新常態とはノーマルなのかアブノーマルなのか
今年も中国経済については多くの話題があった。先日香港貿易発展局主催の「香港金融セミナー」に参加した。香港のエコノミストの多くは中国経済の現状について「事実上のハードランデイング」といった見方が多い。かなり前から政府統計の信憑性に疑問を投げかけていた彼らのことだから厳しい見方をするのも当然だ。セミナーは香港金融管理局の外事担当総裁補とか香港貿易発展局の人々が講師なので中国政府を真っ向から批判するわけにもゆかず人民元の国際化とか香港の役割といった話題に終始していた。一方外資系銀行の人などはかなり率直に中国経済の現状と香港でも中国株でかなりの損失を被っているとの指摘をする人もいた。
問題は生産設備(能力)の過剰はGDPの15%にも達するとみられており、鉄鋼とかセメントなどは全世界の半分の生産shareを持っているので今や世界中にダンピング輸出をしているといわれている。
まずは過剰な設備と過剰な債務を減らすことが必要だがこれは極めて難しい。北京政府も今後サービスや消費に経済の重点を向けるべく盛んに宣伝するがこの分野は参入規制が多く、大国有企業が製造業同様に影響力を持っている。国有企業が牛耳る経済構造を変えない限り中国経済の発展はない。一方現政権は国有企業の合併・再編による強大化を目指しており(国家財政上国有企業の利益のかさ上げが必要)逆方向に進んでいるように見える。米FRB議長の発言では「中国経済の減速そのものは大きな驚きではない、問題は予想に比べ大幅に減速するリスクがあるかないかということだ」といっている。この発言は正しい。大方の見方は中国経済の減速は十分承知しているし、中国経済を取り巻く問題も十分把握していると思う。
一方日本のエコノミストの間では中国経済の大幅な減速を予測する人もいるが、新常態は当然で今後も7%前後の成長を保持すると説く人も多い。
#新常態をノーマルとするエコノミストの説明
彼らの場合中国情報を発展改革委員会などのコネを使って取得するので何時の間にか中国政府寄りの情報となってしまう。(もちろん中国政府はそれを狙っているのだろうが)更に最近は上級官僚が恣意的に自らの功績を広めるために種々の情報をリークしているケースが多い。(反腐敗キャンペーンの影響もあろうが最近は官僚の社会的地位が下がっている。実際に給与水準、福利厚生などの処遇も悪化していると言われている。プライドと責任感を持った官僚が少なくなっているので政策立案より何もしないで机に座っているほうが無難との態度なのであろう)
*固定資産投資の伸びは低下しつつある 過剰設備については従来AIIBとか一帯一路戦略によって海外に過剰設備を売り込むことによって解消すると説明していたが最近ではscrap & build方式によって国内で過剰設備をscrapにすべく中国政府は必ずやり遂げると説く日本のエコノミストも現れた。(いつの間にか中国政府の代弁をしているわけだが)日本でも過剰設備の解決は簡単ではなかったように雇用問題もあり政府の命令で簡単に設備の廃棄が実行されるとは信じ難い。同じ問題は不動産投資についても大都市部の不動産価格は上昇に転ずるであろうと説く人が多いが実態はすでに不動産価格が大衆の購買できる範囲を超えているので過剰不動産が塩づけとなる公算が高い。
*統計数字の精度向上 最近の中国政府発表の統計数字はかなり精度が上がってきたと説く人もいる。李克強首相が電力消費量、鉄道輸送量、金融の中長期新規貸し出し残高を見れば中国経済の実態がわかるとしていたがこれらの数字は経済の実態を表していないとする説も出てきた。電力消費量の減少は製造業からサービス産業への転換が進んでいるので電力消費量が減るのは当然だと説くが果たしてサービス業への大幅な転換が行われているのだろうか。確かにネット通販が伸びて通販業または物流業も伸びてはいるだろうがまだサービス業の伸びが製造業分野にとって代わるところまでは行っていない。政府は国営独占の小売業の改革に手を付けているようにも見えるがおそらく中途半端な結果となるであろう。最近ではかつての対外貿易部(現在の商務部の前身)からできた華潤集団に対し大手小売りから手を引くよう指導しているようだ。世界最大のWalmartの中国事業は華潤との合弁であったが、合弁から華潤が下りると伝えられている。ネット通販は確かに拡大していると思われるが従来型の店舗を運営する小売業、特に衣食住すべてを揃える大型店舗は閉鎖が各地で起こっている。従来政府は大手外資小売りに対し華潤と組んで全国展開するよう指導してきた。華潤の場合、大都市の小売り合弁企業20数社の株式の25~35%を保有しているといわれている。これらとWalmartが合弁しているわけだが、多くは赤字経営の模様だ。一方Walmartは上記の合弁企業のうち21社の持ち分を華潤から買い取り=11月18日の米紙報道では総額33億元―640億円相当=今後は独自に展開するとしている。華潤は香港からスタートし中国各地で小売りを牛耳ったがここで不振事業を手放すよう政府も指導したように思われる。何れにしてもサービス業への転換はそう簡単なことではない。(本件についてはまた、別稿で触れたい)
