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終わりの始まり:EU難民問題の行方(20)

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送り戻される難民・移民:追い詰められたEU

危機の連続の中で
3月18日、EU28カ国とトルコ政府間で締結された協定で、ドイツ、フランス、イギリスなどEU28カ国の首脳は、これでひとまずEUに流れ込んでくる移民・難民の激流を東の域外国境で堰きとめることができ、当面の危機は回避できると安堵したかもしれない。しかし、危機は去ることなく、しばしの余裕もEUに与えなかった。

EU-トルコ間首脳会議が終了して間もない22日午前8時ごろ、ベルギーの首都ブリュッセルの空港で爆発があった。さらにブリュッセル市内にある欧州連合(EU)本部近くの地下鉄駅構内でも爆発が起きた。この連続テロによって32人が死亡し、合わせて180人以上が負傷した。過激派組織「イスラム国」(IS)系のメディアは22日、事実上の犯行声明を伝えた。テロが発生した空港現場はNATO本部と5kmしか離れていない。地下鉄の駅はEU本部に近接していた。まさにヨーロッパの中心で、テロが勃発したのだ。空港は復旧に時間を要し、12日後一部のみ再開されたが、全面復旧には時間を要するようだ。EUにとっては、文字通り本丸を急襲されたような衝撃だったろう。

協定は機能するか
昨年夏以来、混沌とした状況が続いた状況の中からやっと生まれたEU-トルコ協定 (EU-Turkey Statement, 18 March 2016)である。EU全域にわたる移民・難民の流れをEU圏の東の境界に位置するギリシャと域外のトルコを隔てる国境線でなんとか阻止、管理するという、これまで経験したことのない内容となった。しかし、きわめて短時日で合意にこぎ着けたこともあって、具体化に当たっての実務上の問題検討は間に合わない。加えて協定自体の合法性、さらに協定が果たして実際に機能しうるのかという深刻な疑問や批判が直ちに提示されている。前回ブログに一部重なるが、プレスリリースにしたがって、協定の骨子を紹介すると:

1)トルコからギリシャの島々へエーゲ海を渡ってくるすべての新しい不法移民をトルコへ送還する。この対応は3月20日以降に到着するすべての移民・難民を対象とする。トルコへ送還するに必要なコストはEUが負担する。

2)この措置の見返りに、ギリシャの島々からトルコへ送還されるシリア人ひとりにつき同数のシリア人をトルコからEUが受け入れる。これまでにEU加盟国に入国したことのない者に優先権を与える。必要な手続きなどは、EUの示唆するところにもとづき、EU加盟国、UNHCRなどが定めるものによる。これらの人々の受け入れ場所は、2015年7月に協定した18,000人分とし、必要な場合、54,000人分を追加する。この数を超えた場合には、この方式は停止される。

⒊)トルコは関係諸国との協力のもとに、新たに海路あるいは陸路でトルコからEUへ入国しようとする者を防ぐことに尽力する。

4)トルコからEUへ不法区入国を企てる者が、大幅かつ持続的に減少する状況となれば、代わって自発的で、人道的な入国受け入れ計画が作動する。

5)トルコ国民がEU域内を自由に旅行しうるためのヴィザの自由化は、すべての必要要件が充足されることを条件に、本年六月末を目標に進められる。トルコ政府はその実現のために必要な手続きに努力する。6)EUはトルコ政府の協力を前提に、30億ユーロをトルコ国内の難民収容施設の充実のために支給する。さらに設備のじゅうじつなどの進捗を待って、必要ならば同額を2018年末までに支援する。

高まるポピュリズムへの不安
このEU-トルコ協定が成立するにいたった背景には、各国の事情に差異はあったが、それを越えて合意に結集させる力が働いたと考えられる。簡単にいえば、EU主要国の指導者にとって、絶えることなく高いレベルで流入してくる難民・移民の動きが引き金となって、各国で高まりつつある外国人嫌い、右傾化、ポピュリズムの勢力拡大という政治的脅威になんとか歯止めをかけたいという思いが強く働いたようだ。政治家ばかりでなく、各国の国民がそれぞれ感じているヨーロッパはどうなってしまうのかという、漠とした不安だ。

