中小企業の未来と大学
Ⅰ「NOと言わない」企業づくり
1、はじめに
大阪同友会として、21世紀にどうしていくのか、企業づくりを明確にした2001年ビジョンを2001年4月発表し、大きな感動をもって会員企業に受け入れられた。これは、目指すべき企業目標と取り組む運動を明確化したことによる。この企業づくりに取り組むにあたって「NOと言わない」企業づくりが浮かび上がった。この企業づくりからはじまり現在までの企業作りの方向から未来を考えて見る。
2、「NOと言わない」企業づくりから、「自立的で質の高い」企業づくり
90年代日本は、バブル崩壊という経済困難の中から、社会を見渡せば、人口減少から国内のパイが縮小する時代に変わっていた。情報を東京に一極集中させ国際競争に打ち勝つ戦略に意図せずとも変わっていた。大阪のモノづくりは発注する商社が東京に機能を移す中でいなくなり、自分で新製品を作っては売れなくて失敗したという時代であり、NOと言えないで製品を造っていた時代から逆らってあえてNOと言わないで何でも引き受ける企業が生き残った時代といえる。NOといわない企業作りが追求された時代とも言える。それをとことん追求したところに2001年ビジョンで明らかにした自立型企業づくりがあった1)。
このNOと言わない企業づくりの実践事例は、どんな安い単価、短い納期、違う分野の仕事でもNOと言わないで引き受け、ネットワークの企業力で解決し、信頼を得るという企業づくりの方向であった。 例えば、それは、徹底してお客様や発注先・受注先が困っている仕事をみつけ、お客様のドクター、サポート業の発想で取り組む姿勢を大切にしている企業であり、本業の周辺に落ちている従来「ゴミ」といわれた仕事もやる企業であり、商売敵がいやがることを宝の山とみて、手間のかかる仕事に取り組む企業であった。また、多品種短納期小ロット生産は、機械化による大量生産が困難で空洞化しにくい分野であり,日本人の器用さを生かして行うことを追求した企業、データベースの蓄積から手間がかかり、どこもやらないことをするなど今までどこも見向きもしなかった仕事をする企業、つまり今まで「儲からない」といわれた仕事をする逆転の発想が信頼を得ていくことにつながっている。「NOと言えない」から積極的に「NOと言わない」企業づくりへの道ということであった。
この方向を追求する中で、一方、値段の合わないものや経営理念に合わないものに対してNOと言え、断ることができる、自社ブランドや技術に特化した企業づくりの方向が見えてきたのである。例えば、携帯・パソコンの超精密部品を1分間に1万個検査する装置の製造で世界の99%のシェアをもつ企業。小さいが空港ホテルなどで商品展示スペースを取ってもらえる手づくり高級品を販売する企業。売れない商品や小さい市場の商品にもこだわった、売り続けられるブランドを育てていく企業。不合理性の追求を行い、お客においしいものを、商品を通じて理念を売ることで顧客を拡大している企業。ターゲットを絞り珍しい高品質な花を自社ブランドにし、リピーターが増加している企業。「貴方の夢を形に」と70社のネットワークで顧客がはっきりイメージできない商品を開発する企業。倉庫業からサービス業へ転換、すべての運送保管付属事業を展開する企業。特殊生地を使用し設備をもたずに差別化・高付加価値化に対応した企業。店ではモノを売らず体験を売る工夫で全国ブランドになった企業などである。
このように企業ブランドをつくり、他社にできないものに特化した企業づくりと顧客本位のサービス化に取り組んでいる企業がある。そこから、理念の共有からのブランドづくりが見えた。転換を進める中で、自社ブランドの確立がはかられてきている。ブランドといってもソニーやシャネルといった企業名や商品などの有名ブランドをさしているのではない。93年に中同協が21世紀型企業づくりで提唱してきた地域の信頼や消費者の信頼を得たことを意味する企業の信頼ブランドといえるものだ。つまり,社会的に必要な企業として国民や地域からの信頼で結ばれた社外とのネットワークで,どんな注文も受けてNOといわずにできる信頼のブランドを確立することである。また、企業内における経営指針の確立から実践の中で社員の創意や自主性が充分に発揮される社内ネットワークで,NOといえる自社の製品・サービスに自信をもったブランドを確立している。この二つが部分的にも合わさって実践される企業群が多数生まれてきた。これがNOといわない企業づくりを追求してきた中で明確になった「自立的で質の高い企業」であった。この2001年ビジョンで打ち出した「自立的な企業の5つの条件」の追求と、「質の高い企業の4つの条件」の実践を通して企業体質が少しずつ強化され、とりわけ同友会理念に基づいた企業理念の外部発信が、信頼という企業ブランドを創りあげ,「あそこに頼むと安心」という企業本来の目的に気づかされた同友会会員企業も多い。これは、効率優先や利益最優先的な世の中で,当たり前のことが,見失われていることがいかに多いかということの左証ではないだろうか。
このことをさらに追求する中で、「どんな時代でも通用する」企業づくりの追求として「顧客に応える」という使命、相手にとってその分野でのオンリーワン企業をつくるという企業の理念を追求する企業づくりが生まれた。さらに「環境の変化に対応できる」企業づくりの追求として「時代の変化に適応」した企業づくり、ただ適応していくのでなく能動的に適応する。そのためには、異業種企業の変化している対応から謙虚に学ぶことが必要であり、なおかつ自らの弱みを補う連携が必要であり、連帯型経営を追求する企業づくりへと展開していった。この2つを統一して進めているのが「大阪同友会がめざす自立的で質の高い企業づくり」の特徴であった。
Ⅱ企業づくりの問題点、目的と手段を正していく
1、企業づくりの障害「世界同時恐慌的不況」、新自由主義路線の行きづまり
この企業づくりの中で大きな環境変化が起こった。クレジット社会の象徴とも言えるサブプライムローンの破綻である。2008年9月14日のリーマン・ブラザーズの破綻と金融恐慌が世界に広まり、現在の世界同時不況に陥った。今回の金融危機は、「金融恐慌」であると同時に、「世界同時恐慌的不況」だと考える。それは、新自由主義の危機であり、経済活動の目的と手段を倒錯したことによる典型的な結果である。その思想に基づく拡大主義経済の崩壊と、新自由主義政策の破綻といえる。世界貿易額1403兆円(2008年)2)に対して、金融取引額13京4685兆円(外為だけで2007年4月)という、実に実体経済の100倍の規模が現在の世界を如実に現している。
