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The China wave ―‘アリババ’のNYSE上場と,Chinese managementのいま

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― 目次 ―

はじめに The China wave
1.中国企業‘アリババ’のNYSE上場
2.Dual-class structure問題の推移
3.Chinese managementのいま
おわりに:日本人のノーベル賞受賞に思う

はじめに The China wave

9月13日付The Economist は同誌コラムにおいて、中国企業のマネジメントが今、イノベーションの推進、強化を通じて急速に変化してきており、その現実に注目をと、檄を飛ばしていました。
檄を飛ばす事情について、同コラムはこう説明するのです。まず、中国企業のこれまでの状況について、その多くは国営企業であり、彼らの経営はと言えば、大量の安価な労働力(チープ・レーバー)を擁し、手厚い政府資金の提供を受けて運営されてきたということで、これまで国営企業が躍進する一方で、民間企業が停滞する、俗に云う「国進民退」の状況にあったという事で、従って、欧米の専門家の間でも、中国企業のマネジメントについては、これまであまり関心を呼ぶことはなかったと言うのです。しかし、近時の経済成長で国民生活は相応に豊かになり、中国経済全体が消費経済に向かう中、従来のようにチープ・レーバー、潤沢な資金供給は難しくなってきた事情もあり、こうした市場構造の変化にどう対応していくかが経営のテーマ、との自覚が高まってきたことで、いま中国企業は急速にイノベーションを通じて経営革新を進めていると、言うのです。

そして、更に、こうした中国企業における新たな経営対応の状況を実証分析した米ビジネス・スクール発の二つの論文(第3項)をリファーしながら、いま彼らの行動に関心を寄せていかなければ、かつて欧州企業が経験したように、つまり彼らが当時、日本の進めていたリーン生産方式等、革新手法に関心を持つことがなかった結果、日本企業の後塵を拝することになったように、同じ過ちを起こすことになりかねないと、檄を飛ばす(日本に対してでしょうか?)のでした。
つまり、それは中国企業でいま起きている‘変化の波’を伝えると共に、その波を見失うな、と言うもので、そのコラムのタイトルが` The China wave ‘ だったのです。

処で、今回の論考では、先月、NYでIPOを果たした中国のIT企業‘アリババ’を取り上げる事としました。従来、マクロの政治経済論を旨としてきた論考からすれば、今回はミクロの企業論となり、その点で、読者には多少の違和感を与えるのではと思料します。しかし、詳細は本論に譲る事としますが、両者は実は、同じContextにある処です。

と言うのも彼らがその上場先市場にNYを選択したという事で、勿論それはアリババの経営戦略ですが、その結果、これまで忘れがちにあった問題、具体的には‘経営(者)と株主の権利’の関係をどう考えるべきかを問う、まさに資本主義の本質に迫る問題を喚起させ、各国は今、その問題との対峙を余儀なくされているというものです。元より、これが企業経営のガバナンス問題と直結していく処であることは云うまでもありませんし、アベノミクスでは成長戦略の柱の一つにガバナンスの強化を掲げている事情をも勘案するとき、アリババ効果の本質を注意深くフォローしていく要がある処です。

実際、中国が内外で起す政治的、経済的行動、時には文化的な行動も含め、世界のシステムの色々の局面に影響を及ぼし、従ってこれに如何に与していくかが、常に中心課題となってきています。まさにChina waveに見舞われる世界がそこにあると言うものです。そして、こうした現実をContextとして経済の動きを見ていく時、小さな動きも、大きな変化に繋がるものとして理解していく要を痛感する処です。かくして中国企業、アリババのNY上場で、企業経営にかかる基本問題への対応の如何が世界的な広がりで、問われる事になってきたということで、まさに変化の波、`wave’ を起こしていると言うものです。

そこで、以上の事情を踏まえ、中国企業‘アリババ’を取り上げる事とした次第ですが、そのタイトルには、この`The China wave’ を(とりわけ定冠詞‘The’が付されていることに意味を感じ)頂戴したと言う次第です。