今回、EUで最大の難民受け入れ国であるドイツ連邦共和国でも、ある世論調査では難民の問題に政府は十分「対応出来ていない」との考えが80%を越えたといわれる。難民・移民受け入れに反対する右派の支持率も12%近くになったといわれる。寛容な「歓迎」政策の維持を標榜してきたアンゲラ・メルケル首相の支持率も顕著に低下した。いずれ改めて検討してみたいが、EUの他の諸国でも、保守化・右傾化の動きは明らかに高まった。

この協定で注目しておくべきは、EU域外に位置するトルコの存在と役割だろう。かねてからEUにはトルコへの不信感ともいうべきものがあったが、事態がここにいたっては、トルコの地勢学的な戦略上の役割に期待するしかない。ギリシャが頼りにならないばかりか、EUの”お荷物”といわれる状況にあっては、ギリシャに期待はできない。昨年来、トルコへの多大な注目と支援で、トルコの存在感は急速に増大した。「いつも笑顔の」首相と言われるトルコのダウトオール首相の顔は、渋い顔のEU諸国首脳と比較して輝いていた。しかし、首都アンカラでも自爆テロが発生するようになり、社会的混乱も増加して、最近はその笑顔もあまり見られない。

トルコについては、「送還に適した安全な第3国」とみなしうるかについて疑問が提出されている。これまでの経緯からも、トルコからギリシャへ渡航してくる難民、移民は、入国申請などに必要な書類も保持していないか、書類偽造など入国条件を充足しえない書類しか提出しえない者も多く、しかも悪質な渡航斡旋業者も暗躍し、国境付近ではかなり混乱が生まれているようだ。国内の治安もかなり悪化してきた。

協定が意味するもの
結局、この協定はなにを意味するだろうか。きわめて象徴的にいえば、EUという共同体の東の外壁が崩れ、全域の危機に近い状態が生まれたことについて、まずその応急措置として壊れた城壁の修復を図ったといえよう。しかし、あくまで異例の応急措置に過ぎず、どれだけの効果を挙げ得るか不明な点が多い。しかも、最前線の当事国であるギリシャ、トルコの両国ともに、国内外に財政不安、(トルコのクルド人問題など)内戦の火種となりかねない深刻な問題を抱えている。

このたびのEU-トルコ協定で、トルコはEUからの多額の資金援助を期待できるとしても、短期に目に見える効果がでてくるとは思えない。4月4日からギリシャからトルコへの送還プログラムが始まっているが、初日からギリシャやトルコの国境線付近では、国境警備官との衝突、暴動などの混乱が生まれている。EUやトルコなどの都合で、発言の機会もなく東西へ送還・収容される難民・移民の心情を考えると、やりきれないものがある。トルコにしても国境や沿岸の警備、難民収容施設の維持・管理など、果たして大きな問題を惹起することなくやっていけるのだろうか。

今回の協定に対する根本的な疑問や反対も強まっている。最重要な批判は、この協定が、EUがその創設以来掲げてきた近隣諸国からの庇護申請者に対する人道的で寛容な受け入れに反する動きとみられることである。さらに国連、とりわけUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)などから難民の集団移動(一括送還)などについて強い反対が表明された。EUの理念の根本に関わる問題でもある。

EUは外からの圧力に加え、内部でも加盟国間の政治思想、経済格差などの差異が目立ち始め、衰退の色は覆いがたい。かろうじて分裂を回避しているような状況に近い。EUはどこへ向かうか。中心となるドイツ、フランス、イギリスなど主要国の推進力にも陰りが目立ち、混迷の度は急速に深まっている。大きな危機を生みかねない火種はいたるところにあるが、当面、不安が解消しない「EU東部戦線」(ギリシャ、バルカン諸国)からは目が離せない。EU「分裂」の可能性は依然高いが、「スーパー・ステート(超大国)」への道からは確実に遠ざかっている*。

 

References
Dalibor, Rohac, Towards an Imperfect Union: A Conservative Case for the EU (Europe Today) Paperback,  2016

John peet and Anton La Giardia, Unhappy Union: How the euro crisis-and Europe- can be fixed, London:The Economist, 2014.

“Is there a better way for Europe? break-up or superstate” The Economist, May 1st-June 1st, 2012.

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