この新自由主義の歴史を遡ろうとすると、戦後のアメリカ経済に着目しなければならない。当時のアメリカでは、高度成長路線と生産過剰恐慌、それを逃れるための巨大な公共投資による失業対策がケインズ理論のもとに実践されていた。ケインズ的福祉国家では失業した時は所得再分配して賃金に代わるお金を配る失業保険・医療保険・年金でよかったが、その前提は家庭で無償労働する人がいることであった。ところが女性が労働市場にたくさん出てくると、賃金の保障だけでなく家庭内の無償労働を政府が公共サービスで提供せざるを得なくなる事態となったが、そこまで出来ず矛盾は解決できなかった。そこに1979年にフリードマンが著書『選択の自由』で、財政難の打開策として社会保障などあらゆる分野への市場原理導入を主張した。ここに新自由主義的イデオロギーがはっきりとした形で出現したのである。同年にイギリスのサッチャー首相がその実践を宣言し、翌1987年にアメリカのレーガン大統領、1982年には日本の中曽根首相が続いた。日本の専売公社や国鉄の民営化はこの路線上の出来事であった。こうして新自由主義=経済的強者が生き残る金儲け主義が蔓延していった。企業が株主配当でのみ評価されるような風潮もここに原因がある。今回の世界恐慌の本質はこの「新自由主義」の路線の破綻である。フリードマンが唱えたこの路線の「規制緩和」や「小さな政府」が世界で一貫して追求され、ブッシュ政権は特に、「市場万能主義」を推進した。富裕層への減税やイラクへの戦費拡大で、財政赤字が過去最大となり、また社会的格差が広がるなど、さまざまな歪みが拡大した。
新自由主義の影響はその出現の当初から日本に大きな影響を与えてきた。アメリカは日本に対して、膨らんだ貿易赤字を減らすためにプラザ合意と新自由主義政策を押し付け、この結果として日本は1998年の土地バブルから1992年バブル崩壊3)、長期不況に突入した。85年までの完成品輸出のメイドインジャパン路線から、アメリカからの要請もありメイドバイジャパンに転換し、2002年生産財・部品輸出構造に転換した。02から07年に輸出は59%増加、内需は11%増となったのは、低価格輸出の道を選んで非正規雇用・海外生産の道を選んだからであり、これが日本のグローバル化の到達点である。2003年からの中国への輸出急増で一部大企業を中心に回復過程にあったが、今回のアメリカ発の経済危機は、外国は双方向の輸出構造であったが、日本は輸出するだけの構造で、特定の国へ特定の業種である特定の企業という問題をもっていたのである。つまり、機械4割・自動車2割という産業構造が、輸出依存度18%なのに世界一深刻な実体経済の悪化を日本にもたらしたのである。
世界に大きな影響を与えた新自由主義は現在、行き詰まりが露呈し、総括の動きが顕著である。IMFは2005年に新自由主義的な経済政策の推進の誤りを認めた。2009年1月20日に発足したアメリカのオバマ新政権は、未曾有の経済危機に対して「新自由主義からの離脱」を明確にしている。日本においても、2009年8月に国民は、個々の「政治家や派閥や縦割り行政の」利益誘導の政治から、「政治家が主導する政治」という使命を中心に目指す民主党政権を誕生させたのである。
日本はどのように対応すべきか。日本は人口減少、世界資源減少、顧客減少、金融資産減少、企業減少の最中にあり、物余りと同時に人間に金が流れないという右肩下がり構造になっているから、第1次産業就業人口の比率は5.1%で65歳以上が6割を占めているのである。また、輸出のために国際分業で自給率40%の国になっており、食料輸入額2位から5位の国の合計より多い輸入1位の国になっている。経済拡大路線は時代錯誤である。アメリカのクレジットの消費にたよる国際競争からの大量生産・大量消費・大量廃棄の時代は終わりを告げている。世界中に輸出で押し売りする時代から、人間の経済生活の原点に照らして「困ったことに応える」ことが求められる時代になったと私は考える。
2、問題解決は手段と目的の取り違えを正しくしていくことから
ではどう解決していくのか、考え方をまず改める必要がある。現状社会の最大問題は、手段と目的の取り違えから展望のもてない社会になっていることである。現在世界恐慌の中で、社会の最大の問題は、先が見えない中で目的と手段をよく間違えることでさらに混迷を深めていることである。
学生の一部は目的が見えないので手段の追求からニートやフリートになり、経営者の一部は手段の金儲けに走って偽装を行うなど90年代からの新自由主義の影響から日本は展望が持てない社会になり、現在の混乱を招いているのが根源である。人間の活動が経済も人を残すことだという点から見れば展望は開ける。すぐそばに展望があるのである。生物多様性が現在地球の存在にとっても大事であるのと同じで人間の多様性が大事なのである。
大東文化大学の太田政男氏4)によれば、「フィンランドでは仲間と共同して学ぶことを大事にしていることから学ぶ必要がある。学ぶ目的をまず明確にした若者を作ることが一番必要である。世界では学費無償化が圧倒的な流れである。だから国のため、地域のために学ぶという風土が育成されるが、日本の学費は世界一高く自分で金を出して学ぶから、『自分のために学ぶ』という発想になって、ますます個人主義的になっているのである。競争が切磋琢磨でなく、蹴落とすもの、椅子取りゲームになって、偏差値教育は人を蹴落とすものになっているのである。日本は、資本主義がおくれてスタートしたのを、教育で追いつき成功したと言われていたが、今ではOECD加盟国GNP比で下から2番目の教育費しか国は出していない状況である。本来学問を学ぶ目的が『経済学は貧乏を無くすため』『政治学は社会を良くするため』『教育学は一人一人の人間を伸ばすため』であるのに、自分のためになっているのが現実ではないだろうか」といっている。いい悪いいは別にして戦前はお国の為、天皇の為ではあったが、目的が明確であった。今の親は、子供が何のために勉強するのと聞くと、「お父ちゃんみたいになりたくないなら勉強しなさい、勉強はお前のため、いい大学入って、いい企業へいくため」という、これでは自己主義しか学べないし、目的がないので本当には学ばないし、学べないのではないだろうか。今本当に学べる機会が中小企業にはある、お客の役に立ちたいから必死で学ぶ場がある。人間は目的や理想が明確にあると一生懸命に学ぶし、働くことができるのである。人間は目的が「人のため、地域のために」と明確になれば「学ぶことは面白いから学ぶもの」である。
3、企業の問題でいえば偽装企業
目的と手段の間違いを企業でいえば偽装企業となる。2007年から偽装が目立った。NOVA英会話学校は1981年、大阪心斎橋で第1号教室を開いた「猿橋望」氏が創業者である。英語を話せる人をつくりたいと創業したが、1000店を作ることが目標になると、投資マネーを集め、新規発行の株券を再投資するやり方でお金をあつめ事業拡大をおこなった。コムスンと同じであるが、再投資先や景気の影響で業績が悪化しだすと、不正営業を推し進め不祥事に至った、2007年6月に監督官庁から処分を受け廃業した。金だけが目的の最大の典型は村上ファンドであり、村上氏は悪いことしたと思っていない。企業買収・投資をして金をもうけることが目的で経済産業省をやめてファンドを設立したが、「インサイダー取引の」罪で裁判にかかった。しかし本人は「金が金を生む」と思っており、だから金を儲けて何が悪いと思っているのである。また耐震偽装のように建築費を下げて競争に勝とうとした事件も同じである。経営方針の一番はじめに儲けることを掲げたJR西日本の尼崎事故の事例、不二家の2007年賞味切れ期間の商品を販売した事例。三菱自動車では何度もリコール隠しが発覚した事例。キャノンと松下の偽装請負問題は裁判所から改善命令まででる事例。船場吉兆からミスタードーナッツが期限切れシロップを使ったことが発覚した事例。それが2007年の世相を示す漢字が「偽」の字となったのである。
