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社会保障制度改革国民会議報告書を読む(3) 医療・介護分野(下)・完

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V 財源、負担、給付、診療・介護報酬

【報告書要約】
(a)年金給付費の対GDP比は2025年度までに低下するよう調整されたが、医療給付費、介護給付費はGDPの伸び率を上回って増加すると予想されている。能力に応じた負担の在り方、負担の公平性が求められる。
(b) ニーズと提供体制のミスマッチを放置したまま、国民負担増大を抑制しようとすると、必要度の高い医療が抑制されかねない。ニーズと提供体制のマッチングを図る改革が必要である。
(c)医療保険の財政基盤の安定化、保険料に係る国民の負担に関する公平性の確保を図る。
(d)医療給付の重点化・効率化、療養の範囲の適正化を行う。
(e)後発医薬品の使用を促進する。
(f) 難病対策対象疾患の拡大、認定基準の見直しで、類似制度との均衡を図る。
(g) 慢性疾患を抱え、その治療が長期間にわたる子どもとその家族を、難病対策と同様の措置で支援する。
(h) 介護保険の予防給付を見直す。
(i) 介護サービスの利用者負担割合を所得によって引き上げる。施設入所の給付について、世帯の課税状況や課税対象の所得(フロー)だけでなく、資産(ストック)も勘案すべきである。遺族年金等の非課税年金や世帯分離された配偶者の所得も勘案すべきである。

【筆者コメント】
医療費の財源不足と混合診療
今後、高齢者が増加し、医療・介護の実需が急増する。しかも、日本の財政は大幅赤字である。報告書は、財源確保、給付の抑制、効率化、能力に応じた負担増 を実施すべきだと繰り返し述べている。多くの正しさを含むが、質素倹約路線のみで突き進むと、日本の医療がやせ細ってしまい、世界から取り残されることに なりかねない。江戸時代の三大改革の基本方針は、質素倹約、財政再建だった。筆者自身の自戒でもあるが、日本人の骨肉となっている質素倹約の利害得失を客 観的に評価してコントロールする必要がある。
保険診療を行いつつ財源不足に対応する方法として、混合診療がある。混合診療は、医療保険を使いつつ、医療保険でカバーされない医療サービスを自費で購入 するものである。日本では現在、医療保険で認められていない診療と保険診療の併用は原則として禁止されており、併用するとすべて自費で支払わなければなら ない。日本の現状で混合診療について取り得る選択肢は、下記の3つに分類できる。

1)混合診療を認めない。新しい高額医療もすべて国民皆保険で実施する。
どうなるか:医療費を賄うために保険料、税金を上げざるを得ない。それだけで足りずに、国債発行が増える。高齢化による経済活動の低下と相まって、ハイパーインフレになる可能性がある。
2)混合診療を認めない。新しい高額医療は取り入れない。
どうなるか:日本の保険診療が世界の医療の進歩から取り残される。一方で、民間医療保険による医療が大きくなる。国民が二つに分断される。民間医療保険加入者を、通常の健康保険に強制的に加入させるための根拠が薄弱になる。紛争化する可能性がある。
3)国民皆保険を守るために、混合診療を本格的に導入する。

すべての医療を混合診療なしに保険でカバーできればよいが、実際には不可能である。筆者が、混合診療が必要だと思うようになったのは、高齢者に比べて、あ まりに若者がないがしろにされていることによる。2010年後期高齢者医療費は12兆7000億円。本人負担と保険料で1兆9000億円、公費が5兆 8000億円、他の被用者保険からの拠出金が5兆円だった(「医療保険制度の財政構造表」2010年度)。一方で、2010年の文教及び科学振興費は総額 5兆6000億円に過ぎない。高等教育費に占める家計からの支出は世界でも飛びぬけて高い。出生率を下げる大きな要因である。高齢者の医療費に投入される 公費のごく一部を移転するだけで、高等教育への家計負担が大幅に軽減される。
混合診療は、どの診療を保険から外すか、値段設定の考え方をどうするかによって性格が決まる。幸い、日本の医療法人は利益を分配できない。多少黒字になればよいのであって、利益を求めて突っ走る動機は生じない。