尚、冒頭,紹介したコラム‘China wave’で浮き彫りされた中国企業の経営革新の姿は、片やNY市場でダイナミックな展開を進める中国企業アリババの姿と読み合わすとき、中国企業の新しい生業を感じさせられると言うものです。従って、この際は‘アリババ’と併せ、Chinese managementのいまを示唆する二つの論文をリフアーし、中国流経営の実情についてレビューすることとしたいと思います。元より、これが今後の日中経済関係を考えていく上での新たな視座を与えてくれることになるものと期待する処です。

1. 中国企業 ‘アリババ’’のNYSE上場

(1)アリババと言う企業

中国企業‘アリババ’とは、1993年3月、同社代表のジャック・マー 馬雲氏(Ma Yun, Jack )が中国杭州市で、C2C取引をサポートするマーケテイングサイト‘アリババ.コム(Alibaba.com)’を創業したことに始まる企業で、今では年間、2億8千万人が商品を購入するネット通販事業(当該市場規模は昨年30兆円、今年は50兆円とも予想され、同社のシェアーは8割と言われている)を中心に、金融なども含めた事業の多角化(企業買収、新規起業)を進める企業です。 多くはアリババグループまたはアリババとして日本では報道されています。(従業員2.2万人)

同社が国際的に知名度を高めるようになったのは、2005年Yahoo!中国の買収案件を成立させたこと、そしてその際、アメリカYahoo! がアリババの株を入手、2007年に筆頭株主になった事でした。今の処、顧客は中国に偏っていますが、今後は今回のIPO(次項)で調達した資金を以って、M&A、他のアジア諸国や米国市場への事業拡大を進めていく事になると報じられており、米市場での投資家の期待は大きいとされる処です。

同社の強みの一つは、電子商取引に欠かせない決済の仕組みを整えた事にあるとされ、それを足場に、国有銀行が牛耳ってきた中国の金融業界をも揺さぶっていると言われてきています。実際、同社は、9月29日、中国の銀行業監督管理委員会からアリババ集団が30%出資する折江網商銀行の設立認可を得、10月16日には新会社「アント・ファイナンシャル(螞蟻金融服務集団)」の設立を発表しています。10月17日付日経によると、新会社は「消費者向け決済サービス」、「中小事業者向け融資」、「消費者向け投資・保険商品の販売」等幅広い事業展開を予定している由で、アリババは今、「金融帝国」を目指し出したと、指摘するのでした。
序でながら創業直後、ソフトバンクの孫正義社長は馬雲(ジャック・マー)氏を励ますため2000万ドルを出資し、大株主(37%)となっているのですが、今回のNY上場で、同社は巨額の含み益を手にすることになった由ですが(メデイアは8兆円という巨額の数字を挙げていましたが)、日本の産業界にとって、中国の民間企業の活力を取り込む意義は大きいものがある処です。因みに、日本のオートバックスセブンはアリババ傘下のモール型サイト「天猫国際」に出店、10月8日から日本製の高品質な空気清浄・脱臭機や自動車内装製品等100品目を販売予定としており、この出店により拡大する中国の自動車用品市場で、富裕層を中心に需要の開拓を進めるとしています。(日経10月5日)

(2)アリババのNY証券取引所上場

さて、彼らは、この9月19日、NY証券取引場に上場(IPO:新規株式公開)を果たしました。売り出し価格(公開価格、68ドル)を38%上回る93.89ドルで初日の取引を終えています。終値を基にした時価総額では約2310億ドル(約25兆円)、業容が似ている米アマゾン・ドット・コムや米イーベイ等を大きく上回り、世界で17番目の大きさに躍り出たのです。今後、アリババは今回調達したとされる250億弗(約2兆7000億円)と言う過去最大規模の調達資金をもって更なる事業拡大をはかり世界的な企業に向うものとされ、株式市場は熱気に包まれていたと伝えられていました。

かくして前述「国進民退」と言われる中国経済の状況にあって、アリババのような、ダイナミックな力をつけてきた民間企業がでてきたのも同国経済の一面とも思料される処です。
尚、重要な資産が、米上場企業ではなく中国法人に集中する構造に、一部の議員からは懸念の声が出ている(日経・夕、9月19日)との由ですが、とにかく中国企業の新たな姿を感じさせると言うものです。

