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医療格差

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●医療費の地域差
日本の医療保険には、市町村国保、国保組合、退職者医療制度、協会けんぽ、組合健保、共済組合、後期高齢者医療制度がある。これらの中で、市町村国保と後期高齢者医療制度は公費の投入額が大きい。
国民1人当たりの公費の投入は、疾病構造が同じなら平等でなければならない。しかし、診断群分類包括医療制度(DPC)導入以前より、医療費には西高東低 (北海道も高い)と呼ばれる地域差が存在し、その原因が医療提供者の行動と患者の受診行動にあると指摘されてきた。細谷らは、胃がん、腎不全、精神分裂病 (元の記載のまま)について、北海道、千葉県、福岡県の1997年の国保の診療報酬明細書を用いて医療費の分析を行った(1)。いずれの疾患についても北 海道、福岡県に高医療費特性が、千葉県に低医療費特性が観察された。北海道、福岡県では施設間格差が大きく、千葉県では小さかった。診療メニューの標準化 が医療費抑制につながると考えられた。
2003年に、診療の標準化を目指してDPCが導入された。しかし、その後も西高東低は続いている。原因として、東日本で、病床数が少なく、医療人材が不 足していることがあげられる。本来、医療の地域格差是正は医療計画制度の目的の一つだったが、医療計画の基準病床数の計算方法が現状追認的であったため、 病床数の地域差が固定化された(2)。
厚生労働省の2010年度の「医療費の地域差分析」によると、市町村国保と後期高齢者医療制度を合わせた医療費の都道府県別地域差指数(年齢補正後)が最 も大きかったのは福岡県の1.211、最も小さかったのは千葉県の0.872だった。福岡県は千葉県の1.39倍の医療費を使っていることになる。厚労省 が毎年「医療費の地域差分析」を公表しているのは、このまま放置すべきでないとの判断が背景にあるからだと想像される。
医療費の地域差指数が0.9未満の県を小さい順に並べると、千葉県0.872、静岡県0.881、岩手県0.882、長野県0.884、新潟県 0.887、茨城県0.894であり、医師の少ない県が並ぶ。1.15以上の県を大きい順に並べると、福岡県1.211、北海道1.167、長崎県 1.162、高知県1.161、佐賀県1.154、広島県1.153であり、西日本と北海道が並ぶ。
●千葉県民と福岡県民は平等か
以下、厚労省発表のネット上に置かれているデータから、2010年度の市町村国保と後期高齢者医療制度について、千葉県民と福岡県民が国から平等に扱われているかどうかを検証したい。
注目点は、給付費の中に占める国からの支出と、各種健康保険制度からの拠出金である。給付費は保険料、公費、各種健康保険制度からの拠出金からなる。拠出 金は医療保険者ごとの被保険者の年齢差を補完するため、また、後期高齢者医療制度を支えるためのものであり、平等に分配されるべきものである。筆者の調査 力不足のために、2010年度分の公費の総額は判明したが、最終的な内訳を明確にできなかった。そこで、予算ベースのデータで、公費に占める国の負担割合 を計算し、これを2010年度にあてはめた。
2010年度「医療保険制度の財政構造表」によると、市町村国保と後期高齢者医療制度による医療費はそれぞれ10兆7300億円、12兆7200億円、合 計23兆4500億円だった。患者の自己負担は合計で3兆900億円。給付費は20兆3600億円。給付費の財源の内、保険料は3兆3400億円。残りの 17兆200億円が公費と組合健保など各健康保険者からの拠出による。
2012年度予算ベースでは、市町村国保に投入される公費の内訳は国3兆2600億円、都道府県1兆900億円、市町村1300億円で合計4兆4800億 円だった(「市町村国保の現状について平成24年1月」)。計算上、公費の73%が国の負担になる。2010年についても同じだとすると、公費に占める国 の負担は3兆1300億円×0.73=2兆2800億円と推定される。国費+各保険者拠出金は合計で5兆3700億円となり、市町村国保の医療費の50% に相当する。
後期高齢者医療制度について2010年度の予算ベースでみると、公費負担5兆5000億円の67%、3兆7000億円が国の負担である(「後期高齢者医療 制度等の仕組み」)。2010年の決算では公費は5兆8000億円であり、その67%3兆9000億円が国の負担と推定される。国費+各保険者拠出金は合 計で8兆9000億円であり、後期高齢者医療制度の医療費の70%に相当する。
2010年度の市町村国保、後期高齢者医療制度の医療費の年齢補正後の地域差指数は、それぞれ、千葉県が0.893、0.873、福岡県が1.125、 1.243だった。2010年度の千葉県の市町村国民健康保険の被保険者数、後期高齢者医療制度の被保険者数はそれぞれ184万人、55万人だった。
全国の市町村国保の医療費が1人当たり29万4千円。千葉県の市町村国保による全医療費は、29万4千円×0.893×184万人=4830億円となる。 これが全国平均の医療費だと29万4千円×1×184万人=5410億円、福岡県と同じ医療費だと29万4千円×1.125×184万人=6090億円と なる。本来平等であるべき国費+各医療保険者の拠出金は、それぞれ2420億円、2710億円、3050億円となる。千葉県の医療費が全国平均、福岡県と 同水準の医療費だとすると、千葉県には、それぞれ290億円、630億円、今より多く投入されるはずである。
後期高齢者についても同様の計算を行った。千葉県の医療費が、全国平均、福岡県と同水準だとすると、国費+各医療保険者の拠出金の千葉県への投入額はそれ ぞれ430億円、1260億円、今より多くなる。市町村国保と後期高齢者医療制度を合わせて、全国レベルの医療費だと720億円、福岡県レベルだと 1890億円、今より多く投入される。

