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いま改めて「TPP興国論」を論ず

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先般閉会となった通常国会は、当初はTPP(環太平洋経済連携)関連法案が審議される「TPP国会」となると言われつつも、実際には審議は先送りとなった。かつて筆者は「TPP興国論」(kkロングセラーズ新書、2012年)を上梓したことがあるが、本年の国政選挙を前に、安保法制などと並んで国論を二分するテーマであるTPPとは何かについて、改めて考えてみたい。

  • 他国の開国でチャンスをつかむのは日本

まず、多くの国民や有識者にも、基本的に大きな誤解がある。それはTPPが日本の「開国」という文脈で理解されていることだ。逆である。日本はすでに、長年にわたる欧米との経済摩擦を通じて、少なくとも政府が講じられる措置に関しては世界で最も開かれた国の一つになっている。平均関税率は世界一低い部類であり、農業を除けば、ほとんどの工業製品は関税ゼロ、基準認証や政府調達、サービスなど、内外無差別の洗練度の高い市場制度を備えている。

TPPの日本にとっての意味は、ここまでの開放度を実現していない環太平洋の国々を日本に対して開いてもらうことにある。農業にばかり関心が向いているが、現に、交渉結果は全体としてみれば、日本が「攻め」に立って得た成果のほうが多い。

日本は人口減少で国内市場の縮小が懸念される国だ。自国経済の繁栄基盤を広く、成長するアジア太平洋地域へと拡大しなければ、社会保障の面でも財政の面でも、これからの超高齢社会を持続可能なものにするために必要な経済成長は実現しない。

地方の中小企業も含め海外とのサプライチェーンを円滑化して日本国内に雇用を確保する、海外の市場開放で日本で生み出した製品や農産物、サービスの市場を拡大する、海外直接投資について各国における障害を除去し、投資収益を日本国内に還元できるようにする…、いずれも日本にとっては死活問題だ。

日本の輸出額の4分の3を占めるAPEC(アジア太平洋経済協力)諸国は、日中韓+東南アジア+豪州・NZ+米+ロシアなど、世界のGDPの約6割、人口で約4割を占める。TPPは将来、このAPEC全体で形成するFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)のひな型と位置付けられている。

現実には、そのアジア太平洋地域では、中国が主宰する秩序形成が進んできた。「法の支配」が大事なのは、何も南シナ海問題にみられるような安全保障面だけではない。TPPとは経済取引の国際ルールを形成するものだ。経済面でもRule of Lawを徹底する。こうした国際スタンダードの形成には当初から参画した国が強い。多国間交渉だから、日米二国間で交渉するよりも、米国の一方的な主張は通用しにくかった。

ルールとしての完成度が高いTPPが成立すれば、それは今後の世界の国際秩序づくりのベースにもなる。中国も欧州も、これを無視できなくなる。国際取引は日進月歩であり、将来に向けて今後も様々なルールづくりが進むだろう。その基本形の策定に参画した国は半永続的な優位を得ることになる。

いま日本は、世界のグローバリゼーション秩序の扇の要の位置にいる。TPP、RCEP(ASEAN+中国を含む6か国)、日・EU間のEPA、いずれの巨大経済圏にも属するのは日本だけだ。これは自国で生み出される価値を軸に世界新秩序の形成を狙える位置に日本がいるという意味でも大チャンスである。

しかも日本は、15年末で339兆円もの世界ダントツ一位の対外純資産国だ。必ずしも高くないその投資収益率を向上できるよう、他国のルールを整備することは日本の国益であろう。

  • 農業に必要なのは真の保護政策

確かに農業については日本の「開国」の面はある。しかし、大事なのは、農業を本当の意味で保護育成することではないか。農業の生産性を向上させることこそが、本物の保護政策だろう。

問題は保護の政策手段にある。開発途上国型の高関税方式を続けてきたからこそ、日本の農業も地方も衰退した。欧米諸国も転換したように、日本も水際での輸入規制方式から財政方式へと転換する必要がある。

農業の生産性向上に保護政策の主眼を置き、農家への直接支払方式で農業に伴うリスクをカバーして経営を安定化させる。10年かけて国際競争力の向上度合いを見計りながら、徐々に関税を下げ、財政でのゲタを講じていく。結果として、農産品価格は下がり、一般消費者のメリットになる。生活必需品の価格が安いこと自体が、低所得者には大きな福祉政策になる。

農家への直接支払のメニューも多様化し、地域ごとに多様性のある農業の展開と農村、地域づくりを進める。政府が10年後の農業農村の姿という「大きな幸せ」の見取り図を描かなければ、関係者は現状の「小さな幸せ」にしがみつくだけだろう。政治の役割は未来ビジョンを示すことにあるはずだ。

最大の食料安全保障は農産品の輸出だ。いざという時のバッファーができるからである。保護政策の中身を変えて、日本は「食」の価値を世界に提供する国になる。

  • 国柄を守るに必要なのは強いニッポン

その他、TPPには未だに誤解が多い。サービス産業での交渉は、内外無差別の原則の徹底にあり、各国が独自に規制をどうするかは対象ではない。医療の国民皆保険制度の崩壊を懸念する向きも多かったが、それは最初からTPP交渉とは無関係の分野だった。

恐れられているISDS(投資者-国家間紛争解決)条項も、既に日本が各国との間で締結してきたものだ。投資国家の日本にとっては、投資利益を守る上で、むしろメリットのほうが大きい。TPPで米国との間にも導入されるが、これまでの現実の仲裁事例では、政府が公益のために講じた措置であれば、損害賠償請求が命じられた事例はすべて、その意図が明白に外国企業の差別にあったなどの場合に限られている。TPPでも正当な公益措置は損害賠償の対象にならない工夫がなされているようだ。

TPPで日本の国柄が損なわれ、米国のような弱肉強食の社会になるといった批判も多いが、本当にそうだろうか。人間社会には必ず守るべきルールというものがある。ルールがあるから各主体の個性が失われるというものではない。TPPのルールは内外無差別というルールだ。交流が進めば、よそ者を差別しないというルールが必要になるのは当然だ。

結果として、多国籍企業や国際資本のグローバリズムに貢献するという批判もあるが、イズム(主義、ゾルレン)と、現実に起こっている事実(ザイン)とは区別して論じる必要がある。日本が生きていく上で不可避なグローバリゼーションという事実に向き合って、では、日本が主体的に国柄を守り、国益を実現するにはどうするかを考えることに、我々が考えるべきテーマと答が存在する。TPPが恐いからと言って逃げていては、国柄を維持できるだけの強い国は実現しない。

既に、TPPとは無関係に、海外からマネーもヒトも日本に押し寄せ、外国勢による不動産の買収などでは安全保障上の問題すら懸念されている。日本は既に開き切った国なのだ。これにどう対応するかは、TPPとは別の次元の問題として真剣に考える必要がある。

TPP反対論者には、持続可能な日本の将来への道行きについて現実的な代替案があるのだろうか。もし日本がTPPを拒否し、別の国が主導する国際ルールが形成されるようになれば、失われる国益ははるかに大きい。日本はその面で過去に苦杯をなめてきた。自らTPPを批准して米国の批准を促したほうが、日本は国際ルール面での主導権を握れるようになるはずだ。

大事なのは、日本のコア・コンピタンス(独自の価値を創り続ける力)を強化することである。TPPを日本のチャンスにすべく、これに正面から向き合い、国力強化に向けた新しい国づくりの契機にすることについて、国民合意を形成できるかどうかが政治には問われている。

 

(一部「新政界往来」誌より)

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