・NY市場を選択した理由

ところで、中国のグローバル企業の代表格とされる家電メーカー、ハイアール(1984年創設)の場合、1987年に香港及び上海で上場しています。また2004年、米IBMのパソコン部門を買収して一大パソコン企業となったレノボの場合も1994年の上場は香港としています。従って本来なら、中国企業、アリババは地元の香港証券取引所で上場するのが本筋と思われていたのですが、しかし、NY市場での上場を選択したのです。このアリババの選択が、結果的に色々な問題、課題を、世界的広がりに於いて再燃させる処となっているのです。

何故アリババはNY市場での上場を選択したのか? それはアリババの経営者の主張が通る市場として、NY市場を選択したと言うものです。と言うのも、香港取引所の場合、「株主はその持ち株に応じて経営への発言権を持つべき」と規定されており、つまり1株1議決権という事ですが、アリババの現在のオーナー達はこうした考え方を敬遠し、自分たちの主張が通るNY市場、つまり株式の新規発行に当たっては株主の権利行使に制限を付けることが容認されている市場のNYを選択したと、いうのです。

その結果、アリババの株式は、形式上は全て同等の権利を持つのですが、その権利の行使には制限が付けられているのです。つまり新株式を入手しても株主は、同社の経営に対してはほとんど支配権(発言権)を持つことはないのです。こうしたアリババの市場行動の結果として、これまで忘れられがちとなっていた問題、具体的には‘株主の権利’を問う、言うなれば基本的な問題の再浮上を見る処となったのです。つまり問題は、こうした不均衡な議決権構造を齎しているという事ですが、これがアリババのNY上場を機に斯界の関心を呼ぶ処となっているのです。

9月20日付The Economistは、この上場を機に浮かび上がってきた課題、問題について、驚くべき側面が見逃されていると指摘するのです。そして、同誌は‘Shareholder rights : Out of control’(株主の権利は、もはやコントローの枠の外)と題して、` More of the world’s big stockmarkets are allowing firms like Alibaba to sideline their shareholders ‘ 、つまり、NYのような世界の大株式市場で、アリババのような企業がIPOを行っていくとすれば、新規株主の権利行使には制限を加えるであろうし、株主は蚊帳の外に置かれることになるのではと指摘し(勿論この条件づけは容認されているのですが)、こうした傾向が進んで行くことになれば、これまで世界で容認されてきた1株1議決権の原則が崩れていく事となり、また、株主の発言権が制限されることで業績にも問題を抱えることになるのではと、疑問を投げかけていたのです。それは平たく言えば‘株主の権利’を問い直すということですが、グローバル化が進む経済にあって、企業(株式会社)の経営と株主の権利をどのように考えていくべきかが、改めて問われることになったと言うものです。

・アリババの場合

アリババがNY市場での上場を選択した理由については先に述べた通りですが、その結果、アリババの株式は形式的にはともかく、その権利の実行(経営に対する発言)については制限付となっています。因みに、アリババの事業綱領には次のように書かれているのです。「アリババ集団はYOU(=株主)が同意しない決定を下す可能性があります。これには報酬、経営者の後任人事、買収戦略、そして事業と金融戦略など重要事項に関する決定が含まれます」と。
この点について,アリババは、自分達の企業文化を守る為には、こうした形が必要と強調しています。NY市場こそが、それを容認する、まさにNY市場、選択の事情だったのです。

実際の処、そうした事情から、多くの技術系企業では議決権の異なる複数の種類の株式を発行しているとのことですが、そうした様式を導入することで、とりわけ急成長企業の創業者には長期的な成長の為に必要な資金の調達がスムーズに行えると言うのです。メディア企業も往々にして似たような議決権ルールを導入している由で、その理由として、少数の株主が経営権を維持する方が編集上の信頼を維持できると主張しています。

こうした事態は、これまでも‘議決権の二重構造’(Dual-class voting shares structure)問題、とされてきたのですが、それこそは資本主義の主体でもある企業の生業にかかる基本を問うと言うものです。これが、今回のアリババ上場を機に再び大きく注目を引く処となってきたということですが、そこで、改めて、dual-class structure問題の推移について、以下で考察しておきたいと思います。

