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中国の対インド安全保障戦略 ―中国から見た南アジアの戦略的価値と対インド戦略の狙い―

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平成27年9月29日

 

中国の軍事的な拡大が世界の注目を集めている。アジアで中国と並ぶ軍事大国として台頭しつつあるインドに対し、中国がインドの安全保障戦略をどのように見ているかを、中国側の公開文献に基づき検証する。この際、中国から見た南アジアの戦略的な価値と、中国の対インド戦略の狙いを焦点として、分析する。最後に、インドとして取るべき対応策について考察する。

 

1 中国の観るインドの安全保障戦略

 

  • 中国の激しいインドへのライバル意識

習近平総書記は、「中華民族の偉大な復興」という夢の実現を政治理念として掲げ、そのために「富国強軍」という方針を示し、軍に対しては、党の指導の下、領土の無欠性を守り抜くことを要求している[1]。中国にとりインドは、アジア第二の大国であり、中国が富強な大国となるうえで、最大のライバルになりうる国である。

南アジア大陸とインド洋地区は、中国にとり重要な地政治学的な価値を持っているとみているが、米国もまたインドの地政学的な価値に注目しており、警戒心を高めている。なお、インドは国土面積について、自らは328万平方キロメートルと称しているが、中国は297万平方キロメートルしかないとみなしている。その差は、カシミール、中印領土紛争地域を中国側に有利なように解釈しているためとみられる。

また、インドは広大な領土を有し、自然条件が多様で戦略資源も豊かであり、人口は10億人を突破し、民族、言語、宗教が多様かつ複雑である、西欧的な議会制の政治制度をとり、「世界最大の民主主義国」と自称しているが、古い歴史と遅れた社会制度を持つ新興の資本主義国家である、と評している[2]

インドのグローバルな観点からみた地政戦略について、中国は、以下のように評価している。

インドは英国の植民地時代に比べ、その領土が縮小したが、依然として南アジアとインド洋における唯一の大国であり、ネルーを代表とする資産家が統治する「大英帝国の継承者」であるとしている。またネルーがしばしば、「インドは世界の二等国としての役割にとどまることは不可能であり、活力ある大国となるべきだ」と述べているように、インドの指導者は、米ソ(露)中に次ぐ世界的な大国になるべきだと考えているとみている。

ネルーは、「インドは、太平洋国家ではないが、インド洋を通じて東南アジアから直接中央アジアに行くことができ、インドは発展すれば、経済と政治活動の中心となりうる」と述べ、インドがアジアの中心になるべきだとしている。

さらにインドの戦略家の、「インドは西アジア、中央アジア、東南アジアの接点であり、インドはアジア各地区の中心である。中東や中央アジアのみならず、東南アジア、中国も、経済上、政治上も安全保障の目的の上でも、インドに依存することになるであろう」、あるいは「インドは大国としての必要な条件を備えており、その国際的地位は世界で三番目か四番目の、米国や中国と並ぶ大国となるであろう」との発言を引用し、インドの大国志向とその潜在能力を強調している。

また、「インドの戦略家と政治指導者たちは、インドが、南アジア地区での支配的なパワーと統制力の中心として、世界の中で主要な地位を占めることができるとみている。近年インドは急速に台頭し、核戦略戦力の増強に力を入れ、国際的な影響力を増し、新興大国に加わり、アジアの大国になり、アジアと世界の国際問題で重要な影響力を発揮しようとしている。インドは、南アジアに軸足を置き、インド洋をコントロールし、世界の「一流強国」としての地位を争おうとしている」とみている[3]

これらの中国のインド観には、アジアの大国としての潜在力を持つインドに対する、激しいライバル意識、同じアジア新興国として大国の地位を競い合う国家インドに対する対抗心が如実に示されている。裏返して言えば、中国自らの大国志向を物語っている。中国がアジアの大国として台頭するうえで障害として立ちふさがるのが、南アジア諸国とインド洋を直接制し、東南アジア、中央アジア、中東をつなぐ要となっているインドの存在であるとみている証左でもある。

 

