ワクチン接種率で独走中、コロナを起爆剤としたUAE・イスラエル関係
【ワクチン接種先進国】
4月20日、UAE政府は対象人口の65%以上の人々にワクチンを接種したと発表した。UAEの100人当たりのワクチン接種数は、世界2位と報じられており、UAE国内では「イスラエルに次いで」という修飾付きで報じられるが、これはUAEがイスラエルを中東における科学・技術・医療先進国と見なしていることの表れだろう。(ただOxford大学拠点のOur World in Dataの統計によると、実際にはジブラルタルとフォークランド諸島、セイシェルが1,2,3位。しかしこの中で一番人口の多いセイシェルで人口10万人弱なので、参考にならない、としてメディアは省いているのかもしれない。なおUAE・イスラエルの人口は共に約900-1000万人)PCR検査数についてもそうだが、UAEとは、舞台が地域であれ、国際であれ、常に1番を目指す国だ。高齢者・慢性疾患者への接種は約75%に及ぶ。
【国交正常化前の両国関係】
私は、両国の関係にケミストリーとシナジーを感じる。表現が難しいが、長い間想いあってきた2人が、その時を迎えお互いに駆け寄り、表立って手を繋いで町を歩けるようになりこの世の春を楽しんでいるというか、これまでの渇望を満たすように途轍もない勢いで協力を進めている。それは、政治、安全保障、防衛、水・食糧の安全保障、科学技術、投資、観光、保健、教育、あらゆる分野に及ぶ。アブラハム合意前から両国関係は取り沙汰されていたが、それは2019年のUAEの年目標「寛容」の名の下、宗教・文化・スポーツを中心に進められてきた。特にUAEは世間の反応を鑑み、「寛容」というコンセプトを以て、慎重にしかししっかりと土を耕していった。
(国交正常化前の両国関係をまとめた記事はこちら:「パレスチナによるUAE支援物資拒否事案が意味するもの」2020.6.1. http://j-strategy.com/opinion2/4781)
【ブースターとしてのコロナ】
そして突如世界を襲ったコロナは、両国関係をブーストさせた。「寛容」に、「人道」「共にコロナと戦う」「国際協力」というコンセプトが追加されたのだ。まずUAEは2020年5月、6月に「パレスチナ支援」としてUAE機を2回イスラエルに飛ばし(パレスチナは受け取り拒否)、初めてUAE商用機を公式にイスラエルに着陸させた事例を作った。
更に同じ5月、イスラエル紙は、湾岸3カ国がイスラエルの研究機関と対コロナ協力を模索している旨報じた。追ってUAEの国営通信社も、イスラエル・UAE企業が対コロナ研究・技術開発について合意した、と企業名を伏せて報じた。もちろん上記にあげたコンセプトである「コロナ感染症の蔓延、国際協力強化、人道奉仕のための研究、開発、科学技術分野での協調的な取り組みを追求する必要性を踏まえ」という枕詞にすることは忘ない。7月頭には、中華系CEOが率いるアブダビのAI・クラウドコンピューティング会社Group42(G42)とイスラエル国防軍技術部門に起源をもつラファエル先端防衛システムズ社等がコロナ関連の共同研究開発に合意した。これらの協力は、国交正常化発表前の話であるため、UAEは、例えば5月にイスラエルに飛ばしてUAE機の機体のロゴを消したり、国営報道では「イスラエル」の「イ」の字も出さなかったり、「民間協力」から始めるなど、公で在りながらも徐々にアブラハム合意という王手に向けて、駒を進めていた。なお、G42は国交正常化後、イスラエルに初めてオフィスを設けた初のUAE企業であるが、現在はUAE王族が所有する国営企業ADQの傘下にある。ラファエルも国営防衛企業であり、両者の協力は両政府の意を受けたことに疑いはない。
G42についてはUAE・中国関係の文脈で語るべきことが多いので、また次の機会に。
(参考記事:まさに「一夜城」大量検査施設を14日で設立、UAEの王族率いるコロナ対策 | Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン)/ポストコロナの最先端を走るUAEの「快適生活」と「対中関係」 | Forbes JAPAN(フォーブス ジャパン))
そして迎えた2020年8月13日。両国の国交正常化が発表され、今後両国はコロナの治療やワクチン開発の分野での協力を加速していくと表明したが、その発表の2日後は、UAEのAPEX National InvestmentとイスラエルのTaraGroupが、コロナ検査キット改良を目指し共同で開発を進めていくとして共同記者会見を開いた。同UAEのAPEXも、G42同様UAEのコロナ対策で重要な役割を果たしている。
