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「世界の工場の産業高度化」から「世界の工場の単なる崩壊」に—2

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「世界の工場の産業高度化」から「世界の工場の単なる崩壊」に—2

2012/6/1

 前回は賃金、ストなどを中心に解説したが、今回は強気と弱気の経営者の見方と日本人経営のテクノセンターの現状を紹介したい。
今後の行方について同じ広東省でも深圳(シンセン)と東莞では市政府の方針がかなり異なる。深圳はハイテクなど産業高度化を狙い労働集約型は出て行って欲しいとしているが、東莞では来料加工貿易(中国の製造委託先に対して原材料を無償支給し、加工後の製品を加工賃で買い取る取引)注1は大きな流れでは消えてゆく運命にあるが何とか生き長らえよう、まずは3年伸ばし、更に状況によっては伸ばしたいというスタンスだ。

#東莞市は日本でも引き続き企業誘致セミナーなどを企画している。
東莞の日本企業の日本人責任者の中には依然強気な発言をする人も多い。「人件費、電気代、物流費、社員食堂の食材すべて値上がりした、労働力不足は東莞市内で数十万人、PRD(the Pearl River Delta、中国珠江デルタ)全体で百万人とも言われている。更にIT製品の小売価格は毎年下落している。それでも奥地とかベトナムなどへの移転は考えられない」。「組み立てメーカーの場合、部品代が80%以上で人件費は10%以下なので内陸に行っても部品調達・製品出荷などの物流費が高く却ってコスト高となる。当面は合理化で吸収できるし、待遇面を良くすれば人も集まる。自動化は時期尚早。一部を自動化、一部は従来の手作業で両者の最適組み合わせでコストの削減をはかる。但し人材のレベルアップは必要。」

#別の日本企業の社長の話
同社は1989年に東莞に工場を設立(磁気ヘッドの自社生産)。「内陸に行っても、インドネシアなどに行ってもいずれ人件費は上がる。東莞で20年以上かけた製造基盤・人材・地方政府(外資に慣れている)との信頼関係は財産なのでこれをベースに合理化に取り組む。PRDは産業集積が進んでおり素材・部品・最終製品の組み立てまでありとあらゆるメーカーが集積しているので依然として魅力的だ。中国が最大市場なのでいずれ研究開発拠点も設けたい。」

#東莞で最も成功した香港企業の例
1986年からEMS(電子機器の受注製造サービス)事業に参入しセガの家庭用ゲーム機器のOEMを引き受け、そこから発展して巨大なビル全体を工業団地とし、あらゆる施設をビル内に組み込み大成功した香港の王氏港建の王忠桐氏注2は最も強気で現在のビルの隣に更に建屋を作り、追加投資すると言っている。
今まで労働力不足になったことはなく又ストもないという。地方に行っても肝心の労働者が集まらない。物流コストを考えるとやはりPRDが有利だ。十分な数の熟練工確保が目下の経営の最優先課題。従来この工場団地ビルが成功したのは、通常の工場団地より格段に良い設備の導入があった。家族的雰囲気を醸成し、寮はエアコン完備、食堂は安全でおいしく、スポーツ施設、映画館などを完備。従って離職率も低かったという。コスト競争では不利になるが、100の利益は不要で80の利益でよしとすべきだという。

#弱気な経営者
supply chainの重要性と人員確保の問題から将来に不安を感じている経営者もいる。EMS主体の現地企業では多くの製造現場で主要部品を日本から調達しているが、部品調達が滞ったりするので日系工場は生産調整せざるを得ない。従業員は解雇しなくとも歯の抜けるように辞めてゆく。ローカル部品メーカーからの「部品調達の現地化」も考えたが、品質で遜色なくとも日系の牙城は切り崩せない。
携帯電話の場合代替サプライヤーを探すと台湾系が最後に残るが、どうしても求める水準に達しない。結局、発売時期を日本からの調達時期に合わせ延すこととなる。安いとか性能が少し良いとかは大きなことではない、supply chainの保持が必須となる。又、人員確保の問題も大きい。