  • インドの対周辺国戦略: インド周辺国へのコントロールと自国周辺での安全圏構築

中国は、インドの安全保障戦略について、以下のように分析している。

すなわち、インドは数十年来、政治、経済、軍事面で単独で優越した地位を維持し、自らを「南アジアの大象」と大言し、周辺諸国を「小鹿」や「兎」にたとえ、インドに屈従させてきた。インドは自ら設想した「大インド連邦」の勢力圏内に、周辺国を取り込み、インドを中心として南アジアの国際関係を律しようとしてきた。

インドは、パキスタンを南アジア地区で覇を唱えるうえでの最大の障害とみなしてきた。第3次印パ戦争では、バングラデシュを出現させたが、その際には、欺瞞外交を尽くし、合同軍事訓練を行い、経済的な浸透政策をとり、ネパール、ブータンをコントロールし、シッキムを併合し、バングラデシュとモルジブを脅した。さらに米中ソの南アジア大陸での影響力をすべて排除しようとした。

インドは周辺における地政学的な「安全圏」思想を提示している。その要点は、①チベットの反徒であるダライラマ集団にインド国内で、中国からのチベット地区の分裂と、かつて英国が設けたチベット緩衝地帯の設立活動に従事させ、②インドの東北方面のビルマに、ある種の緩衝国としての作用を果たすようにしむけ、③インドの西部と西北部での国境線問題を画定できれば、パキスタン、アフガニスタンの3国間で連合を形成すること、にある。その狙いは、インドの主導的な地位を保持することにあるとしている[4]

中国が特に警戒しているは、チベットの分離独立運動とミャンマーの反中政策を、インドが利用することである。また、インドの「安全圏」構想に特に言及しているのは、中国にとり、インドとインド周辺国との間の緊張関係を利用して周辺国を取り込み、インドの南アジアでの影響力を削ぐことが対抗上有利とみていることの表れである。

 

  • 中国の観るインドの海洋戦略: インド洋のコントロール

海洋戦略の観点から観れば、インド洋は太平洋と大西洋を結ぶ交通上の重要ルートであり、東アジア、豪州、太平洋と欧州、アフリカ、大西洋を結ぶ、シーレーンの中継点である。インドは、インド洋沿岸の40以上の国家の中で、最大の人口と経済規模を有する大国であり、地理的にも最も良好な位置を占めている。特に、インド洋には6100キロメートルの海岸線に数多くの良港、海域には多数の島嶼があり、北部インド洋をコントロールするための便利な条件を備えていると、中国は見ている。

米国の戦略家は、「21世紀にはインド洋上で世界の運命が決せられる」と述べ、インドの戦略家は、「インドの未来は、疑いもなく海上で決定される。インド洋は他の国にとっては海域の一つだが、インドにとっては死活的な海域である」との言葉を引用している。また「インドの海上戦略の長期的な目標は、海洋覇権国家となり、安全に関わる海域におけるインド本国の利益を独立的に守り、インド洋地区の覇権を牛耳ることである」と述べていると指摘している。このように中国は、インドの海上戦略の狙いが、インド洋での海上覇権の確立にあると見ている。

さらに、インドは「インド洋コントロール」の地政学的戦略を積極的に遂行し、「インド人のインド洋」とし、「インドをインドの内湖」、「インドの利益の海洋」にしようとしていると、中国は主張している。そのため、インドは、まず①「西進」を実行し、アラビア海、ペルシア湾、中東沿岸国から地中海に進入する、②「東への拡大」では、ベンガル湾以東から南シナ海とその沿岸国まで到達し、マラッカ海峡を脱して太平洋に進入する。それと併行して、③「インド海軍が、紅海、ペルシア湾、アラビア海からベンガル湾の間の地区において、いかなる国の海軍戦力よりも、必ず上回ること」を実現し、インド洋の海上強国になることを目指しているとみている。

