中国海軍近代化の促進要因
本稿では、中国海軍の近代化を促進する諸要因について考えてみたい。
中華思想
中国のイデオロギーは共産主義だけではない。もう一つのイデオロギーは中華思想である。中華思想とは、中国が宇宙の中心であり、その文化・思想が神聖なものであると自負する考え方で、漢民族が古くからもち続けた自民族中心主義の思想であり美称である。漢民族とは異なる周辺の辺境の異民族を文化程度の低い禽獣であるとして卑しむことから華夷思想とも呼ぶ。中華思想は、中国が覇権を争う中国がアメリカのイデオロギーの一つ「明白な天命(マニフェストデスティニー)」と相通ずるものがある。「明白な天命」を分かり易く言えば、「アメリカ人(白人)がインディアンを駆逐しながら西方へ進出して領土を拡張すること(国盗り)は、神から与えられた使命である」という考え方だ。インディアンの土地を奪い、逆らうものを大量に殺戮することを「明白な天命」と看做す思想を支えるのは、「自分達白人は神様から選ばれた特別な存在」という選民思想と、「インディアンは白人から圧殺されるべき身分である」と考える人種差別の思想であろう。
中華思想と「明白な天命」の二つのイデオロギーはいずれも、自国の行動・政策を独善的に正当化して自国の国益を追求する根拠となるものである。中国の海軍力の近代化の淵源には、中華思想があるものと思う。
トラウマの克服――中国は二度と侮辱されないぞ
中国や韓国が今日に至るも、日本に歴史問題で糾弾し続けるのは、過去のトラウマに由来する。中国の場合は、1840年のアヘン戦争以来、帝国主義列強の「餌食」となり、100年以上にわたり辱めを受けた。1949年10月1日、中国が誕生する直前に開催された建国会議の席上、毛沢東は「中国人民は二度と侮辱されることはない」と宣言した。そのためには、強力な陸海空軍の建設が不可欠だ。中国海軍の近代化も、このような建国以来の基本方針に依拠している。
中国の共産党・国家戦略に占める海軍の位置
中国(共産党・国家)の究極の戦略・戦略目標は、「中国共産党の存続・生き残りと同党による国家支配」である。中国共産党の存続を脅かすものは米国など外敵の脅威と、国民による内側からの脅威。ソ連が瓦解したのは、国民が共産主義体制を嫌ったからだ。ソ連は、米国など外敵に対抗するために軍事に投資しすぎて民生部門に金を回せず経済が破綻、特に農業政策が失敗して慢性的な食料不足に悩まされた。その結果、国民の不満は高まり士気も低下した。ソ連崩壊を一番喜んだのはソ連国民だった。
巨大な人口の中国国民が共産党政権を支持する(最低限黙認する)上での必要条件は、右肩上がりの経済発展だ。経済発展の実績があれば、国民は「明日」への希望を抱き、現状への不満――貧富の格差、共産党の腐敗および環境破壊などへの不満――を我慢するだろう。
中国の経済発展は、海上貿易に大きく依存している。中国の海上貿易を支える上で、海軍は他の軍種(陸軍、空軍、第二砲兵)にはできない役割・機能を有している。海軍が、海上貿易を支える役割・機能としては、①海上交通路(SLOC)の防衛、と②砲艦外交がある。海上交通路の防衛は海軍の専管である。また、砲艦外交も海軍の役割が大きい。尖閣諸島をめぐる日本との領土紛争で公船を計画的に尖閣諸島の領海や接続水域で航行させるのは一種の砲艦外交である。しかし、今日では砲艦外交は、軍事代表団・海軍艦艇の相互訪問、PKOや人道支援・災害救援活動の実施などのソフトなアプローチが主体となっている。マハンのシーパワーの理論で明らかなように、今後中国経済が発展すればするほど海軍の役割・機能は増大するのは明白だ。
このような認識を踏まえ、胡錦濤前主席は2004年に人民解放軍に「新しい歴史的使命」を指令した。中国にとって、共産党政権を維持する上での絶対条件は、経済発展を続けることであり、このために人民解放軍は中国の経済利益と安全保障を支援することが求められる。胡主席の軍に対する戦略指導――「新しい歴史的使命」――はこの見解を反映するものであり、中国の戦略的利益――領土の境界を越えたものを含む――を確保する上で従来よりも広範な役割を果たすよう人民解放軍に求めている。これは、海軍にとっても中国本土からより遠方で多様な任務を達成するための新しい能力を構築する根拠をとなるものだ。
台湾開放
中国にとって台湾開放派不変の方針である。台湾開放の主たる軍事的役割を担うのは海軍であり、台湾有事対処計画は海軍の近代化促進に大きな作用を及ぼしている。
1996年に行われた台湾総統選挙で李登輝優勢の観測が流れると、中国軍は選挙への恫喝として軍事演習を強行し、基隆沖海域にミサイルを撃ち込むなどの威嚇行為を行なった。米海軍は、これに対して、台湾海峡に空母「インデペンデンス」を中核とする空母戦闘群、さらにペルシャ湾に展開していた原子力空母「ニミッツ」とその護衛艦隊を派遣しこれを牽制した。その結果、中国は軍事演習の延長を見送らざるを得なかった。台湾海峡危機における屈辱的な経験は、明らかに解放軍海軍の近代化を促進した典型的な現実的要素である。
人民解放軍は、台湾侵攻作戦――台湾海峡を横断する上陸作戦――のための能力と、これに対する米軍の介入を遅滞・抑止・阻止するための能力を、継続して構築している。言うまでもなく、この台湾有事対処のための戦力は、東シナ海(尖閣諸島問題)や南シナ海における領土紛争に対しても有効である。
主敵を米海軍として、これに一定対抗できる海軍を建設
中国にとっての主敵は米国であり、中国海軍にとっての主敵は米海軍である。人民解放軍の近代化は、米国と戦うことを念頭に近代化されている。従って、中国海軍も主として米国海軍との戦うことを目標に近代化・増強を図っている。
(おやばと連載記事)