(2020.8.20. JETRO「UAEとイスラエルの企業が新型コロナ対策で民間連携へ」https://www.jetro.go.jp/biznews/2020/08/1672f93de148de24.html)
【人の往来回復を目指しワクチンパスポート導入へ】
コロナ下では、各国の強みが発揮もしくは弱みが露呈される機会となったが、UAEとイスラエルは「つべこべ言わず、必要なことをやるぜ」という、まずはトライ精神を軸に現実的な政策、実施能力、資金、技術等を以て事を進めている。3月のネタニヤフ・イスラエル首相UAE訪問予定日当日には、両国の隔離なし往来、所謂ワクチンパスポートを念頭に置いた協議が始まったとUAE国内で報じられたが、結局同首相の訪問は取りやめとなった。正常化以降、ネタニヤフ首相は毎月UAE訪問にチャレンジしているが、今回はヨルダンから領空通過の許可を得られなかった云々で実現できなかった。これまでの予定も全て頓挫している。(2021.03.12 ロイター「イスラエル首相、ヨルダンの領空通過留保でUAE訪問延期」 https://www.reuters.com/article/israel-emirates-netanyahu-uae-idJPKBN2B40HW )
ワクチン接種先進国のイスラエルは、各国とワクチンパスポート協議を実施し、ギリシャやキプロスとは合意したを聞き及んでいるが、4月23日にイスラエルは、UAEと同じく国交を正常化したバーレーンと隔離なし往来に合意した。これを以てUAEは「湾岸諸国内で初」の称号は逃してしまったが、UAE・イスラエルは、コロナ前の状態を目指し、資金・能力・人脈・技術を総動員して政策を実施しており、ポスト・コロナの世界でアドバンテージを取るためにも、ワクチンパスポート合意を一刻も早く進めることだろう。ただ、アブダビ首長国でのワクチン接種者の殆どが中国のシノファームワクチンを受けていることがネックとなっているのかもしれない。しかし、つい先日アブダビ首長国も、ドバイと同様ファイザーBioNTech社のワクチン使用を許可したため、今後は同ワクチン接種者も増えるものと思われる。
【UAE・イスラエル間往来】
UAEは、7つの首長国で構成されており、政策は各首長国によって異なる。例えば、観光・投資・ビジネス等で収入を得る連邦第二の首長国ドバイは空の門戸を全開しているが、UAEの大半の石油を産出し資金的にも比較的余裕のあるアブダビ首長国は外からの訪問者に監視時計の装着・10日間隔離を必須とするなど厳しめの政策をとっている。
(参考:快適な冬の訪れとともに、週末は国境越えに長蛇の列。【あれから1年、私の街では今 vol.16〜アブダビ編】 | Vogue Japan)
アブダビでは独自に認定した「グリーン国」からの渡航者には隔離を求めないのだが、その数10カ国前後。(現在は日本も加わり20カ国ほど)ところが、その10カ国の固定メンバーに加え、4月5日にイスラエルが追加された。その後、4月18日には、コロナ直前に設立された格安航空会社WizzAirAbuDhabiが、テルアビブ・アブダビ間の週3運航を発表した。今後毎日運航を目指すというが、片道なんと約6000円!(預け荷物なし)イスラエルは現在厳しめの水際措置を取っているが、5月からワクチン接種者に対して試験的に受け入れをはじめ、7月からは本格的受け入れを目指すという。
逆に、イスラエルからはこれまでに多くの人がUAEを訪れていることを肌で感じる。先日パレスチナで働く友人がUAEに来たが、テルアビブから乗ったエルアル航空機内は満員だったそうだ。その後一緒に訪問したシャルジャ首長国では、イスラエルからの観光客と思しきツアーと旧市街で鉢合わせ、ドバイでは、UAE人と食事中、彼が「あ、ユダヤ人だ」と呟いた。私の後ろを通過したらしいが、ユダヤ教徒が被るキッパを被っていたため、分かったそうだ。またアブダビのホテルカフェでもヘブライ語を何度も聞いたし、アブダビの内陸の牧場に行った際には、UAEに滞在して3か月以上が経つというイスラエル人家族と出会った。またイスラエルが占領中のゴラン高原の友人も、ドバイに遊びに来ていた。それもそのはず。2020年9月の国交正常化以降、2021年2月までのイスラエルからUAEへの観光客は13万人に及んだそうだ。コロナ下とは言え、もしくはコロナ下だからこそ、両国関係はスピード感を以て前進している。UAEは、エジプト(1979年)とヨルダン(1994年)がイスラエルと国交正常化してから四半世紀を経て、その海に飛び込んだ「ファーストペンギン」である。その勇気ある飛込を余りある歓迎を以て出迎えたイスラエルの喜びと共に、両国は「共通利益」に向かって邁進中だ。