2008年度にはさらに偽装問題が続いて、中国製冷凍ギョウザに殺虫剤混入事件が1月に問題になったが9月には三笠フーズが汚染米販売で大問題になった。2009年になっても相も変わらず偽装が摘発されて、09年半期で食品表示法違反が119件と史上最高である。さらに07年「偽」08年「変」を世間にしめした漢字鑑定協会自らが偽装するなどきりが無い。一方では2007年1月5日に亡くなった日清食品の創業者の安藤百福さんは世界で初めてのインスタントラーメンのチキンラーメンをつくり、世界で280億食を売っている容器入りスナック麺のカップヌードルをつくった人だが、「食が足りてこそ世の中が平和になる」という理念で作り続けたのである。
中小企業だからこそお客のために役立つ企業でもある偽装と反対事例5)の一つを詳しく触れると、岩手の酒屋さんの事例である。
経営理念を皆で考えた時に私たちのお客様は「酒の小売屋さん、問屋さん、ホテル、温泉旅館である」などと真顔で論議し、核心に近づいたのは、瓶詰め作業のパートさんが、「私は毎日7~8千本のビンにお酒を詰めている。その中でいつも、お客様が飲もうとしたときに、パチッと気持ちよく開けられれば良いと思いながらキャップを閉めている」という話からであった。「キャップを開ける人がお客様なのだ。私たちを支えてくださっているのは酒を飲んでくれる人達なのだ」と気づいた。こうして「お客様の食の場における『喜び』『楽しみ』『くつろぎ』にお役立ちするのが私たちの商品であり、仕事なのだ」という経営理念が出来た。実践するのに、お客に会ったことがなかったので、顧客名簿3万名をあつめ、その中で「エコ倶楽部」が空き瓶回収を始めた。その回収を営業部にさせようとしたら何故営業がビン回収までと猛反発をうけた。しかししぶしぶ個人宅を訪問したところ「どうもご苦労様、わざわざ来てくれて、この間の酒美味しかったよ」と感謝された。別の家では「美味しかった、新製品でたら是非紹介してね」と言われ、次の家にいっても感謝された。1週間で営業部の雰囲気が変わった。それまで目標達成ができず暗くて挨拶しなかった社員が朝「いってきます」と元気にでかけるようになった。
やはり人間は「自分が人の役にたっている」と実感したときに、本当のやる気につながっていく。今年も食品の産地偽装まで毎月何らかの偽装が報道される。「お金をもうけたら偉い、競争に勝てたら偉い」という風潮が蔓延、つまり儲け主義の考え方がまだ主流である証拠でもあるが、この偽装には「金」は出てくるが「人」が出てこない。偽装企業を見れば、理念がなく金儲けが目的の企業が殆どである。偽装すればお客のためでなく、自分のため・自社のためにという場面が多くなってくる。そうなればお客(人)がついてこない、従業員(人)もついてこない、変化に対応できないという結果に陥いる。そして販売不振、赤字から倒産への道となるのである。
偽装と反対は、お客(人)のために役立つ企業である。中小企業だからこそでもある。やはり人間は「自分が(人)の役にたっている」と実感したときに、本当のやる気につながっていくのである。結論的に働き甲斐のある企業とは、効率優先ではなく、お客{人}のために、働ける企業、お金儲けが優先ではなく、顧客{人}満足が自分の喜びになる企業といえる。中小企業の繁栄と国民生活の発展が表裏一体であるという認識に根ざしたものであった。ここに中小企業の1つの淵源がある。
Ⅲ地域をつくる企業づくり
1、問題解決は中小企業の役割評価の変化
現在の問題をどう解決していくのか。それには地域で生きていくことを担う「地域の経営者」をつくることであると思うが、それに触れる前に中小企業について明確にしておきたい。
日本経済において中小企業は大きな役割を果たしている。日本の会社数の99.2%が中小企業であり、製造品出荷額64.2%であり、被雇用者の79.9%(大阪では86.5%)の4370万人が中小企業に働いている。しかし、中小企業政策費が2009年1890億円に示されるように低い地位であり、残念ながら学校教育の社会科の教科書にも、中小企業の社会的役割についての言及はほとんど見られない。それどころか、社会を見渡せば「中小企業が増えると安い賃金の労働者が増える」という「二重構造論」に基づいた考え方もいまだに存在するのである。見直されてきたとはいえ、中小企業イコール弱者であり、「女工哀史」の世界というイメージが存在するのが現実である。
一方で欧米における中小企業の評価が変わってきている。世界の常識、革新は中小企業からと96年にはILO、97年にはOECD6)が「中小企業こそ一国の経済を支えていく大事な役割を果たしている。もっと中小企業の振興に意を払うべきだ」と勧告や決議文を出している。この背景とは、85年のアメリカにおける日本研究において日本の製品に負けるのは、その部品を供給している中小企業が優秀だからとの結論を得ている。だから、アメリカの中小企業の育成を、起業、特に女性企業家育成策をとり、それをアメリカの中小企業白書7)では、民間の技術革新について、開発費はほとんど大企業だが画期的発明は中小企業が行っており、大企業は改善が主であるという報告がおこなわれている。ECの中小企業研究では同じく研究結果として「一国の経済で中小企業の売り上げが大企業を上回ると翌年のその国は成長する。大企業が上回ると衰退する」という結果から、EUは2000v年欧州小企業憲章8)を制定して「小企業はヨーロッパ経済の背骨である。小企業は雇用の主要な源泉でありビジネスアイデアを生み育てる大地である。小企業が最優先の政策課題に捉えられてはじめて“新しい経済”の到来を告げようとするヨーロッパの努力は実を結ぶであろう」と明言して取り組んでいるのである。
2、なぜ中小企業なのか
なぜ世界で中小企業が大事にされてきているのか。日本でも明確なことは生きることに応えているからである。それは“人間らしく生きる”ことと労働が結びついているからである。人間が「生きる」とはそもそもどういうことであろうか。この問いが今ほど重要になっている時代はないと考える。人類全体に投げかけられている問いであると言っても過言ではない。