●県民の負担
以下、県民の負担を比較する。2010年度の福岡県と千葉県の県民所得はそれぞれ全国16位278万円、19位273万円とほとんど差がないので(内閣府「2010年度県民経済計算」)、1人当たりの税額に大きな差があるとは思えない。
保険料を見ると、2009年度の千葉県、福岡県の市町村国民健康保険料は1人当たりそれぞれ8万8281円、7万6427円であり(「市町村国保の現状に ついて 平成24年1月」)、千葉県の被保険者は、福岡県に比べて1人当たり1万1854円余分に支払っている。2010年度も同額だと仮定してこれに 184万人をかけると、総額で220億円多く支払っていることになる。2009年の被保険者の平均所得は、千葉県が73.6万円、福岡県が49.1万円 だった。所得格差が大きいとなれば、保険料が異なるのは不公平とはいえない。しかし、負担とサービスの逆転は、アリストテレスの配分的正義「等しきものは 等しく、不等なるものは不等に扱わるべし」に反する。負担する費用と受け取るサービス水準の逆転は受け入れられにくい。
後期高齢者医療制度の被保険者の1人当たりの所得額と保険料は、千葉県が90万3千円、6万5822円、福岡県が74万円、7万4658円だった (2010年度「後期高齢者医療制度被保険者実態調査」)。千葉県の被保険者は福岡県に比べて、総額で(7万4658円-6万5822円)×55万 人=49億円保険料が少なくてすんでいる。福岡県の被保険者の所得が低いにもかかわらず保険料が高いのは、医療費、すなわち、医療サービスの量が大きいこ とによる。

●千葉県の医療の荒廃
千葉県民は、全国に比べて720億円分、医療サービスと雇用の両面で損をしている。千葉県の一部では、医療人材不足のため、各地で病院の診療が維持できなくなっている。
▽県立東金病院:2003年24人いた常勤医が2007年に5人に減少。救急が破綻▽国保成東病院:東金病院の医師不足が影響して労働過剰になった。11 人いた内科医が2006年にゼロになった。その後、地方独立行政法人さんむ医療センターとして再建▽公立長生病院:2007年千葉大学が医師派遣を中止。 内科常勤医が4名から1名に。院長が千葉大から自治医大出身者に交代。増減はあるが、その後も医師不足は継続▽安房医師会病院:24時間365日の救急で 医師が疲弊し、医師不足に陥った。2008年、社会福祉法人に経営移譲し再建▽銚子市立総合病院:393床を有していたが 2008年9月30日、病院運営休止。指定管理となり、病院名を銚子市立病院に変更。2013年7月、50床程度しか開いていない▽旭中央病院:日本最大 の自治体病院。千葉県東北部、茨城県南部の100万人の救急医療を支えてきた。2012年4月1日、中堅内科医不足のため、東金、山武、茨城県からの救急 車の受入れ制限を開始した。基本的に従来同様活動しているが、役割が大きすぎるので、敢えて記述した。
茨城県、埼玉県も医療サービスが不足しており、多くの病院で医療縮小が続いている。茨城県の南東部にある鹿島労災病院では、2013年3月末、22名の常 勤医師の内14名が退職した。茨城新聞によると「ベッド数は300床(現在の稼働100床)。神栖市によると、鹿島地方事務組合消防本部が昨年1年間に救 急搬送した患者5644人のうち、約15%の868人を同病院が受け入れた」。県境を挟んで旭中央病院の負担を軽減する立場にあった。