支払側による医療の優先順位の決定
医療の支払い側が、どの医療サービスを保険の対象とするのか決める仕組みを考えてみてもよい。費用が比較的安く、切実性の低いものは、保険診療から外すこ とを考慮すべきである。例えば、高血圧で頻繁に外来診療を受ける必要があるとは思えない。医師の指示の下に、個人で薬剤を購入し、個人で血圧を管理しても 医療の質が低下するとは思えない。80歳を超える患者に高脂血症の薬剤が有用だとは思えない。
発作性夜間血色素尿症(PNH)に対するソリリスという薬剤は、年間で4000万円もの費用がかかる。日本では保険診療が認められている。高額療養費にな るので、ほとんどの費用が、健康保険の財源から支払われている。溶血の抑制効果があるが、治癒するわけではない。生存期間が延長されるかどうかは不明との こと。この薬剤が純粋なPNH ではなく、骨髄異形成症候群に合併したPNHに使われることが多いという(http://www.huffingtonpost.jp/eiji- kusumi/4000_b_3938174.html)。骨髄異形成症症候群患者へのソリリスの投与の有効性は明らかでない。イギリスやニュージーラン ドでは、費用に見合った効果がないとして、公的保険でカバーされていない。
最近のがん治療目的の分子標的薬は、全生存期間を2~6カ月延長させるだけで、一人当たり1000万円も費用がかかるものが珍しくない。高額な薬剤の中に は、副作用が強いため本人にとって有用かどうか分からないようなものがある。こうした薬剤は保険診療から外しても大きな問題は生じない。
念のために確認しておく。介護保険については、発足時より、保険を利用しないサービスを、保険によるサービスと併用してもよいことになっている。亀田グ ループでは、後述するように「安房10万人計画」を進めている。最終的には、都会の高齢者を房総半島に迎えて老後を豊かに過ごしていただきたいと思ってい る。そのために、在宅医療・介護の規格化、情報の共有、地域での包括的協定によって、医療・介護の質を保証する必要がある。その上で、介護保険外の有用な 介護サービスを開発したい。富裕高齢者が思い切って手持ちのお金を老後の生活に使えるようにするための保険商品の開発を、保険会社に依頼している。そして 成果として、若者に職を提供し、子どもを増やしたい。

VI 都道府県の役割強化と地域ごとの医療

【報告書要約】
(a) 医療機能ごとの医療の必要量を示す地域医療ビジョンを都道府県が策定する。
(b) 都道府県と市町村が連携を密にして、介護保険事業計画と医療計画を一体的な「地域医療・包括ケア計画」とでも言い得るようなものにする。
(c)医療機能に係る情報の都道府県への報告制度(病床機能報告制度)を早急に導入する。
(d)小規模市町村の国民健康保険(国保)は、保険財政運営が不安定になる。財政基盤の安定化のために、国保の保険者を都道府県とする。
(e) 過剰投資が指摘される高額医療機器の適正配置も視野に入れる。

【筆者コメント】
国保の都道府県への移管を契機に負担と給付の平準化を
小規模自治体の国保財政は、安定しない。人口の少ない自治体で、高額医療費を必要とする患者が数名発生すると、国保財政が逼迫する。実際、保険料の負担が 保険者によって大きく異なる。一部の市町村で生じている危機的状況に対応し、かつ、負担をできるだけ平等にするために、市町村国保の保険者を都道府県とす るのは合理的対応であろう。
負担だけでなく、給付にも大きな不平等がある。国保の保険者が都道府県に移管されるのを契機に、給付の平準化を図ってみてはどうだろうか。千葉県では医療 サービスが不足し、医療費は低い。今後、高齢者が急増するため、医療・介護サービス不足は危機的状況になる。原因の一つは、病床規制によって医療の地域格 差が固定化されたことである。市町村国保、後期高齢者医療制度には、国費、被用者保険からの拠出金が投入されている。これは、本来、平等に配分されるべき ものである。千葉県の医療費が全国レベルと同じだとすれば、2010年1年間で720億円、福岡県レベルだと1890億円多く投入されたはずである。この 不平等は放置すべきではない。

VII 医療法人、社会福祉法人の再編と役割拡大、まちづくり

【報告書要約】
a) 競争より協調が必要とされている。医療法人等が容易に再編・統合できるような仕組みが必要である。医療・介護のネットワーク化のために、ホールディングカンパニーを可能にするような制度改革を検討する。
b) 医療法人、社会福祉法人がまちづくりに参加できるようにする。
c)ヘルスケアをベースにしたコンパクトシティづくりの資金をREIT(real estate investment trust:不動産投資信託)で調達する仕組みを作る。
d) 社会福祉法人の経営の合理化、近代化、大規模化、複数法人の連携を推進する。低所得者の住まいや生活支援などに積極的に取り組むことを求める。
e) 空き家等の有効活用により、新たな住まいの確保を図る。