中同協顧問の赤石義博氏9)によれば「『生きる』とは人間がその生命をまっとうすることであり、また生命を継承する営みである。人間の歩みを振り返れば、その営みを守るために群れができ、共同体が生まれた。そして共同体を継承するために、自立的分業が発生し、それを基礎とした社会進歩が展開されてきたのである。さらに共同体の分化と進化が進むなかで『経世済民』が実践され、その過程において“人間らしく生きる”という概念が確立されてきた。重要な役割を果たしたのは労働であった。なぜなら人間は、労働を通じて初めて自らの社会的存在意義を確認したからである。言い換えれば、人間が人間であるためにもっとも必要な関係である“あてにしあてにされる”関係は、労働のなかでこそ確立できたのである。この“ あてにしあてにされる”関係が人間の社会性へと発展し、それがより安定してきた結果が“人間らしく生きる”という概念の確立であった。」となる。これに私見を付け加えると、サルが人間になるためにも労働が決定的な条件であった。他者の役にたつことから生産が生まれ、流通を生み、サービスを生み出してきたのである。人間を取り巻く環境が変わっても、労働が人間社会を維持していくことは変わらないであろう。現代に目を転じると、労働の場は地域に、生活の場と同時に存在するのである。地域で生まれ、子どもを生み育て、生活し、暮らしていけることが人間の再生産の条件であるから、労働と生活の場が存在する地域が豊であるかどうかが、人間が「生きる」ことにとって極めて重要な意味をもつと言えるのである。
一方で上場大企業は、資本の論理が優先され、株主の利益の最大追求が評価される存在になった。このような事例は多くかかげることができる。3年前には誘致大手製造業の3社が撤退していったために雇用されていたブラジル人8000人が失業して地域問題にまで発展した山梨の事例や、最近では三重県の「世界の亀山モデル」とTV宣伝されていた亀山第1工場の設備がすべて中国工場へ移転と、利益を求めて世界中へ移動するのが大企業である。地域は儲けの道具に過ぎないのに対して、中小企業は違っている。中小企業はお客や地域から逃げられない存在であるから地域において現在生産を担っている唯一の存在が中小企業なのである。
さらに環境面からも世界は中小企業の時代になっているのである。フロー経済という戦後のストック不足を補う高度成長政策から大量生産・大量消費・大量廃棄の時代がつくられ、地球の資源を枯渇させ環境を悪化させた中で、環境許容限度を超えて生態系が維持出来ない時代になったのである。大量生産・大量消費・大量廃棄は大企業中心に高度成長をつくりだしたが、資源は一回しか利用されない資源生産性の低い経済であった。一方「必要なものしか作らない、必要なものしか消費しない、廃棄物は再資源化して使う」ことを前提とした適正生産による資源循環型の経済システムが導入されれば資源生産性は飛躍的に高まるのである。適正生産とは注文生産であり、もともと中小企業の少人数の多能工で行われる生産方式のことである。このことは、中小企業が未来の生産を担うものであることを示しているといえよう。
3、理念の時代、日本の問題解決は「人と地域をつくる」ことである
このように、日本でいうならばお金が支配するといえるような21世紀の初めは、大企業がお客のためでなく株主のために利益を出すことが一番だと言い切った時代なのである。そのために短期利益を追求して競争に勝つ戦略をたて、グローバル化で世界調達や人件費抑制を行い、さらに無理やり消費者に売る宣伝にたよる大量生産・大量消費・大量破棄の経済を作り出した。その結果として人間のための経済や雇用に貢献しない、環境悪化や地域疲弊を招いている。
一方で中小企業は、80年代に、理念で飯が食えないとバブルに乗る動きもあったが、バブル崩壊後は、仕事を探し、お客に支持される企業を目指した中で「誰のための企業なのか、誰に役立つ企業なのか」を明確にした理念を追求することが求められたのである。
21世紀の企業は今、理念を売るという方向へ向かっている。理念でメシが食える時代であると言えるのである。それはどんな所が潰れるのかの典型企業を経営体制から見れば良くわかる。理念でなく利益を追う減点主義の企業はノルマで売り上げを追及し図体だけ大きい企業となり不祥事をおこしている。理念が無い企業はもうけ主義で、大ヒットを追い続けるが続かなくて潰れていっている。さらに理念があるが実践されない企業は過去やヒーローにたよる、拡大主義の追求で破綻に追い込まれている。その反対に中小企業は今理念重視とともに特に社会性を重視している。事例としていえば、あるアクセサリー販売企業は水族館のキーホルダーを作成しているが、商品の10%の売り上げを種の起源保存会をつくって各地の自然動物保護活動に貢献し、そこの社員はこの理念をもってアメリカの水族館に売ることに成功しているのである。このアメリカの水族館ではアメリカインディアンも趣旨に賛同して見たことも無いイルカのキーホルダーを作成して協力してくれている。この理念を売るのは人であり、潰れない企業は、理念に賛同して人の役に立つ企業理念を実践している。このような人づくりに取り組んでいるのが中小企業である。
この元をたどれば労働と教育の関係に行きつく。この関係とはそもそもどういうものだったであろうか。原始時代では、教育と労働は一体であった。労働の中に教育があったのであると考える。生存の方法や文化が、共同体の中で発展しながら次の世代に受け継がれていった。しかし文明が発展するに従い、労働を離れて組織的に高度な科学や言語、技術を集中的に学ぶことが必要となった。そこに学校が生まれ専門的な教師が生まれたのである。しかし、江戸時代の識字率世界一に貢献した寺子屋制度を見ても、労働と教育が分離しておらず、働くことを通して学ぶことと、知的教育とが統一されていた点が重要である。人間の知識が、自然と人間の相互交流において成立することをふまえた合理的な制度だったのである。学ぶことと働くことの統一的な原点を、教育者も社会全体も再認識することが必要ではないだろうか。
企業で働くなかで“人が育つ”とはどういうことであろうか。人のために役に立っているという実感、あてにしあてにされる関係のなかで人は育つのである。中小企業にはその場があるのである。先日、印刷業界に興味がある大学生が同友会をたずねてきた。大学の就職相談窓口では大企業を紹介されたのであるが、いずれ起業したいと考えている彼は印刷業界の川上から川下まで全てを知ることができるのは中小企業だと思い、同友会を訪ねてきたのである。大企業では全ての工程を実際に見て触れることは難しい。反対に中小企業では全ての工程を知らなければ、他の社員と分担しての仕事がうまくできないのである。自分のやっている仕事が何のために役に立っているのかが見えてくるのである。別な事例でいえば宮大工の話であるが、日本建築で木が植えてあった環境を再現して立てれば1000年以上もつという、それが出来るのが宮大工である。人間もその気にさせると力を発揮するのである。理念が納得できないと社員はその気になれないし、理念がよくても社員にやる気がないとできないのである。ここが企業経営の根幹を担うのである。
