福山隆 元陸将、元大韓民国駐在武官
片岡: 今月のインタビューは元陸将で、大韓民国駐在武官のご経験もある福山隆さんです。本日はNEO(Non-combatant Evacuation Operations:非戦闘員退避活動)を中心に北朝鮮問題についてお伺いしたいと思います。さて、先日、朝鮮半島有事にプサンから対馬に邦人をピストン輸送するという日本政府の計画についての報道がありました。これは、どういう戦いが起きたという前提でしょうか。
福山: 邦人を含めた避難民がプサンを目指すという状況を考えると、アメリカが先制攻撃をして、北朝鮮がこれに反撃し、DMZ(非武装地帯)の北方から野砲やロケット砲をソウル目がけて猛烈に撃ち込んで来る場合や、北朝鮮兵の脱北など、単純な事件を契機に南北の応酬がエスカレートする場合など、様々なシナリオが考えられます。
だから、釜山を目指す避難民の数は、そのシナリオにより、一挙に多数が大混乱の内に逃げる場合もありますし、当初の事態がそれほど深刻でなく避難民の数は左程多くない場合も考えられます。
いずれにせよ、避難民がプサンに逃げてくる事態では、仁川国際空港、金浦国際空港 、金海国際空港などから空路避難することができない場合です。いよいよ本格的な戦争になるという恐怖にさいなまれて、市民がプサンを目指して避難を開始するわけです。
そんな事態では、特に1千万人を超えるソウルからの避難民でプサンへの経路は大混乱をきたし、着の身着のまま、命からがら逃げてくると考えるのが妥当でしょう。これら避難民のほとんどは韓国人で、日本人(邦人)の割合はごく少数ということになります。
片岡: 今は斬首作戦のようなものがよく取りざたされているようですが…。
福山: 北朝鮮がICBMを完成させる以前には、北朝鮮が先に、猛烈な火砲を打ち込んで、ソウルを火の海にし、その直後に、100万人以上の地上軍を投入して、南進するというシナリオ――兵站支援がプサンまで続くかわかりませんが――に対しては、まず米韓連合が、ソウル周辺の要域でがっちりと防御・阻止しながら、アメリカ本土や沖縄からの増援部隊を韓国に増援・集結して反撃し、非武装地帯を越えてピョンヤンまでいくという作戦構想がありました。これが在韓米軍の作戦計画5027です。
しかし、北朝鮮がICBMを完成させた今では、戦争は米国の先制攻撃によって始まる可能性が大きい。北朝鮮に核を撃ち込まれたら終わりだからです。これが作戦計画5015です。作戦計画5015のポイントは金正恩党委員長やその側近を最初に殺害してしまうことです。また、ICBMや核施設などの重要施設も破壊すると同時に、ソウルを火の海にしかねない非武装地帯沿いに配備された火砲やロケット砲等も全て一気に破壊するという構想・計画です。勿論、戦争開始のきっかけは、米国の先制攻撃ばかりではなく、実際は、北朝鮮に先に手を出させるという謀略もあるでしょうし、偶発的な事故もあります。例えば、北朝鮮が米国の飛行機などを誤って撃墜した場合は、すぐさま米国がこれに反撃し、戦争にエスカレートする場合もありましょう。このあたりの戦争の始まりのシナリオは非常に複雑です。朝鮮戦争も、北朝鮮側は「アメリカと韓国が先に仕掛けた」といっていますし、米韓は北朝鮮の侵攻から始まったと主張しています。歴史は、後から如何様にでも言い繕えるものですから…。
いずれにしても、こうした米国による先制攻撃は、すべてが計画通りに北朝鮮の軍事目標を全滅させることができればいけばいいのですが、やはり撃ち漏らしがあり得ます。また火砲などを叩いている途中に、相手も即時に反撃してくる可能性もあります。そうなると、戦火は韓国全土、日本、更にはグアム辺りまで広がるでしょう。
