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中国の海洋戦略――マハンに倣う四つの戦略(施策)

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前回まで、中国海軍の今日までの歩みと近代化の状況などについて説明した。次は中国の海洋戦略について述べたい。
 習近平政権も海洋進出に強い意欲
中国海軍の近代化とその戦略は密接不可分である。中国海軍の近代化は、その戦略を実現・達成することを目的・目標にしているのは間違いなかろう。また、そもそも、中国の海洋戦略は中国共産党政権の国家目標や重要思想、政治・外交戦略――対米・対日戦略等――などから導かれるものであろう。
このような文脈で注目されるのが、習近平国家主席が打ち出した「中国の夢」というスローガンだ。日経新聞(2013年8月19日付)によれば、このスローガンが、中国共産党内で「毛沢東思想」や「鄧小平理論」などに並ぶ重要思想に位置付けられつつあるという。「中国の夢」とは「中華民族の復興」を目指していると解釈されるが、具体的な内容については明らかでない。
「中国の夢=中華民族の復興」というスローガンを読み解く上で、2013年6月に訪米した習主席がオバマ大統領との首脳会談で披瀝した二つのキーワードに注目したい。一つ目は、「新しいタイプの大国関係」。このキーワードに込めた習主席の意図は、「米国に、中国を対等な存在と認めさせ、軍事・経済面での台頭を容認させ、中国と日本などの周辺国との領土を巡る摩擦に介入させず、共産党一党支配の下で市場経済を推し進める独特の社会制度を認めさせること」と解釈される。
もう一つのキーワードは「太平洋」だった。会談では「中華民族の偉大な復興」という「中国の夢」を語った上で「広く大きな太平洋は米中の両大国を受け入れる十分な空間がある」と強調した。習主席のこの発言は、08年3月、米太平洋司令官のティモシー・キーティング提督が上院軍事委員会における証言を想起させる。2007年5月にキーティング海軍大将が訪中した際、中国海軍の楊毅少将は、中国が航空母艦を保有した場合、ハワイ以東を米国が、ハワイ以西を中国が管理する「太平洋の東西分割管理構想」を提案したという。当時、キーティング司令官は「冗談だとしても、人民解放軍の戦略構想を示すもの」と受け止めたそうだ。しかし、今次米中首脳会談における習主席の発言は、冗談ではないことを窺わせるものだった。
このように、習主席が首脳会談で披瀝した二つのキーワードは、習近平政権が海洋進出に並々ならぬ強い意欲を有している証左と見るべきだろう。しかも、面白いことに、中国の海洋進出に最も神経を尖らせているのは今回首脳会談の相手国の米国である。パクス・アメリカーナの本質は、アメリカによる世界の海洋支配であろう。そのアメリカの海洋支配を浸蝕しようとするのが、台頭著しい中国なのだ。米中の覇権争いの焦点は、今後東シナ海・南シナ海に始まり、次いで西太平洋やインド洋に広がりを見せるだろう。
 マハン時代の米国に倣う中国の海洋戦略
マハンの海軍戦略シリーズでこれまで述べた通り、マハン当時の米国はまさに興隆期を迎えており、太平洋正面と大西洋正面において海洋支配のための諸施策を講じた。第一に、英国、フランス、スペインなどの脅威を受ける大西洋正面においては、米西戦争で欧州列強の一つであるスペインを撃破し、カリブ海からスペインの勢力を駆逐し、カリブ海を内海化して、欧州に対する一定のバッファーゾーンを拡張した。
第二に、太平洋正面においては、巨大市場と目されるシナを目指し、サンフランシスコ-上海を結ぶ「太平洋ハイウエー(シーレーン)構想」実現のため、その経路上の要点であるハワイ、グアム、フィリピンなどに海軍基地(軍事拠点)を建設した。
第三に、大西洋と太平洋に二分された米国の海軍戦力を必要な正面(太平洋か大西洋)に短期間に集中するためにパナマ運河を建設した。
今日、中国も、これに倣い、西太平洋正面に米国の脅威に対するバッファーゾーンを拡張しようとしている。中国はこのために、第一列島線ついで第二列島線と明確なラインを設定して、台湾有事や尖閣諸島などの領土紛争がエスカレートして米国が介入する場合に備え、米軍の侵攻を抑止し、または対抗するために「接近阻止・領域拒否(Anti-Access/Area Denial, A2/AD)戦略」を継続的に開発・強化している。また、「接近阻止・領域拒否戦略」の一環として、「南太平洋島嶼諸国攻略戦略」を進めている。
さらには、マハンの時代に、米国が「太平洋ハイウエィ」と呼ばれるシーレーン上にハワイ・グアム・フィリピンなどに基地を建設したのに倣い、インド洋正面においては、中東から中国沿岸にいたるシーレーンを防護するため「真珠の首飾り戦略」を推進している。
加えて、米国がパナマ運河を建設・確保した歴史に倣い、西太平洋とインド洋の間で中国の海軍戦力を自由にシフトできるように南シナ海からマラッカ海峡・スンダ海峡・ロンボク海峡にいたる海域の支配――「マラッカ海峡打通戦略」――についても中国海軍を中心に研究をすすめ、着々と布石を打ちつつある。次号から、中国の海洋戦略について「接近阻止・領域拒否戦略」、「南太平洋島嶼諸国攻略戦略」、「真珠の首飾り戦略」、「マラッカ海峡打通戦略」の順に説明する。

(おやばと掲載記事)

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