ただし全ての中小企業において当てはまるわけではない。人の役に立っているという実感を会社全体で共有できていないとならないのである。同友会で中堅クラスの中小企業を調査して分かったことであるが、後輩の教育に熱心な部門は「売上は低いが利益率が高い」、反対に売り込みを後輩と一緒に追求する部門は「売り上げが高いが利益率が低い」のである。その理由はどこにあるかと言うと、先輩が後輩にどれだけこの仕事が顧客にとって大事かを教えるからである。相手の気持ちにたって仕事をすることの大切さを教えられた後輩は自ずとリピート率が高まり、利益率が上がってくるのである。社員全員が、深いところでお客の立場にたっていないと、本当の意味でお客の要求に応えることはできない。一人でも自分のためだと考えている社員がいると、結果は違ってくるのである。
4、“正しい目的”とは、企業は何を売っているのか
現代社会の最大の問題点の象徴が「ワーキングプア」である。大量の非正規雇用労働者や正規雇用でも低賃金で働く人々の存在が背景にある。人間を人間として扱わない企業の倫理が問われているのである。社会に貢献していくという企業理念の不在と、従業員を人間として発達していく存在としてとらえる視点の欠如こそが問題なのである。このことは、企業をめぐる様々な不祥事の温床となっているのである。
そんな中で、2008年7月の単行本売り上げナンバー1が「蟹工船」という現象が起きている。そして2008年『労働経済白書』にて、初めて成果主義賃金は成果をあげていないばかりか格差拡大と共に若者に労働意欲阻害を起こしていると指摘されているのである。日本でも考え方は変化しているのである。企業で働くとは、人の役にたつということが本来の目的である。企業も同じで儲けだけを追求する企業は劣化するのである。儲けという手段の追求でなく、人の役に立つことを至上の目的としている企業を消費者が選択してくれるのである。この意味では、好まれるというのは商品に魅力があるのは前提であり、それを売っている人間が好まれることであり、そのためにはお客のための気持ちが通じるということが重要である。この“お客のための気持ち”を結実させたのが経営理念であり、この経営理念を売るのが人である。信頼を売る、その為に企業として原理・原則がわかる人間を求めているのである。
ところで、「お金がほしい」という目的だけで働く人がいたとすると、その人は仕事を通して一定の人間関係を学べることはあったとしても、働くことの喜びに触れることは難しいであろう。「人の役に立つ」という正しい目的の実感があってこそ初めて働くことの本質に触れることができるからである。さらに本当にお客の役に立つためには1人だけでは無理だ、一緒に働く人たちと力を合わせることが必要だと理解し、そのために自分が「何ができるか」と考える、一緒に働く人たちがどうしたら仕事がしやすいかと考えて行動するようになって初めて、働く喜びを実感できるのである。これが目的と方法を倒錯していない、目的が正しく持てる条件といえるのである。中小企業経営の実践から得られた最大の教訓は、社会に貢献できる企業となり、「人々の暮らしのどのような場面でどのような貢献ができるか」という理念をもった企業が生き残るということであった。こうした理念を全従業員の納得のもとにつくりあげて実践している企業は、従業員一人ひとりの前向きなエネルギーを最大限に引き出すことに成功しているのである。
中小企業家同友会は“共に育つ”教育10)を大切に考えている。経営者にとって使い勝手の良い社員を育てることを目指しているのではない。社会のあらゆる場面において認められる立派な社会人を育てることが大切と考えているのである。ある東京のスーパーの事例でいえば、戦後しばらく小中学の中途退学生しか採用できなかった。その社員の中には、正確にレジを打つことが難しい人たちがおり、本人たちは落ちこぼれ意識を持っていた。そこで経営者は何をしたかというと、毎日、その人たちが必ず100点がとれるテストを行ったのである。事前に先輩社員から一人一人の出来る段階を聴きとって、レベルの違うテストを徐々に段階を上げて行った。毎日テストの結果を“120点”分ほめたそうである。これを2年間繰り返すうちに、次第にその社員に自信が芽生えてきた。それだけでなくお客のとっさの難しい注文にも応えることができるようになったのである。現在は、相手の立場にたつ教育へと発展し、企業としてもお客のニーズに応える店として成功しているのである。100点からの減点主義や、受験用の偏差値教育では、このように人間が伸びることはないと考える。
また別の事例であるが、宮崎県のある生協は、加入率が県の全世帯の50%以上という驚くべき数値になっている。この生協は経営の理念と実践において、お客の要望に徹底して応えている。例えばお客に要望カードを寄せてもらい、「小さいハンバーグをつくって」などの声を必ず商品化して、チラシに載せるのである。店頭では誰からの要望でつくった商品かを表示するので、要望したお客は「これは私が要望したのよ」と友人をつれてくるのでお客が増えるのである。そして社員一人一人も店舗ではレジでお客の要望にその場で応えるのである。例えば「豚肉が大きいから半分にして」と言われればその場で半分にして半額で売る。その権限をレジのパート社員に与えているのである。社員一人一人が「お客のために」と最善のサービスをその場で判断することに喜びを覚えているのである。ここにある社員教育は、管理主義や統制的発想とは縁遠いものである。
物事を深くとらえて考え、仲間と力を合わせて行動できる人間つまり「自立型人間」を企業は求めている。そのために先ほど述べたような、“人の役に立つことが喜び”になる経験がどうしても必要である。他者のために何ができるかということを心から真剣に考えている状態こそ、人間が最も高度に自立した状態だからである。しかし翻って社会全体を見渡せば、何のために働くのかその目的を見出しにくい状況ではないだろうか。ともすれば、くたびれた親を見て、働く喜びに接する機会が少ない子どもが多いように感じるのである。
5、中小企業は人を育てる、地域をつくる存在であった。
ここまで述べてきたように、中小企業は「人の違いを認め」人を伸ばし、関係を強化し、人間が生きられる環境を作るという企業存続の理念(同友会では労使見解11)にまとめた)で存在してきたのである。企業をつくり、人を作り、地域を作るといっても過言でないであろう。地域の資源を見出して事業化し、雇用を支えて地域の夢をはぐくむのは、中小企業の使命である。中小企業への地域からの期待が高まる中、その期待にこたえ信頼される企業とはどのような企業なのか、自立的で質の高い企業から、さらにすすんで地域の生活者の視点に立って、仕事をつくり、新たな雇用を生み出す「創造型」の企業が求められていると言えるであろう。