北朝鮮は現在、戦車の燃料もない。おそらく、野砲の砲弾はあっても、プサンまで進撃するだけの戦力・兵站能力はないでしょう。また燃料がないということは、訓練もできないので、練度も低いでしょう。しかし、20万人といわれる恐るべき特殊部隊がいます。その特殊部隊が陸・海・空経由で大量に韓国に入ってくると大変な事態になります。彼らにとっては兵士も市民もありません。見境なく、殺戮・破壊を行い、韓国やアメリカをパニックに陥れ、その継戦能力を叩く。彼らは相手の弱点を見つけるのが得意ですから…。更に韓国国内では親北勢力が既に絶大な勢力を持っていますので、それらが特殊部隊とタイアップするでしょう。
特殊部隊は、韓国全土は勿論、場合によっては一部が日本やグアムなどにも潜入し、血なまぐさい戦禍が広がる可能性もあります。例えば、日本は侵入されると、原発や首相官邸、交通・通信インフラ等が狙われるかもしれない。その防護だけでも大変です。都市化が進んだ日本社会の防護は難しい…。
一方、山手線の内側には自衛隊の部隊がいません。嘗ては、私が連隊長を努めた市ヶ谷駐屯地の第32連隊が唯一の山手線内の実働部隊でしたが、それが今では大宮に移されてしまいました。有事に、都内に駆けつけるまでには時間がかかります。また、防衛予算がカットされ、1000人以上の編成定員の連隊の兵員実数は、今では数百人程度ではないでしょうか。
このように、政経の中枢である東京には自衛他の即応部隊がゼロなのです。とても東京都の1000万人を守ることは出来ません。一方、警察では特殊部隊には対応できない。北朝鮮の特殊部隊と警察が戦えば、壮大な悲劇が起こるでしょう。
ですから、自衛隊も諸外国のように十分な予備兵力を持つべきです。北朝鮮からゲリラが潜入する事態を考えると、絶望的な状態です。共産党や立憲民主党などが主張する安全保障政策などでは、日本国民の夥しい血が流れることでしょう。
片岡: 米軍の先制攻撃で撃ち漏らした北朝鮮軍の反撃によって、韓国国民がパニックに陥り、大量の市民が避難をする中で、日本人の移動はより困難ですね。そもそも韓国軍は簡単に住民の移動を許さないでしょう。特殊部隊の存在を考えればなおさらです。
福山: 韓国軍の韓国全土の防衛守備範囲(セクター)は、次のように区分されています。第1野戦軍が、軍事境界線東部地域(東部戦線)や東海岸の防衛を、また、第3野戦軍が軍事境界線西部域(西部戦線)の防衛を、第2作戦軍が後方地域(軍事境界線と首都圏以外の地域を指す)の防衛を担当しています。
もしも、この守備範囲を受け持つ陸軍・野戦軍が、避難民の勝手な移動を許せば、防衛作戦に支障が出るでしょう。しかし、恐怖に駆られた1000万人以上の避難民の“奔流”は、韓国軍(味方)の銃剣さえも押しのけて南に突進するでしょうし、これらの避難民には、北朝鮮の特殊部隊が紛れ込むでしょう。避難民に紛れ、全土に散らばった、特殊部隊は、破壊行動を起こす。更に言えば、韓国には多くの親北勢力もいますので、特殊部隊に協力して、大きな混乱・殺戮・破壊を引き起こすでしょう。
また今の韓国民の対日感情も悪い。そういう中で日本人がプサンまで逃げてこられるのでしょうか…。途中で、襲われたり、殺されるかもしれない。読売新聞のNEOに関する報道は、その部分がすっぽり抜けています。
では、日本が手を打てるのか。ソウルまで自衛隊を入れて、邦人の避難民たちを援護しながら避難させられればいいのですが、そういう議論はできていません。またこの事態は、防衛出動を命じていいのか、その時に、米軍も対馬に来るのか、長崎県知事はどうするのか、日米同盟の中で、誰がNEO作戦の全体を仕切るのか。軍(自衛隊)がコントロールするのであれば、自衛官の全権をもって指揮を執るのでしょうが、日本では難しいかもしれない。そうであれば、具体的に誰がそういう荒業をできるのか、そんな人間が政治家にいるのか…。そんなことが何も決まっていない。こういう指揮統制だけ見ても、何も準備ができておらず、朝鮮半島有事に想定される、小さな案件――NEO――についてのみ、議論がなされているにすぎません。
片岡: そういうことが決まったとして、実際に実行に移せる段階まで準備していくには、どの程度の時間が必要でしょうか?
