北朝鮮の弾道ミサイル発射に対する関係各国の対応
- 北朝鮮の弾道ミサイル発射
北朝鮮は2月7日午前、事実上の長距離弾道ミサイル「光明星号」の発射を敢行した。これについて、多くの専門家は「成功」と見ている。韓国の韓民求国防相は、ミサイルの射程は最大で1万3000キロに達するとの見方を示した。また、韓国合同参謀本部は、このミサイルは大陸間弾道ミサイル(ICBM)級で、米本土に届く可能性があるとした。ちなみに、ピョンヤンとワシントンの距離は約1万1000キロで、もしもこのミサイルの射程が1万3000キロであれば、北朝鮮のミサイルは首都ワシントンを射程圏内に捉えることになる。
当然のことながら、北朝鮮の弾道ミサイル開発のスペック(仕様)は、①ワシントンを含む米東海岸までを射程圏に入れること、と②軽量・小型化した核弾頭を搭載できること、が眼目であろう。
北朝鮮の核・ミサイル技術が着実に進歩しつつあるのは確かだろう。しかし、米国・旧ソ連などのそれを見れば分かるように、一定のレベルに達するにはなお前途は多難といわざるを得ない。すなわち、元防衛庁研究本部第3研究所長の久保田浪介氏によれば、「弾道ミサイル技術には、大気圏に再突入させて核弾頭を着弾させるまでのターミナルフェーズと呼ばれる最終段階がある。再突入の技術獲得には広い海洋などの場所が必要で、北朝鮮は確保が困難だ。従って、その技術を北朝鮮が確立するのは難しい」とのこと。
鍵を握る技術は2つあるという。衛星は真空の宇宙空間を飛んでいくが、弾道ミサイルはいったん宇宙に到達した後、落下時に大気と衝突して高温にさらされる。この熱から核弾頭を保護する断熱技術が必要だ。さらに核弾頭の方位や速度を修正し、目的地に正確に着弾させる誘導技術も欠かせない。誘導は地上からの指令なしで自動的に行うため、高度な技術力が求められる。いずれにせよ、北朝鮮の核ミサイルが時間とともに米国にとって現実的な脅威となるのは確かだろう。 - 金正恩の意図
金正恩は、自称水爆実験に引き続く弾道ミサイル発射に際して、米中や日韓はどのように反応・対応すると評価したのだろうか。まず、米国について、北朝鮮はこう考えたことだろう。「オバマはその任期が1年を切っており、既にレームダック化している。イラクやアフガンで懲りた米国は、新たな戦線――朝鮮半島――を生み出すことなど、論外だと考えている。北朝鮮は、事実上韓国を“人質”としており、米国もうかつには手を出せまい。それどころか、北朝鮮の崩壊は、最悪の場合、第二次朝鮮戦争のトリガーとなる可能性があり、米国としては絶対に受け入れられない。その証拠に、正恩政権誕生前後にも、北朝鮮はきわどい挑発――韓国哨戒艇の撃沈やヨンビョン島砲撃など――を行ったが、米国は事態をエスカレートさせないことに注力したではないか。朝鮮半島は、米国にとって、いわばチェスの『ステイルメイト(手詰まり)』の地なのだ。
北朝鮮の弾道ミサイル発射は、朴槿恵の“二股外交”に大きなダメージを与え、中韓関係にくさびを打ち込む効果がある。それは、日米にとっては利益である。北朝鮮は暗黙裡に日米に“恩を売る”ことになるのだ。
米国では、大統領の予備選挙が始まったばかりで、次期政権の本格的な対北朝鮮戦略・政策の決定までには相当な間がある。ここで、ヒラリー・クリントンやドナルド・トランプなどの候補者に、半島問題の現実をしっかり印象付け、北朝鮮問題解決のために本格的に向き合ってもらえるよう方向付ける事は、意義のあることだ。」次に、中国の対応について、金正恩は次のように考えただろう。「ウリナラ(我が国)が、弾道ミサイルを発射すれば、それは中国の北朝鮮への影響力が弱いことを世界に見せつけ、メンツを潰すことになる。また、中国が折角手中にしつつある韓国との関係をぶち壊すことにもなる。だから、中国は怒るだろう。しかし、北朝鮮が崩壊し、朝鮮半島で緊張が高まり、戦争に発展するような事態は、中国としては絶対に受け入れられない。中国がウリナラを崩壊させるような強硬な制裁はないだろう。それどころか、これまで韓国に“色目”を使ってきたことを、一定反省し、ウリナラと本格的に向き合ってくれるようになるだろう」
