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『地域包括ケアの課題と未来』編集雑感 (7): 高橋泰「首都圏の医療・介護の近未来」について

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高橋泰氏は、全国のほとんどの2次医療圏を訪問し、実情を自身の目で確認されている。学者なので、目で見るだけでなく、数字でも把握している。それどころか、誰もが2次医療圏について詳細な比較検討ができるよう、2次医療圏データベースを作成し、公開している。

高橋氏とは、2011年10月、仙台での講演で初めてお会いした。筆者は翌日、被災地支援のため南相馬市を訪問することになっていた。高橋氏は同行することを希望され、南相馬市で我々と行政との生のやり取りを観察された。好奇心旺盛な行動派学者である。

『地域包括ケアの課題と未来』で、高橋氏が提示された首都圏の介護の近未来予想図は衝撃的である。首都圏を含めて関東で入所介護施設が極端に不足する。現在でも東京は、後期高齢者人口当たりの要介護高齢者に対応した施設の収容能力が、日本最低レベルである。2025年には団塊の世代が後期高齢者になる。介護施設の不足している東京とその周辺のベッドタウンで、高齢者が急増することになる。

『地域包括ケアの課題と未来』の編集者の1人、小松俊平は、2012年1月『厚生の指標』に「医療計画における基準病床数の算定式と都道府県別将来推計人口を用いた入院需要の推移予測」と題する論文を発表した。「一般病床の需要は、2010年と比較して2030年には12%増加する。埼玉・千葉・東京・神奈川では20%以上増加する。」高齢化と人口減少の進んでいる地域では、「一般病床の大幅な供給過剰状態が継続する。」一方「療養病床・介護施設(入所施設)の需要は、2010年と比較して2030年には全国で65%増加する。東京では78%増加し、埼玉・千葉・神奈川では100%以上増加する。」

首都圏では独居高齢者が爆発的に増加する。独居高齢者が生活に支障をきたしても、地域での人々の結びつきが弱く、頼れる互助組織がない。このため、東京は、地方に比べて、施設介護の必要度が高い。東京で今、介護施設の新設が進んでいるというが、介護職の給与水準が他の職に比較して低いため、職員を集めるのが難しい。施設が整備されたとしても、年金だけに頼っている高齢者だと、特別養護老人ホーム以外の施設は費用が高いため入所できない。

首都圏では、孤立した高齢者が病院に運び込まれても、退院先がない状態になる。退院をめぐって、解決策のない不毛な争いが頻発するだろう。結果として、病院へのアクセスがさらに困難になり、孤独死が加速度的に増える。さまざまな対応策が講じられるだろうが、首都圏だけで解決するのは難しい。

筆者は、2012年3月、安房地域のまちづくりビジョン安房10万人計画を提唱し、安房地域への高齢者の移住を提案した。高橋氏は日本創成会議の一員として、2015年6月、首都圏の高齢者の地方への移住を提案した。筆者は安房地域の人口減少を課題とし、高橋氏は首都圏の高齢者の急増を課題とした。

安房10万人計画のミッションを以下に示す。安房10万人計画は消滅が危惧される過疎地の生き残りが目的なので、最大の顧客は若者である。

ミッション
1 首都圏の高齢者に、安房で楽しく穏やかな人生を過ごし、死を迎えてもらう。
2 高齢者を支える若者に、安房で結婚し、子どもを生み育ててもらう。
3 安房を活性化することで、住民に職を提供する。

