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規制改革会議は必要か

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●規制改革会議「医療提供体制に関する意見」
2013年10月9日、筆者は、規制改革会議で病床規制について意見を述べた(1)。筆者の意見の方向は、細かい許可行政から、裁量の入りにくい数字による誘導に切り替えるべきだとするものだった。
2013年12月20日、第23回規制改革会議で会議としての「医療提供体制に関する意見」が取りまとめられ、同日、メールで筆者に送られてきた。一見、 筆者が提出した意見に似ていたが、180度方向の違う結論になっていた。曰く「都道府県が策定する医療計画、介護保険事業支援計画、医療費適正化計画等の 計画に就いて——-相互の関係性を明確にし、超高齢社会の到来を踏まえた総合的な取組が可能なものとすべきである」「保険診療を担う民間医療機関 については、都道府県知事が、非稼働病床の削減を命じることができる仕組みを検討すべきである」。
これまで、病床規制は、新規参入を凍結することによって医療サービス向上を阻害すると共に、医療の地域格差を招いてきた。2013年9月29日、日本長期 急性期病床研究会第1回研究会の席上、原徳壽医政局長は筆者の質問に対し、「医療の地域格差は医療計画制度とは関係ない。医療格差については、都道府県に 責任がある」と答えた。厚労省が施策の失敗を認めないまま、「総合的取組」で医療機関に箸の上げ下げまで指示するような政策を実行すると、事態がさらに悪 くなりかねない。個別病院の非稼働病床を削減する新たな権限は、行政の権力を大きくし、政策ミスを是正しにくくする。
官庁はその性質上、常に権限を強めようとする。規制改革会議は内閣府に所属するが、官庁のいきすぎに対するチェック アンド バランスが期待されているこ とは間違いない。規制改革会議の「医療提供体制に関する意見」は、行政に所属している機関には、官庁に対するチェック機能を期待できないということの証左 である。官庁の権限を強めようとするのなら、規制改革会議は不要である。

●病床規制が医療の地域間格差を固定させた
埼玉県、千葉県、茨城県では医療サービスが大幅に不足している(2)。医師、看護師不足のために、医療提供体制がほころび、診療科の閉鎖、病床の縮小など が各地で相次いだ。銚子市立総合病院393床は2008年9月30日、運営を休止した。2013年4月、千葉県に隣接した茨城県神栖市の鹿島労災病院で は、「関連大学からの医師派遣が見込めなくなり、3月末までに22人いた常勤医のうち外科5人、整形外科5人、神経内科3人、内科1人の計14人が退職。 その多くが派遣元の千葉大医局へ戻った。新たな医師確保は難航し、4月から眼科と皮膚科の2人を新たに加えた常勤医10人体制で診療を続けている」(茨城 新聞2013年4月23日)。
2014年4月、東千葉メディカルセンター(運営は東金市と九十九里町が設立の東金九十九里地域医療センター)の開院が予定されている。千葉県と千葉大学 の肝いりで、医療サービスが極端に不足している九十九里浜中央部に設立されることになったが、医師、看護師不足のため、病院として機能するのかどうか危惧 されている。
2013年8月29日の朝日新聞の報道によれば、銚子市は2017年度に財政再建団体に転落する可能性があるという。市立病院の破綻が原因とされる。東千 葉メディカルセンターも、発足後の経営状況によっては、東金市と九十九里町の財政状況を脅かす可能性がある。医療サービス不足の原因は、厚労省による病床 規制、1県1医大政策の矛盾、大学医学部の荒廃にある。大学医学部の荒廃については、本稿では触れない。
病床規制(3、4、5)は、医療費抑制を目的として1985年に導入された。二次医療圏ごとに算出した基準病床数を基に、許可病床を病院に配分し、許可病 床数を超えた増床を禁止した。ところが、基準病床数の計算の基礎となる平均在院日数、年齢階級別退院率について、地域ブロックごとに異なる係数を用いた。 このため、既存病床数が多かった地域、すなわち、新設医大創設以前の医学部が多い西日本では、東日本に比べて、基準病床数が多く算出された。中国、四国、 九州の各県は、関東基準で見れば、埼玉、千葉の2倍前後の一般病床を有している(6)。
加えて、1970年以後の1県1医大政策では、県の人口が無視された。そもそも1県当たりの人口が、東日本に比べて、西日本は小さかった。1970年、四 国4県の人口391万人に対し徳島大学1医学部、千葉県の人口337万人に対し千葉大学1医学部であり、二つの地域に大きな差はなかった。2012年に は、四国4県は394万人で4医学部、千葉県は620万人で1医学部のみとなった。
四国の人口10万人当たりの医師養成数は千葉県の5.9倍にもなる。他職種の医療人材養成数も医師の養成数に引きずられる。埼玉県、千葉県の人口10万人 当たりの看護師数は、九州、四国の半数かそれ以下である。茨城県リハビリテーション病院懇話会の調査によると、2005年9月24日現在、人口10万人当 たりの、茨城県、千葉県、埼玉県の理学療法士数は高知県の4分の1程度である。脳梗塞からの身体機能の回復はリハビリに依存する。ここまで人数が違うと医 療の質が変わる。
厚労省が、病床規制を漫然と継続したために、西高東低と言われる医療費の地域差が固定化された(7)。市町村国保、後期高齢者医療制度に投入されている国 費と被用者保険の保険者からの拠出金は、本来平等でなければならない。2010年度、千葉県の医療費が全国平均と同じだったとすれば、千葉県には国費と拠 出金が毎年720億円今より多く投入されたはずである。福岡県と同じだったとすれば、今より毎年1890億円多く投入されたはずである(8)。千葉県民 は、国民として平等に扱われていない。医療サービスと雇用の両面で大きな損失を被っている。埼玉県や千葉県では今後、高齢者が急増するので、危機的状況に なると予想されている。その原因は厚労省、文科省の退廃と政治の能力不足にある。埼玉、千葉、茨城の県民は、原徳壽医政局長発言を記憶にとどめておくべき である。

