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中国の海洋戦略(その1)―(接近阻止領域拒否戦略(上))

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中国人民解放軍の接近阻止・領域拒否(Anti-Access/Area Denial, A2/AD)戦略について、二回に分けて説明する。

 接近阻止・領域拒否戦略の概要
人民解放軍は、台湾有事や尖閣諸島などの領土紛争がエスカレートするシナリオに備えた計画の一環として、米国をはじめ第三者の介入を抑止しまたはそれに対抗するために接近阻止・領域拒否戦略を策定し、そのための装備の開発を続けている。接近阻止・領域拒否戦略は、中国海軍のみの戦略・能力でなく、空軍、陸軍、第二砲兵も参加した人民解放軍総がかりの戦略である。しかし、戦いの舞台は、東シナ海、南シナ海以遠の西太平洋など主として海上が焦点になり、海軍がその主体を担う。
米国で接近阻止・領域拒否戦略と命名したものを、中国の人民解放軍では「対介入戦略」と呼んでいる。
接近阻止・領域拒否戦略は、「接近阻止」と「領域拒否」の二つの側面がある。「接近阻止」とは、第一列島線(既述)の内側(中国側)の海域(黄海、東シナ海、南シナ海)への米海軍の進入を許さない、という戦略である。また、「領域拒否」とは、第二列島線(既述)と第一列島線の中間の海域(フィリピン海など)における米海軍の自由な海洋の使用(作戦行動)を拒否する戦略である。接近阻止・領域拒否戦略の対象領域は、海上領域のみと思われがちだが、陸上領域、航空領域、宇宙領域及びサイバー空間の五つの複雑で広大な領域・空間の全次元に広がる。
そうした能力の多くは当初台湾に焦点を当てて開発されたものだが、当然のことながら台湾シナリオを超え幅広い適用を可能とするものである。例えば、現在中日間で対立している尖閣諸島問題で軍事紛争が生起し、これがエスカレートして、米軍が介入する場合にも接近阻止・領域拒否戦略は台湾シナリオ同様に極めて有効である。
接近阻止・領域拒否戦略の進展は評価・把握しにくいが、同戦略が整備されれば、米国の前方展開戦略はいつの間にか無力化され、中国は米国と戦火を交えることなく、北東アジア、次いでアジア全体で覇権争いに勝利する道が開ける可能性がある。これすなわち、日本、韓国、台湾などは「熟柿が落ちるように」中国の影響下に組み込まれることになるだろう。孫子の兵法の極致である「戦わずして勝つ」ことを実現できる戦略だ。

 人民解放軍・海軍が接近阻止・領域拒否戦略を採用した経緯・動機
人民解放軍は、第一次湾岸戦争(1990年)の戦史について研究した際、特に精密誘導兵器の有効性に着目し、その導入を急ぐことにした。
1996年に行われた台湾総統選挙で李登輝優勢の観測が流れると、中国軍は選挙への恫喝として軍事演習を強行した。基隆沖海域にミサイルを撃ち込むなどの威嚇行為を行ない、台湾周辺では、一気に緊張が高まった。人民解放軍副総参謀長の熊光楷中将は、アメリカ国防総省チャールズ・フリーマン国防次官補に「台湾問題にアメリカ軍が介入した場合には、中国はアメリカ西海岸に核兵器を撃ち込む。アメリカは台北よりもロサンゼルスの方を心配するはずだ。」と述べ、アメリカ軍の介入を強く牽制した。
アメリカ海軍は、これに対して、台湾海峡に太平洋艦隊の通常動力空母「インデペンデンス」とイージス巡洋艦「バンカー・ヒル」等からなる空母戦闘群、さらにペルシャ湾に展開していた原子力空母「ニミッツ」とその護衛艦隊を派遣した。その後米中の水面下の協議により、軍事演習の延長を中国は見送り、米国は部隊を海峡から撤退させた。
この時の総統選挙は結果、台湾独立志向の李登輝が台湾人特に本省人の大陸への反感に後押しされ地滑り的な当選を果たしたため、中国軍のミサイル演習は童話「北風と太陽」で見られる典型的な逆効果だったと結論付けられている。
中国は、この台湾海峡ミサイル危機で、米海軍の空母打撃群の実力をまざまざと見せ付けられたわけだ。これを機に、人民解放軍は、米海軍が中国本土に接近できないようにする方策の研究を加速した。人民解放軍は、第一次湾岸戦争で得た教訓「精密誘導兵器の有効性」と台湾海峡ミサイル危機の教訓「米海軍の空母打撃群への対処」をヒントに、接近阻止・領域拒否戦略に関する研究・開発を進めているものと思われる。

 接近阻止・領域拒否戦略の目的
接近阻止・領域拒否戦略の目的は中国沿岸部の防護のためのバッファー・ゾーンの拡張しようという、マイナーなものだけではない。人民解放軍が接近阻止・領域拒否戦略に基づき、米軍とは非対称の接近阻止・領域拒否のための戦力(能力)を開発することにより、現時点で圧倒的に優位な米軍の在来戦力――空母打撃群など――を無力化(価値を低下)させ、究極的には「スクラップ化」を強いることまでも狙っているものと思われる。中国の接近阻止・領域拒否戦略に対抗するためには、米軍は、自身の安全を図るために遠距離打撃能力の開発・装備化に踏み切らざるを得ない。米軍がこのように装備体系を抜本的に変更するためには、新たに莫大な軍事投資を必要とする。しかし、現下の経済・財政状況や二正面(対テロ及び対中国)での戦いを考えれば、それは遅々として進まないだろう。もし、米国政府が、莫大な軍事投資に踏み切れば、米国の財政は更に悪化し、ひいては経済全体の凋落が加速するだろう。そうなれば、戦わずして、中国の対米優位がいよいよ確固たるものになるだろう。
接近阻止・領域拒否戦略には、心理戦の側面も備えている。中国は、接近阻止・領域拒否戦略を様々な形でイメージを膨らませて宣伝し、執拗に米国とその同盟国を不安に陥れることを追求している。

(おやばと連載記事)

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