日本や韓国のリアクションについて、金正恩はどう考えただろうか。それは、論外というべきかもしれない。なぜなら、朝鮮半島問題の「主役」は米国と中国――かつてはソ連も――であり、日本と韓国はあくまでも「脇役」に過ぎないからだ。特に、日本に対しては、「拉致した日本人人質を確保しており、主導権は常に北朝鮮にある」と考えているはずだ。
北朝鮮は何故核ミサイル開発に注力するのだろうか。北朝鮮が核ミサイル開発を加速した経緯を振り返ってみたい。冷戦崩壊に伴い、中・ソ(ロ)両国の“裏切り行為”――両国が韓国と国交正常化――とソ連・東欧諸国からの経済援助激減により、北朝鮮経済は深刻な打撃を受け、朝鮮半島における南北の軍事バランスは韓国側が圧倒的に有利となり、北朝鮮は文字通り崩壊の危機に瀕した。
中ソ両国の「後ろ盾」を失い“四面楚歌”の状態に置かれた北朝鮮は、折悪しく“金王朝”の世代交代期を迎え、金日成は1994年7月8日に死亡した。このような情勢の中で、政権を継承した金正日は、軍事力強化の“切り札”として核ミサイル開発のアクセルを踏んだ。核兵器は“貧者の兵器”といわれ、経済力が乏しい北朝鮮が一点集中的に“特化戦略”として活用できる最適のウエポンだった。
このような経緯から、金正恩は中国に対しては祖父と父が裏切られたという「恨(ハン、感情的なしこり)」を持っている事は確かだろう。、彼は、伯父(親中派)の張成沢を粛清し、今に至るまで訪中を果たしていない。正恩が中国の春節(2月8日)の前日に、弾道ミサイル発射を敢行したのも、朴恩恵とのランデブーを演出する習近平に対する皮肉が込められていたのではないだろうか。
金正恩の北朝鮮にとって、日本の戦前の天皇制を擬したと言われる“金王朝”・正恩自身の保全――国体の護持――こそが、国家至高の目標であり、そのために、核ミサイル開発は万難を排して継続するであろう。
韓国メディアは、2月11日、北朝鮮軍の最高幹部である李永吉(リ・ヨンギル)総参謀長について、「派閥をつくった」などの理由で今月初めに死刑が執行されたと報じた。金正恩体制になった後、わずか数年の間に、朝鮮人民軍総参謀長は李英浩に始まり玄永哲、金格植、李永吉の4名が処刑・更迭されている。金正恩は北朝鮮軍のクーデターを恐れているのだ。北朝鮮においてもシビリアンコントロールは重大な課題らしい。長幼の序を重んじる儒教国家の北朝鮮では、弱冠34歳の金正恩が人民軍や労働党の古参幹部を制御し、政権基盤を確固たるものにするのは、中々難しいようだ。今次弾道ミサイル発射は、金正恩政権基盤の安定・強化――とりわけ軍の掌握――に資する狙いもあろう。36年ぶりに開く5月の朝鮮労働党大会で、金正恩の赫々たる「戦果」としてアピールする狙いもあることだろう。ピョンヤンで、祝賀花火を打ち上げ、祝賀ムードを高揚させるのは、そんな意図からだろう。 - 米国の思惑
米国として、現状のペースで進む北朝鮮の核ミサイルの脅威をどう評価しているのだろうか。近い将来、北朝鮮が米国全土を射程圏に収める核ミサイルを開発・装備してもそれほどの脅威だとは思わないのではないだろうだろうか。それは、二つの理由からだ。第一に、万一、北朝鮮が米本土やハワイ・グアムに向けて核ミサイルで攻撃すれば、米国はそれに対する圧倒的な報復能力を持っている。その能力は、北朝鮮を完全に廃土にできるレベルだ。(残念ながら日本(韓国も)は地理的な位置関係から、北朝鮮が米国の核攻撃で荒廃した場合、直撃されなくとも、甚大な放射線被害を受けるおそれがある。)金正恩は、北朝鮮が全滅しかねないほどの米国のリベンジを覚悟しなければならない。第二に、米国は、北朝鮮の各種ミサイルをほぼ完ぺきに迎撃できる能力を備えている。
