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中国の「真珠の首飾り」戦略(その1)

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 マラッカ・ジレンマ
「石油の一滴は血の一滴」と言われるほど日本の石油自給量は僅かで、1941年8月の石油の対日全面禁輸が日米開戦に踏み切る一つの要因になったと思われる。
今日、中国にとっても石油は貴重だ。2011年の中国の石油純輸入量は2 億6,484 万トンにのぼり、海外依存度は56.5%にまで拡大し、今や原油の輸入を阻止されたら「失血死」してしまうほどだ。
中国が輸入する原油全体の約8割は中東・アフリカ地域から輸入され、インド洋からマラッカ海峡を経て、主要な輸入原油受け入れ用バースがある、大連港(遼寧)、青島港(山東)、寧波港(浙江)など9 カ所に運ばれる。
マラッカ海峡の一日の通行船舶数は200隻以上で、年間だと約9万隻にのぼるが、そのうち6割近くが中国向けで、文字通りマラッカ海峡は中国の“生命線”だ。この、マラッカ海峡において、中国が米国から「喉首を絞められる」という潜在的な脆弱性を有することを、「マラッカ・ジレンマ」と呼ぶ。米国は、台湾有事などの際は、中国の第二砲兵の対艦弾道ミサイルDF-21D(射程約1,500km)などの脅威を冒して第一・ニ列島線内に無理に進入して戦闘する必要は無い。中東・アフリカからの原油輸入をインド洋やマラッカ海峡などで阻止すれば、米国は余計な損害を出さずに中国を封じ込めることができる。

 中国の「真珠の首飾り」戦略
中国は、このマラッカ・ジレンマという脆弱性を深刻に認識し、その対策を構築中である。
以前説明したが、アルフレッド・セイヤー・マハンはその海洋戦略理論の中で、原材料供給地及び市場としての植民地と本国との間をつなぐシーレーン沿いに海軍艦隊と商船のための「道の駅」にあたる海外根拠地・基地(ハワイやグアムなどがその例)を確保することが不可欠だと主張した。
このマハンの理論は、現在の中国にもあてはまる。今日、インド洋沿岸や中東に領土や植民地は存在しない中で、中国は海軍が利用できる停泊・休養・補給・船舶の造修などができる根拠地が必要となった。中国は、マラッカ海峡からインド洋を経て中東・アフリカに至るシーレーン沿いのパキスタン、スリランカ、バングラディッシュ、ミャンマーなどに軍事拠点・基地に準じた港湾施設を構築しようと巨額の投資をしている。
これらの港湾・施設を一粒の「真珠」に見立てると、これら連なる数個の真珠の珠は、ちょうどインド亜大陸の首に掛けられた首飾り(包囲環)のように見えることから、「真珠の首飾り」戦略と呼ばれ、インドはもとより米国やアジア諸国が警戒し始めている。
「真珠の首飾り」戦略の目的は、①シーレーンの防衛(制海権(自らの航海の自由と同時に敵対勢力の航海の排除を可能とする海洋の支配をいい、現代では海上優勢とも呼ばれる)の確保)、②インドの海上からの封じ込め、③日本、台湾、韓国、アセアン諸国などの中東往来のタンカーなどのシーレーンの封鎖、④パキスタン、バングラディッシュ、ミャンマーに展開する「真珠」から陸上経由(パイプラインなど)で中国内陸部(重慶市、雲南省、新疆ウイグル自治区など)へ石油を輸送、などが考えられる。
中国は、マラッカ海峡における米国の原油輸入封鎖作戦に対抗するため、輸入経路の多角化を図っており、海上のタンカー輸送への依存を減らすために、陸上ルートの石油パイプライン建設を推進している。中国では、輸入原油の陸上パイプライン輸送を「四面来油」(4つの方面から石油をもたらす)と呼んでいる。「四面」とは、①現行の中東からインド洋・マラッカ海峡を経由する海上ルートのほかに、陸上パイプラインで、②ロシアから黒竜江省まで、③カザフスタンとパキスタンから新疆ウイグル自治区まで、そして上述の要に④パキスタン、バングラディッシュ、ミャンマーに展開する「真珠」から陸上経由(パイプラインなど)で中国内陸部(重慶市、雲南省、新疆ウイグル自治区など)へ石油を輸送するルートのことを指す。
インド洋正面に「真珠」を設置することにより、南シナ海や東シナ海などの中国沿岸部の港湾からの陸上輸送が困難な内陸部(重慶市、雲南省、新疆ウイグル自治区など)でエネルギーの安定確保が図られることになる。一例を挙げれば、「真珠」から中国内陸部へのアクセス面でみると、中国西端の主要都市カシュガル(新疆ウイグル自治区)から中国沿岸部(南シナ海など)の港湾までの距離は約3,000kmもあるが、パキスタンのグワダルからカシュガルまでの距離は約1,500kmで、半分に短縮できる。海に面していない中国内陸部にとって、インド洋沿岸の「真珠」が、中東・アフリカへの近道の玄関口となるわけだ。

 「海外基地非保持」が中国・人民解放軍の方針
中国・人民解放軍はマラッカ海峡からインド洋を経て中東に至るシーレーンに沿って複数構築している「軍事拠点」――「真珠」――は、在日米軍基地や在韓米軍基地のような「軍事基地」ではない。あくまでも、友好国の好意により、港湾・施設の使用を許されているに過ぎない。中国・人民解放軍としては、現時点では、海外基地は非保持の方針である。中国海軍としては、今後米海軍と西太平洋やインド洋で覇権を争うためには、これら海域の要点に基地が欲しいのは論を待たない。今後は、海洋戦略を急速に強化している中国の海外基地に関するポリシーの変化について注目する必要があろう。

(おやばと連載記事)

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