Home»オピニオン»「宴の後」を展望する

「宴の後」を展望する

0
Shares
Pinterest Google+

情報メモ30

2018.1.23

はじめに

 ピョンチャンオリンピッ(2月9日~25日)とパラリンピック(3月9日                                 ~18日)が間近に迫ってきた。平昌五輪を巡る南北会談については、「情報メモ22号」で「キツネとタヌキの化かしあい」と形容したが、23日現在、その成り行きは「ピョンチャン五輪ではなく、ピョンヤン五輪」と言われるほど北朝鮮主導で進んでいる感がある。オリンピックとパラリンピック終了時、この南北融和がどこまで深化するか目が離せない。

本稿では、両五輪終了後――「宴の後」――の、北朝鮮の核ミサイル開発問題がどのように進展するのかを概括的に展望してみたい。

○ アメリカ

  • トランプの新たな国家安全保障戦略と国家防衛戦略

 トランプ政権は昨年末、新国家安全保障戦略を発表した。この中で、アメリカが直面する脅威としては、14年にウクライナ南部クリミア半島を編入したロシアや、南シナ海の軍事拠点化を進める中国を、第二次世界大戦後の国際秩序の変更を試みる「修正主義勢力」と指摘した。北朝鮮やイランなどは、テロを支援し大量破壊兵器によって地域を不安定化させる「ならず者体制国家」と位置づけ、明確に批判。また、過激派組織「イスラム国」(IS)や米国内で勢力を拡大するラティーノ(中南米系)ギャング「MS13」など「多国籍組織」にも言及した。

トランプ政権の国家安全保障戦略を受けて、今月19日、マティス国防長官は新たな国家防衛戦略を発表した。これについて、「アメリカの新国防戦略、中ロとの競争を柱に 対テロ戦争から転換」と題する19日付ロイター電は次のように報じている。

 

米国のマティス国防長官は19日、新たな国家防衛戦略を発表し、中国やロシアとの競争を戦略の中核に据えることを明らかにした。米国は過去15年あまり、イスラム過激派との戦いを国防戦略の優先課題としてきたが、ここで方針を転換する。

国防総省の今後数年の優先課題を設定した新戦略では、中国とロシアを、自国の権威主義モデルに沿った世界の構築を目指す「修正主義国家」と呼び、両国の挑戦に対抗する米国の強い決意を示した

マティス長官は新戦略の発表にあたり「われわれはテロリストとの戦いを遂行し続けるが、現在の米国の国家安全保障の優先課題はテロリズムではなく、大国間の競争だ」と語った。

  • アメリカの対中国・ロシア競争戦略の狙い

☆ 競争戦略の成功例――レーガンがソ連に挑んだ軍拡競争

米国防省の総合評価(ネットアセスメント)局長を1973年から2015年まで務めたアンドリュー・マーシャル氏(今年96歳)は、冷戦時代、「ソ連という強力なライバルとの競争に勝つためには、相手の弱点を突き、体力を消耗させることが重要である。すなわち、アメリカはソ連の弱点を見つけ、軍事優位を保つ戦略を採用すべきである」との構想を提唱した。米国防省はこの構想を採用し、それに基づいて生まれた軍事戦略が「競争戦略」と呼ばれるものである。

中央情報局( C IA )などが調査した結果、ソ連の弱点は、「経済の疲弊」であることが分かった。レーガン大統領は、ソ連を「悪の帝国」と呼び、共産主義との対決路線を打ち出した。とりわけ、敵が発射した大陸間弾道弾(ICBM)や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)をレーザービームで破壊するという戦略防衛構想(SDI)を進めた。SDIは、宇宙空間をも舞台にするため、スター・ウォーズ計画とも呼ばれた。この軍拡路線が、ソ連を軍拡競争に引き込み、経済的に窮地に追い込んだ。その結果、ソ連共産政権を崩壊に導き、冷戦を終結させたことは、レーガン政権の功績である。

因みに、ネットアセスメントとは、「中長期的な仮想敵国の総合戦力の盛衰を見積もること」と、筆者は考える。マーシャルは、中国の総合戦力を分析する上で、人口動態、水の需給、世論の変化、さらには、中国の歴代王朝の行動なども調査し、それらを勘案して分析を試みたといわれる。

☆ アメリカの優位性と中国・ロシアの弱点

影のCIAと呼ばれるアメリカの民間情報機関ストラトフォーに12年間勤務し、分析部門の次席にまで上り詰めたピーター・ハイゼンが書いた『地政学で読む世界覇権2030』という未来予測の本がある。ハイゼンが同著で、2030年頃に焦点を当てて分析したアメリカの優位性と中国・ロシアの弱点とはこうだ。

アメリカの人口ピラミッドを分析すれば、2040年にはベビーブーマー世代が“あの世に召され”、人口状況は労働人口の割合が増えて好転する。これにより、莫大な資本の蓄積や、巨大な消費市場が安定的に維持される。また、エネルギーとしては、持続可能なシェール資源がある。それ故、アメリカは中国・ロシアなどとの「戦い」を選ぶこともできれば、世界から完全に「引きこもる」ことも可能である。

戦後、世界の繁栄や人口爆発をもたらした大きな力は、アメリカ主導で構築したブレトンウッズ通貨体制であった。この通貨体制では、金との交換が保証された米ドルを基軸として、各国の通貨の価値を決める固定相場制度であった。71年に金ドル交換は停止されブレトンウッズ体制そのものは終わりを迎えたが、ドルは基軸通貨としての地位を維持し、世界経済での米国の優位性を支えてきた。

