の配分を促進するとの目標を掲げているが、こうした動きは、安倍首相が挙げる目標に大いなる追い風になると見るのです。
更に、三つ目の理由として、中国の台頭を挙げています。これが醜悪なナショナリスト的示威行動を生んでいる面はあるものの、中国の台頭は、経済改革が更に緊急性を要する課題との認識を高めている、と言うものです。

そして、今回公表された成長戦略は249項目に及ぶもので、中には無駄に映るものもみられるものの、対策の多くは日本の経済と社会の最も不可欠な部分に向けられており、まさに的を射る形となっていると言うのです。勿論、これからも戦略実施に当たっては、農家、医師、大企業そして最も強力な公務員まで、多くの利益団体の抵抗が予想されるところだが、この際は、そうした抵抗に遭っても「ドリル」のように風穴をあけてみせる、という安倍首相の発言をリフアーして、これが‘決意の表れ’と、評価するのです。そして、今回、安倍首相が提示した構想は‘But the scale of what has put forward this week is breathtaking. It offers the best chance for many years of revitalizing Japan’ つまり、息をのむほどスケールが大きい。このスケールにより、日本を再び活性化させる久々のチャンスが巡ってきたと、この好機こそ歓迎すべきと言うのです。更に、2016年まで有権者と向き合う必要のない安倍氏について、There is a good chance that he will stick to his arrows and, against all the odds, change Japan 、つまり、あらゆる困難を覆して日本を変える可能性は十分にある、と締めるのです。

さて、かくも評価を高らしめている成長戦略ですが、近時の安倍政治の言動に照らすとき、期待通りの進捗には懸念の残る処です。7月11日、外国特派員クラブで菅官房長官の話を聞く機会がありました。その際、戦略推進に当っては今後とも‘バトル’、戦いが不可避な場面も予想されるが、安倍政権は政治主導で何事も怯むことなく取り組んでいくと自信ありげな発言をしていたのですが・・・。
そこで、この際は、日本経済が抱えている本質的問題に応え得るものなのか、新戦略の内容、そしてそれぞれの意味する処、等、レビューし、その決意通りに進むことが出来るのか、政治環境の今、とも併せ、安倍政権の可能性について考察する事としたいと思います。

1.‘新成長戦略’―ダボスの公約

周知の通り、日本経済の中長期の最大の構造問題は、基本的には労働力の減少と、それに伴う潜在成長率の低下にあることはよく理解されている処です。1992年以降、平均0.8%だった成長率を、安倍首相が約束したように2%まで引き上げられるかどうかの多くはこれら問題への取組の如何という事で、まさに構造改革と言うべきものなのです。実はこの点については、30年近く前に既に指摘されていた処ですが、バブルの崩壊や20年来のデフレ下にあって、この構造問題の存在が覆い隠されてきたというものでした。現在、問題とされている貿易収支の赤字、企業の設備投資の鈍化、といった問題などはまさにこのコンテクストにおいて捉えられる処です。

今回の新成長戦略は、日本経済の抱える構造問題の所在を明確に認識し、同時に経済を動かす主体が企業であることを自覚した政策となっている点で、こうした問題に照準を合わせたものとなっていると言えそうです。その点で、まさに的を射ることが出来そうだと言うものです。
つまり、現在の構造問題の要因が、足元で進む人口減少、労働力の減少であり、それが成長力低下の最大要因と言われるわけですから、その対策となると、一つは‘労働力の減少に歯止めをかける’という事であり、もう一つは‘生産性を引き上げる’という事、の二つに絞られるというものです。従って、それを的にした長期的な成長を実現するための構造改革という矢を放たんとするものと理解する処です。以下では、その主要な4つの側面について分析的に見ていく事とします。

(1)構造問題を射る矢

まず前者‘労働力の減少に歯止めをかけること’として、女性の就業率の向上、また出生率引き上げを目指した税制にまで切り込んだ包括的な施策が提示されるまでになっています。更に、目玉的に、外国人労働力の活用も掲げています。つまりは雇用制度改革ということですが、既に大手企業では安倍政権の成長戦略に歩調を合わせるごとく、女性登用、等に向けて動き出しています。