米国としては、北朝鮮の核ミサイル開発を理由に全面戦争などに訴えて、北朝鮮を崩壊させることを望んでいるだろうか。答えは「ノー」であろう。北朝鮮を崩壊させれば、その混乱は北東アジア全域に及び、中国、ロシアと米国の間に強烈な軋轢が生ずることになり、最悪の場合は、第二次朝鮮戦争にエスカレートしかねない。それは、現在シリアやイスラム国などを巡り米国とロシアの間に緊張が生まれ、最悪の場合は米ロの軍事衝突に発展しかねないのと似ている。
以上のような理由から、米国が北朝鮮の弾道ミサイル発射を機に、事態をエスカレートさせて、軍事的手段に訴えてでも、同国の核ミサイル開発を阻止する動機はないといえよう。したがって、米国は当面、北朝鮮の核ミサイル開発を黙認し続けるものと思われる。
米国は、今次北朝鮮の弾道ミサイル発射を奇貨として、二股外交で中国に接近しつつあった韓国を米国陣営――米韓同盟体制――へ引き戻し、従軍慰安婦問題などで劣化した日韓関係を改善・強化し、中国包囲網を強化し、核拡散防止条約体制の劣化・破たんを阻止することに注力するものと思われる。米国としては、これら四つの施策を有機的・一体的に実施するものと思われる。
「韓国を米国陣営へ引き戻すこと」については、米韓外交・軍事関係の強化を目に見える形で改善することだろう。具体的には終末高高度防衛ミサイル(THAAD)の韓国配備、米韓合同軍事演習の実施、最新鋭ステルス戦闘機「F22」や原子力潜水艦による示威活動などが考えられる。
「日韓関係を改善・強化」については、米国が仲介する形で、日韓軍事外交関係を強化することだろう。軍事関係としては、韓国世論に配慮して慎重におこなわれよう。当面、日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の早期締結が課題となろう。
「中国包囲網の強化」については、「韓国を米国陣営へ引き戻すこと」を基盤として、米韓軍事演習の実施やTHAADの韓国配備が挙げられる。
「核拡散防止条約体制の劣化・破たんの阻止」については、既に述べたように、北朝鮮の核ミサイル開発については、黙認するが、これに深刻な懸念を抱く日本と韓国の核ミサイル開発は絶対に認めない――という方針を堅持することだろう。日本と韓国の核ミサイル開発を阻止し、断念させるためには、両国に対して「二重の核の傘」――「『米国による核の報復』による北朝鮮に対する核抑止力」という第一の傘と、「北朝鮮の核ミサイルを重層的な各種迎撃ミサイルで撃墜・破壊する」という第二の傘――を提供することだろう。米国は各種迎撃ミサイルの開発段階から日韓を巻き込むことにより、開発コストの低減を図るとともに、米国の武器ビジネス――各種迎撃ミサイルの輸出――に繋げることができる。さらに言えば、日韓が配備する各種迎撃ミサイルは、中国の核ミサイルに対する米国自身の防護力を強化することにもつながる。
米国は、北朝鮮の核ミサイル開発に深刻な懸念を抱く日韓更には台湾などが密かに核ミサイル開発を行うことを阻止するために、CIAなどの情報機関総力をあげて、監視を強化するだろう。これは、筆者が在韓国駐在武官時代(1990~93年)のことだが、米国の韓国不信に関する興味深い話しを聞いた。ある米軍大佐が私にこう言った。「We are watching Korea every minute.(米国は、韓国を分刻みで監視しているよ) 」、と。この言葉を聞いた瞬間、私は米韓軍事関係の本質が分かったような気がした。当然と言えば当然だ。韓国がやろうとすること全てがアメリカの考え方と一致するはずがない。この事は、日米関係にも当てはまることだ。CIAなどは、日本のことを隈なく監視しているはずだ。ちなみに、筆者は、日米の情報能力格差について、次のように比喩している。すなわち、「日本は米国を“望遠鏡”で見るが、米国は日本を“電子顕微鏡”と“内視鏡”で見ている」、と。 - 中国の思惑
