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退職給付の官民比較と国際比較* ~老後貯蓄支援型マッチング拠出方式(日本版 TSP)のすすめ~

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1. 人事院退職給付調査の意義
去る 4 月 19 日、人事院(一宮なほみ総裁)は、5 年ぶりに「退職金及び企業年金の官民比較調査」の結果を公表した。今回の調査は、平成 28(2016)年 8 月 1 日、国家公務員の退職給付制度を所管している内閣総理大臣及び財務大臣から人事院総裁に対して要請されたものである。結果は、公務が 78.1 万円(3.08%)上回っていた。そこで、人事院は、総
理及び財務大臣に対して、「官民均衡の観点から」公務の退職給付を「見直す」のが「適切である」旨の「見解」を提出した 1)。これに対する政府の対応はまだ決まっていないが、いずれ何らかの立法措置が講じられるものと予想される。
人事院の退職給付官民比較調査は、昭和 40 年代からの伝統があるが、今世紀に入ってからは今回が 3 回目である。第 1 回目は、平成 18(2006)年 4 月 28 日、第 3 次小泉改造内閣からの依頼に基づく調査報告(谷公士人事院総裁、同年 11 月 16 日)であり、このときはわずかながら民間の退職給付が公務員を上回っていた。第 2 回目は、リーマン・ショック後の平成 23(2011)年 8 月 25 日、民主党政権(菅第 2 次改造内閣)の片山善博総務大臣及び野田佳彦財務大臣からの依頼に基づくものであり、公務が 402.6 万円(13.65%)上回っていた(江利川毅人事院総裁、平成 24 年 3 月 7 日)。この報告と意見に基づいて、民主党政権は、同年 11 月 26 日、国家公務員の退職手当引き下げ法(後述の平成 24 年法律第96 号)を公布、翌年 1 月から 2014 年 7 月まで 3 段階に分けて引き下げを実施した。
この間、平成 24(2012)年 8 月 10 日には「被用者年金の一元化法」(平成 24 年法律第63 号)が成立し、公務員共済年金は民間従業員の厚生年金と一元化することになり、それに合わせて共済年金の 3 階部分(職域部分)は廃止された(平成 27 年 10 月 1 日施行)。同法附則第 2 条の規定に基づいて、新たに「国家公務員の退職給付の給付水準の見直し等のための国家公務員退職手当法等の一部を改正する法律」(平成 24 年法律第 96 号;平成 24年 11 月 16 日成立、同 26 日公布、平成 25 年 1 月 1 日施行)が公布・施行され、退職手当を引き下げ、年金の職域部分を廃止すると同時に、他方でキャッシュ・バランス方式の「退職等年金給付」(通称は「年金払い退職給付」)を創設して官民均衡を図った。2)これは、民間の企業年金に相当する部分である。
ところで、退職手当と年金部分を合わせた全体としての「退職給付」の水準は、公務員の退職後の生活を左右する人事政策上の重要問題であり、その官民均衡は民主的政治のために不可欠の視点であるが、同時に、その国際比較も他の強大な先進諸国に伍して広義の「国力」を維持していくうえで枢要な視点である。今回の人事院調査も「参考資料」の巻
末に「米英独仏における公務員年金制度の概要」を添付して、わが国国家公務員の退職給2付水準と比較している。それによると、わが国の国家公務員の「退職給付の退職前の最終年収に対する割合」(2017 年 3 月現在)は、次官級で 26.9%、局長級 30.0%、課長級 31.1%、課長補佐級 40.3%、係長級で 40.3%と、国際的に見て著しく低位にある。しかも従前調査に比べても低下している(欧米諸国は概ね退職時給与の 6~7 割の水準、ドイツはどの職階でも 67.5%)。3)
このように、わが国公務の退職給付水準は、国内的には「民間準拠」で「官民均衡」がはかられているが、他方、国際的には「異常」な低水準に陥っている。この内外のインバランスをどう判断すべきなのか。振り返れば 1980 年代の第 2 臨調以来、とくに今世紀に入ってからのマスコミ論調や政治の流れは、単純に「官民均衡」のみを是とし、さらに推進しようとしているかのようである。しかも、筆者は、寡聞にしてこうした流れに対する専門の政治学者や行政学者、経済学者、年金学者などから批判の声をほとんど聞かない。4)言うまでもなく、こうした状況の背景には、①わが国の少子・高齢化が先進国の中でも際立った水準にまで達していて、公的年金全体の給付水準の抑制(マクロ経済スライド)を迫られていること、②国・地方の長期債務残高が 1071 兆円(名目 GDP 比 2 倍強)を越し、「財政再建」の前途が危ぶまれていること、さらに③わが国経済のバブル崩壊以降の長期停滞などの諸要因が複雑に絡みあっている。
とくに、1997-98 年金融危機以来、わが国の民間賃金水準は低下傾向を続けており、アベノミクスの下で政府が民間賃上げを慫慂しても、はかばかしい成果は上がっていない。2017年 3 月期決算では、民間主要企業は最高の利益水準を達成しているにもかかわらず、グローバル経済の変動リスクが高まる中で、企業は内部留保の拡充を優先し、労働者への分配には極めて消極的になっていて、厚生年金基金の解散、確定給付企業年金の廃止・給付削減、退職金の減額などが続いている。今回の人事院の退職給付調査の結果はそうした事情を反映したものと理解される。
けれども、もしこのまま単純に国内的な「官民均衡」原則のみを貫くならば、公務員の退職給付はさらに削減され続け、その結果、国家の正常な運営に不可欠な有能な公務の持続(統治機能の維持)が損なわれる恐れが大きいのではないか。わが国においても、かつては、公務の退職給付に関しては単純な民間準拠だけではなく、公務の枢要性と特殊性に
対する配慮(使用者としての政府の人事政策的配慮)が行われていた。本稿では、このような視点から、わが国公務の退職給付水準の国際的な低下がどのような経緯で生じたのか、それはどの程度まで「止むを得ない合理性」があるのか、あるいは政策転換を図るとすれば、どのような方向が考えられるのかを、あえて吟味したい。

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