特にインドは、地中海、大西洋から太平洋にいたる広大な海域をコントロールするためには、まずスンダ海峡、マラッカ海峡、ロンボク海峡、スエズ運河、喜望峰というインド洋の5大海峡への進入をコントロールしなければならないことを、明確に意識していると述べている。インドは、超大国の海洋での脅威に対しインド海軍が勝利するのは期待できないことを認識しているが、インド洋の問題に干渉すれば、高い代価を払うことになるのを他国に知らしめようとしているとみている。

その目的は、域外の大国がインド洋の問題に介入するのを抑止することにあり、最終的には、域外の大国の海軍を追い出し、インドによりインド洋をコントロールしようとしている。しかし、インドはこの目的を達成するには、力不足なことを認識しており、近年、インド海軍は、中国海軍の「インド洋突入」を抑止することを企図していると、中国側は分析している[5]

 

  • 中国が見るインドの強国戦略: 世界の一等強国を目指すための戦略

中国は、インドが世界の一等強国を目指し、強大化するための戦略として以下を追求しているとみている。

 

① 総合国力の向上

インドは地大物博の有利な条件を活用し、迅速に国家建設を進め、食料の自給を達成し、工業生産システムを構築し、科学技術を進展させた。インドは、アジアの発展途上国では第2位の地位にあり、世界でも8から9番目の総合国力を保有している。インドの大国クラブ入りにより、非西欧の世界のメンバーが増加した。

 

② 政治外交的な「大国均衡」戦略

インドは政治的、外交的に「南アジアで突出する」ための「大国均衡」政策をとり、自らの利益に基づき、地政学的優勢を利用し、大国と地区内の集団との間に、インドの意向に沿った戦略関係を打ち立てるように積極的に策謀し、多国間外交の中で、国際的影響力を拡大し、戦略的な地位を高めようとしている。

冷戦終結以降、インドと米国の関係がより緊密になり、2000年3月、『米印関係: 21世紀の展望』が署名され、「世界最大の民主主義国家と世界最多人口の民主主義国家の協力」が強調され、長く続く政治的に建設的で、経済的に成果のある新型の友好関係確立に尽力することが表明された。

日印関係でも、政治、経済、軍事面での対話の基礎の上に立った、グローバルな友好関係の確立が全面的に進んでいる。インドは、東南アジア諸国、EU、中東諸国との間でも、大国均衡戦略を展開している。その目的は、多方面で利益を享受し、当面の有利な時間を利用し、アジア太平洋の大国を目指し邁進することにある。

 

③ 軍事力現代化政策

インドは最高度に軍事力の現代化建設を重視し、2015年までに世界の軍事大国になることを目指している。そのために、まず多額の軍事費を支出し、大量の外国製武器を購入し、自国の先端兵器の研究開発を加速させている。次いで、1998年5月の核実験成功以降、核の兵器化を迅速に進め、核による戦略・恫喝・暗殺策謀を編み出した。

2001年には初めて、「アグニ」中距離弾道ミサイルの発射試験に成功し、ミサイルの量産に力を入れている。現在は、新型のアグニや大陸間弾道ミサイルの研究開発を進めている。空軍基地の核戦力では、移動可能な核弾頭搭載地対空誘導弾の開発を重視している。海洋の核戦力では、空母の建造、購入を進めるとともに、原子力潜水艦の開発と潜水艦発射弾道ミサイルと巡航ミサイルの研究開発を進めている。インド式の特色のある、適切な規模の陸上基地を主とし、海空と一体となった「三位一体」の核戦力を整備しようとしている。

インドの陸海空軍戦力は130万人であり、世界第3位である。その兵力は大規模で、各兵種は整備され、装備も現代化されている。インドの総合国力と軍事力の増強に伴い、国際外交での地位も高まり、南アジアでの戦略的優勢が増大し、中央アジアや東南アジアでその影響力が高まっているだけではなく、欧州・アジアの地政学的な枠組みや大国関係にも影響が及んでいる。大国の構成は、米露欧日中の5極から6極に向け転換する趨勢にあり、インドは世界の第6極としての地歩を固めつつある[6]

 