ブレトンウッズ通貨体制にはもう一つの見落とされがちな側面がある。それは、すべての国が行う海上通商の安全をアメリカ海軍が担保していることだ。それは日本・韓国・台湾などのアメリカの同盟・友好国のみならず、中国も直接恩恵を受けている。だから、アメリカがブレトンウッズ体制を放棄すれば、各国は安全な通商を期しえなくなるのだ。

中国の将来予測に関しては、ピーター・ハイゼンの師匠に当たるジョージ・フリードマン(ストラトフォー創設者)が、その著『100年予測』の中で「アメリカへの次の挑戦者は中国ではない。中国は本質的に不安定だ。今後、力を蓄えていき傑出する国は、日本、トルコ、ポーランドである」と述べている。

また、ハイゼンも、中国の財政システム問題、人口問題、アメリカへの依存(米海軍のシーレーン防衛、アメリカ市場へのアクセス)などが深刻であり、「ゆっくりと破局に向かいつつある」と、分析している。また、中国の地政学に触れ、「中国は『好戦的な北部(北京中心)』、『商業的な中部(上海中心)』、『分離主義的な南部(香港、マカオ中心)』、『内陸部』に分かれており、現在は共産党独裁政府が武力で束ね、一つにまとまっているが、「巨人・中国は倒れる(分裂する)」と見ている。

ロシアの将来も暗澹たるものだ。ハイゼンは次のように分析している。第一に、広大な国土は、地政学的に見れば、防衛上隙間だらけで、それを達成るのは不可能だろう。第二に、ロシア人――つまりロシア民族――は消滅しようとしている。現在、ロシア人の間でHIVと多剤耐性結核が蔓延しており、中でも15歳から35歳の若者――次世代を生む世代――の間に感染者が集中している。ロシアは、わずか数年後には、状況の改善はおろか、現状維持さえできなくなるだろう。また、数世代後には、ロシアが国家として、ロシア人が民族として生き延びるのは不可能になっていると言わざるをえない。ロシアに行動を起こす力があるのは、せいぜい後8年が限界だ。(筆者注:本書は2014年出版なので、8年後とは2022年に当たる。)

ジョージ・フリードマンとピーター・ハイゼンの未来予測が正しいとすれば、アメリカは、中国とロシアに対して、戦略的に圧倒的に優位にあるわけだ。

☆ トランプが中・ロに仕掛ける競争戦略の狙い

 上記の文脈からすれば、アメリカは過去15年あまり、イスラム過激派との戦いを国防戦略の優先課題としてきた方針を転換し、中国やロシアとの競争を戦略の中核に据えることは、リーズナブルだと思われる。レーガン政権時代、ソ連に競争戦略仕掛けたのと同様に、中・ロに軍拡競争を挑み、両大国の凋落を加速するのが狙いなのだろう。

  • “主役”と“脇役”

本稿末に、「“主役”と“脇役”」と題する記事(自衛隊家族会紙「おやばと」2016年4月号に寄稿)を添付した。この記事の趣旨にあるように、朝鮮半島問題においては、”主役”は米・中・露であり、韓国と北朝鮮は“脇役”に過ぎないのである。

トランプ登場後、同政権は“脇役”が仕出かした問題解決に目を奪われ、本来の「主敵」である中国との覇権争い等を閑視する傾向があった。それどころか、北朝鮮問題の解決を中国に頼む始末だった。

今回、「中国やロシアとの競争を戦略の中核に据える」という決定は、アメリカが迷妄から目が覚めた証拠で、喜ばしい。日本にとっても、「中国の脅威」と「北朝鮮の脅威」があるが、その重大性・深刻さから言えば、断然「中国の脅威」であろう。これまでの情報メモで述べたように、「イソップ物語」ではないが、北朝鮮の挑発に乗って軍事的な圧力を加える程、むしろ金正恩体制の基盤を強化するという皮肉な結果になる。また、世界規模の制裁強化が解決に繋がるという保証もない。

  • 「宴の後」のアメリカの北朝鮮問題への対応

「情報メモ」で述べてきたように、アメリカにとって、北朝鮮の核ミサイルの脅威は、中国やロシアのそれに比べれば、左程のものではない。大戦略家ルトワックが「北朝鮮の核ミサイルを阻止する最後のチャンスは今しかない。ソウルが火の海になっても今こそ攻撃すべきだ」と、主張するのもわからないではないが、アメリカの戦略思考は北朝鮮問題を主題と捉えるべきではない。

アメリカの喫緊の課題は、世界規模での中国とロシアの挑戦なのだ。局地的・マイナーな問題で軍事力と予算を消耗すれば、中国とロシアは、ほくそ笑むのだ。アメリカの、対北朝鮮問題解決の処方箋は、すべて対中国・ロシアという「原点」で思考・策定すべきである。

このような観点から見れば、アメリカは今後、北朝鮮問題から距離を置く可能性がある。勿論、哀れなほどに習近平の助力を頼むこともなくなるはずだ。韓国・文在寅が「北朝鮮を養う」というなら、「それもよかろう」と放置するだろう。キツネとタヌキが抱き合って、「アメリカの攻撃を躱せるぞ」とはしゃぐ姿を、冷ややかに眺めるだろう。その代わり、今後、アメリカが北朝鮮を先制攻撃する際は、韓国からは、フリーハンドを得、文在虎の「哀願」を無視することをためらわなくなるだろう。

  • 米国の対北朝鮮軍事攻撃のやり方

アメリカは、平昌五輪後、北朝鮮内のある目標――金正恩はICBMのように死活的なものではない――を、奇襲的に攻撃する。この攻撃は、昨年4月、トランプが「シリアのアサド政権が化学兵器を使った」と断定し、シリアの空軍基地に対して、59発の巡航ミサイル「トマホーク」を撃ち込んことをイメージすればよい。