北朝鮮の暴挙・挑発は、中国の国益にとって、メリットとデメリットがある。メリットとは何か。それは、日米韓、否世界にとって、最終的に北朝鮮の暴挙・挑発を押さえられるのは、中国だ、という期待が依然あることだ。北朝鮮が“鬼っこ振り”を発揮するほど、中国に対する日米韓の期待は高まる。それが、幻想だとしても。これは、中国にとっては“売り”として活用できる。
然らば、デメリットとは何だろう。それは、極論すれば北朝鮮の暴挙・挑発が、第二次朝鮮戦争にエスカレートしかねない、ということだ。そうなると、中国は全く望まない“米中戦争”に引きずり込まれる恐れがある。デメリットはもう一つある。今次弾道ミサイル発射で、中国の韓国接近が一挙にぶち壊されたように、中国の対韓国・対日・対米戦略を阻止・妨害されることだ。習近平としては、金正恩の暴挙に、怒り心頭に発していることだろう。しかし、一方では、金正恩の暴挙こそが習近平の対米・対日・対韓戦略に活用できる材料にもなっているのも確かだ。
中国としては、金正恩よりも“聞き分けの良い”北朝鮮にチェンジするのも一案だろう。そのためには、金正恩の暗殺や軍の親中グループによるクーデターなどがあろう。その場合、中国内で庇護している異母兄の金正男が“スペアカード”として使える。
中国としては、今回の弾道ミサイル発射で水を注された「韓国の取り込み」を簡単に諦めるはずもなく、今後も手を変え、品を変えて、巻き返しを図るはずだ。
北朝鮮の核ミサイル開発に関し、筆者は仮説として、「中国の『核ドミノ戦略』」を提唱している。その骨子はこうだ。
「中国の『核ドミノ戦略』」
中国は、表面的には米国とともに、北朝鮮の核開発を阻止ことに積極的に取り組んでいるように振舞っている。しかし、中国は、水面下では確信犯的に北朝鮮の核・ミサイル開発に協力している。中国の狙いは、北朝鮮に引き続き韓国、次いで日本の核武装を誘導することにより、米国との軋轢を作為し、日・米・韓の分断を図り、2020年代を目標に米国を北東アジアから追い出して、同国の中国包囲網を打破することである。日米分断策としては、北朝鮮に続いて韓国の核武装を暗黙のうちに促し、米韓間を分断する。次のステップとして、日本に核開発に踏み切らせ、日本国内世論分裂・反米運動の高揚を策し、日米の離間を図る。日本から米国・米軍を駆逐すれば、在日米軍基地を持たない米国は台湾有事にコミットすることができず、中国は軍事力によらず、台湾を平和裏に統一できる。
- 韓国の思惑
韓国民は、長距離弾道ミサイル発射をどのように受け止めているのだろうか。日経ビジネスオンライン(2016年2月10日)によれば、「メディアが騒ぐのとは裏腹に、ソウル市内はいたって普通の旧正月を過ごした」、と報じている。韓国民は何故こうも落ち着いているのだろうか。その理由は三つ考えられる。第一に、韓国民は、朝鮮戦争以来、60年以上にわたって度重なる北朝鮮からの挑発を体験しており、北朝鮮の暴挙に対しては、“免疫”ができているのだろう。第二に、韓国民は、「北朝鮮は、同胞である韓国民に対して、よもや核兵器を使うまい」と楽観的に考えていること。第三に、北朝鮮は、既に韓国を射程圏に入れるノドンやテポドンミサイルを配備しており、今更、米国本土に届く弾道ミサイルを開発したからと言っても、驚くには当たらない。それどころか、弾道ミサイルがワシントンまでも届く可能性があることについて、「それ見たことか、米国は今まで北朝鮮の核ミサイル問題を他人事にしか考えていなかったじゃないか。これからは、自分達も韓国同様に北朝鮮の核ミサイルの脅威に晒される。少しは、真面目に考えるようになるんじゃないか」と、むしろ喜んでいるのかもしれない。誇り高い、韓国人の間には、米国に対する屈折した思いがあるのも事実だ。