経済評論家の内橋克人12)氏は次のように提起している。「競争と共生を共存させることが、グローバルスタンダードの中で人間が分断されずに生きていく道。経営者・従業員の生活基盤と事業基盤が重なっており、地域社会と同心円であることが地域社会を支えている、これが日本型自営業。よって少子高齢化社会を支えるのは大企業でなく、生活・生存・生産が重なっている日本型中小企業である。そのためには、自覚的消費者を育てられる中小企業をつくっていくことが必要」であると。
中小企業経営者は、雇用している全従業員と家族の生活を担う責任と、お客の期待に応える責任を背負って経営しなければならない。お客や地域からの信頼に応える、社会の公器としての企業をつくるという立場で、自らはもちろん、同じ志をもった社員を育てるという情熱がないと続かない。したがって“人育て”が経営者の最大課題なのである。今、地域が存り続けるための“人育て”が社会的課題となっている。若い人が働き、子どもを産み、育て続けられる地域が日本の隅々に在るかどうかは、今後の日本社会全体を左右する問題といっても過言ではない。
北海道の帯広では「北の大地に人を残す運動」が取り組まれている。地域に若い人がいなくなることから若い人が地域に残って活躍できる場をつくろうと、北海道同友会帯広支部が中心となり、子どもたちの父母や教員、教育委員会等と手を携えて2000年に地域教育協議会を結成した。地域で働くことがどれだけ魅力があるのかを若者に理解してもらおうと、インターンシップに取り組んでいる。父母や教員も地元企業にインターンシップをするのが何よりの特徴である。これがいまでは行政も学校も地元の企業も住民も協力して「北の大地に人を残す運動」としてさらに取り組みが発展している。地域で「家、子ども、企業、学校、行政、農業、環境」が共通認識になっていることが「一番大きい農業でも働く場としては弱い、若い力を地域で残すこと=地域で子供の働く場をつくること」であり、「若い力を地域で残すこと=地域で子どもの働く場をつくること」である。あるケーキ屋は地域の高校生50人を採用することを自分の経営理念として実践している。各企業が本業の中にこの課題を位置づけているのである。またある焼肉屋では大量仕入れを生かして安売りではなくて、現在は地域のバーゲンハンターになりきれないお年寄りのために新しい店づくり展開をしている。例えばキャベツ半分とにんじん半分とジャガイモ半分で一人用にして、車で買い物できない高齢者が歩いて買い物ができ、必要な少量を提供する店舗として、地域で生きる支援店づくりに取り組んでいるのである。
Ⅳ中小企業の未来像と大学を考える
1、地域をつくる企業の特徴
地域創造型の企業づくりの特徴点は、自社の存在意義や事業目的を明確にした経営理念をもち、社会的な風潮と逆に正規雇用や新卒採用を増やし、『共に育つ』精神に基づく社風づくりに真摯に取り組んだ企業が新たな仕事づくり、地域づくりへの成果を挙げていることにある。こうした企業に、地域や業界から信頼が高まり、人間尊重の経営に基づく好ましい企業文化を作り出している。「だれにとって良い会社であるのか」が問われなければならない時代である。地域で仕事と働く場所を創り、社員やお客さま、地域社会にとっても、「あの会社があって良かった」と言われる良い会社をめざすことが求められる。さらに社員の子供から「お父ちゃんの会社に入りたい」と言われる企業に近づいていくことが求められているのである。
このように人と地域づくりができる企業の方向は見えたが、現実は中小企業の企業努力だけでは厳しいのが現状である。大阪の企業づくりで見えたのは、自立型企業を担うのは自立型社員づくりであり、自社ブランド作りの企業努力の歴史でもあったが、2009年5月から中同協(全国組織)に赴任して、全国の企業づくりの事例を見てみると「①自社の強みを生かして、ありふれたものから、ないものを形にした新仕事づくりに取り組んでいる。②お客のどんな要望にも応えている中で困っていることに応えられる仕事に取り組んでいる。③価値の再発見で、お客の要望やニーズをつくりだしている。④さらに新しい市場をネットワークの力を連帯や連携で作り出している。」という自社ブランド確立の企業単独の取り組みは同じであったが、さらに全国では「⑤地域の力で新しい仕事までつくりだす、という地域ブランドづくりへの挑戦で、市場をつくり、企業に地域が力を与えている。⑥さらに地域の困ったことに応え、地域を作り出す企業の動き」という大都市部では見えにくい「地域」という基盤を生かしての企業ブランド作りといえる動きが見られた。
とはいえ企業ブランドだけでも今回のようなリーマンショックからの急激な情勢変化には左右されている。2009年全国の同友会の企業事例から見えてくることは、建設業の足もとからお客を見直し、仕事をとる事例と、人材派遣業が派遣でなくその教育システムを売ることで生き残るなどの事例は存在するが、いまだ製造業の多くは、7割から9割の売り上げ減少に見舞われ、特に部品製造企業では新しい仕事づくりは見えていないだけでなく、本業の持つ力を業界の縦・横方面へ伸ばし7割の売り上げで展望がもてる企業も出てきているとはいえ、多くの企業が良く戻って売り上げ5割減という中で悪戦苦闘しているのである。一方で四国中央市になったが川之江の紙の地域ブランドはさすがすごい力をもたらして、昨年から1社もまだ倒産せず、増収・増益企業が存在している。これは紙に関する新しいニーズが地域ブランドに集まる中で、同業が違う分野で新しい仕事をつくることから生まれているのである。また東京のモノづくりのノウハウ含む産業集積が神奈川、千葉まで外へ広がってきている中で、その残っている産業集積の中で頑張っていると、市場は狭まっているが新しい開発・技術で伸びる分野が生まれているのと同じである。都市であるほど情報を発信することで市場を引き寄せているのである。
この方向を明確にすれば、①まず企業ブランドを創る、新しい市場をつくり、なくては困る企業づくりを進め、②そこから連帯して地域ブランドをつくる、その地域の強みを生かすという産業地域をつくる。③さらに地域ブランドが見つかりにくい地域も存在する中で、地域ブランドも手段として、情報を発信して理念・使命を大事に進める人づくりを進めていくことが求められる。
これは、地域を良くしたい使命感をもつ人のネットワークを地域でつくるだけでなく、全国発信できる力をもった、地域で自立する人を多くつくる動きであり、さらに地域循環型経済や生活者と一体となった「地域の経営者」を創る運動として、自立的企業づくりから、自立的社員作り、そこから自立できる地域づくりという同友会の企業づくりの流れが見えてくるのである。したがって現在同友会がすすめている中小企業を地域づくりの核にしていく中小企業憲章運動・中小企業振興条例づくりのための運動とも共通する動きである。それが、現在の危機からの企業脱出の動きも見えるものになるはずである。
2、人づくりから
