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終わりの始まり: EU難民問題の行方(15)

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EU基盤に亀裂進む
EUの国境管理システム、シェンゲン協定は、ヒトの域内における自由移動を保証するという画期的な協定であり、長らくEUを支える強い基盤となってきた。しかし、このたびの難民問題の深刻化に伴い、いまやその基盤には多くの亀裂が生まれ、EUが分裂、共同体としての結束力を失いつつある。中心となってEUを牽引してきたドイツの指導力、そしてメルケル首相の退陣時期も視野に入ってきた。

新年に入って間もない1月15日、アムステルダムにおいてシェンゲン圏26カ国の外相会議が開催された。会議の雰囲気は全体として沈鬱なものだったようだ。シェンゲン協定はほぼ20年間にわたり機能し、EUの地域共同体としての象徴ともいえる重要なシステムであった。このたびの難民問題で、その機能は半ば停止し、消滅寸前の危機にある。しかし、システムを完全に放棄する前に、2年間に限り施行停止をすることができる。すでにその方向へシフトした加盟国もある。

アムステルダム会議では加盟国の外相がそれぞれ協定の存続の困難さを述べたようだ。主催国オランダの移民大臣は、移民・難民の急激な増加によって国境を従来通り維持することは困難であると述べた。

オーストリアの内務大臣は、8時間にわたる協議の後、「シェンゲンは破綻の淵に立っている」と述べた。実際、オーストリアは2015年の難民申請者のうちで、ドイツ、スエーデンとともに3カ国で昨年の難民申請者の90%近くを受け入れてきた。新年に入って1月31日、オーストリアはスロベニアとの国境管理を復活した。これによって難民関係者の間でいわゆるバルカン・ルートとして知られる経路が制限された。オーストリアは次の4年間に予定する受け入れ数に上限を設けることも決めた。スエーデンも同じような制限を導入した。ドイツも2年間、国境管理を復活させるか検討中といわれる。

こうした議論の過程で、EUの東部に位置するギリシャへの批判が高まっている。ギリシャはヨーロッパでも有数の海軍を擁している。トルコと協力すれば難民のEUへの多数の流出などの点で、もっと有効に沿岸警備ができるはずだというのが、EUの多くの国が考えることだ。新年に入ってからも、トルコからギリシャへ渡った難民のは35,000を超える数になり、昨年の同期の20倍以上に達している。

破綻している東部戦線
EUとトルコの協定も実行される気配がない。しかし、イタリア、ルクセンブルグ、EU委員会などは、ギリシャを罰したり、シェンゲン・システムから追放することには賛成ではない。他方、ギリシャにも言い分はある。EUからギリシアは自国の再建のために厳しい緊縮策を実施するよう圧力をかけられている上に、EU全体の危機でもある難民問題まで多大な責任を負わされるのは横暴ではないかと考えるのだろう。

最大の問題はドイツの力、とりわけメルケル首相が3月半ばの連邦政府選挙までにどれだけのことができるかだ。難民の波は依然として続いており、目指した国に受け入れられずに送還される流浪の民として、ヨーロッパをあてどもなく、さまよう人々の増加、1万人を越えるといわれる行方不明の子供たちなど、新しい問題も表面化してきた。難民や移民の希望者を餌食とする人身売買ブローカーの取り締まりもいまのところ実効がみえていない。

ドイツ連邦共和国の連立与党の党首の間には、「歌舞伎の所作」といわれる微妙なやりとりが交わされている。メルケル首相は依然としてドイツが受け入れる難民(申請者)の数には上限はなく、現実には110万人近くが想定されているともいわれている。しかし、彼女もその数は「減少」させる必要があることをほのめかしている。他方、連立の相手方CSUの党首が現実に考えているのはかなり低い水準の20万人くらいのようだ。事態がここまでにいたれば、お互いにどの辺で折り合うのかは、意中にあるのだろう。それを明言することなく相手に気づかせるのがドイツ流「歌舞伎」らしい。

EUが抱える問題の重みを考えると、EUはいまだメルケル首相の指導力を必要とするだろう。しかし、厳しくなった環境において、不屈の女性宰相にもさらに踏み込んだ決断の時が迫っているようだ。

References
EU border controls: Schengen scheme on the brink after Amsterdam talks, the guardian, Jauary 26 2016
‘Kabuki in the Alps.’ The Economist January 9th 2016.

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