長距離弾道ミサイル発射に対する韓国民の受け止め方と、韓国政府のそれは、当然異なる。韓国政府は、当然ながら、北朝鮮による核実験と長距離弾道ミサイル発射に対する厳しい受け止め方をしている。その一端は、2月11日にドイツで行われた中韓外相会談で窺い知ることができる。韓国の尹炳世外相は、国連安全保障理事会での北朝鮮に対する厳しい制裁決議の採択に向けて、中国に「常任理事国として責任ある役割」を果たすよう求めた。しかし、中国の王毅外相は、「制裁そのものが目的ではなく、核問題を対話による解決の道に戻すべきだ」として、歩み寄る姿勢を見せなかった。中国は、韓国の期待通りには振舞ってくれないことが鮮明になった。
加えて、王毅外相は、北朝鮮の弾道ミサイル発射を機に、韓国が米国の最新の迎撃ミサイルシステム「THAAD」の配備を検討し始めたことについて、「地域の平和と安定の維持には役立たない。中国の戦略的な安全の利益を明らかに損なう」と述べ、強い反対姿勢を示すことも忘れなかった。
こんな事態が予想されなかったわけではないが、結果として、北朝鮮の弾道ミサイル発射により、中韓蜜月外交は“冷や水”を浴びせられる格好となった。韓国が期待していた「中国による北朝鮮への影響力の行使(遠交近攻の策)」が実効性に乏しいことが明らかになった。
朴大統領が就任以来実施してきた“二股外交”は、大幅な見直しを迫られることになろう。手始めに、韓国は、米国と終末高高度防衛(THAAD)ミサイルの配備に向けて正式に協議を始める予定である。米韓関係の修復・強化と並行して日韓関係の修復・強化も行われるだろう。慰安婦問題については、既に昨年12月に、最終的かつ不可逆的に解決したが、今後、更なる両国関係の改善強化が図られるだろう。これに関し、米国としては「中国包囲網の強化」という観点から、日韓関係の改善強化を慫慂することだろう。 - 日本の対応
北朝鮮の核ミサイルは日本にとって本当に脅威なのか。核兵器は広島と長崎で人類にとって最初のおぞましい惨劇がもたらされたが、それ以降使用されたことはない。人類・世界の常識としては、核ミサイルを使用するハードルは極めて高いといえよう。だからと言って、北朝鮮が日本に向けて核ミサイル攻撃をしないという絶対的な保証はない。それゆえ、日本は、北朝鮮や中国の核ミサイル攻撃の脅威に対しては、日米同盟、特にその核抑止力に頼るとともにミサイル迎撃システムの整備に努めている。当面は、そのような対処政策で良いのではないか。日本は、冷戦時代から今日まで、北朝鮮を圧倒的に上回るソ連・ロシアと中国の核ミサイルの脅威に対して、日米同盟に基づく米国の核の傘を100パーセント信頼して過ごしてきたではないか。もっとも、将来、高まりつつある中国や北朝鮮の脅威――特に核ミサイル――に、日本自らも核ミサイルを開発して対抗するという選択肢も当然存在する。しかし、この場合、少子高齢化が進む中で巨額の国防予算の増加を、国民が受け入れるだろうか。あまつさえ、核ミサイル超大国の米国がその支配的独占政策――核拡散防止条約体制――の中で、日本の核ミサイル保有を例外的に黙認する可能性はゼロと見るべきだ。日本独自の核ミサイル開発・装備は、日米同盟という戦後レジームの根幹を破壊するのは確実だ。日本に、それだけの覚悟ができるとは思えない。
現実的に考えれば、日本は、北朝鮮の長距離弾道ミサイル開発の一層進展に対処する方策として、米国と共同で取り組んでいる新型迎撃ミサイルの開発を進めるなど、迎撃態勢のさらなる強化を急ぐ方針だ。