【私見中の私見:UAE、イスラエル、パレスチナ】
余談だが、私はUAE・イスラエル関係、そしてパレスチナとの関係について思うことがある。国交正常化について、UAEはパレスチナはじめアラブ、イスラム諸国の人々から「裏切者」と謗られることも少なくなく、もちろんそのような批判はUAEも想像していた。同時にUAEに対する厳しい世論を自らの勢力維持・拡大に使おうとする人々や国も存在し、これは以前から繰り返されてきたものである。同国交正常化は、地域情勢、国際情勢、安全保障、経済、社会、様々な側面から理由を語ることが出来るが、UAEにもUAEの事情があり、パレスチナ関係、情勢、指導層の方針、将来ビジョン等様々な要素が重なり、この決定に至ったのだろうと察する。
UAEに限らず部族社会では、部族長の方針に沿ってことを進めることが慣習だ。それが厳しい土地で生き抜く知恵でもある。当たり前だがイスラエルとの国交正常化も、色々考慮の末、そのように決定がなされている。私はUAEの前はパレスチナで働いていたので、UAE人がイスラエル・パレスチナ問題についてどう思っているのか興味があり、国交正常化前から色々と機会を見て問いかけてきた。すると、UAEはこれまでUNRWA等を通してパレスチナに対し多額の支援をしてきたものの、「よい顔をしているだけ。実際はイスラエルとつながっている」と非難をされるなど、「我々は出来ることをしているが、反対に石を投げられているようだ」と言う気持ちがあるようだった。一方、UAE建国前後に同地を訪れ、各首長や首長妃と面会した下村満子氏は「アラビアの王様と王妃たち」(1974年出版 https://www.amazon.co.jp/-/en/%E4%B8%8B%E6%9D%91-%E6%BA%80%E5%AD%90/dp/B000J9DKIQ )の中で、首長家含むUAE人のパレスチナに対するシンパシー、また首長妃がパレスチナの窮状と理不尽さについて語り、自らも支援していること等を描いている。
私は、UAEで勤務を開始した2019年、新聞で毎日パレスチナ関連報道を見かけ驚いた記憶がある。これを「見せかけだけ」と評する人は多い。そうかもしれない。ただ私の知る限りUAEの人々は、他アラブ諸国の人々と比べると比較的控えめ且つUAEという国の性格も起因し政治的な発言は避けるところ、私がパレスチナについて話す際には、折々でその状況に対し「それは悲しいことである」という表情をにじませ、また淑やかにその悲しみを言葉で表現するのである。私は現在UAEに住んでおり、諸事情によりはっきり言えないことも多いが、つまり私が言いたいのは、そういうことだ。一方、パレスチナでUAEが非難されていることも知っているため、渡航に関しては「少し様子を見てから」と慎重さを表すことも言及しておく。イスラエル人が積極的にUAEを訪問するのとは、異なる姿勢だ。
イスラエルとの協力を進め、イスラエルのパレスチナへの対応を非難し、パレスチナの状況にシンパシーを示す。これは何もUAEだけではなく、これまで日本を含めた西側諸国が採ってきた姿勢と同じなのだが、UAEがとりあえずイスラムの国でアラブである故「アラブの大義」もしくは「パレスチナの大義」、連帯の観点から非難されるのだと思う。ただ、当の昔にイスラエルと国交正常化したエジプトやヨルダンが1948年イスラエル建国時の第一次中東戦争に初めからしっかりと参加していたのに対し、1971年末に国として産声を上げたUAEは、1948年当時存在もしていなかったし、更に言うと第三次中東戦争時にすら存在していなかった。夫々の首長国内でほぼベドウィン・漁民生活をしていた部族らは、2000キロ以上離れた土地で起こっている出来事について、風の噂で聞いたくらいだったのではないか。完全な私見だが、このようなことも、何か無意識のところで影響しているのではないかと思う。
当地に来て私が思ったことは以上のようなことだ。周辺環境故か、UAEに対し好意的でない意見を耳にすることもしばしばあるので、ここではUAEでの体験を踏まえて、描いてみた。UAEのアブラハム合意に至るまでの道のりや背景について部分的ではあるものの、私なりに考えたものは、既出の「パレスチナによるUAE支援物資拒否事案が意味するもの」 http://j-strategy.com/opinion2/4781としてまとめた。 これまで、私の中の「中東」とは、北アフリカ・レバント・イラン・トルコでの体験が基となっていたが、住まいを湾岸地域に移したことで、また違う側面や世界が見えてきている。歴史を知り、情勢を知り、相手を知り、様々な意見を様々な人から聞くことは、上下左右に私たちの視点を広げてくれる手助けとなるということを実感する日々である。