『地域包括ケアの課題と未来』編集雑感 (11): 急性期病院からの退院と自治体病院建設
急性期病院が退院を急がせる理由
亀田総合病院の藤田浩二医師に、急性期病院からの退院について書いてもらった。急性期医療とは、藤田医師が述べたように、病気の発症から、進行を止める、あるいは、回復が見込める目途を付けるまでの医療である。急性期病院からの退院をめぐっては、早く退院させようとする病院側と、長くとどまりたい患者側で行き違いが生じる。病院側が早く退院させたがるのは経済的理由による。急性期病院は莫大な資金を必要とする。診療報酬はギリギリで設定されているので、多くの患者を受け入れないと赤字になる。急性期医療と回復期医療を区別する必要が生じたのは、診療内容の違いもあるが、急性期医療に膨大な資源と人材が必要だからである。
自治体病院の建て替えは、自治体にとって大きな問題である。医学の進歩と共に、基幹病院は巨大になり続け、その財政規模は、人口数万の基礎自治体を超える。赤字になると母体の自治体の財政が破綻しかねない。一方で、住民は多様なサービスを求め、これが病院を大きくする圧力となる。さらに東日本では医師・看護師不足のため、病院の新設や規模の拡大にリスクを伴う。医師・看護師を集められなければ膨大な赤字が生じるからである。現在、自治体病院には国庫から補助金が投入されているが、国の累積債務が膨大になっていることから、国からの補助金は、将来削減される可能性がある。状況が厳しく、意見対立が大きいため、医療は政治問題化しやすい。
国保松戸市立病院建替計画検討委員会
以下、自治体財政と病院についての議論を観察する。1995年、国保松戸市立病院は耐震性に問題があるとされ、以後20年近く、建て替えが検討されてきたが、計画が二転三転した。2008年川井市長が移転構想を表明したが、2010年の市長選挙で現地建て替えを主張した本郷谷氏が当選した。これを受けて、立替計画検討委員会で検討されたが、現地建替えには問題点が多く、移転建て替えすべきとの結論になった。
2010年10月から、2011年3月にかけて松戸市立病院立替計画検討委員会が開催された。議事録から、立場による意見の違いを見たい。
市民
市民公募委員の応募作文では、救命救急の充実、維持、小児・周産期の充実、24時間受け入れを望む声が大きかった。一方で、高齢者医療、慢性期医療、寝たきり予防、認知予防、終末期医療の充実を望む意見が2位の10件あり、あらゆることを大病院に期待していること、市民が医療と財政の状況を十分に理解していないことがうかがわれた。2010年12月12日、市立病院建て替えに関する意見を聴く会が開かれた。急性期病院に看取り、長期入院を求める意見が目立った。
「市立病院については、自分の人生の最後を締めくくる場所だというふうに考えておりま すので、ホスピス、この制度を取り入れていただきたいと思います。」
「高齢者が病院から早々に追い出されないような、そういう対策も考えていただきたい。」
国や県に頼めば、いくらでも金が出てくるというお上頼みの意見も目立った。
「国民の命を預かるというのは国の責任。市長は国に対して、あるいは県に対して、相応の補助金の支援を強く求めるべき。」
病院管理者
病院管理者は現状の狭い土地での建て替えではなく、新築移転と600の病床を維持することを望んだ。
「病院医師105名にアンケート。現地建替えには7割の方が反対しています。残り3割は保留の方がほとんどで、賛成の方は2名しかいませんでした。」
「3次救急と小児医療とか不採算部門の責任を我々が全うしないといけないということが第一義的にこの病院の存在意義。150 床くらいは新生児科及び小児科、小児外科が占めていますので、全体で 600 床くらいは必要だということです。」
「500 床以下ですとほとんど黒字は出ていません。採算部門である程度病床数を確保してその入院患者数を上げないと、経営赤字が続いて病院が継続できないという事態になります。」
「地域ごとに病床数が決まっており、病院間で争奪戦になっております。今松戸市立病院は600床を使っておりますけれども、150床返した瞬間に他の病院が持っていってしまいます。」
医師会
医師会は難しい患者を、医師会員の求めに応じて、迅速に松戸市立病院に引き取ってもらうことを望んでいた。医師会代表は、膨大な項目のリストを提出して、各項目の医療を高レベルで提供することを求め、600床が必要だと述べた。
「全国 867 自治体の公立病院で分析を行いましたのが図でございます。病床数が減ずるにつれて、1日当たりの入院単価が正比例して減少いたしました。病床が減少するにつれて平均在院日数は延長し、病床稼働率は低下しました。」
市民公募委員
市民公募委員の一人は、経済合理性について粘り強く議論した。会議の運営がどのようなものだったか理解できる。
「一番気にしているのは現在の松戸市の財源なんです。これで、例えば、600床なり520床なり540床なりの建物をつくっても毎年20億、30億近くの赤字補填をしていたら、多分、いずれ指定管理者制度とか、民間に移譲するという話も現実問題として出てきてしまうのではないかと思うのですが。」