【筆者コメント】
情報共有、規格化、包括協定による医療・介護のネットワーク化
病院医療、施設介護、在宅医療・介護をシームレスに提供するためには、医療・介護の根幹を、医学モデルから生活モデルに切り替える必要がある。そのためには、報告書が強調しているように、医療・介護のネットワーク化が必要である。
報告書ではネットワーク化のために、ホールディングカンパニーが可能になるような制度改革を検討するとしている。医療や介護の提供者の経営形態は、国立大 学法人、学校法人、国立病院機構、地方公共団体、地方独立行政法人、医療法人、社会福祉法人、社団法人、株式会社等々、多種多様である。ホールディングカ ンパニー設立の目的を、指揮命令系統を統一することだと考えているようだが、主導権を誰が持つのか、簡単に決められるとは思えない。公的病院同士でもス ムーズに合併できることはまれである。株という公平なルールによってお金で売買できる定量的な権利なしに、ホールディングカンパニーが可能になるとは思え ない。
先に述べたように、地域包括ケアのポイントがインターフェイスだとすれば、情報の共有と、医療・介護サービスについての包括的協定を地域で取り交わすことにより、ネットワーク化が目指せる。
閲覧制限付き電子カルテを病院、診療所、介護施設、在宅医療・介護でも使用できるようにする。患者の同意を得た上で、必要に応じて患者情報にアクセスでき るようにする。基幹病院の画像システムや検査システムも、診療所からアクセスして直接利用できるようにしたい。基本ソフトを、廉価、あるいは、無償で、医 療・介護提供者に配布する。ソフトの維持管理・更新を非営利ベースで行うことを考えてもよい。アメリカでは、非営利ベースでソフトを開発し、公開している 大組織がある。
ネットワークから多くのメリットを提供すると同時に、施設間のやり取りの定式化、診療・介護内容の規格化を行い、地域で包括的協定を結ぶことを目指したい。これが実現すれば、ホールディングカンパニーがなくても、ネットワーク化が可能になる。

亀田グループによるまちづくりの試み
行政によるまちづくりは、めったなことでは成功しない。前例と利害調整にとらわれるからである。利害調整からは新しく魅力的で効果的な試みは生まれない。 社会福祉法人は比較的多様な機能を期待できる。高齢化、貧困化への対応の主役になり得る存在として期待されるが、活動に大きな制約がある。憲法89条は、 「公の支配」に属しない民間社会福祉事業に公金を支出することを禁止している。社会福祉法人は、これを回避するために創設された。社会福祉事業、特に第一 種社会福祉事業には多額の公費が投入されている。これを外部に流出させないようにするために、強い縛りが課されている。資金調達先や担保設定に制限があ り、簡単に資金調達ができない仕組みになっている。ストックの多さは行政の強い規制による。ストックを活用するには、憲法との整合性が問題になる。社会福 祉法人が活躍するには、資金調達に問題が生じないようにするための別の工夫が必要になる。
亀田グループはNPOをハブにしたまちづくり活動「安房10万人計画」を展開したいと考えている。NPOは不特定多数の利益の増進を目的に活動する。 NPOは強制ではなく、共感と自由意思による参加で、可能なことから問題を解決する。解決を示すことによって、政策に影響を与えることを目指す。
現時点では、亀田グループの医療法人鉄蕉会、学校法人鉄蕉館、社会福祉法人太陽会とグループ外の学校法人文理開成高校が法人社員として参加予定である。できれば広く参加を呼び掛けて、多様な社員を迎えたい。
従来のNPOのように、単独の目標を掲げて活動するのではなく、多様なアイデアを現実の事業に落とし込んで、地域活性化を図る活動の拠点としたい。様々な 社会活動、住宅開発、デバイス開発のテスト環境を用意できれば、営利企業も参加しやすくなる。当面の活動として、教育、育児、貧困対策を行う。安房で若者 が職を得て、子どもを育てるためのインフラを整える。24時間保育、病児保育、学童保育などをだれでも利用できるようにすべく準備している。
貧困対策として、昨年より太陽会が経営する安房地域医療センターで、無料低額診療を行っている。病気を持った独居高齢者に病院の近隣で住まいを提供する計 画も進行中である。配食サービス・在宅医療・看護・介護で支えたい。必要に応じて病院も利用する。生命を支えるだけでなく、社会とのいきいきしたやり取り のある居場所を提供したい。
繰り返しになるが、地域のインフラを整えた上で、首都圏の高齢者を安房に迎えて、穏やかで豊かな老後を過ごせるようにしたい。雇用と出生数の増加が成果になればうれしい。
コンパクトシティの建設は誰もが望むところである。しかし、市街地の空き家利用は、法的強制力なしに実現できるとは思えない。使用していない空き家の処理 を所有者に義務付けたり、あるいは課税を強化したりすることによって、結果的に公有地化してまちづくりに利用するしかない。まちの中心部の不動産を個人が 所有すると、どうしても空洞化を招く。ヨーロッパの古い町のように、魅力的な中心街を維持するには、所有権を制限する何らかの法改正が必要である。