もしも、北朝鮮が、これに反発して全面反撃するならば、アメリカは、5015作戦や5027作戦のような全面作戦に移行する。そうなれば、金正恩は確実に殺害されるし、北朝鮮全土が灰燼に帰すことになる。

金正恩が馬鹿でなければ、全面的な反撃をためらうだろう。金正恩は、在韓米軍はもとより、韓国に対して全面軍事攻撃をすることを慎重に検討するだろう。否、アメリカの先制攻撃(金正恩を試す攻撃)あらかじめ検討し、対応要領を決めているかもしれない。「アメリカの攻撃は、取るに足らない目標に対して、一回だけだった。俺が、2010年11月に仕掛けたヨンビョン島砲撃事件と似たようなものだ。迂闊に全面反撃しない方が我が身のためだ。」と考えるだろう。その上で、北朝鮮軍と人民に「金正恩は弱腰」と言うそしりを免れるための手を打つことだろう。それが失敗すれば、金正恩は独裁のパワーを大幅に削がれ、やがて失脚するかもしれない。

トランプは、11月の中間選挙の勝利を得るために、敢えて、このような冒険をやるかも知れない。

○ 北朝鮮

 金正恩は、平昌五輪大作戦の戦果に陶酔しているかもしれない。「ピョンチャン五輪をピョンヤン五輪にした。文在寅を抱き込むことによって、アメリカの軍事攻撃から防衛する術を手に入れた」と自画自賛しているかもしれない。

次の課題は、延期した米韓合同演習(フォールイーグルとキーレゾルブ)を中止に追い込むことだ。それは、文在寅を使えば可能になる。米軍は、演習にかこつけて、戦力を朝鮮半島周辺に推進・展開し、北朝鮮を奇襲できる。また、この演習を春先にやられると、農作業に支障をきたし、食糧不足に拍車をかける。何としても、阻止しなければならない。

文在寅が阻止できなければ、金正恩様の直接おでましだ。「トランプよ、米朝会談に応じてもええよ」と、微笑外交を仄めかせば、アメリカは直ぐに応じるに違いない。会談を開いて、得意のじらし作戦で、トランプが気を揉む11月の中間選挙まで引っ張れば、しめたもの。北朝鮮は、そう考えているかもしれない。

トランプが新たな国家安全保障戦略と国家防衛戦略を発表したことも北朝鮮には好都合だ。トランプは、中国とロシアを、自国の権威主義モデルに沿った世界の構築を目指す『修正主義国家』と呼び、両国の挑戦に対抗する米国の強い決意を示した。

こうなれば、中国にとっての「北朝鮮株価」は高騰するに違いない。これまで、中朝関係は冷え込んでいた。金正恩は、「こうなれば、俺の方から頭を下げなくても、習近平の方から秋波を送ってくるはずだ」と考えてもおかしくない。

このように、北朝鮮にとって「宴の後」は、ベターな環境になっていると思えるかもしれない。しかし、前述のように、トランプは文在寅には容赦なく北朝鮮に対する軍事攻撃ができるようになるのだ。

○ 韓国

文在寅が北朝鮮にへりくだる理由は何だろう。彼は、「北朝鮮の隠れエージェント」なのかもしれない。そうでなければ、ただひたすら平昌五輪の成功のために、北朝鮮の要求を飲んでいるというのか。平昌五輪が成功すれば、彼は大統領としての歴史に名を刻むとは言わないまでも、一定の功績を残すことができる。また、民族史にも。

もう一つの理由。それは、五輪を利用して、「北朝鮮を釣込み」、その脅威を抑えると同時に、アメリカの先制攻撃も封じ込め、ソウルを火の海にすることを阻止できるからだ。五輪が成功すれば、「俺は、二つの脅威・リスクを排除した」と、文は胸を張るだろう。

果たしてそううまくいくかどうか。前述のように、トランプは対アメリカ(先制攻撃阻止)の思惑で「南北融和」した北朝鮮を遠慮会釈なく攻撃(韓国は巻き添えを食う)するかもしれない。

歴代韓国大統領は世論に叩かれた。文在寅も平昌五輪の「出来栄え」などで、世論(支持派と不支持派に分裂)の批判を受けるだろう。金大中政権同様に、米国や韓国国民にひた隠しにしていた「北朝鮮との密約」が露見して、朴槿恵前大統領のように、弾劾されるかもしれない。文はこの事態に構備えるかのように、「保険」として、日韓間の従軍慰安婦合意を蒸し返し、いつでも火をつけて煽れる準備を完了している。

○ 中国

習近平は、トランプが新たな国家安全保障戦略と国防戦略を発表し、中国とロシアを「修正主義国家」と呼び、両国の挑戦に対抗する強い決意を示したことに、「トランプめ、やっと気付いたか。愈々これからが本番だな」と、考えているに違いない。

今後は、北朝鮮問題で、アメリカに遠慮するかのごときジェスチャーは不要となり、トランプへの気兼ねも要らなくなる。アメリカ主導の北朝鮮への制裁は「反古」にすることもできる。否、「反古」にすることにより、北朝鮮に恩を売り、自国に従わせるように工作するだろう。

今後は、添付資料2(中国による日・米・韓の離間策―核ドミノ戦略)に示すように、中国は、核保有国となった北朝鮮を中国の国益のために最大限に使って、究極的には米韓次いで日米を分断し、北東アジアからアメリカを追い出すことに奔走るようになるだろう。