#IT製品価格の下落、失速する中国ハイテク企業
半導体、パソコン、液晶関連は過剰生産と技術の汎用化でコモディティ化してしまった。液晶各社が進出したのはこの事業の収益率が最高の時で、その後毎年収益は減少している。問題はすべての地方政府がハイテク産業に参入したがっていることで中央政府は国産技術の開発促進を標榜している。共産党指導部は企業の重要な意思決定段階で影響力を行使する。例えば3G携帯向け技術は現在使われている世界基準のどれかを採用すれば簡単に済むのに自前で技術開発にこだわり10年近い歳月と何億ドルもの出費となってしまった例もあるようだ。

#別の問題:2004年以来の大規模電力不足
PRDに限ったことではないが、今後5年間電力事情は悪化すると見る人が多い。電力供給優位企業ランクなるものがある。大手自動車メーカーは特Aとなっていて停電はない。2008年の金融危機の際工場閉鎖が多発し一時的に電力に余裕ができたが、現在北京から沿海部更に重慶など全ての地域で不足状態となっている。
石炭供給不足、発電設備不足、多地域間電気輸送能力不足の問題があるが、中国436ヶ所の石炭火力発電所の20%が破産の可能性があるとの調査もある。石炭価格が20%upに対し電気料金は2.5%しか上がらない。石炭価格は市場によって決まるが、電力卸価格はインフレ抑制もあり国が決めるという不合理のためだ。停電のため例えば火・水を休みにしたいが、労働者は残業減を嫌がり離職率が増える。

#労働力安売り政策から機械化へ
1970年代末から都市と農村を分ける二元統治システム、即ち農村を踏み台にして都市を発展させたが、今や労働者の力も上がり農民と市民の境をなくさざるを得ない。何れ農民工という言葉もなくなるであろう。
ロボット導入――機械化となると日本企業の得意分野ではあるが、韓国・台湾・中国が猛追しつつあり楽観は禁物だ。(中国企業も最新設備を導入し日本を追い上げている)機械化は過剰生産設備を生み再び製品のコモディティ化を招く。
深圳では工員は残業を望むが工場は早々と閉じ、工員は不満を持つ。台湾系のEMS(電子機器の受託製造サービス)主力工場(米Apple社のi-Phoneの組み立て工場)でも受注減で週2日は休み。中国はノートパソコンの世界出荷の9割、携帯電話機の7割を組み立て、輸出の30%がハイテク製品とされるが実態は組み立て工場だ。

#世界の工場から人が消えつつある
日本企業では、福建省のTDKの工場でトランスの製造ラインで工員が電線を手作業で巻きつけていたものをロボット化し生産性が大幅に改善とか、江蘇省のプレス工業の建機部品工場でもロボット化するとか報じられているが、工場から人が消えつつある。

#深圳 テクノセンター注3
先日、日本香港協会のセミナーで現テクノセンター代表の佐藤さんから現地事情を伺った。
このセンターは1992年に大企業の中国進出に伴い現地入りした中小企業相手に工場、従業員、諸手続き一切を行うという構想のもとに出発した。12万平米の工業団地で「いずれここを去り、外に工場を構えて自立(卒業と呼んでいた)するための工場」、要するに中小企業の駆け込み寺のようなものだ。筆者も何回か見学した。筆者の見方では、日本人だけで団地を造るより、欧米・アジアなどいろいろな国の集合体の方が地方政府との交渉もスムーズに行くと考えていた。確かに地方政府との交渉が最大の難関であったであろうと思う。開業当初自家発電完備、井戸による水の供給可能と他の工場に比べ条件は良かった。その後排水溝工事などで、最初のblue printがないなど政府が単に敷地を平らにして売り渡していたので関係者も苦労したことと思う。すべて来料加工なので入居者は香港法人であり保税扱いとなるが加工賃や土地の賃貸料を役所に支払う必要がある。「日本では法律は守るのが正しいが中国ではまともに守る必要はない」1000人雇っても150人と契約書に書くなど全ては役所との交渉次第とも言われていた。独身の女性で視力は3.00但し40代で何年たっても身分証明書は20歳というのもいたようだ。当時から残業がないと辞めてしまうとか、裁判所がワイロを要求するのは今も変わらないようだ。創業時には色々問題を抱え、あまり芳しくない風評も聞いたことがある。