鉄道輸送量の減少は高速道路網の整備により貨物輸送は鉄道からトラック輸送に置き換わったという。従来は鉄道輸送の大半は石炭・鋼材などで中国経済の減速によってこれらの貨物輸送が大幅に減ったという。確かにこれは一理あるが実際には貨物運賃は政府の指導もあり低額に抑えられている。中国の場合は高速道路ができると各地方政府は勝手にtoll gateを設置したり、高速から一般道に入ると地元政府が通行料をとったり鉄道に比べ通行料が安いとは言えない。日本企業でも高額品は自社のトラックで運ぶケースはあるが低価格品は鉄道に頼っているようだ。また、鉄道の場合沿岸部の港湾に直結しているので使い勝手が良い。東北部では一般道に入ると昔ながら収穫した穀類を道路一杯に撒き自然乾燥をさせているがこれも渋滞の一因となっている。いずれトラック輸送が主流となるであろうが鉄道輸送量とともにトラック輸送量も含められれば更に精度の高いものとなろう。但しトラック輸送量は民営が多いので統計数字が果たして出るか否か疑問だ。
*AIIB 一帯一路について
AIIBについては英国はじめ欧州諸国が参加することから”バスに乗り遅れるな“という議論が日本でも盛んであった。問題は普通の国際金融機関と異なり中国は理事会による決定方式を否定しており、本部は北京に、総裁は共産党本部の指令下に置かれるので重要事項の決定は当然党中央の指示に従うこととなる。日本の識者はAIIBに参加して中から改革すべきとの意見だが、党中央はそんな意見に耳を傾けるほど甘くはない。AIIBはインフラ整備を謳うが、かつての真珠の首飾り作戦=sea laneに港を造り中国海軍の船が自由に寄港できるようにする=に代わって中央アジア諸国のインフラ整備を行う作戦のようだ。問題は投資資金の調達だが、世銀とかアジア開発銀行のように国際金融市場から資金調達ができるのかという点にある。国際決済銀行の統計では世界全体の債券発行額は2012年に7000億ドル、2014年6700億ドルとなっている。ところがアジア開発銀行の試算では年間7500億ドルの資金を必要としている。この数字を基礎にすれば必要資金の調達はかなり難しい。中国政府は中国市場で調達可能としているが、Financial Timesなど中国は外貨準備をこれに回すとみている。人民銀行が中国本土に流入する外貨を買い上げそれに見合う人民元を発行するのであろうが、外貨準備を取り崩す場合実際上はドルペッグなので―現状では資金流出が起きており外貨準備も急速に減少している―人民元の発行も縮小せざるを得ないこととなる。また外貨準備は計算上のものなので、実態は米国債で大半が運用されているとすれば取り崩す場合は各国の中央銀行の了解も取り付ける必要がある。
中国全体で巨額の借金を抱えているとの見方も多い。マッキンゼー国際研究所の調査では中国の債務総額はGDPの282%との説もある。(ただしGDPの数字の信憑性にもよるが)
何れにしても資金流出を防ぐべく政府は国際金融市場から借り入れを行っているが米国を上回る世界最大の借入国との予測もある。欧州諸国の参加は実利に基いたものだが、2014年の対中直接投資は1230億ドルと発表されている。最大投資国はドイツでフランスなどはドイツと中国の結びつきに警戒感を表している。
いずれにしてもAIIBと一帯一路戦略がうまくゆけば中国のバブル崩壊を先送りできるので必死の外交戦を展開しているとみるべきであろう。蛇足となるが日本もかつてODAで問題となったのは資金の供給先がリベートなど見返りを要求することで、日本の出先もこれに悩まされた。AIIBの最大の問題点はここにある。
*TPP
中国はTPPを中国包囲網とみている。AIIBや一帯一路戦略は中国からユーラシア地域に作る中国主導の経済圏構想の一環でTPPに対抗するものと捉えている。但し現状ではTPPの条件で中国が受け入れられるものは少ない。知財権・国有企業問題など短期間で解決可能とは思えない。(人民元をSDRの基軸通貨とするため、中国政府はかなり強引な手段でIMFに食い込んだが、同じ手法がTPPで通用するとは思えない)
*新常態がノーマルでないと(ハードランデイングすると)一番困るのはアメリカだ。特に金融資本は深く中国に入り込んでいる。また、日本の大手証券会社も新興国株などのファンドを派手に売ってきたので新常態がノーマルに運営されないと困る。アメリカの場合、キッシンジャー元国務長官以来、中国に手を差し伸べればいずれ民主化するであろうとの幻想から友好策をとってきたが、最近はアメリカ内にもこれを否定する人々が多く出てきた。勿論、依然として中国と友好関係を続けたいとする一派もいる。新常態をアブノーマルとみるかノーマルとみるかは中国内で報道が規制されているので情報源をどこに求めるかにもよるが、いずれの場合も中国側の思惑通り日本国内で中国政府の宣伝に使われているとみるべきであろう。
これらのエコノミストに共通しているのは中国が何れ巨大な市場となると確信していることだ。
バブル崩壊を経験した日本の事情は中国側でも研究し尽くされているようだが、現在の中国経済の状況との類似点などを参考に日本の何年前の状況に似ているなどとの説明が多い。問題は高度成長がすべての問題を解決していたが実際には格差問題、公害、など成長に伴うひずみの解決がすべて先送りされていることも事実でこれの解決なくして再成長はあり得ない。先月の拙稿農業問題でも触れたが、日本の場合70年前の農地改革とその後の農政によって農村は都市部に比べはるかに豊かになっていた。一方中国は共産党政権誕生以来農民の犠牲のもとに経済成長したといっても過言ではない。農民を都市部に移動させるにしても高齢化による老人まで都市部に移動させることができるのだろうか。レスター・ブラウンの20年前の警告=誰が中国を養うのか=は今や現実となりつつある。