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右脳インタビュー  加藤幹之

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片岡:    今月の右脳インタビューはIntellectual Ventures社(以下、IV)上級副社長(EVP)兼 日本総代表の加藤幹之さんです。本日は知的財産についてお伺いしていきたいと思います。

加藤:    1980年代、日本のものづくりに敗れて自動車産業も斜陽化していた米国は1985年にヤングレポート(注1)を出して「知財をもっと活用して産業を復興させる」と宣言、政策を次々と打ち出します。そして95年からはインターネットの時代となり、デジタルエコノミーを使って、まったくゲームを変えてしまいました。今、世の中はインダストリー4.0、IoT(Internet of Things)等だといわれますが、もっと大きく見ると、産業革命でものづくりがどんどん進んで社会の効率も高まり、今度は知識や情報、技術など、今まで目に見えなかったものが本当に価値を持ち、それをうまく使える人がビジネスで成功し、それを使いやすくできる国が栄えるようになってきています。日本は、突出する必要まではなくても先頭集団には入っていなくてはならないのですが、今はまだ遅れています。日本には元々の技術を生む力はあります。しかし、それが世の中を変えるイノベーションに繋がらない。いい技術があっても、それを本当に使えるものにするには、モノ作りの技術が必要ですし、それが商品として価値を持つためのブランディングや営業力、資金力といったものがうまく合わさって、やっとビジネスになる。弁護士や弁理士、会計士といった専門家も、客観的に目利きする人、技術をもっと良い形に変えていく人もそうですし、それを見ながらリスクをとって投資していく人などを含めた仕組みです。残念ながら日本は、お金はあるのに本当にリスクをとった投資がなされない。結局投資というものは、勝率がどれだけかという競争でしかなく、失敗するものは必ず出てくる。失敗しないような投資を求めれば、それは融資で、十分なリターンも見込めません。そうした技術を支える色々なことを含めて、私は「イノベーションのエコシステム」と呼んでいますが、日本はそれがうまくできていません。

片岡:  イノベーションとリスクマネーは切っても切り離せませんね。

加藤:    先日ノーベル賞を受賞した大村智先生は、土壌からバクテリアを見つけて薬を開発しましたが、当初、日本の製薬会社を回って、製品化を依頼したのですが、どこもリスクも大きいし、投資もできないからと躊躇した。目利きができなかった…。最終的に米国の製薬会社にもっていくと、彼らは「これは素晴らしい」と可能性を見出し、リスクをとって多額の投資を行いました。そして製品化に成功すると、同社はアフリカでは、かなりのものを無償で配って病気を根絶した。そういうことがあったからノーベル賞に繋がりました。しかし、ずっと昔ですから「米国の会社に技術を渡すのか」などという議論もあったようです。もし大村先生の技術があのまま日本で誰にも使われなかったら、あの薬は今でも生まれていなかったかもしれないし、それによって多くの命も救われることがなかったかもしれない。大村先生も250億円を超えるライセンス料を得ることもなく、北里大学に多額の寄付をすることもできなかったはずです。今や知財に国境はありません。本当に良い技術は皆で使えるようにして、結果として日本にも多大な利益がくる、そんな素晴らしいことはない。日本企業も世界に出ていってモノを売っているのですから、いいものを発掘しても日本のマネジメントじゃないといけないなんて言わないで、良いビジネスをやればいい。今はそういう時代です。どこにいっても世界を救えるわけですし、リターンがなければサステナブルにはならない。もっと大きな市場を作って貢献できるかということが重要なのだと思います。
さて、日本の伝統的知財戦略は事業の自由度を確保するためにクロスライセンスを行うなど防衛のために多くの知財を保有してきましたが、最近、世界では知財自体の取引や、知財で利益をあげる事例が増加、知財が独り歩きし始めています。例えば、2011年、ノーテルの特許6000件をアップル、マイクロソフト等6社のコンソーシアム(ロックスター)が45億ドルで買収後、ロックスターは同特許でグーグル、サムスン、LG、ファーウエイ他数社を提訴、ファーウエイ、グーグルが和解。その後、ロックスターは4000件の特許をRPXに売却。また2011年グーグルはモトローラを125億ドルで買収。関連特許は2万4000件(内7000件は審査中)。 その後、グーグルは29.1億ドルでモトローラをLenovoに売却にしたものの、大半の特許は継続保有しています。更に2013年にはマイクロソフトがノキアの携帯とサービス部門を72憶ドルで買収しますが、その内21.8憶ドルは特許ライセンス料です。サムスンはマイクロソフトによるノキア買収を理由として特許使用料支払いを止め、マイクロソフトはサムソンを提訴しました。このように、近年、大型の訴訟や知財を重要な要素とした事業のM&Aが増加、知財がビジネス競争上の重要な要素だという認識が広まって取引価格も一桁大きくなっています。
IVも1号、2号、3号ファンド…と、一定期間ごとに新しいファンドができています。それは当然、最初のファンドがうまくいっているからです。そして、今までは株や不動産に投資していた人も、新しいアセットクラスということで知財にとても興味を持っていますし、金融でも、FinTechといって新しい技術が取り入れられてくる中で、非常に価値が出るだろうと興味が高まっています。

片岡:    日本からの出資はどのような感じでしょうか?