福山: 少なくとも1年、2年はかかります。普通であれば、まず机上でプランを作ります。そして色々な想定をしながら、駒を置いて実験――兵棋演習・ウォーゲーム――を行い、原案修正を重ねる。更に実際に部隊や警察で展開して、一つのシナリオの中で実動演習して、計画修正していく。そうした準備ができていなければ有事の対応は難しい。その他にも、日本に核弾頭が撃ち込まれたらどうするか、生物兵器ならば…みんな初めてのことです。なんの、計画・準備もない。本当に危ういですね。
さて、5015作戦では、韓国国民をどのように助けるかは最大の課題の一つです。韓国人も必死で逃げます。日本にも避難しようとする。対馬だけでなく、長崎県は勿論、島根県、鳥取県、日本海正面の海岸にどこにでもどっと押し寄せてくることを想定した方が良いと思います。
片岡: 避難は通常、入り口を閉めることと一体ですね。一旦占めて、選んで開けるしかない…。
福山: そこは、非常に難しいところです。本当は部隊が行って、邦人と外人を選別しないといけない。しかし、人道上おかしいのではないかという議論もでてくるでしょうね。例えば、日本人はいい、米国人もいい。では韓国人は…。膨大な人数でしょうし、その中に特殊部隊の人間が入っている可能性も高い…。
片岡: また無理やり突破する人が出れば…
福山: どうやって排除するのか…何も決まっていないし、どうしていいかわからないでしょう。米国であれば、威嚇射撃でもなんでもやるでしょうが、日本はそうもいかない…。だからといって、放っておくことも出来ないでしょう。いずれにしても、ガイドラインでもなければ、現場の自衛隊員は大変です。しかも、後から責任を問われるかもしれないのですから…。私が後輩たちに言いたいのは、どんな国の人でも乗せられるのであれば、皆乗せろ。でも武器を持っている人間は銃を使ってでも排除し、抵抗すれば撃つ。非常事態には、それは仕方のないことです。多く人命が危険にさらされるのですから…。政府と野党を含む国会は、何の権限も根拠も与えないのに、自衛隊に修羅場に行けとだけいうのはおかしい。危険地域での交戦規程(ROE:Rules of Engagement)さえも決まっていないのですから…。また民間船をチャーターして、プサン港につけて、日本人だけでなく、韓国人の避難も手伝うといった議論も必要です。
また、当然、韓国軍がいるのですから、彼らの協力があれば一番いい。そのためには彼らと事前に現実的、具体的な協議をしておくことが必要でしょう。それがなければ悲劇を生みます。それは韓国政府にとっても、自国民を犠牲にするということに繋がります。
斬首作戦のような0から100に飛んでしまうような作戦も予想されるのですから、その後の混乱への対処は考えておくべきです。
片岡: さて、冒頭の記事ですが、なぜあのようなレアなケースを前提とした情報が出てきたとお考えでしょうか。
福山: トランプ大統領が「すべての選択肢はテーブルの上にある」と言っているので、一つ一つ地ならしをして、制裁の信憑性を高めるという情報戦という側面、また実際に軍が動き始めて余程のことがなければ軍事攻撃をやるのだ、というところまで事態が進んでいることを示しているのかもしれません。
もし平昌オリンピックがなければ、戦火が始まっていた可能性だってあるのですから…。北朝鮮は、これまで今か今かとピリピリして張りつめて色々な警戒をしていた。米国としては、演習という名のものとに戦力を推進・展開、巡航ミサイルを積んだ潜水艦を射程内まで潜航させ、空母を展開して…。そのうえで、奇襲的に先制攻撃するのが望ましい。だから北朝鮮・金正恩としては米韓合同軍事演習をやられるのは生きた心地がしない。オリンピック目前の今は、一息ついていることでしょう。次の米韓合同軍事演習(キーリゾルブ、フォールイーグル)は今春です。日本政府としては、早め早めに渡航自粛をする。もっと緩いものでもいいから、注意条項の区分を増やして、僅かのリスクが予想される事態でも警告を出していくことが必要です。NEOは最悪の事態で、避難民「ゼロ」が理想です。