2.‘Dual-class structure’問題の推移

‘Dual-class structure ’は1920年代の米国では一般的だったそうですが、当時ハーバード大学教授のWilliam Ripley氏がこうした慣行は ` crowning infamy’ to `disenfranchise public investors’ 、つまり‘権利を奪われた一般投資家’に対して‘恥ずべき行為’と指摘したことで、その考え方が支持を得、それが運動に発展し、幾つかの例外はありましたが、ほとんど廃止されていったのです。ところが、80年代に入って企業の乗っ取り屋が次々に登場し始めると、かつての非民主的な議決構造が再び導入されるようになったのです。

これに対して米証券取引委員会(SEC)は‘88年に議決権の異なる株式を禁止したのですが、裁判所はこの禁止措置はSEC権限を逸脱するもの、として容認することはなかったのです。そこでSECは妥協案として‘上場する時に限って’株式の議決権構造を選べる、とする実質的な自由を企業に与える事とし、但し、上場後は議決権構造を変える事は出来ないとして、今日に至っていると言うものです。

つまり、そうすれば投資家は、自分が購入しようとする株がどのような性質の株かを理解したうえで買う事ができ、適切な投資をすることが可能になると考えたと言うものでした。因みに、米グーグルをはじめ、技術系の企業はこの考え方を積極的に採用しており、現在、上場している技術系企業で、創業者が支配力を維持できるようにする措置を講じていない企業はほとんどないと言うのです。

・各国の対応

エコノミスト誌リポートで引用されている米調査会社、MSCI社のデーターでは、特定の株主に保有株式数以上の議決権を付与している世界の上場企業は524社に上る由で、その内、実に55%を米企業が占めており、第2位はカナダ企業の40社で、米国が断然多いと指摘するのです。関係国の事情は以下の通りで、英国を除いて、総じてdual-class structure容認に向かう様相にあるようです。

英国:かつては多くの上場企業は議決権の異なる株式を発行していましたが、大口投資家からの圧力を受けて、大半がその慣行を廃止しています。そして英国のFinancial Conduct Authorityはこの5月、LDN証券取引所の主要市場に上場の企業に対して不均衡な議決権構造を正式に禁じる規則を発表しています。

欧州(EU):2007年、1株1議決権の規制を強制することを検討した経緯があったのですが、2008年の金融危機が発生し、断念しているのです。尚、フランスは2014年に入り、外資による国内企業の望ましくない買収を阻止する為「フロランジュ法」なる法律を導入しましたが、これにより、フランスの上場企業は全て、2年以上同一人物により保有されている株式については2倍の議決権付与が可能となっています。

香港:香港証券取引所はこの8月、特定の株主に支配権を与える形態に関する` concept paper’ を発表、現在これに対するpublic commentを3か月間、募集中となっています。
シンガポール:二重議決権構造を禁じていますが、それが、同国の証券取引所に技術系の新興企業を集めるのに苦労する一因となっていると言われています。(注)

(注)シンガポール財務省は、二重議決権構造でも上場を認めるように規則の変更を提案していると言われており、規則の変更は時間の問題とみられています。

・企業業績との関係

一方、二重議決権と業績の関係ですが、米シンクタンク、the Investor Responsibility Research Center Instituteが2012年に発表した研究報告書に拠れば、1株1議決権の原則から離れた米国企業は、そうでない企業に比べ利益率が低く、株価が不安定で他にも経理に問題があったり、その企業と関係のある組織との間でマイナスになるような取引が行われたりと、色々な問題があると指摘しているのです。
またAsian Corporate Governance Association (HK) が国際的な資金運用会社幹部や年金基金、大学等を対象に行った調査では、二重議決権構造では、利益を生む可能性のある乗っ取りが妨げられ、業績を上げられない経営者を追い出せないリスクに加え、経営陣がほかの株主に不利益を負わせて自分たちだけの利益になる決定を下すという危険性もある、と指摘されています。

尚、アリババの場合、問題はアリババが自社の売り上げを齎しているウェブサイトを直接所有していないという事です。(と言うのも中国では法律によって、中国のウェブサイトについては外国人が所有してはならないことになっているのです)
その代わり、アリババは、実際に売上げを齎しているサイトの所有者との間の契約で、サイトを通じて得られた売り上げは自社のものとする(権利)とされている由ですが、アリババ側の理解はともかく、中国の法律の下で、この契約が有効なものかと言う点では、相当に不確実なものとされているのです。とすれば、中国当局の対応次第では投資家が十分な保護を受けられない可能性もあり、まさに不確実性が浮かび上がると言うものです。

