妥協なき政党政治の行方:アメリカ移民改革を見る
11月のアメリカの大統領選挙まで半年を切ったが、なんとなく盛り上がりに欠けている。前回のような全世界を取り込むがごとき熱狂の嵐はどこにも感じられない。出口の見えないような行き詰まった雰囲気が漂っている。しかし、例のごとく政治的論評は賑やかだ。
最近、指摘されている大きな問題は、政党の両極端主義、分極化がもたらす議会政治の停滞・閉塞状態だ。国家のあり方を定めるような重要法案が、いつになってもなにも決まらず、閉塞感が漂う。重要政策が成立せず、どこへ向かうのか方向を失い、弛緩している。時間だけが無為に経過し、その間に事態はさらに悪化する。批判はとりわけ、かたくななまでに凝り固まった共和党が抱える問題に向けられている。実は、この問題、根源は異なる部分もあるが、日本にとっても決して無縁ではない。思わず考え込んでしまう。
最近のThe Economist誌が「共和党は狂っているのでは?」 Are the Republicans mad?というセンセーショナルな見出しで論じているのが、まさにこの問題だ。口火を切ったのは、アメリカの著名な二つの研究機関Brookings と American Enterprise Instituteの二人の研究者トーマス・マンとノーマン・オムスタインによる新著 It’s Even Worth Than It Looks. 『見かけ以上に悪い』である。
これと対峙して、American Tax Reformという組織を率い、強力な共和党支持者であるグローヴァ・ノルクィストによる 『Debacle』 (Willey)の新著も、話題を作っている。ノルクィストは、「浴槽で溺れるほど政府を軽くする」というアジテーションで話題を呼んできた。
アメリカのような政党システムで、一党がおかしくなってしまうと、いったいどうなるか。近年、民主党と共和党は議会主義の政党としては、感情的なまでに激しく反目・衝突してきた。議会において、さまざまな妨害行動が生まれ、議事進行、法案審議に深刻な行き詰まりを来す。その背景には、とりわけ、共和党側に問題があるという認識が広まっている。あの滑り出しはすべて良しであるかにみえたオバマ政権が、2010年の中間選挙後、急転、精彩を欠き、批判の対象となったのはなにが原因なのだろうか。立場や見方は分かれるが、上記の著者たちが共に取り上げている課題だ。
マンとオムスタインは、アメリカの政党そしてそれを支える選挙民にほとんど絶望しているかにさえみえる。それでもなんとか事態を改善しようと、メディアの報道などを改善する必要などいくつかの打開策を提示している。たとえば、アンバランスな共和党の現状を“バランスさせて”、カヴァーするメディアの報道を止めさせることなどである。ノルクィストも、彼なりの不満を選挙民に持っているようだ。しかし、10年くらいの間に共和党は主導権を取り戻し、大統領や上下両院での主導権をにぎれることを希望している。
試金石のアリゾナ州法
この状況を象徴しているのが、ブッシュ政権以来見るべき進展のない移民政策だ。このブログでもウオッチしてきた不法移民に厳しい対応をとろうとするアリゾナ州法は、2010年に成立した。この法律は、警察官などが不法移民と思う人物に滞在証明などの提示を求め、不法移民を厳しく監視、管理しようとする。不法移民が州民の仕事を奪い、犯罪行為などを増やしているという考えだ。
これに反対する市民のリベラルグループは、こうした法律は人種や肌の色での差別を明白に禁止していても、ラティーノなど褐色の肌の人々に困惑と被害をもたらすと憂慮している。当局が個人の移民ステイタスを判定する良い方法はない。結果として、多くの市民が予期せぬチェックや被害を受ける可能性がある。たとえば、アリゾナ州へ隣のニューメキシコ州から、自動車ライセンスだけ持ってやって来た運転手にどう対応するか。ニューメキシコはこれまで不法移民にもライセンスを発行してきた。
アリゾナ州法には近く最高裁の判決が下るが、その影響はアリゾナばかりでなく、同様の対応をする数州にもかかわる。これまで歴代の大統領は、アメリカ国内に居住する1千万人近い、不法滞在者の問題に取り組むとしながらも果たせなかった。オバマ大統領も結局、就任以来今まで、ほとんどなにもできなかった。とりわけ、民主党が下院で多数派でなくなって以来、予算、医療改革、移民法改革を含む多くの法案が暗礁に乗り上げ、挫折、成立しなかった。他方、共和党支持の選挙民の間では、なにも対応が打ち出せない連邦政府の無力さに、フラストレーションを感じている者も多い。最高裁の判決が下れば、民主、共和両党の間で実りのない責任転嫁の論争がエスカレートするだろう。
今の段階では、民主、共和の両陣営とも、経済問題か、このヒスパニック系を傷つけかねないアリゾナ州法のような案件が大統領選の勝敗を定めることになるとみている。ヒスパニック系移民の実態について、専門調査機関のピュー・リサーチ・センターは、アメリカからメキシコへの流出が流入を上回って、ヒスパニックの数はネットで減少に向かっているとしている。アメリカに限ったことではないが、移民問題は潮の目がかなり変わりやすい。絶えざるウオッチが欠かせない。
共和党が生きる道は
共和党大統領選候補をあきらめたギングリッチも、犯罪歴のない滞在年数の長い不法移民は、合法化せよとの立場である。共和党内部もかなり意見が分かれる。しかし、ロムニーは経済が悪化しているので彼らは「自分で送還されるのだ」 self-deportというひどい表現をしている。これについて、ヒスパニック系選挙民は、共和党の政策は人種差別といわないまでも石のような心で作られているとしている。ピュー・ヒスパニック・センターが去年実施した調査では、ヒスパニック系選挙民の2/3 は民主党に、わずか10%が共和党支持にまわると予想。2010年国勢調査では、ヒスパニックは人口の16%にまで増えた。最大の成長グループだが、選挙権をまだ所持しない人の比率が高い。選挙への関心もアングロサクソン系白人ほど高くない。
こうした状況だが、移民政策の改革を公約しておきながら、期待に添えないできたオバマ民主党政権側は、これまでのようには、ヒスパニック票を獲得できないかもしれないと思っているようだ。
現段階で、アメリカ市民が、アメリカという国を構成するベースラインをどう考えるか。最高裁はまもなくアリゾナ州法へ判決を下す。だが、この問題について共和党の対応は簡単には変わりえない。閉塞状態に光は射すだろうか。出口が遠ざかれば、不満はさらに鬱積し抑えがたくなる。20年前の1992年4月29日、ロサンジェルスのサウス・セントラル・ディストリクトで、ロス暴動が起きたことを思い出す読者はどれだけおられるだろうか。
References
“The nativist millstone” The Economist April 28th 2012
“Lexington: Are the Republic mad?” The Economist April 28th 2012