ただ、女性の登用、云々以前に、まず母親が働きに出られるような環境の整備にかかる問題については具体的な施策は見られず(地方自治体任せ?)、また幼児を抱える母親から要望の強い幼稚園と保育所の一体運営についても、文科省と厚労省との利害調整がつかぬままにあり、早急な解決が必要とされる処です。また外国人労働者の活用の点についても、確かに人手不足対策の切り札と期待される処ですが、待遇や制度面で受け入れ態勢の評判は悪く、日本を見限る外国人が増えてきていると指摘されています。因みに、全体の4割を占める中国人が横ばい、国別2位のブラジル人は減り始めているのです。人口減少がこれから加速することで、今以上に外国人労働者は必要になってきます。どうすれば外国人にとって魅力的職場にできるのか、国や企業、そして外国人と一緒に働くことになる我われも考え直すときが来ていると言う事情を、よく認識すべきと思料するのです。

もう一つの‘生産性の引き上げ’については、予て、競争環境の強化こそが生産性の向上に資するものとし、従って、企業の競争を阻害している規制の廃止・削減を進める事、つまり規制改革こそが一丁目一番地とされてきたものです。それは既得権益層への挑戦となる処です。これまでもそれが叫ばれて来たものの、前述政治事情、利害関係者からの圧力もあり、具体的進展は見られなかったと言うものでしたが、政権基盤が安定したいま、関係省庁、業界団体の抵抗が強い「岩盤規制」についてはドリルをもって風穴を通す(安倍首相)として、雇用(労働時間、多様な形の労働採用、等)、農業(農業組合の改革、等)、そして医療(混合診療の拡大、等)の分野について、事前の政治的交渉成果を映す形で実施計画とも併せ、改革実施が再確認されています。
とは言え、例えば、農業改革についてみれば、株式会社の参入が許されるのは極一部であり、また農地の売買は相変わらず農民に限られていること等、既得権者に押し戻された格好にあることは否定できない処です。いずれにせよ要はその実行あるのみとする処ですが。

(2)企業の活性化

これら規制改革に加え、企業の活性化への目玉政策として位置づけられるのが、法人税の減税実施です。これも予て論点となってきたものですが、漸く減税実施が確認されたと言うものです。法人税減税とは、アジアや欧州の主要国より高い現在の法人実効税率(平均35.64%)を2015年から数年間で20%台に引き下げるというものです。これは国際競争の広がる現状からは、日本企業のコスト軽減で競争力強化と言う事でしょうが、同時に、外国企業の対日進出の促進し、新たなビジネス機会を目指すと言う視点も加わってのことと言えます。言い換えれば法人税収の減少を賄うためにも、外資の導入を図ることで、新たなビジネスの創造をも期待すると言うもので、その点では、規制改革で期待される成果が、税制面からサポートされることになる処と思料するのです。

ただ、この際は、法人税減税も、役人の合理化、つまり行政改革とのセットとすべきでは、と思料するのです。国家、地方役人の平均年収は720万円、民間450万円と比べてあまりにも高い、5年程度で2割カットすれば8兆円の財源が出るとされます。法人税減税の目的は企業の競争力強化にある事でしょうが、この際は、財政の合理化とセットにしたシステムとして考えられていく必要がある処です。

(3)コーポレート・ガバナンス(企業統治)の強化

更に、今回の成長戦略において特徴とされるのが、企業活動の活性化策としてコーポレート・ガバナンスの強化を謳ったことでした。企業収益が大幅に回復し、手持ち資金も空前の規模に達している現在も、消極姿勢が変わらず、何よりも生産性向上への対応がほとんどなされていないのが問題と言うことで、企業統治の強化を成長戦略の柱に置いているのです。つまり労働から資本設備への代替が進んでいないという事、人的資源への投資も怠っているという事、で資金だけをため込むことでなく、こうしたリスク回避型経営を変えて行かんと言うものです。つまりはコーポレート・ガバナンスの強化を通じて、企業には効率よく稼ぐ力をつけてもらい、それにより投資や研究開発に回すお金も増える。株主への配当が増えれば個人消費も刺激する、そういった好循環を作っていく事を訴えるものと言えます。さもなくば法人税減税効果も半減すると言うものです。もっとも、この辺になると企業経営への不必要な政府介入かと、いぶかる向きもないわけではないのですが。