ミッションを実現するために、以下のような基本方針を掲げた。
1 大きな目標を設定し、それに向けて、地域のインフラを含めて、準備をしていく。莫大な投資を必要とする詳細な建設計画は策定しない。
2 地域の医療介護施設全体を必要に応じて利用する。施設の新たな建設は需要が確実に見込め、経営が成り立つ場合に限定する。
3 要介護者を直接ターゲットにしない。都会で仕事しながら安房にも生活拠点を持つ人、健康な高齢者、定期的な通院の必要のある高齢者を首都圏から迎え入れる。
4 安房に文化と魅力を創出する。これは、遊び心、創造力、発信力を持つ人材をどれだけ安房に住んでもらうかにかかっている。
5 官営の事業とはしない。官の役割は、一部のルールの法的根拠を提供すること、可能なものに資金を出すこと。
6 営利組織、非営利組織が参加できるようにする。産業として合理的なものにする。株式会社と非営利組織は異なる。それぞれの組織の原理に一致した機能を担当するようにする。それぞれの原理に従って動いて、活動量を最大にする。
7 金銭的にはフェアネスを貫く。高額の一時金は可能な限り避け、毎月の費用を納入する形にする。途中解約を正当な条件で行えるようにする。
8 富裕高齢者のための有料サービスを拡充する。これで収益を大きくして、給与を高くできるようにする。
9 亀田グループで利益と手柄を独占しない。参加した組織には、医療・介護提供で協力する。亀田グループのメリットは地域の人口が増加することである。

安房10万人計画として、2015年夏まで、インフラ整備に取り組んできた。安房地域医療センターでの無料・低額診療開始、民間公益活動へのふるさと納税利用の制度化、社会人に安定した雇用を提供するための看護学校創設、看護学生寮への高齢者向け住宅併設、高齢者の人生の重要な決定を支えるワンストップ相談サービスの事業化などである。こども園を中心とした複合組織による子育て支援(必要時夜間保育、病児保育、学童保育、母子家庭・父子家庭支援)の準備も進めつつあった。安房10万人計画のハブとして特定非営利活動法人ソシノフを設立した。

政府が提唱する「日本版CCRC構想」が、首都圏高齢者の地方への移住の目玉として注目されている。CCRCとはContinuing Care Retirement Communityの略で、高齢者が健康なうちに地方に移住し、ケアが必要になった場合にケアを受けながら終生過ごすことのできる生活共同体のことである。特徴として以下の3点が挙げられている。(1)健康な段階から入居する。(2)高齢者が、仕事や社会活動、生涯学習などの活動に積極的に参加する。(3)地域社会と交流し、地域に溶け込む。

このようなことが簡単に実現できるとは思えない。補助金の魔力が失敗の原因となる。有識者会議の素案には、「現行の補助金や税制優遇、関連制度のほかに、更なる支援策の在り方(地方創生特区、新型交付金、制度改正、移住・住み替え支援策等)についても、検討を進めることとしたい」と書かれている。従来同様、政府が補助金や交付金を出すための条件を事細かに決める。官僚の責任が問われないようにするための条件なので、事業の邪魔になる縛りが多くなり、事業の成功確率を下げる。天下り団体が設立される。箱ものに予算がでるとなれば、箱もの専門家が予算を求めて群がる。予算を獲得することが活動の中心になる。日本中に、同じような箱ものが誕生する。1987年のリゾート法や年金基金を使ったグリーンピアでは、需要を無視した開発を全国統一ルールで実行し無残に失敗した。

日本の高齢者は簡単には移住しない。筆者は、震災時、避難所で厳しい生活を送っていた高齢者を安房地域に迎え入れようとしたが、彼らは、頑として地元を離れようとしなかった。そもそも、CCRCは新しい事業であり、現時点で、社会に需要はない。東京の高齢者は地方に移住したいとは思っていない。現時点で社会に存在しない魅力を、新たに創りださなければならないのだから、簡単ではない。創り出した魅力を提示して、徐々に需要を拡大していくしかないが、いかに努力しても、実際に需要が生じないかもしれない。あらかじめ完成された事業を想定してはならない。高齢者の地方移住を成功させるには、全国一律の事業ではなく、新しい個別事業を積み重ねるしかない。個々の地域の状況を踏まえて、利用可能な資源と知恵を活用して、小さく始めて、新しい需要を地道に創りだすしかない。

(Socinnov掲載記事)

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