○ 日本

安倍政権は、日米同盟を最大重視しつつも、プーチンとの対話を維持し、習近平との関係も模索するスタンスだ。トランプの新たな国家安全保障戦略と国家防衛戦略が、従来の日本の外交路線に如何なる影響があるのか、今後十分に分析・観察する必要があろう。

マティス国防長官は、新たな国家防衛戦略は、同盟国との国際的な提携も重要になるとした上で、各国の責任分担の必要性についても強調した。因みに、トランプ大統領は、選挙キャンペーン中から同盟国に応分の防衛費負担を求めており、今次の新たな国家防衛戦略において、各国の防衛責任分担の必要性について強調したのは、予期されたことだ。中国との競争戦略において、アメリカが、日本の防衛努力に期待するのは、けだし当然だろう。

当面、対北朝鮮政策も含め、アメリカが現行の外交・安保政策を変更するのかどうか、注意深くフォローする必要があろう。

○ むすび

『宴のあと』(うたげのあと)は、三島由紀夫の長編小説。全19章から成る。高級料亭「般若苑」の女将・畔上輝井(小説では福沢かづ)と、元外務大臣・東京都知事候補の有田八郎(小説では野口雄賢)をモデルにした作品である。

ヒロイン・福沢の行動的な熱情を描き、理知的な知識人・野口雄賢の政治理想主義よりも、夫のためなら選挙違反も裏切りもやってのける愛情と情熱で、一見政治思想とは無縁で民衆的で無学な福沢の方が現実を動かし政治的であったという皮肉と対比が鮮やかに描かれている。

その結末は、こうだ。野口は都知事選に敗北し、福沢は精魂こめて金を使った自分よりも、汚いやり方で金を使った相手が勝ったことが許せず、「宴のあと」のような敗北の空しさを味わった。

平昌五輪という「宴」は、文在寅と金正恩によるものだ。このいずれが、福沢と野口の役なのかは、論ずる必要もない。結果として、三島の小説同様に、平昌五輪の「宴のあと」も、文在寅は「失敗の評価」を受け、「敗北の空しさ」を味わうことになるような気がする。

 

 

 

 

添付資料1:おやばと紙記事(2016年4月号に寄稿)

 「“主役”と“脇役”」

 

朝鮮半島の地政学第2則「朝鮮半島は大陸国家と海洋国家の攻防の地」に因み、「朝鮮半島問題においては、”主役”は米・中・露であり、韓国と北朝鮮は“脇役”に過ぎない」、という事実を説明したい。

  • 延坪島砲撃事件

2010年11月23日14時ごろ(日・韓時間)、朝鮮人民軍が大延坪島に向けて突然、砲撃を開始した。朝鮮人民軍が発射した砲弾は約170発で、そのうち80発が同島に着弾した。当時、韓国軍海兵隊延坪部隊第7砲中隊は配備している6門のK9 155mm自走榴弾砲のうち4門を動員して、月に一度の陸海合同射撃訓練を行っている最中であった。韓国軍は朝鮮人民軍の砲撃を受けた後、約15分後には相手の砲陣地を目標に80発の反撃射撃を行った。またF-15KとKF-16戦闘機4機ずつを島に向け非常出撃させた。

この事件で韓国の海兵隊員2名、民間人2名が死亡、海兵隊員16名が重軽傷、民間人3名が軽傷を負った。韓国軍合同参謀本部は直ちに珍島犬1号(非常事態警報)を発令した。

  • 事件直後の米中の動き

東京訪問(核問題協議)を終えて中国に向かった米国のボズワース北朝鮮問題特別代表は23日夜に武大偉・朝鮮半島問題特別代表らと協議し、同砲撃事件に関して「自制的な対応を取る」ことで米中両国が一致した旨明らかにした(22時ころ)。注目されるのは、この米中のすばやい対応であろう。事件発生の当日のうちに、米中は事件の不拡大(エスカレート阻止)で合意し、中国が北朝鮮を、米国が韓国をコントロールすることを確認しあったわけだ。

勿論、ボズワース・武大偉会談以前にもワシントンと北京の間の様々なレベルの電話会談などが行われ、事件の不拡大(エスカレート阻止)については確認・合意済みだったはずだ。このような“手打ち”のやり方は、朝鮮戦争終了以来何度も繰り返されてきたことなのだ。

  • 朝鮮半島における不測事態・事件処理のパターン

朝鮮半島における韓国・北朝鮮がしでかした不測事態不測事態・事件処理の際には、ただちに“親分格”にあたる米中あるいは米露が前面に出てきて事態の不拡大(エスカレート阻止)に奔走し“子分格”の韓国と北朝鮮を押さえ込もうとする。なぜだろうか。それは、事態が拡大(エスカレート)すれば核戦争に発展しかねないと恐れるからだ。

韓国と北朝鮮はそれぞれ米国と中露の“許可”が無ければ単独で紛争をエスカレートすることはできない。韓国と北朝鮮は背後から「待て、喧嘩はそこまでだ。それ以上やると承知しないぞ」と一喝されるとひとたまりもない。朝鮮半島においては半島に国を構える韓国と北朝鮮は“脇役”で、“主役”はあくまでも米国と中露なのだ。この有様は、子供が喧嘩をすると直ぐに双方の親が出てきて親同士が仲裁するのに似ている。無分別な二人のやんちゃ坊主を双方の親がたしなめるのと同じだ。