加藤:    日本は投資家としての参加がまだ少ないのが現状です。元々米国発のファンドということもあって、米国の投資家に偏っていますので、これからもっとグローバルにしたいと思っています。

片岡:    御社が会員制で提供している、買収した知財等を活用した紛争防衛のプログラムなどへ参加する日本企業は多いですね。

加藤:    それもありますし、新しい技術を開発するチームはその技術毎に、色々なパートナーと技術を開発して事業を起こしていますので、その面で日本企業と組んでいるケースも沢山あります。それでも新しい金融商品に向かうにはそれなりに時間がかかるもので、不安があるというのもよく分かります。まだ知財が投資の対象になりにくい最大の理由は価値を絶対的に評価するのが極めて難しいからです。1602年、世界初の株式会社である東インド会社が設立されたといわれていますが、当時、株は王侯貴族、大商人がリスクを分散する仕組みで、もしそれがうまくいって、大きな船団を仕立てて帰くれば、莫大な利益が得られますが、途中で船が難破してしまうと投資がゼロになってしまうというようなものでした。会社の価値が、そんなに動くようでは、一般の人は安心して取引できません。株式がそうしたものから、安心して取引できるようなものになるまでに400年かかりました。知財が10年、20年でそうなるとは思えませんが、何れ知財についても、皆がもっと安心して投資をして、そのお金で良いものを作ったり、社会としてしっかりと活用していく仕組みが出来上がっていくのだと思います。それは人類にとっていいことだと思いますが、今はまだ端緒についてばかりです。勿論、仕組みをどうやって作っていくかという試みは色々なやり方があっていい。今の時代はこうでも、それは長い歴史の中でもっと理想形に変わっていく。だからIVは100年、200年後、あの頃、こういうことをやっていた会社があると、チラッと歴史に出てくれば嬉しい。大きな方向はまちがないないと思っていますが、やり方は気を付けてやるべきだし、実際IVも厳しいルールを持ってやっています。それでも、今までと違うことをすると色々な意見がでます。でも誰かがそれをやるから人類は進歩します。

片岡:  知財を利用するという点から見ると、日本企業は、外部の技術、或は専門家に対するハードルと、内部に対するハードルの違いがあまりにも大きいことが多々あるように感じます。

加藤:    そこは物凄く弱いと思います。そういう意味では客観的に自分を見られない。大手企業には中央研究所があって、自分でずっと技術開発をしています。勿論、そこのメンバーは非常に優秀ですが、今の時代は、どんな大企業だって自分たちだけで全ての技術を賄ってビジネスにするのは不可能で、外部のいいものは取り込んで、自分のものとうまく組み合わせて、活用し、迅速にビジネスにしていかねばならない…。だからオープン・イノベーションといわれているのですが、では日本の企業がオープン・イノベーションを本当にやれる体制になっているかというと、残念ながら、そうではありません。NIH(Not Invented Here)症候群(自社開発の技術ではないという理由で採用しない姿勢)では…。またグローバルで戦うという点から見ると、初めから日本市場を考えるということは価値の一部しか見ていない可能性が高い。欧米は勿論、巨大市場は中国とかインドにあります。そういう人たちの意見、まったく我々が考えなかったことを取り込めないと、本当の意味の評価はできませんし、世界の競争に勝てない。世界で戦うためには、どうしても外部の人間も必要で、技術開発だけではなく、製品開発、マーケティングの方法についても外とのコラボレーションが凄く大切になってきます。

片岡:    米国の場合、評価にしっかりとコストをかける企業も多い、だから取り込めるし、リスクも取れる。特に御社は物凄くコストをかけていますね。

加藤:    自分の中の目だけではなく、外の人の意見はすごく重要です。しかし、日本は、そういうところにお金を掛けるカルチャーが弱い。これは凄く感じます。我々はそういうものを評価すること自身が仕事です。語弊はありますが、良い技術を安く手に入れて、高く活用する、その差が我々のビジネスとなる。そして良い技術と思って手に入れても、全然使えないとなると大変な損失ですから、良い技術を見つけるためには十分なコストをかけ、技術を使えるようにするためにも大変なコストをかけます。ですからIVは、ある意味で、各国の技術者とロイヤーによる世界最大の評価のチームでもあります。
さて、IVは今、数千億円のファンドを運用し、4万件ぐらいの特許を保有しています。購入後期間が終了したものもありますし、我々が特許を買うときはファミリーで買うのですが、米国と欧州とアジアの主要国以外の世界中に特許があっても維持費がかかるので放棄する地域もあります。8万件買って、4万件が残っているというイメージです。そして8万件買うためには、おそらく100万件以上の案件が持ち込まれてきたと思います。特許を買うときは、一回で何百件、何千件という場合もありますが、多くは10件以内で1件ということも多く、一件、一件、キチンと評価しています。日本企業だったら、これほどコストをかけてやることは難しいでしょうね。それに、「こういう特許は過去こういう使われ方をしているから、こういう価値がある」ということが見えないとたぶん怖くて買えないでしょう。

