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国境の危機:遅きに失したアメリカ移民法改革

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アメリカの「国境危機」Border Crisis、このタイトルはこれまで何度メディアのトップを飾ったことだろう。最近のオバマ大統領には、就任当時のようなダイナミズムや新たな課題に立ち向かう積極性が感じられない。エボラ出血熱への対応でも、かなり手を焼いているようだ。これも人の移動、グローバル化の進展がもたらしたひとつの現象だ。人の移動に伴って命を脅かすような危険な感染症も国境を越えてしまう。17世紀30年戦争当時も、外国の軍隊がペストやチフスなど多くの疫病を侵攻先に持ち込んだことは、このブログでも取り上げたことがある。

アメリカの外交政策面では、「イスラム国」、シリア、イスラエル・パレスティナ問題、さらにアメリカに代わって世界の覇権を奪取しようとする中国への対応など、どれをとっても決め手に欠ける。国内問題についても、大統領選当時からオバマ大統領側が掲げてきた移民法改革が未だに実現していない。実際に移民に対応する南部諸州などはしびれをきらしたようだ。かなり過激な動きが目立つようになった。最近のBS1が、その一端を伝える番組*を放送していた。

決まっていた路線
このブログでも再三にわたり記してきたが、アメリカの移民法改革の大綱は、かなり以前に定まっていた。共和党ブッシュ大統領が、レームダック化した任期末に、最後の功績として残したいと考え提示していたのが、包括的移民法改革だった。一時はケネディ・マッケインなど民主・共和両党の上院議員間でほぼ合意が成立した。しかし、ブッシュ政権下では実現することなく、アメリカ・メキシコ国境の障壁を少し延長、強化した程度だった。

その後を継いだ民主党オバマ大統領としては、政治的立場は異なっていても、上下院で多数を占めていた当時の状況から、移民法改革はかなり早い時点で実現可能と思っていたのではないか。しかし、「包括的移民法改革」案は、その後下院で多数派を占めることになった共和党が、次々と上程される法案をかたくなに否定してきた。オバマ大統領としてはその頑迷と執拗さに辟易として、当初の情熱を失っているかに見える。

ブッシュ大統領時代末期から、来たるべき包括的移民法案の骨子と想定されてきたのは、1)南部のアメリカ・メキシコ国境の管理体制の整備・強化、2)農業労働者など、アメリカ人労働者がやりたがらない季節的・低賃金分野の労働者の秩序ある受け入れシステムの構築、そして、3)国内にすでに居住・生活しているおよそ1100万人の不法滞在者について、段階的な審査の上で市民権付与への道筋をつけることの3本柱だった。しかし、少し踏み込んでみると、そのいずれもが一筋縄ではゆかない複雑さを露呈してきた。改革が遅滞している間に、現実は深刻化し、不法移民の数も増え、問題は困難の度を増した。議会審議を停滞させ、政争の場としかねない多くの問題が新たに生まれてきた。これらの主要点については、このブログでも何度か指摘してきた。

自らの尊厳をいかに確保するか:不法滞在者の声
BS1で放映されていたテーマも、その複雑な問題の一端に触れたものだ。アメリカ移民法上、「不法移民」 illegal immigrant とされる実例を、ジャーナリストである本人が自らの裏面を明らかにすることで、彼らが抱える問題の核心に迫っている。

次のごときストーリーである。5歳の時、フィリピンから母親と離れてアメリカへ偽造入国書類で不法入国した若者 ホセ・アントニオ・ヴァルガスは、移住したカリフォルニアでの地域・血縁社会からの支援と自らの努力で、全国的な知名度を持つジャーナリストとして成功した。しかし、いまや32歳となった彼は、アメリカ国民としての法的地位、権利を保障する書類を一切持っていなかった。一般に「不法移民」undocumented, illegal immigrants といわれる存在である。

全国的に知られるジャーナリストにまで社会的上昇の階段を上りながら、彼自身のアメリカ人としての法的地位を明らかにすることなく活動してきた。これでよいのだろうか。自分は国民を裏切っていないだろうか。移民法改革の実態を伝える記事を作りながら、ヴァルガスはこれまで自ら語ることのなかった、不法移民としての裏面を明らかにする決意をする。

長年アメリカで生活し、活動を続け地位を築いたにもかかわらず、国民として合法的な入国手続きや書類を保持していない自らの背景と心情を語ることで、同様な状況にある1100万人の抱える問題を改めて社会に提起した。こうした立場の人たちの多くが、いつかその事実を発見されて強制送還される怖れを抱きながら、日々それぞれの仕事をし、税金を支払っている事実を、自らを例として、国民の前に提示するという勇敢な行為に出た。「アメリカ人」をどう定義するかという根本問題にチャレンジしたのだ。自らが現行移民法上では違法な地位にあることを明らかにし、同様な立場にある人々への救済の道を開こうとする大胆な行動だった。

ホセ・アントニオ・ヴァルガスというこのジャーナリストは、自ら移民局に連絡し、アメリカ国民であることを証明する書類を保持しない自分は、どういうことになるのかという問いかけをし、自らを危険にさらすことまで行った。しかし、移民局も対応を決めかねているようだ。2013年には上院公聴会でヴァルガスはその立場を明らかにし、大きな共感を呼んだ。ヴァルガスは、こうした一連の経緯を自らひとつのドキュメンタリー番組にしてしまった。かくして、ヴァルガスは全米一有名な不法移民として知られる存在になった。