またグーグルやフェイスブックが中国市場から締め出されていることが示すように、中国のネット企業は共産党政権に保護されると同時に情報統制に協力している面もある処です。要は、何か問題があった際、株主の権利が守られるのか、という点で疑問の残る処と言うものです。従ってこの躍進の裏にある影の部分からは目をそらすわけにはいかないという事と言えそうです。

尚、日本(東京証券取引所)では、現在、種類株式の上場にかかる基準については整備中の由ですが、増資関連の規制が強化される方向にあると伝えられています。云うまでもなく、企業が上場する目的の一つは、株式を機動的に発行し、資本を充実させることにある処です。その点では、自由な資本調達の制度が乱用され、株主が不利益を蒙るようなことはあってはならない筈です。しかし最近では、資金の使途を曖昧にしたまま増資を強行する例が多くみられる事から増資関連の規制が強化される方向にあると言う由です。

いずれにせよ、世界的にはdual-class structureに向かう様相にあるところですが、1株1議決権原則貫徹の是非についてはいま一度、深い議論が必要と思料されますし、同時に二重議決権構造の持つ戦略性についても十分な議論が求められる処です。
とにかく、議決権が重要かどうか、微妙な時代に入ってきた事だけは確かと言えそうです。

3.Chinese managementのいま

さて、もう一つ、オリジナルのChina waveについては既に、冒頭‘はじめに’の項で触れています。そこで、ここでは当該コラムでリファーされていた米ビジネス・スクール発の論文、下記二つについて、その概要の紹介に留める、こととしたいと思います。

① `Accelerated Innovation: The New Challenge from China’ by Peter Williamson
& Eden Yin of、Cambridge University’s Judge Business School 、
MIT Sloan Management Review, Summer 2014
② `A Chinese Approach to Management ‘ by Thomas Hout, Professor at the
Monterey Institute of International Studies&David Michael:senior partner and managing director at the Boston Consulting 、Harvard Business Review, Sept. 2014

まず、上記①論文では、中国企業でのマス・プロ生産技術の改善が、単に製造段階にとどまらず製品の開発にまで広がってきていると、イノベーション・プロセスの改善の現状、又これに対応する効率的生産体制の現場について粒さに分析しています。そして、こうした実証から、これまで中国の成功は、外国製品をコピーし、マスマーケットに参入すると言った、いうならば`fast follower’としての能力に拠っていたが、いまやイノベーションの手法を身に付けてきたことで、多角的対応が可能となり、中国の競争力は強化され、技術の有効活用を身に付けてきていると、指摘するのです。要は、戦後、日本企業が進めたように、中国企業も、いまイノベーションの強化推進を通じて成長を図らんとしている経営の現場を検証するのです。

また、上記②の論文では、中国企業のスピード感と市場指向の姿勢について、これが驚異的と実証分析しています。因みに、乳母車や自動車シートのメーカー、Goodbaby社を取り上げ、彼らの四半期ごと、100種類の新製品を市場に送り込んでいる状況を観察分析し、また建設業グループのBroad Groupでは標準規格製品を以って速やかな建設工事を進める状況を観察し、予て話題とされてきた生産システムを稼働させてきていると指摘するのです。又、ハイアールのような世界的家電企業は、多くの子会社、関連企業を抱える大企業だが、その指揮系統、意思決定は全が会長直結となっていることで、コストの削減、問題解決のスピード・アップと同時に、行動も常にクリエイティブになっていると評価するのです。(もっとも、組織的な戦略対応、市場対応が難しくなっていくのではないか、その分リスクも高くなるのではとは気になる処ですが。)なお、人事政策、とりわけ日本の現状同様、若手人材の確保には苦労している由で、その点では、日本企業が取ってきたようなフリンジ対応を多用していると指摘するのです。そして、急速に進む消費経済と対峙していく為には、そのカギは創造性にあるとして、革新的に進める経営の姿を、新たな中国流マネジメントとして評価するのです。