大阪でこの方向をつくるために、まず歴史から学べば、商人の発祥の地と言われる「近江商人」の家訓に「三方良し」という考え方(「売り手よし、買い手よし、世間よし」)がある。近江商人は天秤棒で荷を担いで近江の産物を売り歩くと同時に、行商先で商売のネタを見つけて仕入れをし、喜ばれるところへ産物回しと称する商いをした、その時の理念が三法良しであった。「買い手よし」は買い手が必要とするものを買い手が喜ぶ値段で売り、また商品や情報が乏しい山間僻地も商圏にした。買い手の土地の人も商人を心待ちにしていた時代である。最後の「世間よし」が大事で、その商品をその地域で広めることが世のため、人のためになると確信を持って、売ることができる商品に絞って商いをした。
これを引き継いだのが大坂の商人であった。儲け主義でなく、「近江商人の三方良し」の歴史を受け継ぎ、自分の為に儲けるのでなく、「後世のために」と「地域がよくなるため」にお金を使ったからである。つまり「五方良し」である、これは江戸時代の商人の理念だが現代でも必要な理念である。そのもとになったのが教育であり、その一番の典型が寺子屋にあり、寺子屋が日本の識字率、数字に強くなった原因といわれているが、大坂には、さらに18世紀前半に私塾の懐得堂ができ、1838年緒方洪庵は蘭学の「適塾」を開き、橋本佐内、大村益次郎、福沢諭吉など多くの人材を輩出した。読み書きそろばんから世界事情を知った人間も多くいた。この町人教育の私塾に代表される教育に力を注いだことと、商人が大阪の川の浚渫や橋の建設にお金を使ったことである。後世の為がよくわかるのが家訓である、これが経営理念になったのである。この教育に力を入れ、「五方良し」の経営理念をもつ企業づくりである。
この企業づくりの推進にあたって「人」が一番大きな課題であるのを、海外から学べば、価値観を変えた良い例がヨーロッパにはある。神野直彦氏13)(前東大経済学部教授)は、「スウェーデンも日本と同じように1990年代に生じたバブル後の不況と財政赤字に苦しんだ。スウェーデンは輸出依存度40%と日本の18%よりはるかに高い国であったから国際競争力が勝負の国だった。国際競争力をあげるために労働生産性を高める、そのためには人間の能力を高める政策をとったのである。現在それまでのボルボのようにものをつくる企業が主力でなく『知識集約産業』の方向に向かったのである。できた秘密は『学びの社会』を築いたことにある。一方日本は国際競争力を高めるために人件費削減の方向、単純労働にして派遣など低コストだけを追及した低賃金構造の政策をとった。これだと海外の安い賃金がいいことになり空洞化した。しかしスウェーデンでは国内産業がどんどん高度化するので、国内産業が海外にフライトできなくなる。フライトしていく国にスウェーデンと同じ知的能力の高い国民がいない限り出ていくことができないことになるのである。こうした構造を構築するために知的な能力を高めようとしたのである。学びの社会を実現させた、『だれでも、いつでも、どこでも、ただ』の教育を推進し、国民の能力が高まれば、生産性はよくなって経済成長する、また能力の高い人を企業は雇うから雇用確保され、さらにすべての国民の教育水準引き上げて能力を高めれば所得の平等配分可能にした。」というのである。
この考え方に学んでコストでなく人間力を上げるために、まず大阪で中小企業への見方を変え、働く場としての位置づけを中小企業に与え、創業を増やしていくためには、中小企業の現場を体験し、「くたびれた親」ではなく「活き活きと働いている親」を見ることで労働の評価を変え、働く喜びを見つけられるような教育を行っていくことが必要である。「良い大学(=偏差値の高い大学)」に入って「良い企業(=大企業)」に入ることが幸せであるという見方を変えていくことが必要である。企業を規模によって評価するのではなく、社会や地域への貢献度で評価していくように見方を変えていくことが重要になっているのである。「人の役に立つ企業」「地域の役に立つ企業」は中小企業であり大企業ではなくなっている。今や国際競争追求だけの大企業はリーデイングカンパニーの役割を果たしていないといっていい。中小企業についての正確な認識がはかられるように、学校教育等では中小企業の最新の実態に基づいた正確な姿を教えることが必要である。
3、中小企業の未来像と大学
司馬遷が書いた『史記』という本がある。その中に「今時の若いものは・・・」とあるように、2000年前から人間力という面ではあまり上がっていないのではないか。個体では弱い動物であるから、組織体として人間は力をつけ科学の力で文化から文明を作って生きてきたが、今後は経営体として文明から文化型にして、全体だけでなく、個人の人間力を上げる時代にきたのではないか。もうどこが悪いとか、どこを変えたらいいではなく、全てが一致して人間力を上げる時代ではないだろうか。親、子供、地域、教育機関、行政、企業が出来ることを方向を一つにして取り組む時代であると考える。
幸い企業がやむを得ずとはいえ、人間力をつくる教育をしている、とりあえず大学とこれを連帯していくことができるのではないか。企業を大学の成果の就職先とだけ見たり、また大学を人材の供給先とだけ見たりするのではなく、お互いの強みの力をあわせることが必要であり、力をあわせることができるのではないか。大阪では、中学・高校・大学の学生と協力してロケットを作っている。それは夢や話題性から企業の提供のみの活動だが、モノづくりにかける学生の興味は尽きなく、人間力を上げているのが手に取るように見える。大阪の中小企業は世界一のものを作っている。見せていないだけである。世界一のものを学生に開放して夢を共有していくことが出来れば、必要な物を創ると同時に教育効果最大のものが出来る可能性を秘めているのである。
このように、中小企業の未来像は、「三方良し」の商都大阪をつくった商人の伝統の精神をさらに生かして「五方良し」の新しい経済社会を担い、人間力を上げて地域で生きられる循環型経済をつくる主体になることで、人間の幸福に貢献できる中小企業として取り組んでいくことだと考える。この企業づくりを見ていて、阪南大学建学の精神との共通性が見つかった。「商都大阪の伝統経済の上に立ち、学問を通して深い人生観と広い世界観を養うと共に、新しい経済社会の発展と人類の福祉に寄与できる、世界的視野に立つ近代的経済人の育成をその使命」とするこの建学の精神が未来像を示していると考える。
①中小企業の未来像は、「商都大阪の伝統経済の上に立ち、新しい経済社会の発展と人類の福祉に寄与できる」に示されているように、「三方良し」の商都大阪をつくった商人の伝統の精神をさらに生かして「五方良し」の新しい経済社会を担い、地域で生きられる循環型経済をつくる主体になることで、人間の幸福に貢献できる中小企業として取り組んでいくことだと考える。②その時の大学は、「学問を通して深い人生観と広い世界観を養う、世界的視野に立つ近代的経済人の育成をその使命とする」に示されているように、目的を正しく持てる教育を通して、世界の環境を守り「地球に優しい、地域に優しい、人間に優しい」ことが実行できる自立型人間の基礎をもった若者を地域に多数生み出し、近代的経済人の育成に貢献できる大学に取り組んでいくことだと考える。