因みに、去る6月27日には、3月決算企業、900社超の株主総会が、集中する形で行われましたが今年の焦点は、やはりコーポレート・ガバナンスの強化だったと報じられています。海外株主の存在が増すなか、経営を外部の視点から監視する社外取締役を導入する動きが広まってきましたし、買収防衛策が初めて否決されたケースもあった由伝えられています。つまり、企業の統治のあり方を巡り、株主と正面から向き合う「企業統治の改革元年」になったと言われる所以です。社内の利害を超え、外部の視点で経営を判断する社外取締役の存在が、日本企業でも「標準」になってきたようです。

序でながら、過日、アベノミクスについて講演を行った際、フロアから‘コーポレート・ガバナンスの強化が収益力強化になるのか’と質問を受けました。確かに、理解出来る質問です。これは明示的には語りにくい問題です。が、この点については、早稲田大学教授の宮島英明氏が2012年に発表した論文内容を紹介しておきたいと思います。これは社外取締役のいる企業と、いない企業との間で業績改善にどのような違いがあるかを測定したものですが、そこで得られた結論は、(1)社外取締役が業績改善に結びやすい企業と、そうでない企業がある、(2)製品の独自性が低く、複雑な事業を持たない企業ほど、社外取締役の選任で業績が改善しやすい、(3)逆に、人材やノウハウといった無形資産を競争力の源泉とする企業は社外取締役の有効性に乏しい、などでした。つまり、社外取締役のいる企業といない企業とでは、ROE(自己資本比率)の改善度合いや配当性向の高さで、明確な違いが認められたというのです、が、大企業に限れば社外取締役比率でROE改善率や配当性向に大差はなかったと言うのです。勿論、これが万能薬と言う訳ではありませんが、いわゆる好循環を作るうえで社外取締役は一定の役割を果たせそと、言えそうです。

(4)公的年金基金、GPIFの改革

もう一つの目玉は、公的年金の運用機関、GPIF(Government Pension Investment Fund :年金積立金管理運用独立行政法人)の資産運用の見直し等、制度の見直しを挙げたことです。その狙いは、アベノミクスが齎した成長や株価上昇の果実を取り込みやすい運用に変えると言うものです。現在、年金積立金全体(含む年金特別会計)の構成割合で見ると国内株は3月末で16%となっているのですが、GPIFが運用目安とする「12%」を大きく上回り、上限とされている「18%」に迫る状況にありますが、予定されている秋の構成比見直しでは、国債の比率を下げ、国内株を現行の12%から20%も視野に入れて引き上げられることになる、と伝えられています。つまりは、国債に偏っていた運用から脱却し、国内外の株式などを増やす方針というもので、従って、しばし年金マネーが株価を支える構図となりそうです。まさに株式市場と歩むアベノミクスの面目躍如といったところでしょうか。ただその分、GPIFにとって運用リスクが高まると言うものです。この点、政府はリスク管理の強化を念頭に現場の運用責任者に民間人材をスカウトするなど体制を強化し、運用成績の向上を目指すと、報道されています。
とにかく、運用資金がこの3月末で127兆円と、年金基金としては世界で最も運用規模が大きいとされるだけに、その運用の見直しは株式市場、債券市場、等にダイナミックな影響、経済を刺激していくことが予想される処です。

以上、今回の成長戦略で注目される事案、法人税減税、女性労働力・外国人労働力の活用等雇用制度改革、岩盤規制にドリルで穴をあけるという事、そしてGPIF改革、これらは、実は今年1月のダボス会議で日本経済の目指す方向として安倍首相が示したもので、言うなれば国際公約ですが、これらの実現に向けた明確な方向を示したものとして評価される処です。
そして、各種規制の改革を通じて競争力ある産業構造に作り変えていく、つまり構造改革を進めるということで、その点では、政治の出番を自覚した戦略と思料されるものですが、同時に、企業も、新たな経済環境に応えていけるよう、つまりは持続的成長をめざし、従来の思考様式に囚われない、より創造的な姿勢で経営の合理化、そして新しい市場の開拓、夫々に向けたイノベーションを積極的に図っていく事が求められる処と思料するのです。

