中国需要と穀物相場の高騰
2012/10/1
今年の7月に入るとcorn、大豆などの価格の高騰とともに、メディアでも食糧危機について大きく報じられるようになった。中国の爆食とか天候異変による減収など食料危機が中国発のものであることは想像に難くない。一方食糧問題全般について記述すると膨大な量になってしまうので今回は過去の流れを中心に食糧危機を見てみたい。
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過去半世紀の世界食糧需給
1950・60年代 余剰農産物時代 1970年代 前半―食糧不足:1973・74年米国大豆・小麦の輸出禁止令
後半―増産時代1980年代 供給過剰時代 1990年代 供給過剰時代 2003~4年 北米・豪州の干ばつ、欧州の猛暑 2007~8年 需給ひっ迫による穀物価格の高騰 2011~12年 米国の大干ばつと穀物価格高騰 この流れでわかるとおり20世紀後半はむしろ余剰であり、北米も欧州各国とも生産調整をどのように進めるかが最大の課題でもあった。
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食糧は物価の優等生
一方、価格の乱高下は2回にわたる石油危機とか、冷戦時代でもあり旧ソ連の突然の買い付けによる価格の暴騰などがあった。
それにしても第2次世界大戦終結後、米国の最大の問題は余剰農産物の処理の問題にあった。ニューヨークのハドソン川には上流まで、戦時中のリバティ型の大上陸用舟艇、輸送船がつながり、倉庫代わりに余剰農産物を収容していた。勿論、日本も欧州もこの余剰農産物のお蔭で飢餓を免れたことも事実だ。米国での生産調整が奏功し、その後grainの受給は均衡に向かった。世界各地の異常気象とか動乱などによる穀物価格の短期的高騰はあったものの総じて半世紀近くに亘り食料は物価の優等生であった。一方20世紀後半になると金融機関のデリバテイブの一つに食料(穀物、砂糖、コーヒーなど)が入り、従来からある程度の投機資金は入ってはいたが、巨額の投機資金の流入と共に相場かく乱の要因となってしまった。 -
太陽黒点説
生産の過剰と過少は歴史的に繰り返してきたが、少なくとも20世紀までは食糧危機というよりも天候異変などによる急激な生産減が問題であった。一般には太陽黒点説と言って太陽の黒点が10~11年周期で増減を繰り返しているのと同じ周期として捉える説もあったが、その説の正否は別として最近では2003~04年、2007・8年、2012年と周期は短くなっている。
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産地米国では夏の熱波だけでなく冬の凍結も問題
上述過去半世紀の食糧需給を主として生産期の干ばつなどを中心に並べてみたが、1995年春から穀物は戦後2番目の高値圏となった。この間の動きを追うと1996年1月米国農務省は1995年秋のcorn、コーリャン(モロコシ)、大豆の最終確定収穫量、最新の穀物在庫量を発表した。これによると95・96年の世界の全穀物在庫見通しは2億3千万トンで年内消費量の13.2%、cornは安全水準の17~18%を大幅に下回っていると発表し穀物相場は暴騰した。(その後の価格高騰はほぼこれと同じようなパターンとなっていて、今年もこのパターンとなっている)。
この年には幸いにもなかったが、通常冬の注目点は寒波だ。大量に物を運ぶための最も安い方法は水運によるが、米国産穀物は中西部からミシシッピ川を下って(pushing vergeといって巨大なハシケを後ろからストンストンと押して川を下る)Gulfの港から外航船でアジアに運ぶ、但し川が凍結すると当然出荷不能となる。 -
中国爆食説
食糧のみならずその他の資源についても同じだが、中国の大量買い付けが価格の高騰に影響していることは事実だ。従来肉を食べられなかった中国人も経済成長のおかげで肉食も増えた結果、飼料用穀物価格の高騰という事態となった。中国の場合、20世紀後半も随時穀物買い付けは行っていたが、先に述べた過剰生産による価格の低迷も幸いした。1960年代からの緑の革命と言われる種子、肥料などの改良もあって食糧生産量は1990年代には4億トン、2007・08・09年には5億トンと発表されている。更に中国政府は8年連続収穫増を内外に誇示している。2011年には前年比4.5%upの5億7121万トン、米、小麦、cornで5億トンとなったと政府は高らかに自給自足体制を謳う。ところが、大豆は既に完全な輸入国となり、cornについても年々輸入量は増えている。更に、政府は食糧備蓄が十分なので中国需要は世界の需給に大きな影響を及ぼさないと盛んに宣伝する。問題は化学肥料、農薬などの無制限使用があるが、これには一切触れていない。