以上のように、中国は、インドが総合国力、大国均衡戦略、軍事力現代化の3つの局面で、世界の1極をなす大国として台頭しつつあるとの認識を示している。このことは、インドの潜在能力に警戒感を示すとともに、インドの総合戦略に一定の評価を与えていることも意味している。中印関係は、対立競合の側面と、相互間の協調発展の両側面をもっていることを示唆している。

軍事面では、特にインドの核戦力の増強現代化に注目している。アジアでの地域覇権を狙う中国として、インドの核戦力の増強は、南アジア引いては東南アジア、中央アジアへの中国の進出を拒否できる影響力をインドが持つことを意味している。特に中国全土を攻撃できるアグニ5弾道ミサイルの配備は、中印間の核戦力が相互抑止の段階に入ることを意味している。

その結果、中国によるインドに対する一方的な軍事的挑発の行使は制約され、中国は、インドを経済面、政治面も含めた非軍事的手段を主体とする総合戦略を展開し、win-winの関係の中に取り込んで、懐柔することを余儀なくされると思われる。

その一つの表れが、インドへの上海協力機構とAIIB(アジア開発投資銀行)参加呼びかけと、インドの参加表明と言えよう。ただし、インドは中国に対する警戒感を捨てておらず、中国が意図するような協力姿勢を示す保証はない。すでに中国経済に成長鈍化の兆しが見える。今後、インドが中国との関係よりも、日米欧など先進諸国との関係を重視し、中国の影響力を排除し、インド洋と南アジアでの地域覇権の再強化に乗り出す可能性もある。

 

2 中国にとっての南アジアの戦略的価値

中国側の文献によれば、中国にとり南アジア諸国との関係は、周辺隣国との外交関係の中でも重要な構成部分を占めており、その安全保障の全般情勢は中国の安全保障環境にとって密接不可分の関係にあるとしている[7]

 

  • 全般

2010年以降の米軍のイラク撤退とアフガンでの新戦略の実施により、対テロ作戦が重点となり、南アジア地区は相対的に平穏になったが、中国にとり南アジア諸国の戦略的価値として、以下の諸点があげられている。

  • 中国との国境が4700キロメートルに達し、南アジアの情勢は中国の南部国境地帯の安全と、新疆およびチベット自治区の安定と発展に大きな影響を与える。
  • 人口が16億人と膨大で世界の約4分の1を占め、貧困人口も多く人口圧力が働き、エネルギー源にも乏しく、環境問題や食糧問題が重大な課題になっている。これらの課題の解決のためには、南アジア諸国は安定した国際環境を必要としている。
  • 南アジアは、領土紛争、民族分裂、宗教対立、貧富格差、テロ、核拡散問題など、各種の矛盾が集中した地域である。矛盾は錯綜し、複雑で、互いに影響しあっており、南アジア情勢の進展に対する多くの変数となっている。

これら諸国の安全保障問題は中国の安定と平和にも直接影響を及ぼす。特に1998年以降、印パ両国は核保有国になった。それ以降、両国は核兵器と弾道ミサイルの計画を推進しているが、NPTにもCTBTにも署名しておらず、核拡散防止上重大な問題になっている。

  • 南アジアの8か国の面積は500万平方キロあり、太平洋とインド洋の交流点であり、中国、東南アジア、西アジア、中央アジアと隣接している。人口は膨大で資源に富み、発展の潜在力は大きい。南アジアの戦略的な地位は近年急速に重要性を増している。南アジアの安定は、中国を含めた周辺国に直接影響を与え、アジア太平洋地区、さらにインド洋の航行とエネルギーのシーレーンに影響を与える[8]

 

ここで注目されるのは、南アジアの潜在能力と弱点、矛盾点について客観的に分析しつつも、中国にとり、特にチベット、新疆への影響と核拡散が問題であることが、言及されている点である。チベット、新疆問題は、中国の分裂を引き起こしかねない、中国の弱点である。これをインドが利用することを、中国は恐れている。チベット、新疆問題は、中印の領土問題とともに、今後とも中印間の最大の係争問題であり続けるであろう。