さて、新成長戦略が閣議決定された後に続くのが、集団的自衛権の解釈変更についての閣議決定でした。それは安倍首相の宿願といわれる憲法改正への大きなステップとなる処です。アベノミクスはいまや、そうした政治課題をかたづけるための政権固めとしての存在とも映る処です。仮に政治課題の処理の為のアベノミクスであっても世論の支持を確かなものとしていくには、これにしっかりと取り組んで行かねばならない筈です。つまり、経済の回復、国力を取り戻すという事は政治の安定に繋がるというものです。こうした事からは安倍政権は経済と政治の二つに正面切って戦いを始めるという新たな次元にシフトしていく様相とも映る処ですが、諸般の環境に照らすとき、政治的大変動は、経済再生へのプロセスに多大の影響を与えることになるだけに、とにかく経済を第一義として臨むべきであり、それなくしてはアベノミクスの加速、持続可能な日本経済の実現は難しいと言うものです。因みに、冒頭リフアーしたエコノミスト誌は、最後にこう指摘するのです。つまり、安倍首相は、今後、利益団体の妨害に屈したり、ナショナリズムの横道にそれたりしないよう、常に目標に集中する必要があると。 まさに‘事態’にしっかりと向き合い、改革を目指せとエールを送ると言う処でしょうか。

処で、経済あっての政治ですが、政治あっての経済でもある処、実は、その生業が、いま怪しくなってきているというものです。

[脚注] 新成長戦略の概要(「骨太の方針」、「日本再興戦略」、「規制改革実施計画」で構成)
―日経(夕刊)、6月17日より
1.「骨太の方針」主なポイント
(1)経済再生の進展と中長期の発展に向けた重点課題
・女性の活躍促進と働き方改革・外国人材の活用
・イノベーション促進等、民需主導の成長軌道への移行に向けた経済構造改革
・魅力ある地域づくり、農水産業・中小企業等の再生
・安心・安全な暮らしと持続的可能な経済社会の基盤確保
(2)経済再生と財政健全化の好循環
・財政健全化目標:20年度までに基礎的財政収支の黒字化
・法人税改革:法人実効税率(現行:35.64%)を20%台に引き下げる
・社会保障改革
・社会資本の整備

2.規制改革 ― 産業発展のために規制改革は不可欠(規制改革会議)
・医療制度改革:保険外併用療養費制度(混合診療)の改革
・雇用制度改革:労働時間規制の緩和―多様な働き方の拡大
・農業改革:全国農業協同組合中央会(JA全中)の廃止(3~5年経過)を柱
とする農協改革(農業就業者人口はピーク時の6分1,240万)、農業の株式会社化
・年金運用改革:GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の年金基金運用の見直し(株比率引き上げ)を9~10月に前倒し的に実施(アベノミクスに伴う成長や株価上昇の果実を取り込みやすい運用に変えると言うものだが、リスクは高まる処。)同時に、年金給付制度の見直しの実施。
・電力販売の自由化:2016年より全面自由化実施(6月11日参院成立)、7兆円
市場。電力事業参入事業者、電力販売事業者との組み合わせ等、新ビジネスの形成

2.アベノミクスを巡るリスクは、安倍政治の‘今’― 日本の国が変わった日

7月1日は、日本という‘国のあり姿’を一変させる日となりました。云うまでもなく、軍事行動を禁止している憲法9条について、その解釈を読みかえることとし、集団的自衛権行使(海外で他国の為、或いは他国と一緒に軍事行動を起こすこと)の容認を安倍晋三内閣は7月1日の閣議で決定しました。戦後、戦争放棄を世界に宣言し、安全保障は専守防衛、civil power、soft-powerを持って臨むことを国是として歩んで来た日本でしたが、今後はmilitary powerをもってことに臨む、戦争することが許される国となったのです。つまり国の形が変わった日と言うものです。安倍政権が、憲法解釈変更で集団的自衛権の行使容認したことについて、内外の見方は、賛成反対派ほぼ同率となっているのですが、事の推移如何では折角回復の道を歩みだした経済にも影を落とすことにもなりかねません。

・英紙Financial Times の批評

今回の日本政府の決定について、7月3日付Financial Timesは「Pacifist Japan is inching towards being `normal’」(一歩ずつ「普通」の国に近づく平和主義の日本)と題したコラム において以下のようにコメントしています。