要するに中小企業の未来像は「人が生きられる地域をつくる企業、人を生かす企業、そんな地域に頼られる企業づくり」、大学は「地域の核となり、地域の人づくりの拠点になっている大学づくり」であり、中小企業と大学のこの未来は「人間をつくる」という意味で、統一できる方向が考えられるのである。またこのことはお互い単独の努力では実現は難しいし、企業と大学の2者だけでも実現しないと思う。そうではなくて自治体や地域の団体の全てが協力して取り組んでいくことが実現の道である。
1) 大阪の2001ビジョン参照とその経緯をまとめた松井清充 [2005] 『企業環境年報10号』中同協企業環境研究センター、pp.153-169を参照のこと。多くは植田浩史氏からの示唆による、参考にしたのは、植田浩史[2004] 『現代日本の中小企業』岩波書店。植田浩史編[2000] 『産業集積と中小企業』創風社。植田浩史[2004]『「縮小」時代の産業集積』創風社など。
2) 数字はすべて2001年から2009年の「日本経済新聞」から採った。
3) なぜプラザ合意で、バブル崩壊はなぜおこったかは、山口義行・小西一雄[1994] 『ポスト不況の日本経済』(講談社現代新書)や山口義行[2002] 『誰のための金融再生か』(ちくま新書)から参考にしての論理建てにしている。
4) 「中小企業家しんぶん」2009年9月5日号、中同協社員教育委員会報告から。
5) 企業事例は、「中小企業家しんぶん」「2001年から2009年の企業記事」(中同協)と『中同協』誌71号から82号<全研・総会報告集>(中同協)から採用している、本文の以下に使用した企業事例も同じ。
6) OECD勧告が1996年「中小企業・・雇用、イノベーション、経済成長」というタイトルで出され、その内容を阪南大学の水津雄三[2000] 『二一世紀経済と中小企業・女性事業家』森山書店から出され、その内容にEUの後ろの発展も掲載されている。
7)MIT[1989] 『メードインアメリカ』草思社やリチャードKレスター [2000] 『競争力』生産性出版の研究と合わせて、アメリカ中小企業白書2005年版:[2006](財)中小企業総合研究機構を参照。
8)THINK・SMALL・FIRST、[2008]中同協、その考えは中小企業憲章学習ハンドブック、[2005]中同協を参照のこと。
9)赤石義博[2007] 『幸せの見える社会づくり』中同協、赤石義博[2001] 『経営理念』鉱脈社、赤石義博[2009] 『人間尊重経営を深める』中同協、を参照。
10)共に育つパート1[1988]、Ⅱ[1993]、Ⅲ[2001]、中同協を参照。
11) 労使見解は中小企業同友会の基本理念である、1975年まとめられたもので、「人を生かす経営」参照
12)内橋克人[2009] 『共生経済がはじまる』朝日新聞社pp.72-82を基本に、2005年3月1日NHKで共生経済が始まるの第4回放送「日本型自営業」の内容を補足した。
13)神野直彦[2002] 『地域再生の経済学』中公新、を基本に2009年2月24日フォーラムエムでの講演会の話を補足した。
参考資料、
『ヨーロッパ中小企業白書2003年版』[2005](財)中小企業総合研究機構
東京書籍、山川出版他の高校生用の「日本史」の教科書、教科書多数比較
渡辺・小川・黒瀬・向山[2006]『21世紀型中小企業論』、有斐閣アルマ
『地球データーブック97~98』[1997]ワールドウオッチ研究所、ダイヤモンド社
森建司[2008]『中小企業にしかできない企業経営』サンライズ出版
通商産業省中小企業庁編[1990]『90年代の中小企業ビジョン』通商産業調査会
注
1) 大阪の2001ビジョン参照とその経緯をまとめた松井清充 [2005] 『企業環境年報10号』中同協企業環境研究センター、pp.153-169を参照のこと。多くは植田浩史氏からの示唆による、参考にしたのは、植田浩史[2004] 『現代日本の中小企業』岩波書店。植田浩史編[2000] 『産業集積と中小企業』創風社。植田浩史[2004]『「縮小」時代の産業集積』創風社など。
2) 数字はすべて2001年から2009年の「日本経済新聞」から採った。
3) なぜプラザ合意で、バブル崩壊はなぜおこったかは、山口義行・小西一雄[1994] 『ポスト不況の日本経済』(講談社現代新書)や山口義行[2002] 『誰のための金融再生か』(ちくま新書)から参考にしての論理建てにしている。
4) 「中小企業家しんぶん」2009年9月5日号、中同協社員教育委員会報告から。
5) 企業事例は、「中小企業家しんぶん」「2001年から2009年の企業記事」(中同協)と『中同協』誌71号から82号<全研・総会報告集>(中同協)から採用している、本文の以下に使用した企業事例も同じ。
6) OECD勧告が1996年「中小企業・・雇用、イノベーション、経済成長」というタイトルで出され、その内容を阪南大学の水津雄三[2000] 『二一世紀経済と中小企業・女性事業家』森山書店から出され、その内容にEUの後ろの発展も掲載されている。
7)MIT[1989] 『メードインアメリカ』草思社やリチャードKレスター [2000] 『競争力』生産性出版の研究と合わせて、アメリカ中小企業白書2005年版:[2006](財)中小企業総合研究機構を参照。
8)THINK・SMALL・FIRST、[2008]中同協、その考えは中小企業憲章学習ハンドブック、[2005]中同協を参照のこと。
9)赤石義博[2007] 『幸せの見える社会づくり』中同協、赤石義博[2001] 『経営理念』鉱脈社、赤石義博[2009] 『人間尊重経営を深める』中同協、を参照。
10)共に育つパート1[1988]、Ⅱ[1993]、Ⅲ[2001]、中同協を参照。
11) 労使見解は中小企業同友会の基本理念である、1975年まとめられたもので、「人を生かす経営」参照
12)内橋克人[2009] 『共生経済がはじまる』朝日新聞社pp.72-82を基本に、2005年3月1日NHKで共生経済が始まるの第4回放送「日本型自営業」の内容を補足した。
13)神野直彦[2002] 『地域再生の経済学』中公新、を基本に2009年2月24日フォーラムエムでの講演会の話を補足した。
参考資料、
『ヨーロッパ中小企業白書2003年版』[2005](財)中小企業総合研究機構
東京書籍、山川出版他の高校生用の「日本史」の教科書、教科書多数比較
渡辺・小川・黒瀬・向山[2006]『21世紀型中小企業論』、有斐閣アルマ
『地球データーブック97~98』[1997]ワールドウオッチ研究所、ダイヤモンド社
森建司[2008]『中小企業にしかできない企業経営』サンライズ出版
通商産業省中小企業庁編[1990]『90年代の中小企業ビジョン』通商産業調査会