米国と中露は事件直後に不拡大(エスカレート阻止)で合意した後は、国連の場で御定まりの“芝居”をするのが常だ。先に手を出した北朝鮮に対する制裁などの決議が国連の安全保障理事会にかけられるが、中国・ロシアの反対で成立しない。例外的に、北朝鮮に対しては、これまで4回の安保理決議(825,1695,1718,1874)がなされているが、これらはいずれも核開発に関するものである。北朝鮮の核開発については中露も反対なのだ。

  • 南北朝鮮コントロールの手段

“主役”の米国と中国・ロシアが“脇役”の韓国と北朝鮮をコントロールする――縛るといったほうが正しいかもしれない――手段は何だろうか。韓国に対する米国のコントロールな源は米韓相互防衛条約(1953年調印)だろう。この条約は日米安保条約と同様に「韓国防衛」という利益をもたらす一方で、「韓国コントロールの源泉」ともなる。米国はこれに加え、韓国軍に対する作戦統制権を保有している。朝鮮戦争時、釜山橋頭堡で存亡の危機に瀕した李承晩は、米軍に見捨てられないための苦肉の策として国軍の作戦統制権をマッカーサーに委譲した。平時の統制権は94年に韓国軍に移管され、戦時作戦統制権も当初は2015年末に移管される予定だったが、2014年10月の米韓安保協議会で、2020年代中ごろを目標に移管することを合意した。

米韓間と同様に、中国と北朝鮮とは中朝友好協力相互援助条約(1961年)を、ソ連と北朝鮮はソ朝友好協力相互援助条約(1961年)を、それぞれ軍事同盟として締結した。しかし、1991年のソ連崩壊により、ソ朝友好協力相互援助条約は1996年に破棄・失効した。そこでロシアと北朝鮮は、新たにロ朝友好善隣協力条約を締結(2000年)した。注目すべきは、この新条約では旧条約で規定されていた軍事同盟の条項は削除されている。

  • 失笑を買った盧武鉉大統領「バランサー」発言

“脇役”に過ぎない分際の韓国大統領が、「オレは米中のバランサーになる」と言いだしたら、世界は、「オイ、気は確かか?自分の立場・力量をわきまえろと」思うのが普通だろう。これは実際あった話だ。盧武鉉大統領は2005年3月、陸軍士官学校の卒業式で「これから私たちは韓半島だけでなく、北東アジアの平和と繁栄のため、“バランサー”の役割を果たしていく。今後、我々がどのような選択をするかによって、北東アジアの勢力図は変化するだろう」と啖呵を切って斯界の失笑を買った。米国、中露と韓国・北朝鮮の国力はあまりにも違いすぎ、逆立ちをしても韓国が北東アジアの平和と繁栄のため、“バランサー”役を務めることなどできないのだ。

添付資料2: 中国による日・米・韓の離間策―核ドミノ戦略(2006年ボストンにて執筆)

 

北朝鮮核実験の衝撃波

 

核実験を強行した金正日は、坂口安吾(昨年生誕百年、権力に対する反骨で有名)の「堕落論」のような心境かもしれない――と、実験当時は思ったものだった。

「北の安吾」は超大国アメリカと中国から「万力」のような力で圧力をかけられる中、遂に核実験を強行した。安吾の反骨は高々自身と友人・近親者くらいにしか迷惑は及ばぬが、「北の安吾」の場合はそうはいかない。北朝鮮国民と日本を始め周辺国にも累が及ぶ可能性が高い。

核実験の爆発は地下で行われたが、その衝撃波は遠く日本を始め、関係各国に広がった。ブッシュ政権は発足以来金総書記を「無視」し続けている。北にとって、「無視」は「無・死」に繋がる。「俺を振り向いてくれ!」と必死に叫び、瀬戸際外交を繰り返す。すると、国連決議に基づく制裁などで「万力」は更にグイグイ締まる。核実験は「北の安吾」が救済を求めて切った最後のカードかもしれない――というのが一般的な見方だった。ミサイル実験をしてもダメ、核実験をしてもダメ。次はいよいよ戦争か?

北は遂に中国にまでも不信を顕にし、恫喝を始めたように見えた。「北京五輪も経済成長もオレには止められるぞ!」と。「『血の同盟』等と言いながら、92年、冷戦崩壊のドサクサに韓国を承認したことは忘れていないぞ!」――と、叫んでいるようにも思われた。

日米体制にとっても大衝撃波だった。日米安保体制を揺さぶった。「米国はイラクに拘束され北の核を抑止できない」事をあからさまにした。半世紀以上もアメリカに頼りきって、「アメリカが何とかしてくれる」と高を括っていた日本の世論は、ショックを受け、半世紀以上も「平和憲法」の空念仏の功徳を信じ「アメリカは何でもできる、寄らばアメリカの陰」という思いが裏切られたフラストレーションを感じる日本人が増えた。狼狽した与党政府の一部からは、核武装論が飛び出し、驚いたライス国務長官が宥めに駆けつけた。このショックが昂じると、米国による戦後の日本占領体制延長の二本の柱である「日本国憲法と日米安保」体制のうちの「日米安保」体制に対する、日本国民の信頼が低下し、引いては憲法改正の動きが加速する。そして、遂には「ビンのフタ」が取れ、日本はアメリカの影響下から離脱する可能性も出てくる。

これは中国にとっても困る――と思うのが一般である。しかし私はそうは思わない。

陸上自衛隊も含め軍隊が作戦計画を立案する時は、あるパターンの手順に従い計画を詰めていく。その手順の中には、重要な項目として「敵の可能行動」を見積もる作業がある。つまり、相対する敵が、如何なる作戦行動を取りうるか、ありとあらゆる角度から「敵の取りうる作戦行動に関するシナリオ」を描いてみる。そして、我が方の「作戦計画」では、これらの「敵の可能行動」のいずれにも最小限対応できるようにすることが必須の要件である。作戦計画立案段階で、見落とした敵の行動シナリオがあれば、その作戦計画は「失敗作」である。