核拡散問題は、インドの核戦力増強により、軍事的恫喝が行使できなくなることを中国が懸念していることを反映している。パキスタンの核保有は、中国としてはインドの核戦力に対するけん制力として重要な戦略的価値を持つ。しかし反面、印パ間の戦争により、中国がインドとの核戦争に巻き込まれるおそれも高めることになり、中国にとっては両刃の剣といえる。

さらに、インド洋の価値については、エネルギー輸送ためのシーレーンへの影響の観点から重視されている。この点は、中国にとっては死活的問題であり、インド洋の海洋覇権をインドが牛耳るのを、中国が容認できない最大の理由でもある。そのためには、中国としてインド洋にまで覇権を及ぼしうる外洋海軍を建設しなければならないことになる。

 

  • パキスタン

中国にとってパキスタンの戦略的価値は、周辺国の中でも重要な地位にあるとして、以下の価値が列挙されている。

  • 中パの戦略的な協力友好関係は一層進展しており、このことは、中パの安全保障関係にとり最も有利な要因であり、パキスタンは中国の西部地区の安全保障にとり重要な戦略上の防壁となっている。
  • 米国が実施しているアフガン作戦のパキスタンに対する影響は、パキスタンの国内情勢を絶え間なく悪化させ、中国国内に対しても、最大の自治区である新疆の安定と発展に直接的影響を与えている。中パの対テロにおける協力と、新疆の分裂主義闘争に対する中国の対テロへのパキスタンの支持と協力は、中国にとり大変貴重である。
  • パキスタンの安定と安全、発展、中パの友好協力は、南アジア地区の和平、安定、発展にとり積極的要素である。
  • 中パは、南アジア、中央アジア、西アジアにおける国際政治情勢への対応、及びソマリアの海賊対処問題でも協力を表明し、中パの国際社会の安全保障面での友好協力が確かなものであることを明らかにした[9]

 

パキスタンと中国の関係も、上に述べた中国にとっての南アジアの戦略的価値と連動している。テロ対策と新疆、チベットの安定は一体であり、パキスタン、アフガニスタン情勢にも連動している。中国にとりパキスタンは、インドに対するけん制力として、政治、外交、軍事、核戦略など、様々の側面で価値があり、今後も関係は維持拡大されるとみられる。

 

  • インド

2010年に中印両国間の国交樹立60周年を迎えた。中国は、両国関係は近年、総体的に成熟し、実務的になり、安定したものになっているとみている。中国にとり中印関係は、以下のような戦略的価値を持っているとしている。

  • 両国間の関係の発展と依然として残る対立と不信

両国間の、要人の往来、相互交流と各地域間協力の発展、貿易の増加、世界金融危機に際しての両国間の協力など、協力関係が進展している。

半面、政治的な相互不信は残り、人物の往来は多くなく、相互関係や国際問題では摩擦や利害の対立が時折発生している。また、「歴史的な遺留」である領土問題やインドによるダライラマの中国分裂の政治活動支援が、両国関係にマイナスの影響を与えている。

  • 歴史的に遺された課題である領土問題とインドの対中脅威論

インドでは、中国の経済発展と国際的地位の向上に対して警戒感を高めており、依然として「中国脅威論」が消えていない。特に、インドの政治と軍事の高官は、中国を「外部脅威」と規定し、中国は「自信過剰」に陥っているとみている。インド陸軍は「中国とパキスタン両正面同時に展開される戦い」に備え、ひたすら増強に努めていると、インドの軍高官が述べている。

またインドは、中国がスリランカ、バングラデシュ、ミャンマーで港湾を建設していることについて、インドを包囲するための「真珠の首飾り」を企図していると誇張して、再三非難している。中国によるチベット鉄道の建設と経済発展に対して、非常に憂慮している者もいる。また、インドの国連安全保障理事会常任理事国入りに対して、中国が積極的な支持をしないことに、一部のインド人は不満を持っている。

