右脳インタビュー 西村繁樹 元防衛大学校防衛学教育学群戦略教育室教授
片岡: 今月のインタビューは西村繁樹さんです。本日は北方領土とオホーツク海の戦略的価値を中心にお伺いしたいと思います。宜しくお願い致します。
西村: まず、戦略核兵器を搭載した弾道ミサイル潜水艦について簡単にお話します。弾道ミサイル潜水艦は海面下に潜むことができるため、戦争の最後まで生き残りを図ることができます。ですから戦争の決をつけるべく最終的な核攻撃を行うか、この残存を梃子に戦争終結交渉に持ち込むか、最後の切り札の役割を担います。冷戦時を例にとれば、ソ連が中欧に侵攻し、地上戦において勝利して軍事的成果を有利な政治交渉に結び付けようとしても、この間、弾道ミサイル潜水艦を米国の攻撃型潜水艦に沈められてしまうようなことがあれば、米国に実質的な核優勢を与えることになります。そうなれば戦略核戦争へのエスカレーションの脅しの前に、地上戦での成果を無効にされてしまう恐れがありました。また逆に地上戦に敗れるようなことがあっても、弾道ミサイル潜水艦の安全が確保されている限り、第二次世界大戦のドイツや日本のような無条件降伏を押し付けられることはありませんでした。そのような要求には「相互自殺」の脅しをもって応えることができるからです。ですから、弾道ミサイル潜水艦の安全確保は最優先事項でした。
自衛隊が1976年に防衛計画の大綱を作成した頃は、ソ連の弾道ミサイル潜水艦は射程が3000kmと短く、アメリカ大陸の近くまで行って発射するしかありませんでした。ですから、極東は東西対決の裏庭でしかなく、日本がどのような戦略を立ててもグローバルには全く影響がありませんでした。しかし、85年頃になると、北欧正面のバレンツ海からだけでなく、オホーツク海からも米国本土西海岸に到達できる6500kmの射程を持つデルタⅢ型が展開するようになりました。なぜ二海域に展開させる必要があるのか。それは、一海域ではそこが潰されてしまえば終わりだからです。「複数陣地」から射撃するのが砲兵の延長としてのミサイル部隊の常識です。私は、さらにオホーツク海に、射程8000kmのデルタⅣ型が配置され、ワシントン迄もカバーするようになるのではないかと見積もっていましたが、冷戦の終了と引き続く1991年のソ連の崩壊によってか、これは来ませんでした。
戦略核兵器は、米国の場合、ICBM、長距離爆撃機、弾道ミサイル潜水艦の3本柱ですが、ソ連は長距離爆撃機に欠けていて2本柱、第一撃がICBMで第2撃が弾道ミサイル潜水艦です。この弾道ミサイル潜水艦をやられないようにがっちりと固めることをOcean Bastion(海洋要塞)戦略といいます。米国は、これに対して、攻撃型潜水艦を送り込み、ソ連の弾道ミサイル潜水艦を平時から追いまわし、実際の戦争になれば、いつでも沈めてしまうぞという体制をとって、ソ連の攻撃を抑止しようとしました。
片岡: オホーツク海の海洋要塞戦略は、ソ連にとって死活的に重要だったわけですね・・・
(2017年2月18日加筆)