ほぼすべての国は `the right to what is technically known as collective self-defense’ (専門的に集団的自衛権として知られる権利)を保有しており、安倍首相の国家主義的なレトリックを嫌悪するかも知れないが、日本のやった事は、ただ「普通」の国になることにほんのちょっと近づいただけだという事を認めなければならないと言うのです。

ただ、憲法第9条は「The glory of Japan (日本の誇り)」(Donald Keene氏)ともされるものだけに、これを修正ではなく解釈を見直すことで、安倍首相はほぼ間違いなく負けたであろう国民投票の必要性を回避したが、これはdevious,つまり正道をはずれた、ごまかしでなかったか、と問うのです。つまり、これほどに大きな変更について、国民的議論が不足したまま‘政府だけ’で意思決定したことに疑問を呈するのです。同時に、ある男性が憲法解釈変更に抗議して自分の体に火をつけた事件が報道に値すると考えたメデイアがほとんどなかったことが心配だとも指摘するのです。そして、もう一つ、憲法解釈の変更が国会で承認されたとして、安倍首相は新たに勝ち取った自由で一体何をしようとしているのか、とも問うのです。(これは、筆者も予てより、同様、指摘してきた処です)
そして、更にnormal defense posture(標準的防衛体制)を取る日本の権利を否定するのは難しいが、だからと言って、我々がそれを祝わねばならないわけではない( That does not mean we have to celebrate it.) , と締めるのです。 が、それは集団的自衛権の行使容認問題以前の問題として安倍氏の主権在民の立憲政治に対する姿勢への懸念を示唆する処です。

さて、決定後の記者会見で、安倍晋三首相は自衛隊の海外派兵はない、と断言していたのですが、8日、訪問中のオーストラリでの国会インタビューでは、皆さん(オーストラリア軍隊)と一緒になって戦う準備ができた、と発言しているのです。内と外で、発言が異なるのは如何なものかと、疑問は残るばかりです。かつて、中曽根内閣時代、米国から国連が認める集団的自衛行動に参加するよう要請があった際、当時の後藤田官房長官は、いかなる限定的行動であれ、これは蟻の一穴となる、として絶対反対に回り、中曽根首相はこれを受け入れた経緯がありましたが、瞬時、思い起こす処です。

それにしても、敗戦国家日本が戦後経済大国になれたのは軍事大国への道を避けたからで、安保論議に経済の視点が欠落していることが大いに気がかりと言うものです。例のウクライナ危機が軍事衝突にまで点火しないのはロシアとEUの間に相互依存関係があるためでしょうし、米中関係についても、冷却しないのは米中経済の深い相互依存があるためです。グローバル経済の時代にあって緊張を防ぐ近道は遠まわりに見えても、経済の相互依存を深めることと思料します。戦後、敗戦国の日本が経済大国になれたのも、色々事情はあったにせよ、軍事大国への道を避けてきたからこそ、なのです。日本の財政の困難な事情をも併せ勘案するとき、この路線を踏み外すこととなるような行為は容認できるものではない筈なのですが・・・。

折角、今回の新成長戦略で海外からも高い評価を得ながらも、その政治姿勢への懸念が募る状況からは、アベノミクスの加速は難しいのではと危惧されると言うものです。

3.ポストアベノミクスは‘エイジノミクス’

さて、政治環境のデリケートさはあるとはいえ、アベノミクスの新成長戦略を通じての構造改革が進むことを期待するものですし、それは民間企業や金融機関が自由に活動できる環境を整備していく事ですが、それに応える経済行動は、その先にある姿に向かったものとしていく事が欠かせません。

それは今後予想される経済の生業、つまり経済活動の変化が齎す構造変化と、それを枠組みとした新たな政策対応が求められると言うものです。そして、その際、考慮すべきキーワードは「エネルギー」と「少子高齢化」でしょう。これはまさにポストアベノミクスを目指す基本軸と言うものです。