リスクは異なりますが、白根山の噴火と同じで、僅かの予兆でも入山禁止にすべきです。
片岡: 以前韓国に武官として駐在されていた時に、実際にNEO作戦をまとめ、その時も渡航自粛についても検討したそうですね。
福山: 韓国に赴任した1990年当時は、冷戦構造崩壊直後で、北朝鮮の孤立化が進み、いつ内部崩壊してもおかしくない状況でした。内部崩壊した場合には、北からの難民が韓国に大挙して押し寄せ大混乱が起こるとか、北朝鮮国民の不満を外に向けるために、暴発して韓国を攻撃するかもしれない、という恐れが高まりつつありました。着任後、直ちに大使館の邦人救出計画・態勢を調べてみたのですが、ほとんど何も計画・準備らしいものがありませんでした。朝鮮半島では、危機が慢性化しているせいで、リスクを感じなくなっていたのか、あるいは自衛隊などによる救援の打つ手(オプション)がほとんど無く、計画の立て様も無かったのかもしれません。
渡航自粛については、あの時は、外務省サイドが、韓国経済への影響が深刻なダメージになるし、それ自体が北朝鮮の暴発を招く可能性があるなどと、反対がありました。ですが、そういう修羅場を本気で考えるのであれば、冷徹に、しかも断固として早めに渡航自粛を発令すべきです。繰り返しになりますが、もっと緩いものでもいいから、ラダーを落として警告を出したり、或いは、少なくとも家族は先に返す、早いものから返す、ローテーションで日本に帰国させて韓国在住の日本人の数を減らしておくなど、NEOでのリスクを最小限にする工夫が必要だと思います。
ところで、当時米国のNEOについても調べましたが、米国は、一ヶ月に一度、在留米国人も旅行者も含め、韓国からの脱出訓練を実施していました。アメリカ人は、有事は、着のみ着のままで、近傍の米軍基地に逃げ込めば良い。その基地からヘリコプターなどで、水源(スウォン)の米空軍基地などに移送し、同基地から大型輸送機で、日本の横田基地に運ぶ手はずになっていました。更に軍を含む政府関係者は、それぞれの世帯の財産目録を事前に提出しておけば、緊急時に持ち出さなくても、後で政府が保証するような制度まで完備していました。
私は、今回のオリンピック・パラリンピックで南北対話が安全を保障した形になって、正直言って、子や孫のことを考えるとホッとした面があります。勿論、忌々しい面もありますが戦争が起こるよりも遥かにましです。
そもそもアメリカにとって北朝鮮の核は怖くないはず。なぜならば、それよりも、遥かに強力なロシアや中国の核・ミサイルと対峙しているのですから…。それにアメリカは、敵のミサイルをミッドコース段階、ターミナル段階で撃ち落とす技術に加え、あと数年でブースト段階で、無人飛行機搭載のレーザービームで撃破する技術を完成するといわれています。北朝鮮からのミサイルであれば、完全に防ぐことができるでしょう。
また北朝鮮自身が核・ミサイル(ICBM)が完成したと嘘を言って煽っているだけという可能性もあります。また、北朝鮮はICBMをアメリカに向けて発射した瞬間に全土が灰に帰すのですから…。金正恩は、今なぜ戦争まで起こしかねない挑発を米国に仕掛けるのだろうか。
北朝鮮の核・ミサイル開発によって、韓国と日本が米国の陣営から離脱まではしなくても、米国の核の傘への信頼を失い、特に韓国はすぐに核武装に走り、日本も後を追いかねないというリスクがあります。つまり、核独占国の米中露にとっては自分たちの優位性が崩れる。そこはアメリカだけではなく、中国、ロシアも同じ問題があります。
