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`大統領令’を通して見るトランプ政治のリアルと、日米関係

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はじめに:American democracy

 

トランプ・ショックは留まる処を知りません。トランプ氏は大統領に就任するや矢継ぎ早に大統領令(注)を発動、以ってこれまでの米国、そして国際関係における秩序の一変を期さんとする彼の行動に世界は、連日のメデイア報道と共に一憂、一憂です。

実は、これまでも各大統領は、就任後にいくつもの大統領令を出しています。オバマ前大統領の場合、就任直後の3週間で29本の発動がありました。が、ほとんどメデイアでも取り上げられる事はなかったのです。しかしトランプ氏の場合、24本と5本も少ないにも拘わらず内外の関心は極めて高いものと云え、というのもその内容がアメリカ社会の生業を大きく変えていく可能性と同時に、それが外交関係に直結する、そのインパクトの大きさにあるというものです。

 

(注) 大統領令(Executive Order):米大統領が連邦政府や軍に出す行政命令。議会の承認を得なくても即座に法的拘束力を持つ。通商政策、移民政策、規制の改廃、等幅広い分野に権限は及ぶ。

 

当のトランプ氏はAmerica first を旗印に選挙中行った公約を、その勝者として実行するだけと大統領令を連発していますが、そこに見る彼の言動はまさに傍若無人、自身に不都合な情報はfakeだとか、alternative factとして切り捨て、自身の思惑だけをむき出しにした、時には恫喝的な様相で、政治を押し進めんとしています。

例えば、雇用の創造をと叫んで大統領に就いた彼ですが、その‘創造’とは、例えばメキシコで事業拡大を目指す企業に対して口先介入という政治圧力をもって国内に呼び戻す、国内回帰を進め、これに応えない場合は高関税を課すと云った、まさに恫喝政策ですが、それで解決する話ではない筈です。因みに、オハイオ州立大学のエドワード・ヒル教授(注)は、雑誌Wedge2月号で、保護主義によって米国の製造業が大幅に雇用を回復させるのはほとんど不可能だと喝破しています。が、そもそも問題は米製造業への回帰という戦略が「昔の米国に戻る」以上の意味のない点にある事です。

 

(注)ヒル教授:米国は1979年から2015年までの間に製造業で約7000万人の雇用を失ったが、そのうち8割強はオートメーション化によるもので、国外に流れたのは十数パーセントにすぎないというのです。そして、トランプ氏は高校さえ卒業すれば誰でも仕事を手に得られるという古い常識に従った語り掛けをした。60年代の工場労働者の復活を夢見ているようだが、今の米国で、スキルのない労働者はだぶついている一方、スキルのある労働力の不足に悩まされている。従ってトランプ氏の約束の実現は「ノー」だというのです。

 

就任演説では選挙の終わった今、合衆国はノー・サイド、国民は一丸となってと、叫んでいました。が、そうした彼の姿勢からは‘合衆国’の分断を深めることはあっても、解消するなど到底思えぬ状況にある処です。いや、今や彼はそこを狙い、その結果として、自身への権力の集中、絶対的掌握を狙っているのではと映る処です。これが世界にもたらす影響の重大さは云うべくもありません。

 

そうした様相を2月4日付The Economistはその巻頭言で`An insurgent in the White House’ (ホワイトハウスの中の暴徒)と題し、Washington is the grasp of revolution 、つまり、ワシントンは今、革命に見舞われているとするものでした。そして相次ぐ大統領令というMolotov cocktail (火炎瓶)を投げつけるなどの狼藉を働き、その勢いはおさまる様子はないというのです。ではどうすればいいのか。同誌は、過激な政策を進言する側近、上級顧問のステイーブン・バノン氏、大統領補佐官のステイーブ・ミラー氏をイメージしてのことでしょうが、側近を追放して方向転換をすべきであり、世界はそれを期待すべきとも云うのです。

 

一体、米国の民主主義政治はどうなってしまっているのか、と思わざるを得ません。尤も彼は民主主義のルールに則った選挙で勝利したという事ですが、かのヒットラーも、当時、世界で最も民主的とされたワイマール憲法の下での選挙で勝利し、その後の顛末は周知の処です。

 

・American Democracy

そこで思い起こさせるのが今から182年前、フランスの若き政治学者トクビル(1805~ 1859 )が、当時のアメリカ旅行での体験を下に、アメリカの政治について著した「アメリカの民主主義」(American Democracy,1835  by Alexis de Tocqueville )です。

 

彼はベルサイユで陪審判事を務めた後、1931~32年、仏政府の命を受け米国の行刑制度研究を主たる目的として米国を旅行していますが、当時のアメリカは世界の最先端を行く近代社会国家で、この機会に共和制の議会民主主義がなぜアメリカではうまくいっているかについて取り纏めたもので、今なお民主政治の入門書ともされるものです。そのポイントは、democracyが米国を支配する原理と指摘し、その中軸に「地位の平等」があって、多数者の幸福を目指すことにあるとするものです。が、同時に彼は、democracyには「多数者の専制」を生む可能性を指摘していたのですが、トランプ大統領を生んだポピュリズムこそはそれに通じる処です。そうした事態の解決のためにはいわゆる「知識人」の存在が重要と指摘しているのですが、さて、その知識人の声がトランプ大統領の登場以降、聞こえてこなくなっているのが気がかり云うものです。

 

そこで、トランプ後を見据える意味合いも含め、既に発動の大統領令のうち世界的注目を呼んでいる3件をピックアップし、それらに透ける「トランプ政治のリアル」を検証することとし、併せて2月10日の日米首脳会談と日米関係の今後について、以下目次に沿い考察する事としたいと思います。 (2017・2・24)

 

 

目  次

 

  • 検証 トランプ政治のリアル

  

(1)大統領令を通して見るトランプ政治      —– P.4

 

[大統領令が語る経済政策のリアル]

・化石燃料へ逆流シフトを進めるエネルギー政策

・金融規制の緩和、税制の改革

[移民管理政策と米経済の可能性]

・イスラム圏7か国市民の米入国一時禁止令

 

(2)トランプ通商政策の誤謬              ——- P.7            

 

               [ 二国間貿易インバランス批判と、その論理]

・対米貿易インバランス批判の実状

・貿易インバランスは経済の構造問題

[トランプ通商政策を総括する]

                ・R. Baldwin氏の指摘

 

            2.トランプ政権と日米関係             

 

(1)日米首脳会談                         —–-P.10

・「新経済対話」枠組み

(2)日米関係の深化、そして進化を         —— P.11

 

おわりに:最後のアバンギャルド        ——P.11

         

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