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中国の問題は統計のみならず農業政策の不透明さにある。
冷戦中の旧ソ連の買い付けが、穀物相場に多大の影響を与えたのは不透明な制度にspeculatorが翻弄されたことにあると思うが、目下の中国の買い付けもこれに当たる。中国政府は穀物生産の増大を謳い、栽培面積の大幅な増加を発表するが、だれも信用していない、従ってすべてが推測となる。(面白いことに日本の農水省などの調査機関などは、中国の統計を信用して使っている)さらに、政府は食糧備蓄を喧伝するが、備蓄には巨大なサイロ群が必要で、備蓄の費用も膨大なものとなる。2009年に政府は国有企業の穀物倉庫の棚卸と在庫の確認を行うとして、10万人の調査員を各地に派遣すると発表した。おそらく2000年から2回目で5年に一度の調査かと香港紙などで推測記事が出て、皆が調査結果に期待したが、何の発表もなかった。穀物備蓄は国家機密なので対外発表は不可能となれば別だが、穀物の輸出入および、国内販売はすべて国営企業が握っており、これは非常に大きな利権となる。更に備蓄も大きな利権であり、この点で透明性を騒いでも無理のような気もする。
人民日報(日本語版)によると「世界的に穀物価格が高騰 中国への波及を防げ」という記事で淡々とシカゴ相場が急上昇していることを報道し、米、小麦粉、食用油の価格は安定していると指摘している。一方、中国は大豆の対外依存度が増大し輸入段階で高値となれば世界的価格上昇が中国にも波及するとして高値での買い付けを防止するため輸入のタイミングと動きをしっかり把握すべしと他人事のように説明している注1。これが出来れば世界の穀物ディーラーも日本の商社も苦労がないが、大量に扱うと巨額の損が発生することも過去に経験済みなので、次に中国政府系新聞は何と書くのか楽しみだ。 -
レスターブラウン博士の予言「誰が中国を養うのか」注2
同書は1994年夏に出版され大反響を呼んだ。2030年に中国の人口16億人として2億1610万トンから3億7800トンの穀物を輸入せざるを得なくなるというものだ。当時日本の農水省関係の調査機関はこれらの数字は荒唐無稽などと言っていたが、数字は大目としても、現実は農地の荒廃(農民の都市への流入、工場団地の造成)、洪水/干ばつ、農業用水不足など不安材料はいくらでもある。大豆の輸入は2010年5200万トン、2011年5650万トンと世界の輸入量の60%を占めるまでになった。さらにcornが全て輸入になった場合ブラウン博士の数字に近いものとなるであろう(小麦・米は最重要品目として何としても国内生産量の維持を図るであろうが)。博士は別の調査で草原の問題に触れている。中国の国土の41.7%が草原だが既に90%は退化現象=砂漠化を起こしているという。1960年代から草原を開墾したため荒地だけが残ったが(草原は表面だけで下は砂・岩石)、更に莫大な数の羊とヤギがいる、彼らが野生の植物を食い漁ることが砂漠化に拍車をかけている。対策は家畜頭数を減らすことで政府もこれを慫慂しているが家畜数は一向に減っていない。一方水資源の枯渇は時間の問題となっている。中国の小麦は地下水に依存しているが、地下水の水位は既に下がり始め、何れ小麦の生産量にも甚大な影響が出てくるであろう。問題は計画性、科学性のない政策の繰り返しで生態の法則を守っていないことにある。
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価格の高騰は避けられない
最近の価格高騰は構造的なもので今後も若干の上げ下げはあっても高値止まりとなろう。食糧危機が来る前に食糧価格は以前の水準には戻らない。バイオ燃料の問題もあるが(cornの場合、色々な数字があるが例えばエタノール向け40%、飼料向け36%としても実際にはエタノール用の絞りかすは飼料用となるので依然として大半は飼料用と見てよい。)小麦、corn、大豆といった基本的な食料品に対する旺盛な需要はまだ続くであろう。問題は中国が世界経済の一員として正確な情報の公開を行はない限り価格は高止まりとなる。
編集者注 |
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注1 |
http://j.people.com.cn/94476/7918649.html :最終検索2012年10月1日 |
注2 |
http://www.earth-policy.org/plan_b_updates/2011/update93 :最終検索2012年10月1日 |