私は本稿で陸上自衛隊の作戦計画立案の手法を用い、北朝鮮の核兵器開発に関し戦略的な見地から検討した、「中国の可能行動(シナリオ)」を描いて見た。

そのシナリオの一つとして、「中国の核ドミノ戦略」と命名するシナリオが私の思索の中に浮かんできた。そのシナリオは、「北朝鮮の核開発は中国の暗黙の了解の下に実施されている。中国の狙いは、韓国と日本の核武装を誘導することにより、日・米・韓の離間を図り、北東アジアからアメリカを追い出して、アメリカの中国包囲網を打破することである。日本の核武装の動きを誘導するために、北朝鮮に続いて韓国の核武装を暗黙のうちに促し、日本に核武装を迫り、日本国内世論を混乱に陥れ、引いては日米の離間を図る」――というものである。以下このシナリオについての実現性を検証してみることとする。

 

「核ドミノ戦略」の概要

 

中国の国家目標と戦略

伊藤貫氏はその著「中国の核が世界を制す」(PHP研究所)で、中国の国家目標と戦略について次のように述べている。

中国の国家目標は、2020年代以降、「アジアの最強覇権国となり、漢民族が19世紀初頭に支配していた中華勢力圏を回復する」というものである。(中略)

中国の軍事戦略は、「アジアで最強の覇権国となり、アメリカの勢力をアジアから駆逐して、中華勢力圏を確立する」野心的な国家目標と達成するために作られている。(中略)

中国の国家戦略は「十六文字政策」と呼ばれるもので、「軍民結合・平戦結合・以民養軍・軍品優先」の十六文字で、その意味は「中国の民間経済と軍事力強化は結合したものであり、平和な時代に次の戦争の準備を進め、民間経済の成長によって軍備拡大を養い、民間の需要よりも軍需を優先させる」というものである。(中略)

中国政府がアジアにおいて米国に優越する軍事力を獲得できるだろうと予測している時期は、2025から2030年頃である。(中略)

中国軍は、今すぐ米軍と戦争しようと考えているわけではない。「2020年までは、できるかぎり米中衝突を避ける」というのが、中国政府の「平和的台頭」戦略の基本である。中国政府指導者にとっての優先順位は、2020代に、

  • まず中国経済の実質的規模を世界一にする、そして、その後、
  • 巨大な中国軍を誇示してアジア諸国に政治的・心理的な圧力をかけ、これら諸国と米国との軍事協力関係を解消させる、

というものである。

中国の国家目標と戦略から判断し、中国がアジア最強の覇権国として、アメリカの勢力をアジアから駆逐するための最終的・究極の目標が日米の離間(日米安保条約の解消・在日米軍の撤退)であると思われる。

 

「核ドミノ戦略」の概要

中国は、表面的にはアメリカとともに、北朝鮮の核開発を阻止ことに積極的に取り組んでいるように振舞っている。しかし、中国は、水面下では確信犯的に北朝鮮の核・ミサイル開発に協力している。中国の狙いは、北朝鮮に引き続き韓国、次いで日本の核武装を誘導することにより、核兵器開発をめぐるアメリカとの軋轢を作為し、日・米・韓の離間を図り、2020代を目標にアメリカを北東アジアから追い出して、アメリカの中国包囲網を打破することである。特に、日米離間策としては、北朝鮮に続いて韓国の核武装を暗黙のうちに促し、日本に核武装を迫る環境を造成し、日米政府間に楔を打ち込むとともに、日本国内世論分裂・反米運動の高揚を策し、日米の離間を図る。日本から米国・米軍を駆逐すれば、在日米軍基地を持たない米国は台湾有事にコミットすることが極めて困難で、中国は軍事力によらず、台湾を平和裏に統一できる。

 

中国にとって北朝鮮、韓国、日本の核武装の脅威

 

人口13億人を抱え、広大な国土を有する中国と、北朝鮮、韓国及び日本のような国土狭隘で人口が少なく、人口密度の高い国とが核ミサイルを応酬すれば、核ミサイルの質・量をカウントしなくても、相対的に被害が甚大なのは後者の3カ国であろう。従って、中国の安全保障にとって、これら3カ国の核武装は、ヴァイタルなものではないと評価している可能性がある。

特に、日本については、①国土狭隘、人口周密でかく攻撃に脆弱、②民主主義国で、中国の核の脅迫に世論が敏感で、かつ脆弱、③世界唯一の被爆国であり、核武装には国民的アレルギーが極めて強い――などの特徴があり、核武装の可否については国論を二分する混乱が予想される他、核武装をしても、中国とのチキンゲームには耐えられない可能性が高い。

北朝鮮の今次の核実験により、中国は、北朝鮮により「経済の安定的発展や北京オリンピックの開催」を恫喝されかねない――という懸念が生じたのではないかとの見方も有るが、現実には、今回の騒動で中国には何の影響も無かった。むしろ、北朝鮮との直接対話を拒み、手詰まり状態のアメリカにとっては、「中国頼み」に更に拍車を掛ける効果の方が顕著だった。従って、北朝鮮の核による中国に対する恫喝は、取るに足らないもののように思える。

 

台湾問題との関係

中国による日・米・韓の離間策――核ドミノ戦略が成功すれば、アメリカは北東アジアの戦略基盤を失い、台湾有事に対する軍事的介入は極めて困難になるだろう。中国による「台湾開放」は、謂わば「熟柿状態」になり、殆ど直接軍事介入しなくても、台湾は中国のものとなるだろう。