中国脅威論を口実に、インドは国防の現代化を進め、南アジアでの主導的地位を維持し、米国や西欧の支持をコストなしに獲得して喜んでいる。

  • 中印間の国境問題交渉の停滞と中印関係の阻害

2005年の中印間の「国境問題政治指導原則協定」調印以降、協議が重ねられ、双方の立場を理解し、政治指導原則に基づき問題を解決することで共通の認識に達した。協議は最も困難な指導原則の枠組み協定の段階で行き詰っている。その原因は、両者の見解の相違だけではなく、インド側が会談を妨害する問題を作り出していることにある。

インド側の要人は、係争地区の活動に出席し、インドの「主権」を宣告し、東段については、決して譲歩することなく、実際的な管轄権を強化することを公に表明している。インド側は、絶えず係争地区の軍事力配備を強化し、東段の国境地区に軍隊を増派している。西段地区では、航空基地をいくつも建設している[10]

インドが国境問題を掻き立てる目的は、中国に対して強硬な態度をとり、東段問題で実質的な調整を拒絶し、東段の既得権を確保すること、中国と優劣を競う姿勢をみせて人心を篭絡すること、中国に対し強硬姿勢を示すことで米欧日などの歓心を買うことにある。

  • ダライラマ集団による中印関係紛糾化

1959年以来ダライラマ集団は、インドを基地として中国を分裂させるための政治活動を行ってきた。2010年には初の「チベット全国大会」を開催し、「チベット民主の日」慶祝活動を行った。ダライラマは絶えず欧米を訪問し、インドの指導層とも会見している。

中国は、チベットが領土の不可分の一部であることを、明示してきた。チベット問題は、中国の主権と領土の無欠性に関する問題であり、中国の核心的利益であり、重大な配慮を要する問題である。

インドはダライラマを宗教指導者であるとしているが、宗教を装った中国分裂を画策する政治的亡命者である。中国はインドに、ダライラマ集団のインドでの反中活動に許可を与えないとの約束を守り、ダライラマに中印関係をかき乱すことのないようにさせ、チベット問題を慎重に審議するよう要求する。インドは事実上、ダライラマ集団を中国に対するけん制の駒として利用し、中印関係の健全な発展を阻害してきた。

  • インドの軍備拡張への関心

インドは経済発展に伴い、軍事費を急増させている。2010年にはインドの国防費は310億ドルを超えた。インドは絶えず各種の射程の誘導兵器を増強している。インドは国産化を進めながら、米露欧などから先進的な兵器を大量に輸入し、世界最大の武器輸入国になっている。

インドがこのように軍備増強を強力に進めている理由は、第一に、大国になろうとする夢の実現に必要なためである。インドは、独立以来、世界的な大国になることと国連安保理の常任理事国になるという戦略目標を一貫して追求してきた。インドは大国としての地位にふさわしい軍事力を必要としている。第二に、南アジアにおける主導的な地位とパキスタンに対する軍事的な絶対的優勢を維持するためである。第三に、中国に対して強国であることを示し、中印の国境問題交渉での後ろ盾とするためである[11]

 

3 インドの採るべき対応策

以上が、中国が見るインドの戦略の概要である。その主張は、中国がチベットの中立を侵害して軍事占領し、ダライラマがインド亡命を余儀なくされたこと、マクマホンラインを一方的に侵害してインドの領土を侵略し占拠し続けていることなどの歴史的経緯をみれば、自己正当化のための政治宣伝に過ぎないことは明らかである。

中国側の対応ぶりからは、占領地域の返還交渉に応ずる意思は全くみられず、占領の既成事実化を図るために、交渉により時間稼ぎをしているとしかみえない。

チベット問題への対応も同様であり、チベットを核心的利益と一方的に決めつけるなど、既成事実を国内外に対して力により強要し続けており、譲歩の兆しは全くない。ダライラマの活動に対する中国側の執拗な妨害、反対も、チベットの自治権回復という正当な要求に対する、妨害工作と言える。

軍事費増額についても、1989年以降毎年軍事費の二桁増を続け、軍備の増強を続けてきたのは中国である。近年のインドの軍事費急増も、対米、対日関係の改善も、中国の高まる軍事的圧力に対抗するための、インド側による防衛的対抗措置であることは、その経緯から見ても明らかである。