「平成 16 年度から平成21年度にかけては平均在院日数も減ってます。しかも病院稼動率は落ちてます。それに来ている延べ患者数も落ちてます。事実としてこの数字というものが存在すると思うのですが。この委員会で600床だということを先生方は言い切られましたけども、このまま600床で突っ込んでいっちゃっていいのでしょうか。松戸市立病院は今80%で病床率稼動してますけれども、周りで実際に病床が増えるわけですよね。千葉西及び新東京病院で。そうすると、この稼動率というのは、実際ひょっとしたら現在よりも下がる可能性もあると思うのですけれども。600 床はまずいんじゃないかなというふうに思うんですね。いかがでしょうか。」
「公立病院の改革プランの評価委員会では、M先生が、松戸市立病院は500床でもいけるんじゃないかというかなり具体的な話をされています。」
「平成 42 年の平均在院日数 10.5 日というシミュレーション値については、もっともっと短くなっていくという可能性も高いのではないかというふうに私は思います。また急性期病院として松戸市立病院がやっていくのであれば、このぐらいのレベルの平均在院日数の短縮をどんどんと達成していかなければ、収益の改善というのはやっぱりまずは見込められないのではないか。」
「前の川井市長さんが紙敷の方ですごい病院をつくるぞというふうに600ベッドでの移転計画を描いて、それで何故か松戸市医師会さんの方でも600床に固執されちゃっているような気がするんです。私なぜダウンサイジング、ダウンサイジングと言うかというと、やっぱり市立病院を維持していって欲しいからなんです。」
「Y委員長を批判するわけじゃないんですが、やっぱり600床の方に舵を切っちゃいましたよね、この我々の委員会として。」
「そうじゃなくてもっと病院の規模というものを、改革プランとか客観的な数字が出ているものに則って議論していく必要があると思うんです。」
「(M先生をこの委員会に呼んで)松戸市立病院500とか、手術に強い病院にしたらそういう運営の仕方もあるんじゃないかとか、そういう意見を是非聴きたい。」
「冒頭で委員長が、評価委員会の委員の先生をお呼びするのは今回は控えたいということですが、我々のこの建替計画を検討する委員会と、経営の改革を評価する委員会とは目的が違います。ただ全く違うかというと決してそうではないと思います。改革プランというのは総務省が平成 21 年からやりなさいということで松戸市も始めました。『3 年以内に経営改善をし、それでもその後 2 年経っても黒字化されなければ、独法化、あるいは民間移譲しなさい』というようなかなり突き付けられている条件だと思います。私委員の一人として強く委員長に参考意見として評価委員会の先生の意見を聴く機会を設けていただきたいと希望します。」
自治体病院専門の学者委員
副委員長として、議事録に正確な記録を残すことに気を配った。このため、議論の実態がよくわかる形で公開された。学者の立場を堅持し、対立に関わることを注意深く避けた。
病院建築専門家委員
全体でどこまでお金をかけられるか、病床利用率が低迷した場合にどの程度の財政負担まで覚悟するのかという懸念については、上記市民公募委員以外で明確に発言したのは、病院建築の専門家だけだった。
コンサルティング業者の試算
「一般論で場所を限定しない更地に600床程度の急性期病院を建設した場合、建設費はどのくらいになるのか(土地買収費は除きます)。600 床規模で算出しますと、113億4千万円から144億円となります。」
質問状
市民公募委員は委員会の進行を問題視し、以下の内容を含む質問状を提出したが、質問者が期待するような回答は返ってこなかった。
・ Y委員長が第9回委員会において、『600床規模以外での答申はするつもりがない』とする議事進行を行ったが、これは、一方の意見・主張のみに傾倒し公平性を欠く。
・ (医師会代表のY委員が)第9回委員会において『松戸市が発表した公式な実績値』を根拠なしと否定したが、病院建設事務局はどのような見解をもっているか。
最終的な建設費
市議会で新築移転が決まり、2013年、600床で、上限提示価格134億円で一括発注されたが、応募した3社はいずれも辞退した。そこで上限価格を設定せずに再度公募。最終的な建設費は600床で191億円になった。総事業費は268億円に達するという。2017年12月の開院を目指して、2015年11月25日、起工式が行われた。
自治体病院と自治体の今後
筆者自身、600床での新築移転という結論に対し強い意見を持つものではない。しかし、議論の進行は興味深い。紛糾の状況が議事録にリアルに示されている。議論が尽くされたように見えない。全体として、医療に携わっている委員、すなわち、松戸市立病院に医師を送りこむ大学の代表(委員長)、医師会代表、松戸市立病院管理者はいずれも、病床数を600床に維持しようとした。学者の委員は対立に関わろうとしなかった。財務上の責任を負う立場での議論は市民公募委員1名に限られており、投資拡大側が数的に優位だった。
こうした委員会が日本中で行われていることは想像に難くない。財政上の理由で、抑制がかかる場面が想定できない。過大な投資、人手不足で病院が赤字になるのを阻止できない。国、自治体の赤字が膨らむ中で、病院の新築を契機に、自治体の存続が脅かされる事態が頻発する可能性がある。すべてを把握し、長期的見地から国益を考え、国民を適切に指導する「お上」は、存在しない。これを住民は覚悟すべきである。
(Socinnov掲載記事)