北東アジア(日本と韓国)に米国が軍事基盤を有する中で、中国が台湾に直接軍事作戦を行えば、台湾との交戦で相当な損害も覚悟しなければならず、米国の介入を招く恐れもある。また、戦争による経済損失、国際社会に対する信用の失墜なども予期しなければならない。このように、台湾に対する武力行使に伴うコストとリスクを考えれば、「核ドミノ戦略」の有効性が理解できるだろう。

 

韓国の核武装の可能性と米韓関係

 

韓国による核兵器開発の前歴

私が、在韓国防衛駐在官時代(1990~93年)、在韓米軍のある情報将校が私にこう言った。

「We are watching Korea every minute.(我々アメリカは、韓国を分刻みで見張っているよ) 」

この言葉を聴いた瞬間、私は米韓軍事関係の本質が分かったような気がした。当然と言えば当然だ。韓国がやろうとすること全てがアメリカの考え方と一致するはずが無い。

実は、1970年代、韓国は朴政権下で核兵器の開発を実施しようとしたことがある。その事実をアメリカの情報機関が探知した。アメリカ側は、「核兵器開発を中止しなければ、在韓米軍を撤退する」と脅迫し、韓国に核兵器開発を断念させたと言う。

当時は、南北の軍事力は、圧倒的に北が優位で、それを支援する中ソのうち、ソ連の力はアメリカに拮抗するほどであった。従って、朴大統領としては、民主主義国家の米国の半島有事のコミットメントに頼らずとも国防を全うできる核兵器の開発に食指を動かした訳である。また、そのような周辺情勢であるからこそ、在韓米軍の撤退は、致命的であり、米国による「核兵器開発中止」の要請を断れなかったのであろう。何れにせよ、韓国には、核兵器開発に着手した過去がある。

 

韓国が核武装する狙い

朴大統領が核兵器開発を進めようとした1970年代に比べ、南北朝鮮間の相対的な戦力は韓国に有利になりつつある。また、中国は、中韓国交正常化(1992年)以降両国間の交流が進むとともに、中国は経済発展のため当面の周辺地域の安定を指向しており、北朝鮮の南侵を許容しないと見られる。このように、韓国にとっては、北朝鮮の南侵を阻止するために、核武装する必要性は従来よりも低下したと見るべきである。

韓国の核武装の狙いは、①北朝鮮との核バランスの確保――将来統一時の主導権確保、②統一時の中国・米国・日本・ロシアからの一定の独立体制の確保、などが考えられる。

現在、中韓間は蜜月のようにも見えるが、これまでの歴史的経緯を踏まえ、最近の古代国家・高句麗をめぐる歴史論争などを見れば、韓国が根深い中国不信を持っていることは疑いない。

因みに、中国は1964年に最初の原爆実験に成功したが、当時中国政府の外交部長の陳毅は「例え100年かかっても、ズボンをはかなくても核兵器を作って見せる」と断言したと言う。

伊藤貫氏はその著「中国の核が世界を制す」(PHP研究所)で中国が核開発した理由を次のように述べている。

中国の軍人と政治学者は、中国がソ連政府の反対を押し切って自主的な核兵器を開発した理由として以下の四つを挙げてきた。

  • 自主核抑止力なくして、中国の自主独立はありえない。現在の国際社会で自主的な核抑止力を持たない国は、真の独立国として機能しない。
  • 中国に提供されている「ソ連の『核の傘』」というコンセプトは実際には機能しないものである。
  • 中国が、限られた予算を使って米ソの軍事力に対抗する国防力を得るためには、通常兵器に投資するよりも核兵器に投資したほうが、遥かに高い投資効果が得られる。
  • 現在の国際社会で真の発言力を持っているのは、核武装国だけである。

 

韓国の核武装を促進する新たな情勢

冷戦構造崩壊後の新たな情勢に対応するため、米国は世界規模のトランスフォーメーションを進めている。その一環として、在韓米軍については、03年6月の「未来の米韓同盟政策構想(Future of the Alliance Policy Initiative)第2回会議において、漢江以南への再配置を2段階で進めることが合意された他、第10回会議(05年7月)では、08年までに在韓米軍司令部・米韓連合軍司令部のあるソウル中心部の龍山基地をソウルから南に後退した平澤(ピョンテク)に下げることで合意した。更に、05年10月の米韓安保協議においては、08年末までに3段階に分けて、在韓米軍1万2500人の削減も合意された。

このような米軍の退潮傾向の中、06年10月の米韓安保協議においては、韓国軍に対する戦時の作戦等政権を09年10月15日から12年3月15日の間に米国から韓国に移管することで合意した。

このような、在韓米軍の退潮傾向は、必然的に韓国軍の独立自主を促すことになる。日米安保条約に基づく在日米軍が「ビンのフタ」になっているのと同様に、在韓米軍の存在が韓国の軍事的ドクトリン・編成・装備などに一定の「歯止め」の効果をもたらした。特に、戦略的に周辺諸国に影響の大きい「核兵器とミサイル」の開発は、事実上米国の統制が実効性を持っていた。

しかし、上記のような米韓安保関係の退潮により、今後この統制機能は実効性を失っていくと見るのが妥当であろう。朴政権時代には有効であった「在韓米軍の撤退」という恫喝は最早韓国には通用しなくなるだろう。