・いま日本経済は消費主導型に

日本経済の抱える構造問題とは、先にも指摘してきたように貿易、就中輸出の伸び悩みであり、その背景にあるのが企業の投資活動の鈍化であり、海外進出による国内の言うなれば空洞化の進行ですが、こうした事情にある日本経済を支えてきたのが消費です。つまりGDPで見る経済の現実は、未だ企業の設備投資に火がついていなことが指摘される一方で、GDPの6割強を占める消費は着実に伸びてきており、明らかに消費が主役となってきている様相にあるというものです。このことは、従来の投資主導型から日本経済は「消費主導型」へ静かに変わりつつあることを示唆する処と思料します。従って、従来の供給サイドからの議論もさることながら、消費活動を促進していくメカニズムを確かなものとしていく必要があると言うものです。それは、企業収益の拡大が雇用者所得の増加に繋がっていくようガバナンスを確実にしていく事で、その結果として息の長い成長が期待されると言うものです。この点、アベノミクスとして進められるべき構造改革とはこの新しい成長様式を確実にしていく事であり、改めて消費主導の経済への移行を自覚した対応が求められると言うものです。

・水素社会へのパラダイム変化を

さて日本経済の問題として挙げられるのが、経済活動のベースであるエネルギーの確保です。そして、3・11の原発事故以来3年、いまや日本経済の隘路は電力にあるとさえ言われています。現在指摘される現実的問題はコスト。原発停止で生じた穴を燃料価格の高い火力発電で補っていること、新興国の需要増で化石燃料の価格上昇が今後も予想されること、再生エネルギーの普及も電力コスト上昇要因となっています。廃炉や核のゴミ処理等、いくらかかるのか、想像することすら難しい状況です。こうした状況の中、原発が動かないことを理由に合理化努力も十分でないまま、顧客へ値上げを求め続ける姿勢は、電力会社のビジネスモデルの限界を露呈しているとさえ言える処です。

この秋には川内原発の再稼動が予定されている処ですが、原発が再稼動すれば値上げの問題はなくなるのか、と言えばこれも恒久的な解決策にはならないでしょう。今のままでは、2049年には日本の原発はゼロになることになっています。と言うのも、政府は既存の原発の運転期間を原則として40年に定めているのです。

原発に頼らず、再生可能エネルギーを増やし、電気料金を低く抑え、産業を発展させていく姿勢を確認していく事が不可欠でしょう。勿論これが今すぐすべて実現しようとしてもこれは到底無理な話です。だが、中長期の視点を以って変革に挑めば、新しい道は開けてくるはずです。この場合、「水素」という選択肢が出てくる処です。再生可能エネルギーで生み出した電力を使って水を電気分解し、水素を作りだせば、化石燃料を輸入しなくても電力を賄え、燃料電池車を走らせることもできると言うものです。

偶々、6月23日には、経産省が立ち上げた産官学の「水素・燃料電池戦略協議会」は、「水素・燃料電池戦略ロードマップ」を取り纏めています。これは先に、4月、閣議決定されたエネルギー基本計画において「‘水素社会’の実現に向けたロードマップの策定」が盛り込まれ、水素エネルギー普及の意義を確認しながら、水素の利用面に加え、製造や輸送・貯蔵の各段階で、目指すべき目標とその実現のための産官学の取り組みについて、時間軸を明示して盛り込んだロードマップです。

日本企業は既に、他国に比して燃料電池の特許出願件数で5倍以上の差をつけているとされています。(6月20日付日経)政府は企業の技術をもとに国際的な標準作りで欧米に先行し、製品輸出を促す好循環を狙うべきでしょう。既に3月の論考でも主張していますが、改めて、今から水素社会へのパラダイム変化の旗を立て、イノベーティブな経済への道を選択すべきと思料するのです。

・アベノミクスの次はエイジノミクス

もう一つのキーワード、少子高齢化問題ですが、一言で言えば高齢化社会を新たな経済社会の発展の機会と位置付け、少子高齢化の経済社会の持続可能な発展への道筋を打ち出すべきと言うものです。