VIII 人材確保、基金方式による支援

【報告書要約】
a) 介護職員の人材確保のために、処遇の改善やキャリアパスの確立を進めていく。
b) 医療職種の職務の見直しを行う。医師と看護師の業務を見直す。
c) 看護職員の養成拡大のため、看護大学の定員拡大および大卒社会人経験者等を対象とした新たな養成制度を創設する。
d) 医療・介護サービスの提供体制の再構築のためには、診療報酬・介護報酬以外に、基金方式による財政支援も検討すべきである。

【筆者コメント】
医療職種の業務の見直しと人材養成
人材確保のために、処遇の改善、キャリアパスの確立、社会人経験者を対象とした新たな養成制度創設、医療職種の業務の見直しを検討するとしている。埼玉県 や千葉県では医療人材が不足している。加えて、この地域では、高齢者が急増しつつあり、事態は危機的である。あらゆる方法で人材を育成する必要がある。
2014年4月、社会福祉法人太陽会は、安房医療福祉専門学校を開校する。社会人を主たる対象として、看護師を養成する。しかし、看護師教育には3年間と いう長い時間が必要である。奨学金を用意しても、家族を支える立場だと生活できなくなる。いずれ、1年で取得できる資格を、奨学金などで支援して獲得して もらい、正規雇用につなげたい。働きながら、通信教育、スクーリングでより高度な資格がとれるようなシステムを構築したい。大学卒業資格をとり、最終的に は、メディカル・スクールまで進学できるような道筋ができれば最高である。
メディカル・スクールは、北米で広く普及している医師養成機関である。4年制大学卒業生を対象に医学教育を行い、4年間で医師を養成する。亀田グループでは、国の許可があれば、実習病院になるべきいくつかの病院と協力して、メディカル・スクールを創設したいと考えている。

基金方式による財政支援
報告書では、医療提供体制整備のために、基金による補助金を活用することが提案されている。税金の投入、すなわち、補助金や負担金、交付金に安易に頼るこ とが公的病院の退廃の原因である。2013年8月29日の朝日新聞の報道によれば、銚子市は2017年度に財政再建団体に転落する可能性があるという。市 立病院の破綻が原因とされる。
病院への安易な税金の投入が銚子市の危機を招いた。病院の施設や設備の整備はできるだけ診療報酬で賄えるようにするのが望ましい。現代の病院運営は多額の 費用を要する。大規模基幹病院の予算規模は中規模の市に匹敵する。地方公共団体には、病院を経営する能力を期待できない。補助金の安易な投入で、経営の不 在を補うようなことを続けていくと、地方公共団体の存続を脅かしかねない。補助金については、できるだけ縮小し、官民格差をなくす必要がある。財政支援を 行うとすれば、診療報酬が使いにくい人材養成に限定すべきである。

「社会保障制度改革国民会議報告書を読む」全体としての結論
1)日本最大の問題、少子化に対し、財源がないからとして日本人に刷り込まれた質素倹約で、社会保障給付を一様に抑制しつづけると、出生率が上昇しない。 現状の出生率を前提にする限り、限界まで増税し、給付を限界まで下げても、現役人口が少なくなりすぎるため社会保障制度を維持できない。教育投資、就労支 援、子育て支援などあらゆる方策で出生率を高め、かつ、将来の現役世代の収入を高めなければ日本に将来はない。
2)日本の国民は、あらゆるサービスを国に求めるが、増税を嫌う。日本を北欧のような高福祉高負担国家にするのは、政治的に不可能である。厚生労働省は、 責任逃れのため、あるいは、法令起草作業に内在する性質のために、社会保障制度を、すべてを支えることのできる完結したものとして提示したがる。無理な規 範を前提に、制度を完璧なものに見せようとして、しばしば、経済的に成り立たないサービスの提供を現場に求めてきた。社会保障だけで支えきれないことが分 かっていても、他の仕組みとの協働を前提とした制度を設計しない。普及しないサービスでも、社会保障サービスとして法令で規定されると、社会保障外のサー ビスの参入を阻む。社会保障制度だけでは必要なサービスを提供できないことを明確にして、社会保障を補完するための、営利、非営利を含めた通常の経済活動 の空間を意識的に作る必要がある。この空間には、経営が成立するための自由度が必要である。現状のままだと、サービスの供給量が不足し、国民が不幸にな る。

(『厚生福祉』2013年12月27日、第6042号からの転載)

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