また、今回の北朝鮮の弾道ミサイル発射を機に、日本は、北朝鮮を徹底的に制裁して、崩壊させる必要はないと思われる。もっとも、日米韓でいかに厳しい制裁を加えようとも、中国が庇護すれば、北朝鮮は絶対に崩壊することはない。日本にとって、北朝鮮の核ミサイルの脅威と、台頭する中国の脅威とどちらが怖いかと言えば、当然中国の脅威であろう。核ミサイルのみならず、通常戦力にせよ、中国のほうが圧倒的に北朝鮮を上回る。従って、日本にとって最も深刻な脅威のシナリオは、中国の脅威が朝鮮半島という回廊を経由して直接我が国の”腹背”に迫ることだ。例えて言えば、現在は、北朝鮮と韓国という“二層の絶縁体”により、中国という“100万ボルト”の電圧を絶縁しているわけだ。しかし、北朝鮮が消失し、韓国も中国の軍門に下れば、中国の脅威は「台湾・南西諸島からルート」の他に、新たに「朝鮮半島ルート」が生まれることになる。
明治新政府以来、我が国は大陸からの脅威――主としてロシア――に対して、大陸正面にバッファーゾーン(戦略的縦深性)を確保することに注力してきた。まずは朝鮮半島を確保し、次いで満州帝国まで建国した。さらに満州帝国内にユダヤ人自治区を建設する河豚(フグ)計画まであったのだ。そのような文脈に立てば、我が国としては、万難を排して北朝鮮を擁護することが我が国の安全につながるという一面の真理を理解すべきであろう。
北朝鮮をめぐる日米中韓の国益・戦略が異なるのは当然である。似たような話で、安倍政権の対ロシア外交は、必ずしも米国に歓迎されるわけではない。ウクライナやシリア問題などで軋む米ロ外交の立場から、オバマは安部総理の日ロ対話外交を快く思わないのは道理である。しかし、我が国の国益を考えれば、米国とは「大同小異」の立場をとるべきだろう。すなわち、特定の案件では我が国独自の外交を展開すべきである。北朝鮮に対する外交も、大筋においては米韓と軌を一にするものの、我が国の戦略的な視点から独自のアプローチを模索・採用すべきであろう。我が国は、特に拉致問題を抱えているという特殊事情もある。対北朝鮮アプローチの一例をあげよう。現在、モンゴルは石炭や鉄鋼などの資源を中国に買い叩かれている。そこで、日本海経由で北朝鮮の羅先(ナソン)経済特区の羅津(ナジン)港からモンゴルに至るルートからこれらの資源を輸入することにより、北朝鮮との関係改善を図る道がある。あるいは、中ロ国境沿いにロシアの石油ガスをパイプラインで北朝鮮に運ぶというプロジェクトも存在する。
いずれにせよ、日本にとって北朝鮮が内部崩壊する事態は、最悪であることを深刻に認識すべきであろう。北朝鮮が崩壊すれば、第二次朝鮮戦争のトリガーになりうるほか、膨大な難民が発生し、その一部が海を渡って日本に流入するのは確実だ。また、それを機に中国が半島に影響力を強めれば、その脅威が西日本に及ぶ事態となる。また、もし、韓国が南北統一を果たすことになれば、朴政権の反日外交で経験したように、統一朝鮮の脅威は我が国に向けられかねない。我が国にとって、南北分断の状態は、けだし、最も望ましいシナリオではあるまいか。 - むすび
日本は、北朝鮮や韓国に向き合う際は、単純な「好き・嫌い」という感情レベルからの対応を排して「日本の本質的な国益」という視座からリアリスティックに柔軟なアプローチをすべきであろう。
北朝鮮が核保有国になることはほぼ確実になった。そうなれば、南北いずれが主導するにせよ、人口6千万、核兵器保有、通常戦力(ハード面)においては、北東アジアでは中国に次ぐ装備を保有し、メンタル面では最強であるかもしれない「統一新朝鮮」が出現する。その場合、日本は、米国・ロシア・中国に加え、「統一朝鮮」に囲まれることになる。かかる戦略環境の中で、「日本がとるべき国防戦略は如何」という命題は、我が国にとって決して荒唐無稽のものでなく、真剣に向き合うべきものではないか。
(「丸」掲載記事)