北朝鮮の核・ミサイル問題は解決が難しいですが、「放っておく」のも、一つのやり方ではないでしょうか。更にいえば、米国が北朝鮮を承認し、大使館を作り、改革開放を促す方法があります。そうやって北朝鮮に改革開放を迫ります。北朝鮮人民は、経済が発展して腹が満たされ、西の情報や文化が入ってくると、金正恩の独裁体制は何なのだろうか、と疑問を持つようになるでしょう。今、独裁状態が成り立っているのは、トランプ大統領を挑発することによって国内の緊張を高め、それで内政を引き締めているからという面があります。だから「米国による太陽政策」は有効でしょう。或いは、先制攻撃で金正恩体制をなぎ倒してしまう。「太陽」と「北風」の二つのアプローチがありますね。
我々日本人の血を流さないですむ方法は、北朝鮮の核を認めるという方法がありますね。その場合には、北朝鮮から日本が核ミサイルで恫喝されないように、拡大抑止――同盟国への攻撃を自国に対する攻撃と見なして報復する意図を示し、第三国に攻撃をためらわせて同盟国の安全を確保する考え方――など、ありとあらゆる手で北朝鮮の暴挙を抑止します。例えば、ヨーロッパのようなニュークリア・シェアリング(Nuclear Sharing)――北大西洋条約機構(NATO)の核抑止における政策上の概念である。NATOが核兵器を行使する際、独自の核兵器をもたない加盟国が計画に参加すること、および、特に、加盟国が自国内において核兵器を使用するために自国の軍隊を提供することが含まれている――が参考となるでしょう。
片岡: 今の米韓を見れば顕著ですが、平時はまだ良いが緊張が高まれば高まるほど、同盟国といっても利害が一致しなくなってくるのではないでしょうか。そうなると同盟すら危うくなる。ニュークリア・シェアリングは本当に担保されるのでしょうか。
福山: 矛盾がむき出しになってきますね。米国にとっては、ICBM、核というのは絶対に許せないからそれを除去する。その跳ね返りは、日本人・韓国人に夥しい血を流させることも仕方がない、というロジックになっているといえます。一方、韓国にとっては、南北会談でもなんでもいいから、当面しのぐべきだ。よしんば北朝鮮が核を持っても、在日米軍、在韓米軍に向けられても、同民族の韓国国内に向けられることはない。そうであれば、何とかトランプ大統領の先制攻撃を止めたいという文大統領の考えは理解できます。それに中国やロシアが同調する。いきり立っているのは、米日だけといってもいい。今後、世界の世論がどう動いていくかわかりません。しかもトランプ大統領自身が米国世論から非難轟轟の様子を見るにつけ、金正恩党委員長が追い詰められる前に、トランプ大統領自身が追い詰められて先制攻撃を仕掛ける危険がある。そして血を流すのは韓国や北朝鮮、日本です。
冷戦時代、SS-20というソビエトの中距離弾道ミサイルが問題となったことがあります。ソビエトがこれを欧州東部に配備しました。ヨーロッパはそれで脅されたらギブアップしないといけない。なぜならば、アメリカが自らをソ連の核ミサイルの危険に晒されてまで、応戦してくれるかというと疑問があるからです。この時は、結局、米国とソビエトが手打ちをして、中距離核戦力全廃条約を締結し、中距離核を廃止することになりました。しかし、アメリカは、この条約により、沖縄に配備していた中距離核を持てなくなるなど、それはアジアにおいては米国の手を縛るものでした。つまり、ヨーロッパとアジアのトレードオフともいえます。そして北朝鮮は、そうした米韓の隙間、日米の隙間を巧みについてきます。日米の隙間は日本の核アレルギーに由来します。
さて、今、まさに平昌オリンピックが始まろうとしていますが、韓国にとっては国威発揚の場であり、何としても成功させたい。だから北朝鮮に譲歩しても成功させる。そういう側面と、アメリカ、北朝鮮の暴発を抑えたいという側面もあります。文在寅大統領自身のキャリアを見れば、あまりに親北で、北朝鮮のエージェント・スパイではなかという疑問符が付きます。彼は北に行って様々の水面下の交渉をしているでしょう。しかし、今は北と手を組んだ方が国民の生命財産を守ることができます。勿論、アメリカにすれば、経済制裁をしているのに、それは、どうなってしまうのかということになります。
片岡: 文大統領が北朝鮮と手を組んだ時のデメリットは?