中国側の公表文献では、政治宣伝としての一方的主張を繰り返すという姿勢は一貫しており、変化がない。このような対応に終始する限り、中印の国境交渉に進展はなく、インド側の中国に対する不信感は拭われず、経済関係緊密化にも一定の歯止めがかかるであろう。

中国は、インドが中印間の国境衝突事件を忘れがたい歴史的記憶であるとみていると、認識している。そのため、中国脅威論が、インド人に対して心理的影響を及ぼしており、インドのミャンマーに対する「東向」戦略も、中東、アフリカから地中海に出ようとする「西向」戦略も、中国の影響力拡大に対する心理的な不安から出たものであり、インドは、南アジアとインド洋を支配し、自国周辺に勢力圏を確保しようとしているとみている。

インド洋の中国にとっての価値は前述したとおりであるが、インド洋を通るシーレーンは中国にとっても死活的な重要性を有している。そのため、インド洋の覇権を巡っても、中印は対立関係にある。中印の南アジアとインド洋の覇権を巡る対立は、地政学的宿命ともいえ、今後も長く継続するであろう。

これらの覇権争いの勝敗を決するのが、軍事力の優劣であることは、現代でも不変である。特に、核時代の今日、核戦力は抑止力、拒否力、強制力の最終的な拠り所として、決定的な重要性を持っている。中印ともに核保有国となった現在、中国が軍事面で最も注目しているのは、インドの核戦力である。中国はインドの核戦力を以下のように評価している。

 

インドは2008年2月に、東部海軍基地の近くで初の水面下からのミサイル発射試験に成功した。インドは、まだ潜水艦発射装置は保有していないが、水面下に潜水艦と同じ形の水平発射台を据えて、それを利用して1発の潜水艦発射弾道ミサイルを発射し試験に成功した。

インド空軍の核戦力は、米英ソの航空機搭載型の核弾頭システムを取り入れており、陸軍の核戦力は、主に短射程、中射程、長射程のミサイルから成っている。インドは潜水艦発射弾道ミサイル発射能力も保有した。インドは陸海空一体となった核打撃能力と第2撃核打撃能力を持とうとしている。

インドは5~7年以内に300~400発の核兵器を保有することを計画している。2008年には射程3000キロの「アグニ2」弾道ミサイルの発射試験にも成功した。インドは全射程で十分な精度を確保できたとし、第2撃報復力は劇的に増大し、この種の弾道ミサイルにより、インドは「すでに世界的な軍事強国なった」と認識している[12]

以上のように中国は見ているが、インドとしては、核戦力、海空軍力を中心に、今後もインド軍の現代化を推進すべきであろう。その際に、米欧日の武器輸出、技術支援、共同開発等の支援を受ければ、中国が得られない先端軍事技術などを取得でき、現代化を加速することができるであろう。他方で、ロシアとの伝統的な協力関係も、ロシアも中国に対する警戒心は捨てていないことから、今後とも軍事面、経済面で維持可能とみられる。インドはこのように、西側とロシアの双方から支援を受けられる有利な立場にあり、この点は中国にはない大きな強みと言える。

経済面では、中国は、インドが対中貿易赤字を憂慮しているとみている。その原因は、インドからの対中輸出品が資源や初歩的な生産品にとどまり、中国からの対印輸出品が相対的に高度な機械製品が多いことにあるとして、相互は競争関係に立つよりも、補完関係に立ち関係を安定化させ共同の利益を追求すべきであると主張している[13]

しかし、このような主張は中国経済の急成長時代を背景としたものであり、今後は成長鈍化の時代に入るとみられる中国経済の将来を見通した場合、中印共栄の呼びかけが功を奏するかは、不確かである。インド側としては、日米欧を含めたより広い世界市場の中での貿易拡大、黒字確保を追求すべきであろう。

インドの国力、経済力が引き続き向上し、米日欧露などとの関係がさらに改善されれば、インドの経済力、軍事力は今後も成長を続け、高齢化が避けられない中国に比べ、若年者人口が多数を占めるインドの経済力と軍事力が、中国を圧倒する時代がいずれ来るとみるべきであろう。