核兵器の運搬手段となるミサイル開発の分野では、既に韓国は著しい進歩を遂げつつある。

10月24日付の朝日新聞によれば、韓国軍は射程訳1千キロの国産巡航ミサイルの開発を進め、このほど試射に成功したと報じた。これが事実なら、韓国軍は東京が射程圏に入る巡航ミサイルを手に入れたことになる。同記事によれば、韓国軍は射程500キロの巡航ミサイル「天竜」の開発を進めており、近く配備される見通しとされる。更に、射程1500キロの巡航ミサイルも研究中という。

米国による韓国のミサイル開発の抑制はこれまで行われており、1979年の「誘導弾技術の移転に関わる対米保証書間」で、「『アメリカは、韓国にミサイル技術の移転・協力を行う』代わりに『韓国は、射程180キロ以上のロケット及びミサイルの開発・保有をしない』」と合意されていた。

これら巡航ミサイルの開発は、「アメリカとの書簡・取り決めで開発・保有が禁止されたのは弾道ミサイルであり、巡航ミサイルについてはこれに該当しない」という韓国側の主張に基づくものである。

このような最近の韓国の動向を見れば、米国による「核兵器とミサイル」の開発抑制に対する米国の統制能力は次第に実効性を失いつつあるように見える。

 

韓国の核武装の兆候

韓国の核武装の兆候は、今のところは明らかなものはない。間接的に、核の運搬手段として上記の巡航ミサイルの積極的な開発が注目される。

更にもう一つ注目されるのは、韓国のPSI(大量破壊兵器の拡散防止構想)不参加である。不参加の公式の理由は、「北朝鮮を刺激したくない」と言うものだが、深読みすれば、「自らの核武装準備のために、PSIは阻害要因になる」――と考えているのではないだろうか。

 

韓国の核武装と米韓関係

韓国の核武装は米国としては絶対許容できないことであろう。それは、日本の核武装を誘発する「核ドミノ」を確実にする可能性が高いからである。

韓国の核武装は、アメリカの世界に対する威信・統制力を失墜した事を明示することにも繋がる。

これにより、米韓関係は一挙に悪化するだろう。その代わり、中韓関係の強化がこれに代わることになろう。こうして、朝鮮半島から米国・米軍が排除され、半島は中国の影響下に入ることになる。

米国は、国連決議などで、制裁を発動するだろうが、中国の協力が得られない限り制裁に効き目が無いのは今次北朝鮮に対する制裁の有り様で既に実証済みだ。中国の西の正面に広がるインド・パキスタンに対する米国のダブルスタンダードに基づく対応を見る時、韓国に対する制裁は国際社会から白々しく受け止められる可能性がある。

また米国が、韓国に対する制裁を声高に叫べば叫ぶ程、米韓間の亀裂はいよいよ決定的となり、中国の意図する両国の離間策が成功することになる。

 

日本の核武装の可能性と日米関係

 

韓国が核武装しようとすれば、日本は北朝鮮の核開発以上の脅威を感じると事となり、文字通り「核ドミノ」を引き起こす可能性が高まる。即ち、日本国政府は南北朝鮮の核攻撃から我が国の安全を保障する為に、深刻な対応を余儀なくされるであろう。従来の「アメリカの核の傘」に依存するという方策もあるが、南北両朝鮮の核武装を阻止できなかったアメリカに対する信頼は低下し、自らの核武装という選択肢に傾く可能性が高くなると思われる。

一方、半世紀以上続いた対米依存、平和憲法という虚構の安全観の蔓延及び世界唯一の被爆体験による核アレルギーなどにより育まれた、現実世界から逃避し続ける国民的性向も世論の一半を占めている。従って、世論は「核兵器開発反対・賛成」に二分し、特に中国の工作による反対派(左翼勢力)による激しい反核運動を呼び起こし、果ては、左翼本来の反米運動にも点火し、日本の戦後体制を揺さぶる程までに不安定化する可能性が高い。

また、丁度この時期は、我が国の憲法改正の時期に重なる可能性もある。「核兵器開発」と「憲法改正」の二点セットによる相乗効果は、国内体制を最も不安定化させる可能性が高い。

これら左翼勢力を中心とした運動は、第二次安保闘争以上のものになる可能性がある。最悪の場合は、選挙などを通じ、反核・反米派(左翼勢力)が勝利し、日米安保条約が破棄される事態も考えられる。

アメリカの極東戦略にとって、日本を失うことの痛手は計り知れず、中国包囲網の最も重要な一角が崩れることになる。

 

結び

このような仮説とその分析を、アラーミングだという向きもいるだろうが、戦略を考える際は、最悪のシナリオを想定しこれに対処する方策を考えておくのが常道である。そのような戦略的な思考が出来なかった歴史が改めて思い出される。日本は満州国問題で国際連盟から脱退し、日独防共協定を結んだところ、その後独ソは不可侵条約を締結した。「想定外」の成り行きに、平沼内閣は「欧州は複雑怪奇」との声明で辞職した訳である。

最近、中国の動向を見ていると、4000年の歴史に裏打ちされた中国の「深謀遠慮」は、アメリカの高々300年足らずの歴史で育まれた「COSPIRACY」では到底想像も及ばない程の戦略を駆使しているのではないかという思いを強くしつつある。

勿論、この仮説が当たらない事を願うものである。ドミノの始まりは北朝鮮の核武装である。北東アジアに於ける「核ドミノ」を引き起こさないためには、米国がイラク・アフガン問題に早急に決着を付け、極東に重点をシフトし、強いイニシアティブで、中国をも動かし、北朝鮮の核武装を絶対に阻止することが不可欠の要件である。

Previous post

NEO(邦人退避作戦)迫る?

Next post

“仮想”「南北首脳秘密会談」