さて二つのリポートからは、中国企業は今「イノベーション」に夢中と映る処ですが、彼らの経営規範が、今や「responsiveness」(責任感),「improvisation」(事態対応性),「flexibility」(弾力性)、「speed」(敏速性)に求められるようになってきた事、とりわけスピードに力点を置き、同時に早期市場参入を目指し、より創造的な生産活動を目指すようになってきたことが、理解されると言うものです。 とすれば、日中企業が夫々の‘売り’をベースに、改めて連携を深めることで、より創造的な企業活動が誘発されていく、その可能性が期待され、元より日中関係改善への有力な要素になっていくのではと、思料されるのです。因みに昨年の日本の対中投資は、政治的要素もあってのことですが、前年に比して3割も減少しているのです。

おわりに:日本人のノーベル賞受賞に思う

本稿執筆中の10月8日、スエーデン王立科学アカデミーは(現地時間、10月7日)、2014年の‘ノーベル物理学賞’を、赤崎勇氏(名城大学)、天野浩氏(名古屋大学)、中村修二氏(米カリフォルニア大学)の三名に授与すると発表、そのニュースが入ってきました。今回の授賞理由は、少ない電力で明るく青色に光る発光ダイオード(LED)の発明と実用化に貢献したとされるものでした。実際LEDは照明やディスプレーなどに広く使われて、世界の人々の生活を変え、新しい産業創出に繋がってきている事は周知の処です。とすれば、今回の賞の本質は、より次元高く、省エネ、世界的な環境対応に貢献した事への賞とも言うべき処かと思料するのです。
従来、物理学賞は理論研究や大型実験研究に与えられてきていますが、今回のように工学的色彩の強い、しかも産業応用に直結した成果に与えられることは、異色の事とされる処ですが、アルフレッド・ノーベルが残した遺書「全人類に多大な貢献をした人物の顕彰」の趣旨に、まさに適うものと言うものです。

処で、日本人の受賞は、1949年の当時、京大の湯川秀樹氏の受賞をはじめとして、今回で22人(自然科学系:19名、人文社会科学系3名)となりましたが(尤も中村氏は現在、米国籍ですが)、この数字の推移が示唆することに、改めて思いを致すというものです。

受賞者は、湯川秀樹氏以降、1999年までの50年間では8名だったのが、2000年に入ってからの14年間では14名と急増した形にあります。この数字の表れ方が示唆するのが受賞者の数と経済との関係です。つまり日本経済に活力のあった80年代には、企業でも大学でも積極的な研究投資が行われ、従って、それ以前とは違い、研究開発も活発に進められてきたと言うものです。そして、それらはタイムラグを経て2000年以降、その成果を実らせてきた、と言われています。

しかし、周知の通り、2000年に入ってからの日本経済は停滞、将来に繋がる投資活動は沈滞したままに推移してきており、このままでは次代に繋がる研究開発、ましてやノーベル賞に繋がる研究開発など、おぼつかないのではと、懸念は募ると言うものです。
この点、経産省では科学技術政策の予算配分を将来の実用化に繋がる研究に振り向けるとしている由です、が、そうした事もさることながら、研究開発を支える経済の活力基盤の確保、そしてその維持が、その前提となる筈です。つまり、確実な経済力の確保、そして維持こそが、ノーベル賞獲得の源泉と言うものです。その点、アベノミクスが掲げる構造改革、そして、それを通じて次代の成長を目指す政策、の推進が何としても必定と痛感される処です。

序でながら今回、受賞の中村氏は、日本の産業が元気を取り戻す方策について、紙上インタビューで、次のように指摘していました。「日本の企業研究者はみんな優秀だが、定年でそのままリタイアーしてしまう。こうした人材がベンチャーなどで活躍できるシステムをつくるべきだ。グローバル化に対応するため、英語力を磨くことも不可欠だ」と。(日経、10月18日) 蓋し、同意とする処です。

さて、9月29日に召集された第187臨時国会の冒頭、安倍晋三首相は、デフレ脱却を目指し「経済最優先」で政権運営にあたると、所信表明しています。いま手にする10月11日付The Economistは、世界経済が思った以上に弱体化してきている` Weaker than it looks’ と展望すると共に、日本政府には、予定している10%への消費増税は経済回復が確実となるまで延期すべし、と忠告しています。安倍晋三首相には、経済再生あっての存在である事を自覚し、防衛問題、安全保障問題、等もさることながら、所信表明通りに、経済最優先に適った具体的行動を期待すること、しきりと云うものです。

以上

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