●高齢化と医師養成数
首都圏では急速に高齢化が進んでいる。国立社会保障・人口問題研究所は、埼玉県、千葉県、茨城県の2010年から2030年までの20年間の75歳以上の 高齢者の増加数(増加率)を、それぞれ68万1千人(115%)、57万6千人(103%)、21万9千人(69%)と推計している。増加率は、全都道府 県の中で埼玉県が最も大きく、千葉県がそれに次ぐ。3県の増加数は全国の17.5%に当たる。一方で、この3県の医学部数は全国の3.8%に過ぎない。福 岡県も大都市福岡を有しており、高齢者が急増する。それでも20年間で33万人(60%)であり、千葉県より増加率が低く、増加数も少ない。
ところが、高齢化が進む埼玉県、千葉県、茨城県で医療人材が不足している。政府統計によると都道府県別人口10万対医師数は、千葉県は下から3番目で、 2010年12月31日現在の人口10万対医師数は170。千葉県より下は、茨城県167、埼玉県149のみだった。一方で、福岡県は288と多かった。 ちなみにトップは徳島県で2位の東京とほぼ同数の304だった。医師が少ない地域は看護師やリハビリ職員も少ない。2010年末の都道府県別人口10万対 就業看護師、准看護師数は、千葉県が下から3番目の710(埼玉県701、茨城県862)であり、福岡県は1361だった。最多の鹿児島県は1680であ り、千葉県の2倍を超える。データは少し古いが、2005年の都道府県別人口10万対理学療法士数は、最大が高知県の86.9、福岡県は44.8。千葉県 は20.7(茨城県20.8、埼玉県20.7)と福岡県の半数以下だった。
先に、病床数の地域差が医療費の地域差の原因の一つであることを述べた。病床数の地域差を生んだ遠因が医師養成数の地域差だった。1970年以前、西日本 に医学部が多く、東日本に少なかった。千葉県、埼玉県、茨城県では、千葉大学医学部しかなかった。その後、新設医科大学が34校設立された。1県1医大政 策は、県の人口に大きなばらつきがあることを無視していたため、医師の地域差は解消されなかった。
2013年度の医学部定員数と総務省による2011年の人口推計で計算すると、人口10万対医学部入学定員数は全国7.07、千葉県1.97だった(ちな みに埼玉県1.68、茨城県3.96)。福岡県は6.6(産業医大を除く)で全国平均を下回るものの、千葉県の3倍以上だった。
当然、医師養成を含めて高等教育や知的活動に投入されている費用も福岡県がはるかに大きい。人口1万人当たりの2012年度の国立大学運営交付金(各国立大学の予算の3分の1程度)は、千葉県2900万円に対し、福岡県は1億円と3倍以上の開きがある。
2011年の千葉県地域医療再生計画では、「現状の課題」の筆頭に、医療人材不足が取り上げられている。解決のための道筋の記載はなく、「今後の急速な高 齢化に伴って増大する医療需要に対し、単なる現場での努力や現状の医療人材提供体制では、対応が困難であることが予想される」と悲観的見解が述べられてい る。
人口動態と医師養成数からみて、今後、医療格差がさらに拡大する。都道府県ごとに、医療費に占める国費と各医療保険者からの拠出金を標準化すると、医療 過疎地域へ医療施設と医療従事者が移動するかもしれない。しかし、数年間の時間をかけたとしても大きな痛みを伴う。医療過疎地域での医師、看護師の養成は 不可欠である。
医療過疎地域で医師を養成するためには、地方が自ら主張しなければならない。大日本帝国憲法下では、地方自治体は内務省の下に置かれていた。一方、日本国 憲法92条は「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める」と規定した。地方自治の本旨とは、住民自治、団 体自治という二つの概念を含む。住民自治とは、住民が自らの権限と責任で地域行政を行うことを意味する。団体自治とは、地方公共団体が国の干渉に屈するこ となく独自の判断で、地域住民を守るために、地域の実情に沿った行政を行うことを意味する。医療の荒廃が、千葉県、埼玉県、茨城県の実情である。国は医療 格差を長年放置してきた。自治体が自ら主張して対処しない限り、この状況が変えられるとは思えない。

文献
1.細谷圭、林之成、今野広紀、鴇田忠彦:ミクロデータに基づく特定疾病に関する分析.文部科学省科学研究費補助金特定領域研究B世代間利害調整プロジェクト. 2001.
2.小松俊平, 渡邉政則, 亀田信介: 医療計画における基準病床数の算定式と都道府県別将来推計人口を用いた入院需要の推移予測. 厚生の指標, 59, 7-13, 2012.

(『厚生福祉』第6012号・合併号からの転載)

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