片岡:    リスクを取るための仕組みを作り上げ、そして大きな資金力を投入して、一気に知財を囲い込む。米国らしく、そして米国という地の利を存分に活かしている…。さて、御社は、更に新しい特許を生み出したり、活用するために、世界最高峰の頭脳を結集していますね。

加藤:    IVは主に3つのファンドを持っていて、一つ目は①特許の購入、ポートフォリオの構築及び管理ライセンス活動を行うもの(BUY事業)で、後の2つは研究開発キャピタルで、②IV研究所(注2)および世界有数の科学者・発明者たちによる社内発明によるもの(BUILD事業)、③発明者および企業のグローバルネットワークとの協業によるもの(PARTNER事業)で、ある意味でクラウドソーシングをグローバルレベルで組織的にやっています。それらが相互に関係しながら、過去、現在、未来のすべてに必要な技術を提供するそういう構造となっています。大雑把にいえば、BUY事業は過去から現在のもので、顧客企業にとっては事業の防衛や事業の自由度の確保に繋がります。BUILD事業とPARTNER事業は現在から未来に向けたもので、将来事業の創出や協業といった価値を提供しています。IVは欧米でもユニークな新しい試みですが、IVの技術に投資をするという発想はこれからもずっと進んでいくでしょう。やり方というのは、それぞれの会社で違うでしょうが、そういう方向に投資の対象が移り、且つ、世の中の価値が技術や情報に知識に移っていくことは間違いなく、それをどう正確に理解し活用していくかという競争が始まっています。尤も、あえて言うとIVもまだUSAセントリックな面があって、できることならば進化の過程の中で、もっとアジア的、日本的なものも取り込んでいかないといけない。明らかに、ビジネスも知識、情報、技術もアジアにシフトしていますし、将来のポテンシャルも大きい。そして新しい技術が欲しいというだけでなく、技術を生み出す側もアジアの比重が大きくなっています。例えば中国では特許が年間100万件という時代になってきています。質の問題はともかく、それだけ注目としているということ、潜在的な需要があるということです。勿論、権利行使などは歴史的な問題、法律の制度の問題などあり、そういうものができてきて、更に裁判所の整備もして、うまく運用できるようになるには、まだかかると思います。ただ、この十年、特許の数も含めて幾つかの裁判の案件を見ていますと、非常に中国のスピードは速い。中国は近いうちに大きな知財国家になっていく。裁判の数だけ見ても、日本に比べて非常に多い。勿論、コピー商品のような裁判も多いのですが、一ケタ以上違います。中国や韓国には米国の一戦で活躍して帰国したグローバルな人材も多く、そして若い人たちが、どんどん、そういうことを経験しています。次の時代にグローバルで、色々な知財紛争を解決するような人材ができてきています。そのうち日本の先を越していくかもしれません。私はアジアの中で、日本が知財問題についてもハブになって、日本に行くと技術がある、日本に行くと知財の紛争が解決できる、だから日本にも人も技術も集まる、そういう国になって欲しいと思います。しかし、残念ながら、今は日本で紛争解決をしようとしても不自由でしょうがない。日本とヨーロッパの会社が紛争解決の問題がある場合、米国の裁判所でやろうという例が多く、結局、米国で世界の大戦争をやる。そこで解決すると、だいたい落としどころはこの辺だとなっていく。つまり、そこで世界のデシジョンが作られていきます。日本で、どれほど素晴らしい知財制度、裁判制度を作っても利用されなくなってしまう…。そうなると人材育成ができない。だから、差がさらに開く…。これは凄く大きいことです。

片岡:    貴重なお話を有難うございました。 ~完~

インタビュー後記

加藤さんは富士通時代、組織を変えるために、本流の異端、いつも外野のフェンスのぎりぎりのところにいつづけたそうです。でも今は「外に出てしまいました。ただ出てみると、また違った見方があって、中にはもう帰られないけど、非常に全体が見えてくる。ある意味では、ジョン万次郎の気分です。外にいても、世界で本当に起こっていることの本筋が見えるところにいれば、やはり日本の流れは違ったし、知財の世界ではガラパゴスだという面が確かにみえます」と。平成のジョン万次郎を日本は如何に活用するのでしょうか。
異能や外部を活用できない組織には様々な要因がありますが、ある財界人によると、第一はトップに自信がないからで、そういうトップが選ばれてしまうような仕組みを組織が持ち続けていることが問題なのだそうです。

聞き手 片岡 秀太郎

 

脚注

注1 http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/hpaa200801/08060518/075/007.htm
注2 http://www.intellectualventureslab.com/

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