危険にさらされる子供たちの不法入国の試み
他方、最近のブログでも記したが、グアテマラ、ホンジュラス、エルサルヴァドールなどの中米諸国からメキシコを経由して、アメリカへ不法入国しようとする子供たちの問題が注目を集めている。この原因としては、これらの国々における経済停滞、犯罪、貧困による家庭崩壊などの社会的不安定化が存在する。子供たちだけでも、少しでも豊かな国で働き,生活し、故郷の家族へ送金してほしいとの親,兄弟などの思いがある。さらに、この動きを増長したのは、オバマ大統領が定めた16歳未満の入国者なら不法でも優遇するとの方針が誤解されて、未成年者の北へ向かう動きに拍車をかけたらしい。大統領府は急遽、未成年であることだけでは優遇しないと、その主旨を説明したが、一度動き出した子供の不法移民の波は、簡単には終息しない。こうした子供たちは、一枚の出生証明書だけを頼りに、所持金もほとんどなく、2000km近い危険な旅に出る。彼らの旅程をわずかに支えるのは、タパチュラといわれる私的な善意に支えられたシェルターだけだ。かれらはこうしたシェルターを頼りに、コヨーテといわれる人身売買業者や追いはぎ、強盗などの恐怖におびえながら旅を続ける。

かろうじてアメリカ・メキシコ国境へたどり着いたとしても、そこには新たに設置された高いフェンスあるいは自然の要害となっているリオ・グランデ川が立ちはだかる。身代金を強奪するような舟の渡し業者を避け、なんとか自力で泳いで渡れそうなところを見出し、アメリカ側へ越境する。しかし、そこには無人探索装置などで強化されたアメリカ側の国境パトロールが待ち受けており、ほとんどは拘束され、本国に送還されてしまう。

メキシコからアメリカに越境を試みて捕まった、親や保護者に同伴していない子供達の数は今年度は68,541人、昨年38,579人より77%増加したことをアメリカ税関・国境取締局(CBP)が発表した。

移民への反感と支持が生む「第3の国」
このように、アメリカを目指す不法移民の流れは中南米に限らず、世界のいたるところからだが、減少する気配はない。特に多いのはアメリカ・メキシコ国境だが、ここは中南米諸国のみならず、世界各地からの合法・不法の移民の受け入れ口になっている。この長い国境線にはおよそ1100kmのフェンスが設置されているが、国境の3分の1くらいをカヴァーするにとどまっている。残りの部分は,リオグランデ川や砂漠などの自然の要害をもって障壁に代えている。

この長い国境線上には、下図のように、いくつかの公式の移民受け入れ場所(ports of entry)が設置されている。これらの入国管理地点は、鉄道、トラック、自家用車、歩行者などの形態で、合法入国が認められている。従来は太平洋岸カリフォルニア州に近いSan Ysidro-Tijuana, Calexico-Mexicaliなどが入国者の多い地点だったが、近年は次第に中央部から東部へ比重が移り、Nogales, El-Paso-Ciudad Juarez, Eagle Pass-Piedras Negras, Laredo-Nuevo Laredo, Hildago-Reynosa, Brownsville-Matamoras などへ入国者が分散、移転している。ニューメキシコ、テキサス州と接する地域が重要度を増し、各州は対応に苦慮している。

移民法改革が手間取っている間に、アメリカにとってきわめて困難な問題が国境隣接州に蔓延してしまった。合法、不法のいかんに関わらず、主として中南米からの移民が濃密に定着する地域が生まれた。カリフォルニア、アリゾナ、テキサスなどの諸州である。これらの州では以前から居住している州民と新たに加わった移住者の間にさまざまな摩擦、軋轢が生まれ、深刻な問題を生んでいる。

その詳細は別の機会に待たねばならないが、たとえばテキサスなどでは、従来からの居住者が自ら新しい移住者(ほとんどは上記の入国管理事務所を回避して、砂漠や河川を通り抜けてアメリカへの入国を試みる不法移住者)の阻止に動き出している。たとえば、これらの州に多い牧場主たちは、自分の土地に鉄条網を張り巡らし、恒常的にパトロールし、不法な移住者の通過を監視し、発見すれば拘束したり、国境パトロールへ通報するなどの措置をとるようになった。時には自警団を組織して、不法入国者の阻止に当たっている。彼らにとって、こうした自衛策は、「ウサギを追う犬」のようだとさえいわれる。

しかし、貧困と麻薬貿易などで、劣悪化する中南米諸国から、アメリカという少しでも豊かな土地を目指す人たちの流れは断ち切れない。アメリカ・メキシコ国境に近い諸州では、ヒスパニック系住民の比率が急増し、従来からの居住者との間で激しい対立も起きている。アメリカでもなく、メキシコでもない「第3の国」ともいうべき風土が形成されている。

共和党側も反対ばかり続けることへのマイナス面を考慮し、年末までには法律を成立させるように努力すると述べてはいる。しかし、実際にどのような形で妥協が成立するか、未だ明らかではない。オバマ米大統領が最終的に大統領特権を発動してまでも、いかなる移民政策を打ちだすか、11月8日の中間選挙を目前に、決断の時が迫っている。

アメリカ・メキシコ国境合法入国管理所の所在地,2011年現在
Source: U.S. Department of Transportation,Bureau of Transportation Statistics.

*  NHKBS1「BS世界のドキュメンタリー」で、去る10月8-9日に放映された作品は、ホセ・アントニオ・ヴァルガス自身が映画の監督として制作したものであり、2013年ハワイで開催された映画祭で、ドキュメンタリー部門観客賞を受賞した作品が元になっているといわれる。

Reference
”Migrant Hunters” NEWSWEEK,August1ー8,2014

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