福山: 徐々に北朝鮮主導で、南北が統一されていく方向性が出ることでしょう。これをメリットというか、デメリットというかわかりませんが…。
片岡: 米国が太陽政策をとると北朝鮮は豊かになって、また西欧の物資や情報、文化などが流れ込み、独裁体制がもたないというお話でしたが、そうであれば北朝鮮が主導し韓国を統合した場合も同様ではないでしょうか。キム政権の延命にはならない…。
福山: 北朝鮮にとって一番いいのは北が政治を支配し、経済は韓国に任せ、美味しいところを搾り取って、自分たちが延命をしていくことだと思います。勿論、彼らは政治的な統合についても、精緻な青写真を持っているはずですが…。それでも、国境を開けて、膨大な物資、情報が入ってくると、それは命取りになります。統一は、民族の悲願でしょうが、南北ともに大きなリスクがあると思います。
片岡: つまり、どちらも統合を本音では望んでいない可能性も高いということですね。韓国の極端な親北政策、国内の親北勢力の増加をも許しているのは、戦火を避けるための米国との交渉カード、牽制という意味で見ると合理的ですね。統合という旗印は背後の大国のためにあるということでしょうか。
福山: そう考えると、金大中大統領がやった太陽政策は、結果として冷戦後、本来は崩壊していたであろう北朝鮮を延命させたわけですが、意図的であったのかもしれません。日本では文大統領の悪口ばかりいわれますが、韓国のやり方は韓国なりの一つの筋が通ったものがあるのでしょう。元々文大統領は、盧武鉉大統領のスタッフで、その盧大統領は金大中大統領の太陽政策を引き継いでいます。
片岡: 双方が統合する意思も能力もないのであれば、核を用いた恫喝も、要求は、膨大な戦死者を考えれば、それでも許容できる範囲に収まる可能性も高い。北と南にとっては現状維持の探求が本来は良いということでしょうか。
福山: 多種多様なものをテーブルの上において、利点不利点を冷静に見ていけば、共存の方法は色々あり得るでしょう。しかし、それができないというのが人間の性でもあります。組織は一旦できると、方向性をもってしまう。更に問題なのは相互不信です。朝鮮半島全体がハッピーになるという理屈よりも、どちらが主導権を握るかという戦いをやっている。今の発想はそれしかない。つまり、今の組織論からいうと、どんどん戦争に向かっているように見えます。
米国CSIS戦略国際問題研究所のエドワード・ルトワック シニア・アドバイザーは、「北朝鮮の過去6回の核実験はいずれも、アメリカにとって攻撃に踏み切る絶好のチャンスだった。イスラエルが1981年にイラク、2007年にシリアの核関連施設を爆撃した時のように。いかなる兵器も持たせるべきでない危険な政権が、よりによって核兵器を保有するのを阻止するために、断固として攻撃すべきだった。幸い、北朝鮮の核兵器を破壊する時間的余裕はまだある。米政府は先制攻撃をはなから否定するのではなく、真剣に考慮すべきだ」、と。その際、韓国に類が及ぶことについては、「ソウルが火の海になっても」やるべきだとしています。そして「ソウルが無防備なのは韓国の自業自得である面が大きいからだ」という。
「自業自得」の理由について、ルトワックは、約40年前、当時のジミー・カーター大統領が韓国から駐留米軍を全面撤退すると決めた際(最終的には1師団が残った)、アドバイザーとして招かれた国防専門家たち(ルトワック自身を含む)は韓国政府に対し、中央官庁を北朝鮮との国境から十分に離れた地域に移転させ、民間企業に対しても移転のインセンティブを与えるよう要請した他、避難シェルター設置の義務化も促したからだとしています。
こうした論まで出てくるようになってきている。これは、「東京は火の海になっていい」とも受け取られ、日米同盟に疑問符が付くのではないかと思います。恐ろしい論議です。そのルトワックが米国の中枢にいて、今世紀最大の戦略家などともてはやされ、日本でもそういっていますが、日本はそういう権威に非常に弱いですからね。枝野・立憲民主党首などもそんなことを国会で論議すべきではないでしょうか。
一方、文大統領の判断は、韓国人の生命を守るという点からいうと、リーズナブルです。アメリカが北朝鮮を先制攻撃すれば、日本も、多くの死傷者が出る現実について、もっと論議すべきではないでしょうか。ただ、我々は、憲法9条体制のもと、戦後70年以上もアメリカを「庇護者」として、頼り切ってきた経緯があり、「そんなアメリカが我々を見殺しにするはずがない」と言う、信頼感を持っている。
世界情勢は時とともに変転し、日米同盟を“万能の護符”と考える時代は過ぎたのではないでしょうか。
片岡: 貴重なお話を有難うございました。
<完>
聞き手 片岡秀太郎 プラットフォーム株式会社 代表取締役