#テクノセンターの現状
来料加工最盛期にはPRDで10万社といわれた。テクノセンターでも50社で5千名いたが、現在は35社3000名とのこと。中小企業の場合大企業メーカーの進出に伴う下請けでの進出、特殊技術のある製造分野での進出に分かれるが、今後は中小企業・独資会社向け複合工業団地に転換を目指すという。
幾つかの指摘があったが、日本からの対中投資は多いが中国進出の問題点は昔から同じ問題に突き当たる。昔から「売れそうだ」「絶対売れる」といった現地の人の誘いには絶対乗らぬことと言われてきたが、時間をかけてFeasibility Studyの徹底は行うべきであろう。聞く人によって全く違う・場所によって全く事情が異なるので――トップ自ら自分の目で確認して信頼できるパートナーを探し、現地に送るbestの人材を選定すべしという中国進出の原則に変わりはない。中国の複雑さの指南役・案内役も必要だ(コンサル・会計事務所・取引先・銀行など)。更に次のような指摘もあった。

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深圳の各村長の狙い:工場の退去を促進して跡地を集合住宅にしたいというのが本音で、一般には建築許可なしのもぐりの集合住宅建設が進んでいるらしい。既存の工場ビル内の寄宿舎は格好の物件となっているようだ。

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政府の労働者保護政策と労働者の意識:2008年に新労働法が施行されてから労働者の意識は政府にバックアップされ守られていると思うようになった。その結果、食事・宿舎から賃金など全てに対しストが行われることとなり、益々過激化している。

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退職金制度:工場を他社に売渡すなど会社の都合で止める場合、補償金の要求が厳しい。台湾、韓国系は夜逃げ以外にないというものも多いが日本の中小企業も対策を考えるべきだ(労働者側では日本企業は人が良いので余計払うと考えている)。

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人材の確保:日本人責任者の海外業務の素養が不足しているので(海外は中国が初めてという人が多い)、現地の優秀人材の雇用が難しい。また離職率が高いことにも問題がある。

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今では女子工員でも良い服を着て、携帯電話を持ち3Kは嫌がる。16人一部屋から数人で部屋をシェアーするといった具合で前述の集合住宅の需要はここにもある。但しストともなると全くの別人のごとく過激になる点は昔と変わりないようだ。

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政治体制とビジネスの強い関連性を避けるわけには行かない。加熱と過剰――冷やしすぎ—–このサイクルはいつまでも続く。

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立法と司法は依然として最大の問題となっている(法体系の複雑さ、法律・条例・規則・指導意見など全て異なる解釈と運用)。

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ビジネスモラル:信用リスク・代金回収に商標・特許のトラブルと更に汚職などいつまでも改善は見られない。

以上のような問題を抱えつつ、進出企業もテクノセンターも試行錯誤を繰り返しつつ次なる着地を求めている。

以上

編集者注
注1

http://www.smrj.go.jp/keiei/kokurepo/kaigai/049913.html :最終検索2012年6月1日

注2

http://www.wkkintl.com/ :最終検索2012年6月1日
http://special.nikkeibp.co.jp/as/201201/truth/vol_02/interview_02.html :最終検索2012年6月1日

注3

http://www.technocentre.com.hk/index.shtml :最終検索2012年6月1日

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