中国の対インド戦略の核心は、インド側が分析しているように、①陸路沿いでは、新疆から中央アジアを経てパキスタン、及びチベットからミャンマーを経てバングラデシュに至る、戦略的な陸上経路沿いにインドの周辺国に影響力を浸透させるとともに、②インド洋では、ミャンマー、バングラデシュ、スリランカ、パキスタンなどに港湾を建設し、中国海軍のインド洋に進出し海上優勢を確保することにより、経済、軍事、外交面でインドの影響力を陸海両正面から減殺、あるいは封殺するというものであろう。

習近平が発展戦略として唱導し、インドにも呼び掛けている「一帯一路」は、このような対インド、対南アジア・印度洋戦略と表裏一体である。AIIBも一帯一路実現に必要なインフラ整備の投資資金を確保することが、主たる狙いとみられる。インドとしては、自国の影響力封殺を助長しかねない、一帯一路やAIIBに積極的に参加するという選択肢を採るべきでないことは、明らかであろう。

軍事面では中国は、遠洋海軍の整備に力を入れるとともに、インド半島全域からアラビア海、ベンガル湾まで覆う射程3000~4000キロ以内の戦域核戦力の増強にも注力している。その戦力整備の進展ぶりは、今年9月3日の抗日戦争・反ファシズム戦争勝利70年記念の軍事パレードでも誇示された。

このような戦力整備の狙いは、インドに対して戦域内での核戦力の優位を維持しつつ、通常弾頭の戦域・短距離ミサイルも増強し、北部インド洋と南アジアでのインドの軍事的優位性を減殺し、その行動を抑制することにあるとみられる。

このことは、西太平洋・東アジアにおける「接近阻止・領域拒否」戦略と同様の狙いと態勢が、南アジア・北部印度洋でもとられることを意味している。チベットは、そのための各種戦域ミサイル、戦闘/爆撃機等の重要な展開地域となるため、対インド軍事戦略の優位性を確保するためにも、中国がチベットの自治権を拡大し、あるいは領土問題でインド側に実質的な譲歩をする可能性は、今後も乏しいと予想される。

インドとしては、米日欧露等と経済、安全保障面での関係を強化し、経済力、軍事力を高め、グローバルな連帯の中で中国の対印封鎖網に対抗すべきであろう。

[1] 何毅亭著:〈学习习近平总书记重要讲话〉人民出版社,2013,第2-6页。

[2] 沈伟烈主编:〈地缘政治学概论〉国防大学出版社,2004, 第443页。

[3] 同上书、第443-444页。

[4] 同上书、第445-446页。

[5] 同上书、第446-448页。

 

[6] 同上书、第449页。

[7] 中国政策科学研究会国家安全政策委員会编〈中国地缘安全环境评估报告(2010-2011)〉全国佳出版社,第217页。

[8] 同上书、第216-217页。

 

[9] 同上书、第220-221页。

[10] 中印間の領土問題には、中国側の表現によれば、①中国、ミャンマー、インド3国の国境が交わる地点から、中国、ブータン、インド3国の国境が交わる地点までの9万平方キロの地域を指す「東段」、②チベット阿里地区とインドのカシミール地方の接する境界から、インド、ネパール、中国3国の国境が交わる地点の間の2000平方キロの「中段」、③チベット阿里地区と、インドがコントロールするカシミールのラダックからカラコルムへの登山口までの間の、アクサイチンなど3.35万平方キロの地域を指す「西段」の、3か所がある(沈伟烈主编:〈地缘政治学概论〉, 第454页)。

[11] 中国政策科学研究会国家安全政策委員会编〈中国地缘安全环境评估报告(2010-2011)〉, 第222-225页。

[12] 张世平著:〈中国海权〉人民日报出版社,2012年, 第329页。

[13] 王戎主,万广华编〈印度洋地区研究(2012/1)〉社会科学文研出版社,2012,第132-134页。

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