●統制経済
厚労官僚は、旧共産圏の計画経済を目指しているように思える(4)。あるいは戦時中の統制経済を理想としているのかもしれない。あらゆる医療・介護活動に ついて、細かい量まで統制することによって、医療が適切に機能すると考えているようだ。社会保障制度改革国民会議報告書は、診療報酬による誘導より、強制 力が望ましいと示唆した(9)。委員の意見というより、厚労省の願望の表現だと思う。2013年12月に発表した筆者の意見(10)を再掲する。

「需要を測定して、サービスの提供量を調節するなどということは、旧共産圏の失敗が示すように、人間の能力を超えている。期待のありようやサービスの質が 需要を大きく左右するので、需要を独立変数として推定しようとしても失敗する。需要を正しく把握できたとしても、供給量決定に権限と予算争いが絡む。需要 の予測もできないし、客観的なデータに基づいて供給量を決定することもできない。だからといって市場経済に任せてしまうと、医療費が高騰する。国民皆保険 を維持しようとすると、診療報酬による誘導をやめるわけにはいかない。梯子外しを行わないとすれば、政策を修正できず、医療の地域格差のような不合理が継 続することになる。保険診療である以上、診療報酬による誘導は必要不可欠である。見通しは必ず過つと覚悟すべきである。大きな梯子外しは当然非難される。 現場の実情をしっかり認識することで、できるだけ小さな梯子外しで済むようにしなければならない。
強制力は危険である。厚労省が強制力を持っても必ず失敗する。強制力の性質によっては、失敗が修正されず、とんでもない事態を招きかねない。強制力は失敗の絶対値を大きくし、厚労省の存続を脅かしかねない。旧共産圏のような権力を望むべきではない」。

●個別医療機関に対する裁量権は有害
千葉県の問題は、病床数が少ないことではなく、医療人材が不足していることと、集約されていないことである。人材が不足しているなかで、許可病床をばらま いたために、看護師の奪い合いが生じ、医療経営が脅かされることになった(5)。十分な医療人材が集約されれば、平均在院日数を短くでき、現在より少ない 病床数でも十分な急性期医療を提供できる。DPC病院について、7:1看護基準の条件を強めれば、病床規制を撤廃しても、大きな不都合が生じるとは思えな い。
厚労省は、国民に適切な医療を提供することより、自らの権限の強化を重視していると思われても仕方がない。筆者は規制改革会議で、行政の裁量をできるだけ 小さくすること、定量的かつ機械的なルールを定めることを求めた。厚労省が細かな裁量権を持つとデメリットが大きくなる。特に個別医療機関に裁量を及ぼす ことは絶対に避けなければならない。人材不足が厳しい中での増床は経営的に難しい。県の意向に大きく左右されるとすれば、適切な経営判断はできない。個別 医療機関の許可病床を削減する権限を行政に与えても、新たな混乱の火種にしかならない。

文献
1.小松秀樹:規制改革会議での意見陳述 2013年10月9日. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.245, 2013年10月12日.

http://medg.jp/mt/2013/10/post-8.html

2.小松秀樹:埼玉県、千葉県、茨城県にメディカル・スクールを. 厚生福祉, 5875号, 4-7, 2013年3月15日,
3.小松秀樹:病床規制の問題1:千葉県の病床配分と医療危機. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.539, 2012年7月11日. http://medg.jp/mt/2012/07/vol5391.html#more
4. 小松秀樹:病床規制の問題2:厚労省の矛盾. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.540, 2012年7月12日. http://medg.jp/mt/2012/07/vol5402.html
5.小松秀樹:病床規制の問題3:誘発された看護師引き抜き合戦. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.566, 2012年8月9日. http://medg.jp/mt/2012/08/vol5663.html#more
6.小松俊平, 渡邉政則, 亀田信介: 医療計画における基準病床数の算定式と都道府県別将来推計人口を用いた入院需要の推移予測. 厚生の指標, 59, 7-13, 2012.
7.厚生労働省:医療費の地域差分析. http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/hoken/iryomap/index.html
8.小松秀樹:医療格差. 厚生福祉, 6013号, 10-14, 2013年8月27日.
9.社会保障制度改革国民会議:社会保障制度改革国民会議報告書. 2013年8月6日. http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kokuminkaigi/pdf/houkokusyo.pdf
10.小松秀樹:社会保障制度改革国民会議報告書を読む, ④医療介護分野(下)・完. 厚生福祉, 6024号, 2-6, 2013年12月27日.

この記事は『厚生福祉』2014年2月18日、第6053号からの転載です。

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