Home»オピニオン»【近未来を見据えた投資とコンプライアンスとの関係】

【近未来を見据えた投資とコンプライアンスとの関係】

1
Shares
Pinterest Google+

近未来を見据えた投資術というと、「このテクノロジーが将来の世界を席巻するだろう」といった視点が中心になりがちだ。しかし「ハイテク日本」をリードしてきたオリンパスや東芝の失敗例を見ればわかるように、そもそもコンプライアンスがしっかりしていない企業は投資対象としては失格だ。

コンプライアンスというと、一見地味で面白くないと思われがちだ。私は1998年、日本興業銀行(興銀、現在のみずほ銀行)から米系投資銀行(JPモルガン)に転職したが、転職先の投資銀行では意外にも日本の銀行以上にコンプラアンス部門の力が強く、びっくりした。日本の優良企業からM&Aの依頼を受けても、その企業が新規の取引候補先の場合は、自行と取引するに値するかどうか、ニューヨークのコンプライアンス部門のチェックを受ける。

当時私は「コンプライアンス部門といっても担当はニューヨークにいる米国人。日本のことはさほど詳しくないのではないか」と思ったが、そんなことはなかった。彼らはその道の専門家で、独自のネットワークを有していたのだ。クロール社などグローバルな拠点網を持つ信用調査会社からも情報を得ていて、日本の裏社会事情にも通じている。邦銀であれば是非とも取引したいと考える日本の優良企業案件をニューヨークに上げても、「その会社のCEOにはこんな噂もある。チェックしたのか」といった指摘が飛んでくる。

興銀の先輩に「外資といってもコンプライアンスの力が強くて驚きました」と言ったら、「金融機関にとって一番大切なことだ。うるさいことを言われてビジネスがやりにくいと感じるかもしれないが、後できっと良かったと思うようになる」と諭された。

【40年間も同じ問題に悩まされているネスレ】

ハーバードやスタンフォードのビジネススクールは日本では「資本主義の士官学校」と形容されることもあるが、現実はだいぶ違う。たとえばスタンフォードではフィールドトリップでグアテマラやエチオピアなどに行って格差の問題を議論したりする。また昔から倫理やコンプライアンスについて教えられていて、私が学んだ当時は「ビジネスと変化する環境」と称する必修履修科目が評判だった。

企業倫理などを扱うこのクラスではネスレのケースなども取り上げられた。ネスレは創業者アンリ・ネスレが1860年代、母乳の代替となる乳児用乳製品を開発したことでスタートした。しかしながら1970年代に入って、一部の途上国で粉ミルクを試供品として無料で新生児に配ったことで、母親の母乳分泌を不活性化させたとして批判を浴びた。また途上国では衛生状態の悪い水と混合してミルクが作られたため、新生児の病気の原因となったことも問題視された。

米国・欧州を中心にネスレ不買運動が広がり、ビジネススクールの授業では、「経営者としてどう対応すべきだったか」、そして「今後どう対応すべきか」について活発な議論が繰り広げられた。実はこの問題は40年経った今でも根治していない。2007年、英国ガーディアン紙はバングラデッシュにおけるネスレの積極的な販売手法を報じ国際的な反響を呼んだ。

【巨額の訴訟費用に苦しむドイツ銀行】

こうした例を見るまでもなく、企業倫理やコンプライアンスの問題はますます重要になってきている。ドイツというと監査役会が取締役選任権や解任権(重大事由が存する場合)を持つことで知られるが、だからといってコンプライアンスがしっかりしているとは限らない。フォルクスワーゲングループは排気ガス規制回避の不正行為で苦境に立たされ、ドイツ銀行もLIBOR不正操作(20億ユーロの罰金支払い)などにより、15年度決算では52億ユーロにも及ぶ訴訟関連費用計上を余儀なくされた。

日本でも①企業(投資される側)に対しては昨年「コーポレートガバナンス・コード」が導入され、また②機関投資家(投資する側)も「日本版スチュワードシップ・コード」を受け入れるところが多くなった。しかし不正会計問題を起こした東芝が、実は産業界でいち早く03年の段階で、米国型「委員会設置会社」に移行していたように、形だけ整えても意味がない。

それでは我々投資家はコンプライアンス違反を犯すような会社をどうすれば事前に(世間一般に公表される前に)察知できるのだろうか。いちばん良いのはアンテナを張り巡らして、投資(候補)先企業に勤める人に直接話を聞いたり、それが難しければ同じ業界にいる人に話を聞くことだ。