スタンフォード大学の星教授は、7月8日の日経経済教室で、日本経済が停滞した最大の原因は、先進国に追いつくのに適していた経済構造から、イノベーション(革新)による成長が重要な先進経済に適した経済構造への移行が滞ったことだ、と指摘していましたが、
実は、高齢化、つまり豊富な社会経験、高度な知見を身に付けたシニア層は、まさにイノベーションのプロモーターとなりうる存在と思料されるのです。
これまで、生産年齢人口の減少を従来、ともすれば経済を停滞させ国力の低下を招くとの危機感がありました。確かに工業化以前の世界を見ると、一国の経済力は一言で言って人口序列にありました。しかし、工業化が進んだ世界の経済は、その姿を一変したのですが、その最大の要因は技術革新、イノベーションに負うもので、その変化が次のイノベーションを促すという好連鎖を生む処となっています。

さて、現実の高齢化は、医療技術の進歩を促し、経済の発展にも明らかに繋がってきています。また、イノベーションは変化の中で生まれていくものですが、であれば、高齢化、エイジングと言う人口構成の変化はイノベーションのチャンスとも言えそうです。
世界的に高齢化が進む中、その最先端にある日本としては、誰よりも率先して、高齢化する経済社会の持続可能な発展への道筋を改めて探ると共に、世界に向けてその成果を発信していくべきと思料するのです。まさにそれこそがエイジノミクスとなる処です。

これからの日本経済は、 ‘消費主導型にシフトする日本経済’、‘水素社会へのパラダイム・シフト’、そして‘エイジノミクス’をキーワードとして、アベノミクスを超えた新たな経済の創造に進むべきと思料するのです。

おわりに:国民のための政治を問う

7月13日、滋賀県知事選挙が行われ、自民党・公明党の推薦候補を破り、元民主党の三日月太造氏が、集団的自衛権行使容認を閣議決定した安倍政権に‘NO’を突きつける形で当選したのです。選挙後の国会討論の場で、安倍首相は集団的自衛権行使容認を閣議決定したことが影響していることを否定しませんでしたし、自民党幹事長の石破氏もその敗因を厳しく認めていたのです。自民党側は当初、集団的自衛権問題は国政問題として争点とせず、アベノミクスの地方経済への効果を訴える事としたのですが、結局、安倍政権の政策が、滋賀県では全否定された形となったと言うものです。

11月には福島県知事選、沖縄県知事選が控えており、滋賀県知事選の結果は政治の潮目を変える事にもなりかねないと言うものです。とりわけ米軍基地を抱える沖縄県知事選は、自民党にとって滋賀県や福島県より更に重要なはずです。福島県については原発再稼動の問題も重なってくると言うものです。7月16日、原子力規制委員会は九電が安全審査を申請していた川内原発1、2号機について規制基準をクリアしたと公表しました。これで一義的には、年内の原発再稼動の可能性が出てきたと言う事です。勿論、田中規制委員会委員長は飽く迄も規制基準をクリアしたと言うもので、‘安全’を判断したものではない(その判断は政府だといわんばかり)とコメントするのです。一方の安倍首相は、委員会がクリアしたと言うのだから、それでいいのではないか、といったコメントです。但し、その際は地元自治体の同意が必要ですが、国民の多数が再稼動に反対するなか、安倍政権は政治的リスクをとる事になり、事の次第では、アベノミクスが頓挫することも懸念されると言うものです。

7月14日付Financial Timesは「` Safety myth ‘is a danger to Japan’s nuclear power debate 」(日本の原発議論にとって危険なことは‘安全神話’)に於いて「原発の安全性のみに焦点を絞った議論は・・・他の重要な懸案事項を省略している」と警鐘を鳴らしていました。
序でながら、ジャーナリストのPeter Tasker氏は同じ7月14日付Financial Times で、憲法改正をしたければ、まずは経済回復を確実にすること、と主張していましたが、皮肉に映る処です。

近時の安倍政治の様子を見ていく時、先の集団的自衛権行使の容認にしても、原発再稼動問題にしても、その意思決定の在り方を見るに、責任の所在は不明確なままに進められてきており、国民は、一体日本と言う国はどこに向かって進むのかと、大いなる不安、懸念を植え付けられるばかりです。やはり,日本の次代の姿を描きながら、民意に真剣に耳を貸し、国民のための政治とは何かを、いま真摯に考えられるべき時ではと、思いは募るばかりです。

以上

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「投資」を考える③ 似て非なる「投資」と「投機」 多くの中央銀行は両者を混同

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右脳インタビュー 柴山昌彦