たとえば、今沢真著『東芝 不正会計 底なしの闇』によると、東芝では毎月の事業報告会は「社長月例」と呼ばれ、目標を達成できない事業部門長はその席で経営陣から延々と責め立てられたという。まさに「糾弾の場」だったのだが、そういった情報はその会社に勤める人や業界の人と話をすると、じわじわと水が染み出るように伝わってくるものだ。

誤解を恐れずに大胆な形で類型化すると、①個人主義よりも全体主義、そして②自由にものが言えない(風通しが悪い)会社では、コンプライアンス上の問題が生じやすい。さらに③目標必達、減点主義、失敗を許さないカルチャーの企業も要注意だ。東芝の例でも明らかなように、トップから激しく目標未達を糾弾されたあげく、「残り3日で120億円の営業利益の改善」(日経新聞15年7月21日)を強く迫られれば、事業部門長として出来ることは限られてしまう。つまり利益の水増し操作が行われてしまうのだ。

【不正防止とイノベーションの共通点】

逆に言えば、①個人を尊重し、②自由で風通しの良い社風、③失敗を許容するカルチャーのところでは、コンプライアンス上の問題が起こりにくい。実はここで気づいた読者も多いと思うが、個人を尊重し、自由で風通しが良く、失敗を許容するカルチャーというのは、前々回の本連載「『19年で株価303倍』を実現する企業をどう見抜くか」(16年1月29日付)で述べた「イノベーションを起こしやすい企業文化」の要件でもあるのだ。

実際のところ、アップルやグーグル、フェイスブックなどイノベーションを起こすことに成功し、世界有数の時価総額を達成している企業は、組織や体制面でも工夫を凝らしている。企業が巨大化しても官僚主義に陥らず、コンプライアンス上の問題は早い段階から芽を摘む方法が取られているのだ。

フィナンシャル・タイムズ米国版編集長のジリアン・テットが著した『サイロ・エフェクト』でも指摘されているが、アップルには独自の損益責任を持つ事業部は存在しない。会社全体で一つの損益があるだけだ。これは東芝などの部門に区分けされた企業との大きな違いだ。

また、かつてアップルでは辞職しようとする社員は、たとえ2~3分間でも必ずスティーブ・ジョブズと直接面談することを求められた。「どうして辞めたいのか」ージョブズにこう聞かれ、退職を決意した社員が「直属の上司との関係が上手くいかない」と述べると、ジョブズはむしろ直属の上司の方に問題があるのではと察知し、改善に向けて動くこともあったという。

グーグルの共同創業者ラリー・ペイジは、9歳年上の兄が一足先に起業して人事面で苦労したことを聞かされていた。そこでグーグルでは人事委員会を設けてすべての採用をチェックしたという。フェイスブックでは11年、すでに社員数が2000人を超え、新しいオフィスに本社を移転したが、建物内部の壁がほとんど取り払われた。

CEOのザッカーバーグもCOOのサンドバーグもオープンスペースで働き、その姿は誰でも見ることができた。またザッカーバーグは毎週金曜日の午後には広大なカフェテリアで対話集会を開く。従業員は誰でも参加でき、その場で直接CEOと対話できるという。

【トップが随時降りてくることの重要性】

組織が硬直化してしまうと、現場の情報がトップに上がってこない。であれば、必要に応じてトップが現場レベルにまで降りてくることが必要だ。こうすることで柔軟な組織運営が実現し、組織が活性化。不祥事防止にも役立つ。冒頭の私の例に戻るが、興銀から米系投資銀行に転職して1、2カ月のことだったが、CEOからメールが入った。今度ニューヨークでマネージングダイレクターを集めた会合があるから、その際、自宅で夕食を一緒に取ろうとの誘いだった。

ニューヨークのCEOが現場との距離を縮めようとしている例はこのほかにも随所に認められた。たとえばM&Aの案件をまとめるたびにCEOから「おめでとう」、「よくやった」とのメールが直接送られてきた。現場とトップとの距離が近いということは、現場をやる気にさせるだけでなく、現場の長(たとえば私ならば直属の上司だったアジア・太平洋地域のヘッド)の不正防止にも役立つ。

コンプライアンスを実現するための組織や運用面での工夫は、あらゆるところに凝らされていた。もうひとつ例を挙げると、私の秘書は、私だけでなく管理本部(Head of Administration)の指揮下にあった。ボスが不正行為をしているかもしれないと秘書が察知した場合は、管理本部長に直接報告するようなシステムが取られていたのだ。

社外取締役の導入など形式だけ整えても意味がない。コンプライアンスが守られるよう企業はどういった工夫をしているのかーー投資先を見るときにはこうした視点が重要になる。

Previous post

逆流始めた世界経済のトレンド、そして政治

Next post

東芝粉飾決算とコーポレートガバナンス